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8:日は世界の裏側へ


 太陽。空の彼方に輝く光は世界の裏側へと旅立とうとしていた。帝国では日が沈むことをそう表現する。沈む、没するなど縁起が悪い表現をするものだ、などと世話係の人間が呆れながら言っていたことをゴーシュトラスの第二王女は思い出す。

 自国の文化を大切にするのは良いことではあるが、他国の文化を頭ごなしに拒絶することは愚かしい。愚かしいと断じることもまた、愚かしいことであるとは自覚している。


 城の中心部。広いバルコニーへと、黒いドレスを着た淡い(あかね)色の髪の少女は歩みを進める。姉や妹と違う短い髪は歩くたびにふわりふわりと揺れる。


「レスクヴァ」


 ぴたりと少女が足を止め振り返ると、白い髪の少女が微笑みを向けていた。レスクヴァと呼ばれた少女は目を丸くした。


「マルフィーザお姉様、どうしてこちらに? 今日は私が日を送る番でしょう」

「今日は昼の間に雷鳴が多かったから、念のためよ」

「ガブリエルのせいならガブリエルに警戒させたら……」

「あら、そんな話どこで聞いたのかしら。あの場には2人だけだったのだけれど。お喋りなヘス?」

「ええ、いつも通り」


 やれやれというようにレスクヴァが肩をすくめる。マルフィーザは相変わらず微笑んでいる。


「話が早くて助かるわ、ヘスへの小言は増えたけれど。ガブリエルに非があっても、自国のことは自国の者が対処する方がいいの」

「お姉様がそうおっしゃるなら」

「それに、久しぶりにレスクヴァの歌が近くで聴きたくて」

「えぇ……」


 レスクヴァは明らかに戸惑いの顔を向けた。


「お姉様はお上手ですけど私は……」

「私がすぐに劣るようでは姉の威厳がないわ。私はね、レスクヴァ。あなたの歌が好きなのよ、いつも通り歌って」

「……はい……」


 あまり納得のいっていない顔で淡い茜色の髪少女はバルコニーの方に向き直る。


 この場に彼がいたなら、もう少し大人らしく振る舞えただろうか。


 ガラス扉を開けると夕暮れの風がドレスの裾が引っ張られふわりと動く。湿気。先程まで雨が降っていた匂い。少女は息を深く吸い込み、広いバルコニーを端まで進み、両腕を広げた。


 ざらり。


 ぱきり。


 瞬きをする間にドレスは鱗へと変わり少女の全身を包む。華奢(きゃしゃ)な腕は鋼鉄を纏い、背から枯れ枝のような異物が突き出てきたと思えば裂け割れ、飛膜(ひまく)が形成される。


 ばきり。


 ぎちっ。


 大きく。大きく。大きく。体躯(たいく)は膨らみ、尻の先には長い尾が伸び、淡い茜色の髪はたてがみへと変わり、額から頭の後ろに向かって無骨な2本の角が生える。


 顔に少女の面影はない。双眸(そうぼう)は赤く輝き、威厳ある者がそこにいた。


 女竜レスクヴァ。ヒトの身体から10倍以上の大きさへと変化した竜は翼を優しく一振いすると宙へ浮遊し、城の壁面に影を落としながら上へ上へと舞い上がる。


 日の光が鱗に反射してきらきらと、きらきらと輝く。


 1番高い屋根を越え、1回、2回と旋回しそっと優しく頂点へと降り立つ。眼下に広がる屋敷や街にまだ明かりはない。この国では日を送った後に明かりを灯すものだ。下のバルコニーから姉が見上げている。

 見られているのは少し恥ずかしいのに。お姉様はいじわるだ。


 女竜は夕日を見た。赤い赤い日はゆっくりと向こう側へと向かおうとしていた。


 大きな大きな口を開く。

 送るために口を開く。


 凛とした少女の歌声が竜の喉から空へと響いた。


 古代から伝わる旋律。

 穏やかな音色で華々しく日を讃える祝いの歌。


 透き通り。透き通り。


 ゴーシュトラスの端まで竜の声は届く。

 誰もが讃える声は彼方まで届く。


 先へ。先へ。


 日が向かいまた戻り来るように。


 先へ。先へ。


 竜の歌は彼方まで透き通る。

 少女の声が彼方まで透き通る。


 先へ。先へ。




 日は歌に送り出され、世界の裏側へと旅立った。歌が終わり眼下を見下ろすとまだ世界は明るかったが、街には少しずつ明かりが灯り始めていた。

 女竜がバルコニーに舞い降りると姉の横にガブリエルの姿があった。


「さすがですわ姫様、また一段と美しい音を奏でられるようになられて」

「ガブリエルはお世辞が上手なんだから……」


 女竜は少女の姿に変化し、頬を染めてドレスの裾を掴んだ。姉のマルフィーザは相変わらず微笑んでいる。


「ガブリエルの言う通りよ、レスクヴァ。あなたは確実に上手くなっているわ。惚れ惚れしてしまうわね」

「お姉様……」

「ふふ」


 さて、とガブリエルが切り出す。


「姫様方、早速参りましょう?」

「え、どちらに?」

「あら一の姫様、二の姫様にはお伝えしていらっしゃらなかったのですか?」

「こういうことは急な方が楽しいと思ったの」


 マルフィーザは一層にっこりと微笑んだ。


「武闘会よ」



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