6.SOS(陰キャの俺)
拝啓、お母様、お父様、妹よ。
助けてください。
「空八くんって、学校で結構モテる人?」
「……いや、俺はモテませんよ。前世もそうですけど、今も」
「え〜、嘘にゃ〜」
「髪切ったらいいんじゃない? 可愛い顔が見えなくて、勿体ないわよ」
「いや、お金が足りないんで……散髪代の代わりに家族の食事代に使ってるんです」
「え〜、顔いいのに」
「私の実家、床屋をやってるから一緒に行かないかにゃ? 無料でサービスしてあげるからにゃ」
俺は、3人の美女たちに囲まれています。
美女に囲まれてる陰キャでコミュ障の俺は、何を話せばいいのか分かりません。
ちなみに彼女らの名前は『ルシファー』『バステト』『ディアーナ』さんだ。
(この人たちの名前、前世で聞いたことがある。ていうか、なんか距離が近くね?)
「そ、そんなに寄らないで……」
俺が少し横にズレると、彼女たちも横にズレて近づいてくる。
「何か飲むにゃ? 私、カクテル作れるにゃよ」
褐色の肌をした、猫耳のバステトさんが聞いてくる。
「いや、俺、未成年なんで……」
「え〜、ここでは関係ないわにゃ。特別にあげるからにゃ」
「い、いや、それはちょっと……」
どうしてこんな状況に――。
考えようにも、頭が追いつかない。
この場に馴染めていないのは俺だけで、彼女たちは楽しそうに笑っている。
「もう、照れないでよ。だって空八くん、あの『My Ragnarok』を書いたんでしょ?」
大人っぽい雰囲気のディアーナさんが聞いてきた。
「そ、それは……」
「あんな本を書けるなんて、絶対モテるはずよ! だって、かっこいいもの! 男らしい!」
隣から頭に角が生えたルシファーさんが言う。
妹よ。
俺、初めて女性にカッコイイって言われたぞ……。
「い、いや、あれは中二病の黒歴史っていうか、その……」
どう説明すればいいんだ。あのノートに書かれている内容が、まさかこんなふうに持ち上げられるとは思ってもみなかった。過去の自分に呪いたくなる。
「空八くん、もっと自信を持ちなさい! あんな本を書けるんだから!」
ルシファーさん、違うんです。
あれは本じゃないんです。俺の黒歴史そのものです。
「そうにゃ、今の髪型さえどうにかすれば、もっとイケてるにゃ! 空八くんは、モテたくないのかにゃ?」
バステトさん、俺はモテたいです。でも、髪型を変えても中身にある陰の塊は無くなりません。
「そういえば、モクモクから聞いたわよ。空八くんって動画配信するんでしょう?」
「あ、私も聞いたことがあにゃ。 そうにゃ! 一緒に配信やろうにゃ。私、天界では有名な配信者なんだにゃ」
バステトさんが誘う。
「あ〜俺、配信なんてしたことなくて……」
『風の祠』のパーティーメンバーでダンジョン配信をしたことはあるけれど、俺が中心になってやったわけじゃない。
「じゃあ、私がいろいろ教えてあげるにゃ!」
「ちょっと、それズルい!」
「そこは仲良くやるべきよ、私たちで! ねぇ?」
ルシファーさんが右腕を絡ませてくる。
俺の腕に何か柔らかい感触が伝わり、自分の頬が赤くなるのを感じた。
「あー、赤くなってる」
「……初心」
「……かわいいにゃ」
「え、あ、あの――」
「ん? なんか、空八くんから変な匂いがする?」
ルシファーさんが呟いた。
「え、匂いですか? もしかして、俺、臭いですかね?」
「いや、臭いとかじゃないんだけど……くんくん」
「っ!」
ルシファーは顔を近づけ、俺の首筋を嗅いだ。
「う〜ん、なんの匂いだろう?」
「ちょっと、ルシファー! あなた、アピールしてるでしょう!」
「ズルいにゃ!」
「え、ち、違うわよ!」
「この男たらし!」
「男たらしにゃ!」
「ご、誤解よ!」
「……」
俺は放心状態になった。
え、だって、美女にクンクンされたんだぜ。
そして、めちゃくちゃいい匂いがした。
多分、俺、明日が命日だわ。死ぬかもしれない。
でも、死んでも良いわ。
「有祐!」
突如、背後から急に声が聞こえ、現実に戻された。モクモクだ。
服装は黒いスーツではなく、『マヌケ』という3文字が書かれた白いTシャツを着ていた。
……どういうTシャツ?
「モクモク、生きてたんだ」
「うん、お前のせいで死にかけたけどな! あいつヤベェよ! 俺の頭にガソリンを掛けて、火つけたんだよ!」
「……だから、焦げてる匂いがするのか?」
俺の目には、モクモクの頭からハッキリと黒い煙が出ているのが見えていた。
「本当にアイツの頭、ちぎれてるって! あのブスめ!」
「……アイツって、モクモクの後ろに立っているアテナさんのことか?」
「え?」
「――誰がブスだって?」
モクモク、お前はもう死んでいる。
後ろには、鞭を振り下ろそうとしたアテナさんがいるのだから。
「――助けてぇぇぇええええええええええええ!! イタイイタイ!」
再び、恐怖の絶叫が響き渡った。(ちょっと面白かった)
「へぇ、今の名前は満永空八なのか。っていうか、虐められてたのか?」
「うん。大変だったよ。……モクモクも大変そうだね。」
「うん。今も縛られたままで話してるからね。」
そう、僕の目の前に座っているモクモクは、黒い縄で椅子ごと縛られている。縛ったのは、カウンターに戻って接客しているアテナさんだ。彼女は時々こちらをちらりと見てくる。……美女って恐い。
「有祐の書いた本、面白いな! 少年心をくすぐられるぜ!」
「……アレスさん、あれは本じゃないんです」
ちなみに、僕の隣にはすっかり打ち解けたアレスさんがいる。彼はすごい美青年で、カリスマ性が溢れていて……陰キャの僕としては、羨ましい。
「どうした、暗い顔して。この酒、飲むか?」
「いや、僕、未成年なんで……それ、酒なんですか? 毒ですよね?」
アレスが手に持っているグラスには青い液体が入っている。その液体から緑色の煙がシュワシュワと天井に向かって昇っている。
「え? 結構うまいぞ。これは天界にしか存在しない『アムリタ』って酒だよ」
「『アムリタ』!?」
あのアムリタか! 神々の飲み物で、不死を与えるってやつか?
「……ちょっとだけ、欲しいです」
「お、じゃあやるよ」
アレスは近くにあった空のグラスにアムリタを注いでくれた。……すごい匂い。なんだかラムネみたいな香りがする。
「いただきます!」
俺はグラスに口をつけ、アムリタが喉を通り――
「おい、アレス。人間がそれを飲むと、幻覚作用が出て死ぬぞ。」
「ブ――ッ!」
カウンター席に座っていたオーディンさんが、教えてくれた。
「ゲホッ! グホッ! あ、危ねぇぇえええええ!」
「 すまんすまん。知らなかったわ」
アレスはヘラヘラと笑っている。……こいつ、全然反省してない。
「で、なんで虐められてたんだ?」
モクモクが尋ねてきた。
「えっとね、ステータスで称号をもらったんだけど……」
「あぁ、確かに入れたな」
「ん? 入れた?」
「うん。君が作った設定で、チート称号を獲得できるようにしたはずだけど?」
「いやいや、俺のはハズレ称号だぞ。しかも、知らない称号だぞ」
「……マジ?」
「マジ。ステータスオープン」
俺の正面に半透明のウィンドウが現れ、それをモクモクに見せる。他の神々も興味津々で覗き込んでくる。
「……アテナ、ちょっとこの縄を解いてくれないか?」
モクモクが静かに頼んだ。
「嫌だけど……状況を考えると、仕方ないわね。」
モクモクが縄を解かれた瞬間、「みんな、ちょっと来て」とモクモクが言うと神々は一旦僕から離れ、固まってヒソヒソと話し始めた。そして1分も経たないうちに戻ってきた。
「有祐、すまんな。どうやらこちらにミスがあったようだ」
ブックマーク、評価よろしくお願いします。