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 家に帰り着いてから、両親と姉夫婦を集めた。アレンとクレアには申し訳ないが、二人で遊んでおくようにと別室で休ませることにする。キースが取り出した肖像画と手紙を見て、四人は言葉を失っていた。うん、そういう反応になるよな。分かる。


「これは……キース、お前、ヒューバート様とはお知り合いかい?」

「いやいや、知らないよ。何なら、初めて聞いた名前だし」

「それはそれでどうなの? 領主家族が溺愛している末のお子様の名前くらい知ってなさいよ」


 父と姉が呆れている中、義兄と母は小さく唸る。


「ヒューバート様って、この間成人を迎えたばかりだよね? 子供が勝手にやったこととも考えられないし……」

「キースのお陰でこの宿屋も前のような活気を取り戻したようなものだし、そのことについて話を聞きたいと思っていただけたとかかしら?」

「え~? そんなこと気にするかぁ? それだとしたら、もうちょっと早い段階で呼び出されてもおかしくないんだけど……」

「それもそうねぇ」


 五人は腕を組んだり頭を抱えたりしながら唸ることしかできない。困った。やはり、家族としてもヒューバート・ブラックウェル様からのお手紙は意味が分からないみたいだ。


「ひとまず、お貴族様からのお誘いは断れないんだから、キースは腹を括った方がいいわね」

「そうだね。僕もそれがいいと思うよ」

「それは俺も分かってるけど……」


 キースはボソボソと呟きつつ、大きくため息を吐いた。正直、結構、だいぶ面倒くさい。こちとら生まれてからずっと庶民として生活してきた男だ。対お貴族様向けマナーなんかも知らないし、前世の知識を総動員してもろくに立ち回れる気がしない。そもそも前世の記憶も最近はあやふやになってきているのだから、この一晩はマナーを思い出すことに費やした方がよさそうだ。まぁ、睡眠はほどほどにとらないといけないだろうけど。


「それにしても、姿絵まで一緒に送られてくるなんて、まるでお見合いの申し出みたいだね」

「……は?」


 のほほんとした口調で、母がこぼした言葉にキースは眉根を寄せる。母はケラケラと笑いながら「ふふふ、冗談よ」と笑っていたが、セドリックは何やら神妙な面持ちだ。おいおい、本当に冗談じゃない。不敬にも取られかねないぞ。姿絵じゃなくて、単なる肖像画だろうし……いや、考えてみればどうして肖像画が一緒に送られてきたのかは分からないけど。


「ありえないだろ……華々しい功績もない庶民、しかも一回り違うおっさんだぞ? 成人したてで見目麗しい貴族様なんだから、もっと相手はいるだろ……」


 そもそも、俺もヒューバート様も男同士なんだし。そこまで言う前に、サラが軽く首を傾げた。


「一回り?」

「ん?」

「一回りって、なぁに?」

「あっ? あっ、あ〜……」


 そういえば、そうだった。この世界には干支という概念が存在しないから、12歳差のことを「一回り」と表現しても伝わらないんだった。キースは曖昧に笑いながら肩をすくめる。


「12歳違うってこと。まぁ、俺の作った造語だから気にしないで」

「そう……? それにしても、どうして12歳なの? どうせなら単位が変わる10歳とか100歳とかのほうがいいんじゃない?」

「え〜? 時計だって12までしかないからそこまで違和感は……って、もういいじゃんそれはさ! とにかく、明日お迎えが来る前にそれなりにマシな格好でいないといけないだろ? この町って貸し衣装屋ってあったっけ?」


 強引に話題を変えつつセドリックに話しかけると、彼は小さく首を横に振った。


「ううん、ないね。隣町ならあるけど、辻馬車の移動の時間を考えたらかなりギリギリになるだろうからやめたほうがいい……ひとまず、今晩タンスの中にいいものがないか見繕ったほうがいいかな。なければ、とにかくシャツとベストくらいは買いに行かないと」

「そっか、ありがとう。じゃあ、ちょっと自分の服改めて見てみるかぁ」


 キースは席を立ち、早速自分の部屋へと向かおうとする。まだ物言いたげな家族の表情は見えてはいたが、この後はマナーやら手土産の選定やらを行う必要があるから、事は急ぐに越したことはない。


「集まってもらってありがとうね。一旦解散で! セドリック、後で持ってるマナー本とか借りていい? あと、お土産一緒に悩んでほしい」

「あぁ、分かった。また後で」

「うん!」


 キースは足早にその場をあとにする。セドリックは入り婿だが、元々はこの宿屋よりも大きな商人の家の三男だった。自分よりも、マナーに関してやお偉いさん相手の対応は分かっているだろう。存分に頼らせてもらうことにする。

 キースは「よしっ」と軽く気合を入れてから、自分の部屋に置いてあるタンスの、更に奥を漁ってみる。知り合いの結婚ラッシュで着た、一張羅のシャツとベストの存在を思い出したからだ。あれが着れればそれでいいのだが――まぁ、そんなに甘くはない。


「……うん、シャツとベストは買わないとな」


 何度も着たことでヨレヨレになったシャツ。糊が落ちてクタクタになったベスト。どう見ても普段着に卸さないといけないくらい生地が消耗している。諦めて新しいものを買うしかない。ズボンは、かろうじて着れなくもない。かろうじて。

 予想外の出費になる。多分、今月試したかった新しいスパイスは購入を諦めないといけないだろう。あーあ、俺の予想だと、あれさえあればカレーが作れたかもしれないのに……無理にでも一袋は購入して、確信が持てたら長期契約できないだろうか。セドリックに聞いてみるか。

 コンコン、と扉がノックされた。返事をすると、扉が開いてセドリックが現れる。


「シャツとベスト見つかった?」

「あぁ、うん。見つかりはしたよ」


 キースが見せた衣類を見て、セドリックは苦笑した。


「うーん、これは……流石に新しいのを買おう」

「そうだよなぁ……」


 セドリックから見ても、これはもう一張羅としては寿命のようだ。

 セドリックはマナー本を片手に、最低限抑えておいた方がいい部分を教えてくれる。挨拶とお茶会でのマナー、お貴族様特有の遠い言い回しの代表例などはマストで覚えておく必要があるらしい。前世でも上座やらお酌のマナーやら面倒だったのを思い出してげんなりする。


「お土産だけど、ヒューバート様が甘いものを好きか分からないから、とりあえず2種類購入して持っていった方がいいかもね。値段は安すぎなければ問題ないと思う……なんせ、急だしね。あちらもそこまでお土産には期待していないだろうし」

「2種類も用意すんの? だる……」


 いくつかピックアップしてくれた中から、自分でも食べたいものを挙げておく。セドリックは「キースの好きなやつじゃん」と笑いながらも、明日サラが買ってきてくれるという旨を伝えてくれる。助かる。


「じゃあ、明日は10時には服屋に着くようにしよう。ちなみに、ズボンは大丈夫なんだよね?」

「うん!」

「……見せて」


 笑顔の圧に押されつつ見せると、セドリックはため息を吐いて首を横に振る。どうやら、こいつも一張羅としては寿命らしい。ギリ生きてると思ったんだけど。


「明日はズボンも買おう。セットで考えればいいから、選ぶのは逆に楽になったよ」

「ははは……」

「ちょうどいい機会だったんじゃない? 服に関してはいつも無頓着だからね、キースは」


 苦笑する。たしかに、服は着られればそれでいいタイプだ。まぁ、動きやすさと肌触りには割とこだわっているんだけど、そこはあまり伝わらないらしい。


「とりあえず……最低限の、不敬にならないくらいのマナーを覚えないと話にならないからね。頑張ってね、キース」

「うーん……」


 曖昧に笑いつつ、かなり読み込まれているマナー本を手にする。文字がびっしりと詰まっているそれを見て、キースは顔をしかめた。


「愛想はいいんだから、やっぱり大変なのはお茶会でのマナーだろうね。お相手からの許しが出るまでは勝手に座らない、お茶にもお菓子にも手を付けない、音を立ててお茶をすすらない、カップは下の皿ごと持つ!」


 くどくどとセドリックがマナーについて諳んじる。こうなっては止められないことを、キースはこの14年ほどで身に沁みている。結構前世と似た部分があるんだなと思いつつ、挨拶をする際の頭の下げ方が書かれている文章に目を通す。

 それにしても、せめて頭を下げるときの動きくらいは、簡単に絵で描いてくれないだろうか。分かりづらくて仕方ない。


「お土産を渡すときも失礼がないようにしないとね。明日持って行く予定のものは別に高価なものではないから、無難に『町で購入いたしましたものではございますが、よろしければお収めください』くらいでいいんじゃないかな。そこまで堅苦しくなくていいと思う。ブラックウェル当主様にお呼ばれしたわけではないし。ご本人に渡すんじゃなくて、近くにいる側仕えに渡すんだよ。お土産のお菓子を出していただけたときには『実は、私こちらのお菓子が好物でして。ブラックウェル様の舌に合えば良いのですが』って言ってもいいかもね」

「あ〜〜、はいはい、はいはい……」


 垂れ流されるセドリックの言葉を話半分に聞き流す。貴族が紅茶をメインで飲んでいるのは知っていたが、キースはどちらかというとコーヒーの方が好きだ。もっと言うなら飲み慣れているエールの方が好きなんだけど、お茶会では期待してはいけないだろう。


「もしかしたら、本当にお見合いの申し出かもしれないんだから、印象は良くしておかないとね」

「はいはい……」

「ご本人が見ていないところでも、ちゃんと背筋を伸ばして礼儀正しくしていないといけないよ。使用人が見た情報は全部筒抜けだと思った方がいいんだから」

「うーん」

「キース、聞いてる?」

「聞いてる、きいてる」


 パタン、と一度マナー本を閉じてセドリックを見る。彼は身体の前で腕を組み、眉根を寄せてこちらを見ていた。心配してくれているのは分かるが、集中できない。


「大丈夫。マナー本読んで、色々と知識を頭に叩き込むから」

「……明日、服を選びながら覚えてるかチェックするからね」

「うっ! ……うん。よろしくお願いします」


 満足気に頷くと、セドリックはキースの部屋から出て行った。やれやれ、心配症な義兄である。好奇心旺盛で楽観的な姉にはこれ以上なくいい相手である。キースも経営面で色々と助けられた。

 ぐっと背伸びをして、ポキポキと肩を鳴らす。覚えなければならないことは山積みだ。なんとか乗り切るしかない。キースは両手で自分の頬を軽く叩くと、閉じたばかりのマナー本を再度開いて、まずは挨拶の仕方から覚えていくことにした。


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