2.脱退
入院生活も1週間が過ぎた。
幸い、肋骨が数本折れただけで済んだが、体中がまだ鈍い痛みを訴えている。
世界初の変異種ゴーレムを倒したことで【風の祠】の名は瞬く間に広まった。
配信がバズり、登録者数はとうとう100万人を突破したらしい。
「お邪魔するよ、奴隷」
不意に病室の扉が開いた。
入ってきたのは、黒を先頭にした【風の祠】のメンバーたち。
「黒、お前の口から伝えてやれ」
「え〜俺? 分かったよ」
竜が黒に目配せし、黒は面倒くさそうにため息をつくと、冷たい言葉を吐いた。
「奴隷、お前にはこのパーティーから脱退してもらう」
「は?」
脱退?
「どうして」
「だって、お前の【ジョブ】は《奴隷》じゃん」
その言葉が突き刺さる。
俺の心臓が痛みを感じたのは、肉体的なものではなく、精神的なものだ。
「っ!」
思わず言葉を失った。
「俺達は変異種ゴーレムーを倒した。このことから俺達はダンジョン協会に力を認められ、B級からA級に昇格することができるだろう。俺たちの活躍が、前回よりも大勢の人間たちに視聴される。
そうなればお前のようなゴミ【ジョブ】は、この【風の祠】のパーティーに相応しくない。それがお前をクビにする理由だ」
「そ、そんな……」
「私達の動画がトレンド入りしてるのは知ってる?」
四音が静かに言葉を投げかける。
俺は反射的に答える。
「ああ」
「……その様子だと知らないのね」
「何がだ?」
「炎上したんだ」
「え?」
それを聞いた瞬間、全身が固まる。
四音が差し出したタブレットには、無数の非難が書き込まれていた。
コメント欄は怒りで溢れていた。
“かわいそう”
“メンバーは道徳心が無い”
”これは酷い”
「奴隷のせいで炎上してるの。だから、脱退して」
「……いや、そっちの不手際だろ。なんで俺が脱退しないといけないんだよ!」
だが、彼らは冷淡に見下ろし、笑みを浮かべるだけだった。
「え〜《奴隷》のお前が何言ってるのよ」
ノノが冷笑を浮かべながら、さらに俺の心を踏みにじる。
ふざけんじゃねえぞ。
「仕方ねぇだろ。視聴者が脱退させろって言うから」
竜は鼻で笑いながら言う。
「決めるのは俺だろ!」
そう叫んだが、その言葉は虚しく響くだけだった。
「俺達は世界で有名になったんだ。お前のようなゴミは、もうこのパーティーにはお荷物なんだよ……黒」
竜が黒に視線を送る。
「うん。もし、奴隷が脱退しないなら……奴隷を学園から退学させる」
「はあ!?」
黒は【ダンジョン神楽学園】の理事長の息子だ。そんな奴に退学をちらつかされたら、俺に選択肢なんてない。
「脱退は嫌なんだろ。じゃあ、退学だ」
黒の言葉は冷たく、響く。まるで、俺の運命を握りしめたかのように。頭がぐるぐると回り、まともな判断ができない。
選ばされる――いや、選ばされているとしか思えない。
「選ばせてるんだ。感謝したほうがいいよ〜」
ノノが歪んだ笑みで言う。四音もニヤニヤと笑っていた。
「脱退するか、退学するか。選びんでよ、早く」
こいつら……。
奴らの声が耳を突き刺す。脳内で痛みを伴い、響いてくる。
「……わかった。脱退する」
それが、俺にとって唯一の選択肢だった。どうしても中学校の退学だけは避けなければならない。
俺には金が必要なんだ――父さんの治療費を稼ぐために。
「決定だな」
その瞬間、目の前に半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がった。
【『風の祠』から脱退しますか?】
淡々とした問いかけに、俺は深く息を吸い込んだ。
「……はい」
【満永空八はパーティーを脱退しました】
ウィンドウは消え、元メンバーの嘲笑が響いた。
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入院生活が終わり、家に帰宅した。
リビングの扉を開けると、そこには自分より背が低い妹――満永 亜友がソファーでスマホを触っていた。
そして、部屋の中央にある机の上に、一枚のメモ用紙が置かれていた。
『空八へ。
ごめん。今日、夜まで仕事があるから、私の代わりに亜友の晩ごはんを作ってね。
11時までには戻るから。 by 母』
(お母さん、働きすぎなんだよ。……クソ。俺のせいでまた負担を掛けた)
「お兄。怪我、大丈夫?」
後ろを振り向くと、亜友はスマホから目線を外し、俺を見ていた。
「ああ、大丈夫だ。お腹すいてるだろ? 何が食べたい?」
「う〜ん、ハンバーグ」
「よし、分かった。今作るから」
「私も手伝う!」
「ありがとう」
その夜、お母さんは帰ってこなかった。
風呂に入り、歯磨きを済ませたあと、俺は自室のベッドの上に倒れ込んだ。
「……はぁ」
やっぱり、俺は何をやってもダメだ。
「ステータスオープン……」
俺の正面に半透明のウィンドウが出現した。
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《ステータス》
【名前】満永 空八
【年齢】15歳
【レベル】10Lv/10Lv
(上昇すると、ステータスが上がる。1Lv上昇によってSKPが加算)
【称号】■■に嫌われる者(呪い)
(世界から認められた特別な人に与えられるもの)
【体力】13/15 (疲労状態)
【魔力】14/14 (体内にある魔力量。スキルが発動すると減少する)
【筋力】5 (攻撃力)
【敏捷】5 (移動速度、攻撃速度)
【器用】5 (命中率)
【耐久】5 (防御力)
【賢慮】5 (賢さ)
【幸運】1〈固定〉 (運、クリティカル率)
【ジョブ】奴隷
(ジョブによって、取得可能スキルやステータスの伸びが変化する)
【SKP】10
(スキルのレベルを上げる為のポイント。1Lv上昇によってポイント加算)
【スキル】〈封印されています〉
(様々な効果のあるモノ。発動は念じるだけ)
【状態】 疲労、青あざ(複数)、【■■に嫌われる者】(呪い)
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「なんだよ、この称号にジョブ……」
『だって、お前の【ジョブ】は《奴隷》じゃん』
『お前のようなゴミ【ジョブ】は、この【風の祠】のパーティーに相応しくない』
あいつらの言葉が脳内に反響する。
「……奴隷ってなんだよ」
俺はそのまま眠りについた。
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【称号】■■に嫌われる者(呪い)
・この称号を持っている者は、何をやってもダメになる。
・【ジョブ】が《奴隷》となる。
・【レベル】に上限が設定され、レベルが10になるとそれ以上は上がらない。
・【幸運】が「1」に固定される
【ジョブ】《奴隷》
・不幸せな運命に束縛された者。何をしてもダメ、何の取り柄もない。
・《スキル》を獲得出来ない、使用できない。
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「……誰ですか?」
ある日の朝、俺はいつものように一人で朝食を食べ、学校へ行く準備をしていた。
通学路を歩いていると、突然、まばゆい光が僕を包み込んだ。
直後、耳をつんざくような衝撃音が響き、激しい痛みが体を貫いた。
俺は何が起こったのか理解する間もなく、意識を失った。
次に気がついたとき、四方を白い壁に囲まれた部屋に立っていた。
「こんにちは」
目の前には僕と同じくらいの背丈の青年がにこにこしながら現れ、僕の肩を軽く叩いてきた。彼のTシャツには、ピカピカと金色に輝く一文字―― 神 と書かれていた。
「僕の名前はモクモク。地球の元管理神だ。よろしくね、御影有祐くん」