「ぬ」を16個足したパングラム ~縫い物見抜く鵺
1つの字に憑りつかれた人物の手記
何度でも言おう。
ヤツこそがパングラムの壁、敵、いや魔王と言ってもよい。
全てのパングラマーの前に立ちはだかるにっくきアイツ。
そう、
「 ぬ 」
見るからにふてぶてしく、ひん曲がった使いづらそうなツラではないか。
本当に困ったヤツだ。まあただ、世話の焼ける子ほどかわいいとはよく言うもの。気づけばこの「ぬ」の事ばかり考えている。少しは付き合い方も分かって来るものだが、それでもコイツを使いこなしていると言うには程遠い。
慣れてくれば「ぬ」は「~せぬ」の打消し助動詞で使うのが定石なのだが、こればっかりでは芸がないと言われても仕方ない。
つまり、「ぬ」は自立語で使ってこそ「ぬ」を使ったと胸を張れるのだ。
このように「ぬ」のことばかりを考えていた私は、徹底的に「ぬ」のつく言葉を使いたい思いに駆られてしまった。まるで憑りつかれたように。
「ぬ」「ぬ」「ぬ」・・・
気づけば私は「ぬ」のつく単語だけでパングラムを作っていた。この世に「ぬ」のつく単語しかないかのような感覚になってしまっていたのだ。
どれほどの時間憑りつかれていたのだろう。恐ろしいことだ。
だが、それが完成した時、私は正気を戻した。
目の前にあったのは異常に「ぬ」に塗られたパングラム……
要はこういうことだ。
完全パングラムは全文字1回ずつだが、今回「ぬ」は使い放題とした。「ぬ」と「を」以外の助詞・助動詞を一切使っていない。「を」以外は全て「ぬ」のつく単語のはずだ。「ぬ」は助動詞1個だけ使った以外は全て自立語である。
結果、パングラムに「ぬ」だけを16個も付け足した。一応物語っぽくなってるはず、そこは想像力を存分に働かせてほしい。
これを見ればもう「ぬ」は怖くない。我々は「ぬ」を使いこなすことができる。
ていうか「ぬ」だらけ! 「ぬ」地獄!
どうぞご覧あれ!
『 縫い物見抜く鵺の冒険 』(パングラム + ぬ×16)
濡らさぬ 手縫い物 見抜く 鵺。
なぬ? ヘヤヌード。
ローヌ川 夜脱け。
ぬるま湯蕎麦 盗む 奴婢 を ニセコアンヌプリ。
砧骨 血塗れ、滑っ……
死ぬ。
(ぬらさぬ てぬいもの みぬく ぬえ
なぬ へやぬうと ろおぬかわ よぬけ
ぬるまゆそは ぬすむ ぬひ を にせこあんぬふり
きぬたほね ちぬれ ぬめつ しぬ )
※単語の解説
ローヌ川・・フランスを流れる川で、長さ・流域面積ともヨーロッパ屈指。
夜脱け・・夜にまぎれてこっそり脱け出すこと。夜逃げ。
奴婢・・律令制における身分の一つで、隷属民の一つ。平たくは奴隷。
ニセコアンヌプリ・・北海道にある山で、ニセコ連峰の主峰。世界4大スキー場の一つ。
砧骨・・耳の奥にある骨。音を伝える働きをし、布打ちの作業台に使われる砧に似た形状をしている。
「ぬるま湯蕎麦」は単語なのか、「ヘヤ」でなく「ヘア」ではないか、骨の読みは「こつ」ではないか、「滑っ」は何かあやしくないか。そのような批判は受け付けない。
特にぬるま湯蕎麦はわりと気にしてるからやめて欲しい。
ニセコアンヌプリ、これぞ名峰にして至高の「ぬ」ワード。
どうやらアイヌ語らしい。私はさらなる「ぬ」ワードを求めて北海道を目指したのである。
(おわり)