ニオわせる後輩くんはしりとりがお好き
普通の小説です。
好きな男子の部屋で彼と二人でしりとりをする女子高生のお話です。
よろしくお願いします。
その日、莉々にとって男子の部屋にあがるのは初めてだった。
莉々が座るためのクッションを準備する彼、史理斗は、莉々の通う高校の一つ後輩だ。
ようやく目当ての男子の部屋までたどり着いた。「キレイにしてるんだねー」と、何の面白みもないその殺風景なだけの部屋を見まわしながら、クッションに座る莉々。
草食系男子の史理斗を半年がかりでその気にさせ、ついに潔癖でキレイ過ぎる彼の部屋へとやってこれたのだ。そりゃドキドキする。
と、ここまでは良い。さて問題はここからだ。
史理斗も寡黙な男子なのだが、莉々だって会話が上手いほうではない。まあ、そういう所が互いに心地良いわけではあるが。せっかく彼の部屋で二人きりだというのに会話が盛り上がらないのはやはり困るというものだ。
こういう時はもう、
こうなったら思い切って、キスでもせがんでみよう。
「ね、ねえ。史理斗くん? キ……キ……」
「え? なに?」
「うっ……や、やっぱいい」
「……」
とはいかないものである。この草食ヤローがどこまで自分に落ちているのかを、莉々は計りかねているのだ。この鈍感草食ヤローが部屋に女子をあげただけでは、まだOKかNGかは分からないのである。
なんとも麗しき乙女心ではないか。と、莉々は自分をなぐさめ、次の策を練る。史理斗という男、なかなか表情からは何を考えているのかが分かりづらい。
やはりこういう時はアレしかない。
アレに決まってんじゃん。
「しりとりでも、する?」
不安げにに史理斗の表情をうかがう莉々。
「あ、僕もそれ言おうと思ってた」
好機。互いが互いに、しりとりをしようとしていたという。これはもう、前世から通じ合ってるまである。莉々はそう思った。声のトーンを一つ上げて、
「じゃ、史理斗くんから始めて?」
ここは控え目に、男子を立てるのが上策。
「うん。じゃ、しりとり」
「リス」
可愛い。とっさにこんな可愛い動物が出てくる自分が莉々は誇らしかった。が、史理斗は読みきれない表情のままに、間髪入れずしりとりを返す。
「スメル」
「ん?」
やけに彼の発音が良いのでよく分からなかった。もしかして外国人なのだろうか。いやどうみても素朴なジャパニーズ顔だ。きっと英語が出来る天才なのだろう。
「ああ、smell、においの英語。スメル」
「あぁそれね。じゃあ、ルビー」
「異臭」
「異臭か、珍しい言葉使うんだね。〝う〟ね……、ウニ」
「におい」
「におい……? なんか史理斗くん、さっきからニオイの言葉ばっかりじゃない? スメルとか異臭とか……」
莉々は首をかしげた。史理斗は特に気にする様子もなく、
「だめ?」
「いや……、別にいいんだけど……」
「じゃ早く。〝い〟だよ」
「うん……。じゃあ、岩」
「腋臭」
「ちょちょ、ちょっと! 何が言いたいの? 私の、その、臭うって言いたい?」
さすがの莉々も慌てずにはいられない。この男は麗しき乙女心をなんだと思っているのだろう。本当にこの男は何を考えているのか読み取れない。
「違うよ、たまたまだよ。ははっ」
「じゃ、もうやめてね。次は普通の言葉にしてね?」
「分かったから、はい、〝が〟だよ」
「んもう。じゃあ、が……額」
「臭い」
「言っちゃってんじゃん! がっつり臭いって言っちゃってるよ! え、臭いの私?」
「そんなこと無いって。しりとりしてるだけだよ。この流れで〝く〟が来たら誰でもそうなるよ」
「もう言わないでよ? 絶対言わないって約束して」
「分かったから、〝い〟だよ」
「絶対だよ? 絶対。〝い〟ね。じゃ、イス」
「スティンク」
「へ? 何それ?」
また良すぎる発音で、莉々が聞いたことのない言葉だった。
「英語のstinkだよ」
「どういう意味?」
「『悪臭を放つ』って意味」
「おるぁああ!! また悪臭じゃんよ!! なんなの! 悪臭を放ってんの私? ねえ!」
「いやだから、たまたまだよ。気にしないでって」
「気になるわよ!」
「大丈夫、たまたま。たまたまだって。ほら、スティンクの〝く〟だよ」
「〝く〟ね。く、く……栗」
「リセッシュ」
それは部屋の棚の上に置いてあるハンドスプレーに印字された言葉だった。
「あ、もう……、分かったよ。……リセッシュするよ。臭いんだね私。はい、シュッシュッ。で、〝ゆ〟ね、床」
莉々は自分の体にリセッシュをし、目に見えて肩を落としうなだれ、「はぁ……」と大きな溜め息をついた。史理斗は変わらない様子でしりとりを続ける。
「換気」
「はいはい、換気もします。はい、窓開けました。き、寄付」
「ファブリーズ」
「はい、ファブリーズもします。こっちもシュッシュッ。はい、で、図星」
「消臭力」
「消臭力のスプレーもやればいいんでしょ。シューッと。はい、金庫」
「香水」
「分かりました。香水もかけます。プシュッと、プシュップシュッ。芋」
「もう臭わん」
「はぁ……良かったぁ……」
その後、二人であっち向いてホイを10回戦した後、史理斗が咳き込み出したのを見て、莉々は申し訳なさそうに別れを告げ、家に帰っていった。
そして莉々は決意した。
お金を貯めて、最高級の消臭剤と香水を手に入れようと。
莉々は必死に働いて、働いて、そして手に入れた。幻の高級ブランド、ドールチェアーンドガバーナーノソの香水を全身にまとい、見事また史理斗の部屋へとあがり込んだのだ。
香水の効果はテキメンだった。部屋で二人きりになるや、あのぶっきらぼうな史理斗が目に見えてソワソワしだした。そしてなんと、今回は史理斗の方から、
「莉々ちゃん、キ……いや。しりとりしよ?」
「え、あ、いいよ。じゃあ、史理斗くんから……」
史理斗は莉々の瞳を見つめ、
「しりとり」
「リス」
「スメル」
「ルビー」
「良い香り」
「んふっ、理科」
「芳しい」
「い、い? イクラ……!」
「ラベンダー」
「あ、ああ、あ、ああ」
「アロマ」
「まま、ま、待ってってば」
「バラ?」
「え……うん、じゃあ……ライチ?」
「チュッ」
「チュッ」
・・・
「「チュッ」」
・・・
「「ぶっちゅ~」」
・・・
しりとりなんて、している場合ではない……
(おわり)