七話
授業での練習用ダンジョン攻略を間近に控えた俺は不思議な光景に遭遇していた。学園の敷地内とはいえ白昼堂々とガーデンパラソルを置きテーブルと椅子を置き寛いでいる小さな女の子と脇に控えて背中には一見すると小さく見えるが実は魔法で収縮され竹刀サイズになったグレートソードを背負っている女の子が控えているという状況、これがゲームならスチルゲットというところだがやはりこれが現実などだということを改めて認識させられた。目の前にいるのは学院最強にして最高の権力者の一人である生徒会長白雲水菜そのものだった。白髪に傘型の魔道具を携え優雅に紅茶を啜っている姿からはとても想像できないが、ゲーム内ではスポット参戦枠ながらレギュラーに劣らずクリア後には使用できるようになったときに正式参戦してもクリア時の主人公達について行けるほどなのだから相当なものであることがわかる。
「む……汝は新入生だな?妙な気配のする者がいると聞いてな、ここで待っていた」
あまりにも唐突な展開に俺自身の時間が刹那停止した、それはそうだろう。彼女がこういう素っ頓狂な行動に出るのは前世のゲームでのことでよく知っているがそれはこんなに早く登場するということはなくましてや主人公を差し置いて先に俺が遭遇するなどというイベントは存在しないはずだ。しかも彼女は俺を待っていたという、今の所そんな行動を……一つだけあるがそれを察知されるような行動はまだしていない。何しろ事実上の試験運用したのは隠しダンジョンでの一度きりだ。これから練習用ダンジョンという時だがそこで使用する予定もない。あくまでルナを救うための一歩で慎重に事をすすめるべきなのだ、それにも関わらずこれは……非常に拙い、拙い予感がする。
「まぁ、座れ。茶は用意してある。2,3訪ねたいことがある。それを答えてくれればすぐに済む」
「どうぞ、御仏様」
椅子を勧められるままに座ると防音用の結界が張られたのがわかった、どうやら周りには聞かせたくない話であるらしい。それならこんな衆目環視の中でしなければいいのにと思うのだがそれは彼女なりのこだわりというものがあるのだろう。
「私は白雲水菜、生徒会長をしている。これは伏竜亜々佐、私の世話役で書記をさせておる。最近な、妙な気配を感じるようになってな。お主……エルプシャフトに手を出したな?」
「ああ皆まで言わずとも良い、学生といえど冒険者の端くれだからな、どのようにしてアイテムを入手したのかまでは聞かないが……汝が得た力に興味がある、聞かせてもらえるか?場合によってはこちらが色々と手を回してやってもよい」
は、早くもバレてるー!?いや落ち着け、何も一から十まですべて話す必要なはない。そもそも隠しダンジョンという存在がどのくらいの認知されているものかわかったものでない、俺が持つアイテムについて深く追求されることはないだろうがそれでも適当な理由はでっち上げる必要がある。可能なら自前で変化できる彼女に教えを請いスキルを取得できればそれに越したことはない。
「偶然迷い込んだダンジョンで得たアイテム?ほーう……まあ、よい。冒険者たるものそのぐらいではなくてはな。それでその力、汝は使いこなすつもりはあるか?あるなら鍛えてやっても良いぞ」
「本当ですか?!でも初対面の俺にどうしてそこまで……」
「お嬢様の肝要なご厚意を無下にするつもりですか?お嬢様は危険なエルプシャフトを使って暴走させて未来を潰す生徒を見たくないとおっしゃられているのです」
それまで水菜さんの後ろで控えていた亜々佐さんが口を開く。どうやら修行をつけてやる、ということらしい。相手は学院最強、しかも俺が入手した事で取得した変化術の名手でもある。師匠として教えを請えるなら願ってもないことことだ。こうして俺は初ダンジョン攻略を間近に控え並行して厳しい修行をつけられることになったのであった。それはもう厳しい修行だった、変化してレベル的に言えば序盤なら無双できるであろうステータスーーー確認することは出来ないので確証はないがーーーそれにも関わらずやはり学院最強の称号を持つ水菜さんの前には手も足も出なかった。しかし力を使いこなすという目的は果たすことは出来たと思う、手に入れて数日ダンジョンでぶっつけ本番を覚悟していただけにこれはラッキーだったといえる。日数的にはかなりギリギリで初ダンジョンを終えた後も時間があるときには見てもらえると約束を取り付けた俺は、レイラとルナの二人と合流しダンジョンへと向かうことになったのであった。
◆◇◆◇◆
あれから更に数日ようやく俺達3人はダンジョン攻略のために入り口へ来ていた。
初心者用ダンジョンと銘打っているがこれは学院の創設に関わった冒険者や教師等の有志一同により攻略されつくされ安全を確認された上で管理されているものだ。それでも意図的にダンジョンを残しているためモンスターや宝箱等を生成するコアは残されている。それを加味しても小規模なもので10階層もない小規模な物であるため授業や単位取得の為に開放されているのだ。
「あんた、ダンジョンでもその恰好なのね……ちゃんと動けるんでしょうね?」
「あったぼうよ、俺に任せておきなさい!それよかルナのほうが……」
「このメイド服は私にとって正装ですから、それに魔法でちゃんと防刃と対魔法も施されているんですよ?」
自慢気にその豊満な胸を反らすルナの言葉だが割ととんでもないことを言っている、通常冒険者に与えられる装備に防刃や対魔法といった物は付与されていないことが多い。俺達の学生服も簡易だけつけられているとはいえお飾りのものだ、ましてや魔法でともなれば高級品の部類に入る。この辺は義理とはいえ学院長の娘ということなのだろう。それならば何故従者の道を選んだのかとも聞きたくもなるが……
「まぁそこの忍者被れよりはよほど頼りになりそうね、期待しているわよ?その双刃刀が飾りじゃないことにもね」
ルナの持っている武器は一風変わったファンタジー世界ならではの柄の両方に刃がついた剣、カヌーのパドル等を想像してもらえればわかるだろうか?ああした形の武器がこの世界でも当然のように存在している、ともあれ俺達はダンジョンへと入っていった。
初心者向けダンジョンということで3階層ぐらいまでは何事もなく順調に突破していた。そもそも扉の数も少なく、モンスターの低級のゴブリンやスライム程度なもので順調も行く……はずだった。
「な、なんだあれ!?」
「嘘でしょ……ゴブリンの上位種キングゴブリン……私達のレベルで相手にするような物じゃないのになんでこんなところに!?」
「エクストラエンカウント……管理されたダンジョンで発生するなんてありえません、逃げましょう!」
キングゴブリンは人型のモンスターの中ではそれほど強いレベルではない、しかし序盤に出てくるモンスターは中級程度に属する。しかし少なくともチュートリアル的なダンジョンで出現するようなものではない、はずだ本来は。しかしルナが口にしたように例外が発生する、それがエクストラエンカウントと呼ばれるものだ。ダンジョンを構成するコアに魔力がたまり過ぎた時に余剰として吐き出された魔力がモンスターを強化して上位種を生み出してしまうことがある、それがこれだ。しかしゲーム本編ではそれが発生するのはもっと後のことだしいわばサービス的な要素のはずだった。
「いや、ここは俺がやる!下がってろ!」
本来なら倒せないだろうが今の俺にはクラヤミ変化がある。とはいえそれを簡単にさらしていいかなやむところはあるがルナを助ける第一歩としてあえて姿を晒すという選択肢もある。だが今は……
「クラヤミ変化!」
ゴブリン達の攻撃があまりにも早く迎撃せざるをえない、そう判断した俺は咄嗟に変化してしまった。去ろうか去るまいか躊躇っていた二人の表情が驚愕に染まるがもう拘ってはいられない。
「忍法!火炎粉砕撃!」
『筋力強化!火炎属性付与!→ファイアナックル!』
前回入手したスキルにより早速迎撃する、キングゴブリンもそうだが序盤に出てくるモンスターは大抵炎か雷属性の技に弱い、今後のことを考えると入手したいところだが……
「グオオオ?!」
圧倒的な力で地面を砕くキングゴブリンに炎を纏わせた拳を何度も何度もぶつけてやる、だが中々怯まない。やはりエクストラエンカウントで出現するモンスターは兎に角硬いようだ
「あんた、ああもう後で聞かせてもらうからね!ライトニング!」
「本当ですよ御仏様!唸れ疾風!ウイングカッター!」
こんな入学したての学生が持っているはずもない姿を晒した事に動揺しながらも武器を構えた二人は魔法を唱えてフォローしてくれた。それにより今度こそ動きが止まった、なら今こそ……
「く、らええええ!」
『斬撃強化!火炎属性付与!→ファイアスラッシュ!』
炎を纏わせた斬撃がキングゴブリンの上半身と下半身を分断した、スズン!と音を立て地面に切り裂かれた肉体が倒れ王冠がコツン落ちる音が鳴り響く。
「終わった……?」
「何で倒した本人があやふやなのよ、魔力反応はもうないわよ。それにしても驚いたわね、あんたがこんなものを隠し持ってるなんて。何で隠してたのよ」
「そうですよ、確かにこんな相手に遭遇したことはレアケースだったかもしれませんがそれにしてもそのお姿はまるで……」
変身を解いていないその姿は恐らく禍々しい鬼か狼かといった風にみえているだろう。銀をベースにしたスーツに黒い装飾、面を包む顔は鏡で確認したがそれはもう凶悪なものだった。前世でのモニターや雑誌越しにはこんな凶暴には見えなかった筈だがこれもゲームと現実の違いということなのか。
「ま、色々な」
「色々じゃないわよ全く、とりあえずキングゴブリンよキングゴブリン!あんなものがこんなところに湧くなんてありえないわ、学院に報告ね。あんたのことも……場合によってはね」
お茶を濁したような物言いにも動じることのないレイラは冷静にツッコミを入れてくる。既に生徒会長という大物にバレている段階でこれ以上にまずいということもないが教師陣に知られるのはあまりよろしくない、最悪学院長は味方してくれるかもしれないがそれにしてもあまりいいとはいえないだろう。
「では、このまま進んでゴールしましょうか。後は扉が数個あるだけですし……」
ルナの提案にどうしようかとしばらく相談したが引き返すにしても半端な距離であるため結局進むことになったが、その後はトラブルもなく数度扉を開くと学院側が設置したと思われる宝箱に突破を証明する札が入っておりそれを持ち帰り俺達は帰還したのであった。