97 婚約報告②
「クリスティナ。貴方は何も分かっていないわ……」
「何が?」
私は首を傾げるわ。ラーライラも元気ね!
「エルト兄様がどれだけ大っぴらに貴方へ求愛してきたか」
「そうなの? 宝石の件?」
求愛のお手紙は貰った事ないけど。
アルフィナに騎士や侍女を送ってくれた事かしら?
「市井でどんな噂が広まっているか」
「エルト、本当に何してるの?」
「こういう場合は男が恥をかくぐらいが丁度良いんだ。俺とレヴァンは昔からの友人だったからな。そのレヴァンとの婚約が破談となった途端、熱心にお前にアピールし始めた……というのが今の俺だぞ」
「うん?」
というと。
「つまり俺は『昔から』お前の事が好きだったという設定で市井に知られているという事だな。主君にして親友のレヴァンの婚約者クリスティナを想いながらも長年、その感情を内に秘めていた……それが今、誰の目を憚る事なく求愛している……。ずっと婚約者を置かなかったのはお前を想っていたからだ、という話にされている」
「……昔のエルトと私、会った事ないわよね?」
カイルみたいに。
「そうだな。だが、その方が市井の噂は盛り上がる。俺も特に否定する事はない」
「…………もし、私が貴方を選ばなかったら、貴方が恥をかく? のよね?」
「それでいいだろう。流刑に処されたお前が俺に泣きすがった、などと噂をされるよりは。男がフラれた話より、女が捨てられたと噂される方が社交界で余計な傷を負う」
「そう……。女が女を攻撃する方がエゲつないものなのよ。だから貴方はお兄様に感謝なさい」
「んー?」
そうかしら。男の人と決闘した方が『攻撃』は苛烈にしないといけない気がするわよ。
だってそうじゃない?
流石に私も男の人と女の人を相手にして両方ぶん殴るなら、多少は屈強な男性の方を強く攻撃すると思うわ。
でも意識を奪う為なら両方共に容赦しないかしら?
「何か微妙に伝わっていないような気が……」
ルーナ様の天与は何かを感じる天与なのかしら!
他人の天与ってどうなっているのか興味が尽きないわね!
「とりあえず……リンディス達、アルフィナに報告してくるわ! ルーナ様とも、もっとお話ししたいけれど」
「それはまたいずれ」
「そう!」
「……俺とは話していきたくないのか?」
「ん!」
エルトが拗ねたみたいな反応をしてくるわ!
子犬みたいな感じがして可愛いわね!
「もちろんしたいわ! 皆に話して、また戻ってくるわよ!」
「そうか」
エルトは、私の予定を聞いて、また私の手を取ったわ。
そして私の手にキスをする。
ふふふ……。なんだかこれ、むず痒いわね!
私はクインに乗って帰る準備をする。
エルト達とはマリルクィーナ修道院の調査をする為に移動して、また合流予定。
次はリンディスを連れてくるつもりよ。
「じゃあ、またね! エルト! ルーナ様! ついでにラーライラ!」
「ついでですって!?」
「ふふふ! ラーライラはこういった方が面白そうだから言ったわ!」
「クリスティナ! 貴方、私との決闘を無視して婚約を進めた以上……そのツケは後で支払わせるわ!」
「ツケ?」
何かあったかしら?
「ええ、そう。ベルグシュタットの女として……貴方には『ワイン返し』の練習をさせてあげるわ!」
「ワイン返し?」
何かしら、それ。初めて聞いたわよ。
「あのぅ。ラーライラ様、ワイン返しとは?」
「ルナ。貴方、男爵令嬢だからって社交界をサボってきたの?」
「え。サボると言いますか、そもそもあんまり招待された事もないといいますか」
「そう……。浄化の旅ももう終わったのだから……次からは政治と社交が始まるわ。2人共、ベルグシュタットで面倒を見てあげるわ!」
まぁ。ラーライラったら意外と優しいのね!
「なんだかありがとう! ラーライラ! 貴方も良い人なのね!」
「な……、勘違いしないでちょうだい! 私はエルトお兄様とルナの為にやるのよ! 貴方の為じゃないわ! 貴方は『ついで』よ、クリスティナ!」
「そう? ついででも私は嬉しいわ! ラーライラ!」
「む……!」
ふふふ。フィオナ以外にも友達が出来そうだわ!
同年代の令嬢となんてフィオナ以外とは、まともに話した事もないからね!
「ところでワイン返しって何? ラーライラ」
「ワインをかけ返す訓練、そして技の事よ」
「何それ」
「……茶会で気に入らない女のドレスにワインをかけるなんて、昔からある話なのよ。クリスティナ。貴方は無頓着でしょうけど、エルト兄様の婚約者として、そういう場に出たら……間違いなくワインを掛けられるわ!」
「えー……?」
それって確定しているのかしら!
「……イリスの巫女なのにか? 不敬を通り越しているように思えるが」
「甘いですね、エルト兄様」
あら。エルトにも強気に行く事があるのね、ラーライラ。
「ルナをダシに使うに決まっているじゃないですか!」
「えっ。私?」
「えー……」
ルーナ様をダシに。
「ルナを持ち上げて味方のフリをしながらクリスティナの評判を貶め、嘲笑う……その光景が、今にも目に見えるようだわ!」
それ、ひょっとしてラーライラがやりたい事だったりしないかしら?
「だからクリスティナ。茶会に出る前に貴方には学んで貰うのです。ワインを手に構えて近付いてくる令嬢の気配の察し方。ドレスでの足運び……。そして、かけられたワインを躱す動き。場合によっては回避するだけでなく、一滴も零す事なくワイングラスを奪い勝ち誇る術。或いはワインを掛けてこようとした相手にそのままワインをかけ返す技……それが『ワイン返し』よ。これこそがベルグシュタットの女の流儀!」
「何ですか、その流儀は……」
「それ、けっこう面白そう!」
「面白そう!?」
フィオナも連れてきていいかしら?
ワインの掛け合いっこをしたいわ!
「ルーナ様も一緒にやるの?」
「当然よ。ルナだってこの旅が終われば茶会に社交界に引っ張り回されるのだから! ルナには戦う術を身に付けて貰うわ!」
「ええ……。私は、その。ワインの避け方を教えて貰えれば、それだけで嬉しいでしょうかね……」
「私はかけ返すヤツをやりたいわ!」
「こ、好戦的ですね、クリスティナ様は……」
それにしても社交界ねー。
縁はあるのかしら? エルトと婚約するのならありそうね。
でもアルフィナはどうしようかしら。
……結局、陛下の判断次第かしら?
まぁ、その為にもしっかり私のしてきた事を報告して評価して貰えるように手を打たないとダメよね。
マリルクィーナ修道院にあの邪教の手掛かりがあれば……アマネの存在自体が怪しいモノだと糾弾する事は出来ると思う。
子供の言い争いになると思うわ。
私が悪役令嬢なら、アマネは……悪役転移者。
あいつは本当は悪い奴。だから私は正しいっていう言い合いになるの。
どちらが悪いかどうかの結論は出せないでしょうね。
でもそれでいいわ。
ある程度の主張を遮られないように出来るように事前に整えておく。
それで……陛下までが私に対して執拗に理不尽な判断を下すようであれば。
なってあげましょう、悪女に。
傾国するかはさておき、悪女の方が楽だもの。
もう誰の命令にも従わないし、陛下を見限るわ。
私は私の愛を命を賭けて貫きましょう。
女神イリスは剣と薔薇、そして愛の女神なんだから!
「ふふふ。じゃあ、ワイン返しの訓練。楽しみにしてるわね、ラーライラ」
「ふん! 覚悟しておく事ね!」
「ふ、普通にお茶会や社交界の振る舞いや作法についてお勉強会をしませんか? 私は、そちらの方が不安です」
「ルナ」
「は、はい」
「このクリスティナでさえ王妃教育をこなしていたのよ? 淑女の振る舞いが貴方に出来ない筈がないわ」
「えー……」
何か今のって失礼じゃないかしら?
「じゃあ、色々! またね!」
「……もう行くか? クリスティナ」
「うん! エルトも元気でね!」
「一晩ぐらい泊まっていっても良さそうだが」
「朝、リンディスに一言言って飛び出したっきりだから、不安にさせてると思うの。だから今日中に帰るわ!」
「そうか。慌ただしくてすまないな」
「いいえ! 楽しかったし、嬉しかったから問題ないわ!」
「そうか……そう思ってくれたなら、何よりだ、クリスティナ」
「うん! じゃあ! 本当にまたね! クイン!」
『キュルア!』
エルト達をその場に残し、翼をはためかせ飛び立つ白銀のドラゴン。
んー! ルーナ様の結界って飛ぶ時に便利だったわね!
「またねー!」
と、私は右手を高く掲げてブンブン振り回しながら飛び立ったわ!
そして空を飛んでアルフィナに帰っていく。
周辺の地図はないけど、クインは賢いし、匂いでリンディス達が分かるから、まっすぐ帰れるわね。
それで……時間を掛けて、アルフィナの屋敷に戻ってくる私。
リンディスだけじゃなく、ヨナも、カイルも、セシリアも出迎えてくれたわ!
「お嬢……! 随分と遅いお帰りでしたね……!」
クインが巻き起こす風で髪を揺らしながら寄ってくるリンディス。
「リンディス!」
「はい。何でしょうか」
「──私、エルトと婚約してきたわ!」
と、私は元気よく婚約の報告を済ませたわ!
これからが忙しくなるわね!
「「「……は?」」」
「ん」
リンディス、カイル、ヨナが私の婚約報告に口をポカンと開けて絶句したわ。
「フフン!」
私はクインから飛び降りて胸を張ったわ!




