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キースが前世の記憶を思い出してから十七年後――。無事、実家の宿屋は祖父母の代と同じような賑わいを取り戻した。姉のサラも元気になって働いているし、今では立派な二児の母親だ。順風満帆、これ以上言うことはない。
いや、前言を撤回しよう。ひとつ、言っておく必要がある。
御覧の話数は正常だ。飛ばしている話数はないと思われる。
タイトルをご覧いただければお察しかもしれないが、この話はBL小説だ。キースの半生の詳細より、作者も読者も読みたい部分があるはずだろう。
そう、いつになれば一回り年下の貴族にキースが迫られるのか、だ。そのためには、十七年もの時間を要するのだ。正直、待っていられるわけがない。そのため、各所回想という形で振り返ることもあるだろうが、多少強引に時間を進める必要があったのだ。ご理解のほど、お願い申し上げる。
閑話休題。話を戻すことにする。
「あ、さっきキースにおっきな荷物が届いてたよ」
「え? 荷物?」
サラの言葉にキースは首を傾げた。何か荷物を送ってくるような遠方の友人もいなければ、いい仲の恋人もいない。誰からなのか見当もつかず、キースは一旦掃除に集中した。
手にしていたモップを戸棚に仕舞うと「重たかったからフロントの中に置いてる」と言われ、その足で向かう。確かに、大きくて比較的薄い荷物が届いていた。そう、まるで額縁でも入っているような大きさだ。
「なんだこれ?」
手にしてみると、確かに重い。これを持って二階に行くのは少々面倒だ。とはいえ、不審な荷物をこの場で開封するわけにもいかない。というかこれ、商売敵から送られてきた危ないモンだったらどうしよう。うーん、と小さく唸ってその場にしゃがんでいると、背中にドスンと衝撃が降ってきた。
「ぐえっ!」
「キースッ! 何してんの?」
「アレン……お前なぁ」
姉の息子、つまりキースの甥にあたるアレンは、キースの背中に乗っかったままケラケラと笑う。もう十歳は超えているというのに、クソガキである。それが別に嫌ではないから、いいのだけれど。
「フロントの中で暴れたら、危ないって言ったろ?」
「えへへ、ごめん! でもさでもさ、それ、キースに届いた荷物でしょ? 見てみたくて!」
「あー……これなぁ。ちょっと開けるとこ選びたいな……」
「え? なんで?」
「うーん、アハハ、なんでだろうなぁ……」
「もしかして……また美味いもん!? 食べたい食べたい!」
「おいおい」
キラキラとした声で荷物に手を伸ばそうとするアランを制止する。ひとまず背中からアランを下ろして、荷物を手にした。幸い、今は昼飯のピークを越えて、一段落ついている。今なら少しくらいキースが抜けても構わないだろう。
「俺、ちょっと外に出てくる。アレン、伝えといてくれる?」
「えっ、俺も行く!」
「だめだめ。母ちゃんの手伝いするか、クレアの遊び相手になってあげな」
「クレア、すぐ俺をペット役にするからやだ!」
「あはは、あー、そうだったな……」
クレアは、姉の娘でアレンの妹、そしてキースの姪にあたる女の子だ。まだ働けない小さい少女ではあるが、おませの方向性が少し変なのだ。
キースもよくおままごとで「おじさんは、あたしのペットだからね」と言われるので、アレンのつらさは理解できる。ペット役になると「ワン」か「ニャン」しか発言を許されず、頭を撫でまわされるのだ。いくら六歳とはいえ、人間として扱われない時間は、精神的につらいものがある。
荷物を左手に、アレンを右手に抱えると、キッチンの方へと向かった。キッチンで忙しなくスープを作っている姉夫婦を見てから、アレンをその場に下ろす。
「アレンお届け便です。俺、ちょっと外行くから」
「はーい、気をつけて」
「あっ、ついでにレモンを五個とネギを四束買ってきてくれないか? ちょっと切らしそうで怖いから」
「了解~」
物言いたげなアランを置いて、キースはひらりと手を振ってその場から離れた。姉の夫、セドリックから頼まれた買い物は、そこまで重い物じゃない。荷物を確認したら、すぐに新鮮なものを買って帰ることにする。
店の外は、溶けてしまいそうなほど暑い。店の中も大概ではあったが、今は日差しが痛いくらいに肌を刺している。この世界にも日傘があれば……と、もう何十回思ったか分からないことを呟いた。
急いで、町の街の端にある大きな木へと向かう。整備されていない、鬱蒼と茂る森が近くにあるからか、誰も近づかない木の下はキースのお気に入りの場所だ。ほっと一息吐いて木の根に腰かける。周囲に誰もいないのを確認すると、キースは箱を開けた。
箱を開けると、中には一通の手紙と、布に包まれた大きな何かが入っている。手紙は後で見るとして、まずは大きな荷物から開けてみる。慎重に布を外していくと、額縁に入った肖像画が出てきた。
「……きれいだな」
写実に近い形で描かれているのは、白い肌に黒い髪、青い瞳の14~16歳くらいの少年だ。見とれそうなほど整った顔立ちをしている。緩く細められた目は可愛らしい笑顔なのだが、この年代の少年が浮かべるにしてはどこか大人びているように見える。
はて、とキースは腕を組み首を傾げた。どうして、キースにこんな絵が贈られてきたのだろうか。
確かにうちの宿屋は、こういった調度品は置かれていない。テーブルの上を花で彩ったり、サラが刺した刺繍やレースを飾って販売したりはしているが、美術品と言われる類の物は置いていない。盗まれたら困るし、そもそもうちの客層とあっていないからだ。
もしや、以前宿泊した客が気を利かせて贈ってくれたのだろうか。もしそうなのだとしたら、もっと庶民でも分かりやすく美術品だと分かるような、宗教画でも贈ってくれればいいのに。この少年は、明らかに神様ではなさそうだ。
「あっ、そういえば手紙……」
キースは箱の側に避けていた手紙を思い出した。宛先には「キース・シモンズ」と紛れもなく自分の名前が書かれている。手紙と同封されていた人物画の少年の瞳を思わせる青い封蝋には、なにやら物々しい印が押されている。見たことがある気もするのだが、思い出せない。
ペーパーナイフという上等な物は持って来ていないし、そもそも持っていないから、慎重に封蝋を剥がす。極力丁寧に封筒から手紙を取り出すと、美しい文字でこう記されていた。
『キース・シモンズ様
まずは、軽くお茶をしながらお話だけでもできればと存じます。
明日、14時に使いの者がお迎えに上がりますので、よろしくお願いいたします。
ヒューバート・ブラックウェル』
ヒュッと喉が鳴る。ブラックウェル。それは、この寂れた田舎町を治めている、領主家の名前だった。思わず手に力が入ってしまい、手紙が少しよれてしまう。慌てて力を抜いて、大きく深呼吸をしてみた。
「……いや、お貴族様が俺に何の用!?」
深呼吸ごときでは冷静を取り戻すことなどできるわけがなく、キースはひとまずもう一度手紙を読み返して間違いではないことを確認する。そして、封筒に慎重に手紙を戻した。言われてみれば、この封蝋に押されている印は、ブラックウェル男爵のものだ。
領主の名前は、ヒューバートではなくジェレマイアだった気がするので……この名前は、もしかしたら肖像画の少年の名前なのかもしれない。ますます意味が分からない。どうして一介の宿屋で生活しているキースにこんな仰々しいものが送られてくるのだろう。
ひとまず、キースは再び大きく深呼吸をしてから、手早く中身を箱の中に戻した。これ以上一人で考えたところで、何か進展があるとは思えない。そもそも、明日という急な日程なのだから、早いところ行動に移した方がいい。
「とりあえず、頼まれてたもの買ってから、貸し衣装屋みたいなのあるか調べないとな……なかったらとりあえずそれっぽいの見繕わないといけないし……」
流石にお貴族様に呼び出されて、普段の服装で行くわけにはいくまい。キースは腰を上げると、急いで贔屓にしている店へと走って向かった。