96 婚約報告①
「婚約してきたわよ、ラーライラ!」
「……よくも私に、その報告を嬉々として出来るわね」
あら? 認めてくれたんじゃなかったの?
「無神経にも程があるわ……!」
「こればかりは、ぐうの音も出せませんね……」
あらあら? ルーナ様までラーライラの味方なの?
「ライリーよ。決闘に負けた以上、賭けた約束事は守られねばなるまい」
「勝っても負けても婚約締結という、ただのイチャつき決闘に何の意味があるんですか、お兄様!」
どうしようかしら。
私、怒る妹って割と苦手かもしれないわ!
ミリシャは基本的に相手をしないのが一番だったもの。
「ふ、ふふ……」
「ライリー?」
「いいですよ。認めましょう」
「あら?」
意外とあっさりね?
「ですが。ベルグシュタットの女となる以上……相応の覚悟をして貰わなければならないわ!」
「覚悟?」
何のかしら。私は首を傾げたわ。フフン?
「ら、ラーライラ様。まさか嫁いびり的な事をなさるおつもりで……!?」
「えー……?」
「あら。何を言ってるのかしら、ルナ。嫡男であるお兄様の妻となろうとするのだから。それはつまり将来、伯爵夫人になるということよ。だからこそ、クリスティナには婚約に向けて活動をさせなければいけないわ」
「んー?」
それはだから神殿巡りをして、私達の婚約を証明して貰うんじゃないの?
「クリスティナ。言っておくわ。エルト兄様を狙っていた令嬢が……どれ程いるか!」
「フフン?」
「ただでさえ貴方、レヴァン殿下と婚約していた時も、やたらと黒い噂塗れだったけど、そんな貴方を、あの茶会や社交界に送り出せばどうなるか!」
ちょっと待って。黒い噂塗れだったの?
それは初耳だわ!
「貴方、王太子の婚約者だった時でさえ、茶会の一つもまともに開かなかったでしょう」
それは面倒くさかったからね! あとまぁ。
「マリウス家は私主催の茶会なんて開かないわよ。ミリシャが開くのよ、そういうのは」
ドレス代もアクセサリー代も、そしてお茶会を開く為の全ても、ほとんどがミリシャの為にあったものよ。
茶会を開く暇があるのなら王妃教育を受けるようにって言われてきたし。
学園の寮に移ってからだって、あの家が私に支援する筈もない。
「……王妃候補で、王太子の婚約者だったのでしょう? その貴方に何も渡さないって。侯爵家は何考えてるの?」
「んー。大体、髪型を変えるだけで必要な行事は乗り切ってきたし」
破れたドレスでもない限り、だいたい何とかなるわ!
「……クリスティナ様ほどお美しい方で体型も良い方だと何を着ても見映え良く見えそうですね」
「むっ!」
「フフン!」
ルーナ様に褒められたわ!
「……使い古しのドレスなのに、その顔と体型だけで圧倒して見せて、やり過ごしてきたのね? 貴方を貶めようと頑張る女達に一番嫌われるタイプ……! ミリシャ嬢をイラつかせてきたに違いないわ……!」
「えー……?」
私が悪いのかしら!?
「簡単に思い浮かぶわ。どうせドレスを持ってないのを良い事に、散々貴方に『センスがない』だの何だの言いふらしてから、いざクリスティナが現れた途端、その顔だけでそこまでの茶番をひっくり返されて余計に反感を持たれて、ひたすら女達に『悪役』にされ続ける貴方が! しかも貴方を嵌めようとした女の婚約者辺りまで目を奪われるとか、そういうオプション付き!」
凄く具体的に思い浮かべてるわね!
「クリスティナ。貴方、すべてを放置してきたでしょう」
「うん?」
「……お茶会で悪意を向けられても知らんぷり、無頓着、無関心。言われるがままに悪口を言われ続けておきながら、レヴァン殿下との仲は良好だと見せ付ける……。意図してやってきたなら褒めるけど、無自覚なせいで余計に敵を増やしてきたわね!?」
「えー……」
よく分からないわね!
「……ベルグシュタットの伯爵夫人となるつもりなら受けた侮辱は返さなければならないわ!」
「フフン?」
「『気にしてないわよ』の一言で、そのまま本気で気にしてないままで受け流すなど許しません。貴方には、もっと『敵意』に敏感になった上で、令嬢としての返しを学んで貰います!」
それはなんだか楽しそうね!
「え、頑張るのは花嫁修行とかじゃないんですか?」
とはルーナ様の台詞よ。
首を傾げていらっしゃるわ!
その仕草がキュートね!
「ルナ。この女に細やかな気配りが出来るとは思わないわ。人が投げつけた手袋を拾って、そのまま別人に投げつけるような無作法の女よ? 王妃教育はどこに行ったのかまるで分からないじゃない」
手袋の投げ合いは王妃教育にはないわね!
「『舐められない』ように学んで貰うわ!」
「楽しそう! だから、やるわ!」
フフン! と胸を張ったわ!
「ライリー」
「はい、エルト兄様!」
「……クリスティナを伯爵夫人に、と言うが」
「はい。この私が躾けて見せます!」
私、躾けられるのかしら?
「伯爵家を継ぐのはお前でも良いのだぞ」
「……は?」
うーん?
「常々、お前が言っていただろう、ライリー。自分の夫となる者は俺を越える者しか認めないと」
「え、ええ。言ってきましたわ」
まぁ。ラーライラが頬を染めて目を逸らしているわ。
これが『姫騎士』の可愛さなのね!
「お前の夫は俺を越えた男。ならば、伯爵家を継がせるに相応しい男なのだろう」
「は……?」
「ライリーが認めた相手であれば、家督を譲り渡す事に何の戸惑いもない。俺はクリスティナが妻になるのなら家を出ても良い」
「なっ……!」
「え、じゃあエルトがアルフィナに来るの?」
「それも良いだろう」
まぁ! 現実のエルトったら面白い人だわ!
じゃあ天与で陛下を脅して男爵位ぐらいは奪ってこようかしら?
それでアルフィナ領主になって、家族でアルフィナを再興させて行くのも楽しそうよ!
「も、もしやベルグシュタット卿って無茶苦茶な方ですか、ラーライラ様?」
「この女が関わった時だけよ!」
「ははは」
「うふふ!」
なんだか楽しいわね!




