第11話もったいないお化け
ぐつぐつと煮えたぎる地獄の鍋を囲みつつ、俺と美香は静かに、だが虎視眈々と相手の隙を伺い、いかにして出し抜くかを考えていた。
「いっぱい食べてくださいね~」
相も変わらず、笑顔でこちらに威圧感を与えてくる人間もどき。「がんばれー」ともはや他人事になったからこそ、笑顔でこちらを笑いかける俊樹。
こいつらを後でぶん殴ると心に決める。
沸騰してきたからこそ、火からおろされた味噌汁を、俺たちは親の仇のように睨みつけた。
これは人参、ただの人参、人の形をしてるだけのただの人参、っと必死に自分に言い聞かせる。
そもそもの話、古くから薬として使われているのだ。多くの人がそれを求めて来たのだから、食べて何かが起きるとは思えない。
だが、はっきり言おう! どんなに理屈をこねくり回しても、いやなものは嫌だと!
お椀の中で、マンドレイクの顔が静かにこちらを覗き込んでくる。ごぼう大根などの他の野菜も、そのまがまがしいものの存在を隠すことができない。それどころか、見間違いを誘発するトラップとして機能している。
「ちなみに、マンドレイクって加工すれば一つ十万円で売れるんですよ。すごいですよね。
まぁ、採取できる場所はそのことごとくが危険地域、専門の装備と知識が必要。しかも、叫び声を聞けば最悪死に至るのだから。
考えれば考えるほど、安定供給できるのは私たちくらいのものですね」
話を聞いた瞬間、美香はお茶碗一杯に味噌汁をよそう。
お前、正気かと、周囲の心配するような視線をもろともせずに、箸を進めていく。
俺としては、この産業廃棄物を処分してくれるのはうれしい限りだが、友達の訳の分からない行動への困惑のほうが今は勝っていた。
「そんなもん食えば、どうなるか分からないんだぞ」
純度百パーセントの忠告に、美香はうるさいと、鋭い一言で静止を妨げた。
「これ一つで、十万。つまりは最高級食品よ。
この機会を逃したら、もう二度と食べられないかもしれないし」
果たしてそれは、命を懸けてでもやるべきことか。
十中八九、副作用はないとはいっても、こんな得体のしれないものを口に運ぶ精神を俺は理解できなかった。
以前から食い意地がはっているとは知っていたが、まさかここまでとは。
「これが十万の味噌汁、まさにセレブの味」
だが、まぁ、本人が幸せそうならいいか。
それが金がないことへのコンプレックスか、単なる冒険心なのか俺には判別できない。
ただ一つ言えるのは、こいつがバカだと言う事だった。
いくら珍しくて高価だからって、これはない。
「ほら、約束ですよね。この品質を見るためにモルモットになると」
しかし、美香を笑う余裕は俺にはなかった。
なぜなら、よくわからないうちにバカな約束をしてしまったせいで、今まさに窮地に立たされているのだ。
うまく切り抜けた俊樹とは違い俺には食べないという選択肢はなかった。
正直逃げ出したい。
しかし、そうすれば人間もどきに借りを作ったままになる。
そんな事実、俺のプライドが認めない。
「いざっ!!」
言葉で自分を鼓舞することによって、俺は覚悟を決める。
少なくとも、素面でこれを口に運ぶのは無理だった。
できる限り危険物を味あわないようにと、みそ汁の具材をほとんどかむことなく、口に放り込んでいく。
あの女はきっとこれを見越していたのだ。
こんな気持ち悪いものを食わされて、拒絶反応が起きないようにと、汁物で一気に流し込める場を整えたのである。
その悪意に、助けられたのだから、今だけは喝さいを送りたい。
お前の悪意は最高だったと。
意識はしたくない、意識はしたくないが、これはきっと人の性。
見てはいけないものを見てしまうように、俺は味わってはならないものを味わってはいけないからこそ、逆に意識した。
元々は人参に霊魂を憑依させたものだからか。
舌触り、味、双方ともに人参と違いはない。これならば意識しなければ何とかやっていけるかと思ったが。
その赤い、血肉の様な身を噛んでしまえば、そこから鉄臭さが鼻の奥から湧き出てくる。
「うっ!!」俺は思わず口を開け、吐き出しそうになった。
これ、気持ち悪さ以前に、味で無理だ!
「お前、よくこんなの食えるな」
「そりゃ、素晴らしい思い出だし。
そちらこそ、この状況は楽しくないの。こんな貴重な経験二度とできないだろうし」
「いや別に」
「それで、さっきからばくばく食べてるけど、味のほうはどうなんだ」
食べなくていいとはいえ、やはり気になるのか、俊樹が首を突っ込んで来た。
「最悪だ。人参の味に血の臭いを足したみたいで。食えたもんじゃない」
「そこまで言うほど。まぁ、おいしくはないけど、これで一日でけがが治るのを考えればいいほうじゃいないの。
というか、10万もする代物に文句を言うとか、もったいないお化けが出るわよ」
「いやそんなもの出るわけないだろ。今食ってるのがお化けなんだから、そんなのがいても逃げだすに決まっている。
まぁ、気になるのなら、一口くらい食ってみろよ」
「絶対やだ」
こいつもまた、地獄に引きずり込んでやろうとしたのだが、どうやらお見通しだったようでで。
「ああ、それと、知っていると思い言いませんでしたが。男女でこれを食べたんですから、間違いが起きないように気を付けてくださいね」
「間違いって、いったい何なの」
いまだに箸を止めない美香の問いに人間もどきは食事中とは思えない下ネタをぶっこんだ。
指でわっかをつくり、人差し指をそこに突き刺していく。
清楚な雰囲気の女がこれをやるのだ、背徳感やら、気恥ずかしさから、俺は少し視線をそらした。
「いやだから、どういう意味」
いまだに意味が分からないからか、美香の声色には少し棘が出た、
「つまり、ずっこんばっこんしないでって話ですね。
マンドレイクは血液増産効果がありますが、それはいいかえれば……」
「な、な、なななぁ!!」
あまりにもあけすけな発言に、美香は顔を赤くした。
これ、マンドレイクの薬効じゃないよな。
まぁ、自分が食べているのが実は媚薬でしたと言われるとあわてるのも分かる。
「マンドレイクはもともと媚薬として使われていました。
自然治癒力の向上も、増血作用もまた、そこから着想を得たうえで、これができるのならこれもという連想ゲームの結果ですし」
まあ、あれと血液って成分的には同じって聞くしな。
「なんてものを食べさせるのよ!!」
「うわ汚な!!」
衝撃的な事実に、口の中に汁物がまだ残っているのに、美香は叫んだ。そのせいで口の中のものが発射された。
普通なら急いで謝罪だが、かかったのが一人安全圏にいる俊樹と、人間もどきだしまぁ、いいか。
「ちょいちょいちょい! 薬の効能に関してはもっとさぁ、事前に説明してよね。
つい、貴重品だからばくばく食べちゃったけど、さすがにこれはきついかなって……」
必死に抗議する美香の顔には怒りと羞恥、その二つが見て取れた。
口の中のものを吹きかけるという無礼を働いたというのに、その程度のことでは怒りが静まることはなく、軽快に舌が動くのだが……。
「ねぇ、あなたたち……」
静かな怒りを秘めた、人間もどきの声に強制的に止められた。
その長い髪を振り乱し、顔が隠れたその姿は物語に出てくる幽霊そのもの。
低く怜悧なその声は、俺たちを震え上がらせた。
「食材で遊ぶな」
そもそもの話、食材の中に媚薬を仕込んだのはお前だろという、俺たちの共通認識も、人間もどきが持つすごみによって、半ば強制的に胸の内に秘められたまま。
抗議の声すら上げることができなかった。
「あなたたちのせいで台無しになったんだから、責任もって片付けなさい」
と、鍋の中身からは考えられないほどに、常識的な言葉を口にした。
「ただでさえうちはしょっちゅう政府から食料止められるのに。
いい、そんな汚いことしたら食料がもったいないでしょ」
髪に滴る水滴を見れば、その迫力もあってか、実はこいつ本物の化け物ではと思った。
いや、まぁ、人間じゃないから、もともと化物だけど。
「ほら、あなたもさっさと食べる」
「もったいないお化けだ、もったいないお化けが出やがった」
怒りからか、これまで安全圏にいた俊樹が動員された。
せめてもの抵抗で、俊樹はこの化物に名前を付けたのだった。




