94 神殿
「あの街だ。どこで降りる? 街の外か?」
「当然、神殿の前よ!」
「あー……ドラゴンの襲来に怯える人々の不安が……!」
「ルーナ様の力なら、いきなり矢を射られても心配なさそうね! フフン!」
「私任せですか!?」
ルーナ様ったらお元気だわ!
「ルーナ様。アルフィナでは使えるものは何でも使うのよ。天与なんて最たるものだわ!」
「そ、そうですか?」
「そうよ! 畑を耕すのも、木を切り倒すのも、食糧生産まで天与がなきゃやってけなかったんだから!」
食用薔薇が作れるのは大きかったわね!
あと観賞用の薔薇も売れて資金になったし!
「そう言えばルーナ様、大丈夫だった?」
「何がでしょう?」
「うん。私の天与でね。ルーナ様が街の宿で暴漢に襲われそうになったりしたの。ヘルゼン領では邪教に囚われたり……」
「え、だ、大丈夫ですけど」
「そうなの! じゃあ良かったわ! 私も潰した甲斐があるわね!」
「潰した? ヘルゼン領の件は聞きましたけど」
「街の宿の暴漢達は返り討ちにしたわ! 女性客を引き込んで襲って売ろうとしてたみたいだから!」
「ええ……!?」
フフン! じゃあ、あの後ルーナ様が襲われたなんて事もないのね!
「クリスティナ。聞き捨てならないが」
エルトが私の腰をしっかりと掴みながら口を挟む。
「フフン! 全員、返り討ちにしたのよ! ベッドの下に潜んでやり過ごして……ベッドごと蹴り上げたり、股間を蹴り上げて使い物にならなくしたりしたわ!」
「そ、そうか。勿論、襲われそうになったのだから構わない。よくやったな」
「フフン!」
私は胸を張ろうとしたけど、体勢的に難しいわ!
「降りるわよー!」
『キュルア!』
そして私達を乗せたクインは、バサバサと翼をはためかせながら神殿の前へと降り立ったわ。
「──薔薇の絨毯!」
棘なし薔薇の花弁を敷き詰めた絨毯を地面に発生させてルーナ様が降りやすいようにする。
3人乗りって出来るけど、あんまり良くないわね!
「い、色々と出来るのですね。他の方の天与というのは新鮮です」
「私もよ! ふふふ。やっぱりルーナ様とは仲良くなりたいわ!」
「は、はい。私もそう思います。クリスティナ様」
同じ天与持ちなんだから敵対しても損よね!
私は、ドラゴンの襲来に固まっている人達を無視して神殿を見上げた。
白い壁で作られた厳かな建物。
「ねぇ、エルト」
「どうした、クリスティナ」
「ここで婚約の締結をして貰うのよね?」
「そうだが」
「んー」
私は人差し指を顎に当てて考えたわ。
「……取り止めるのか?」
「ううん。そうじゃないわ。ただ、私に悪意を持つ人達はどう動くかなって。エルトもルーナ様も一緒に考えて欲しいわ!」
私だけで考えても良くないからね!
「クリスティナに悪意を持つ者か。……実家か?」
「そうね! 特にミリシャ!」
リカルドお兄様もよく分からないけどね!
「ここの神殿には根回しはしているからな。受理はされるだろう」
「神殿が敵になるっていう可能性でしょうか?」
「巫女2人を相手にか? 神殿の体面が悪過ぎるだろう」
「認めたと思ったら、勝手に取り消し! とかはどうかしら?」
「……ふむ」
一旦は認めておいて後で知らない内に却下されてるとかね!
「ここで婚約の締結をした後、他の神殿にも認めて貰いに行くか?」
「うん?」
「どの道、アルフィナでのお前の功績を陛下に報せ、王都からの追放処分を撤回して貰う必要がある。ふざけた言い掛かりだけは撤回させておかねばな。だから時間はあるだろう。この竜が居れば各地を巡りながら王都の近くまで旅をしつつ……アルフィナにも帰る事だって出来るだろう」
「そうね! じゃあ、これからしばらくは神殿巡りね!」
「ああ」
クインの前でそんな話をしていると、向こうから神官服を着た男達がやって来たわ。
「俺が話をしよう。クリスティナ」
「んっ!」
エルトが私の手を引いて、彼らの前へと進み出る。
「クイン! 大人しくしててね! 襲われたら、とりあえず逃げていいわよ! ムカつき具合であとでやり返してあげるわ!」
『キュルア!』
とりあえず、今のところ心配ないと思うわね!
「貴方様は……それに、その赤い髪、赤い瞳……」
黒を基調とした清潔なデザインの神官服の男達。
彼らは私達3人を見比べるわ。
「クリスティナよ! クリスティナ……、んー。クリスティナ・イリス・アルフィナ・リュミエット! そう名乗っておくわね! ついでに証明よ!」
私は、自分の周りに薔薇を咲かせてみせたわ!
「天与……! そして薔薇に、赤髪! は、はい! 噂に聞く通りなのですね!」
「フフン!」
貴族の証明がなくても身分の証明が出来て楽ね!
まぁ神殿限定で、それにここはエルトが先に来ていたのもあるんでしょうけど!
「メテリアの巫女のルーナ様もいるわよ!」
「おお……それは」
「あ、そうだわ! ルーナ様!」
「は、はい。何でしょうかクリスティナ様」
「ルーナ様の『浄化』を見せて貰ってもいい?」
「浄化ですか?」
「ええ! 神殿だし、浄化が必要な不浄な部分なんてないでしょうけど」
「私は構いませんけれど……神殿の方は」
「天与による浄化ですね? もちろん、喜んでお受けします! むしろ、こちらからお願いします!」
「フフン! 私の浄化薔薇も神殿に供えさせて貰うわよ!」
「浄化薔薇……とは」
私は、エルトに引かれた手を意識したわ。
そして空いた手に祈りを込める。
パァアっと光が輝き、私の手には一輪の黄金の薔薇が咲く。
「こちら。ルーナ様と同じく浄化の力があるの。私の……イリスの愛によって咲く薔薇よ」
「お、おお……」
「変に不安になられてもいけないから、私がこの薔薇をそちらにお渡しした後で……さらにルーナ様に浄化をして貰うわ」
「そ、それは有難いです! 女神の巫女様達の祝福を賜れるとは!」
「フフン!」
エルトの根回しとルーナ様のお陰で好感触ね!
私達は、神官達に案内されて神殿の中へと招かれたわ。
「クリスティナ」
「なぁに、エルト」
「わざわざ薔薇を贈り、ラトビア嬢にも浄化を願うのには理由があるのか?」
「そうね。あるけど……それこそ浄化が済んだ後で話してもいい?」
「勿論、構わない」
「ふふ!」
私は、今度はエルトの手を取って笑った。
思えば初めに『怪力』の天与に目覚めてから、何もかも勝手に決められた婚約だった。
あの家が決めた結婚。
少しも私を守らない力で望まれた愛。
別にレヴァンが嫌いだったワケじゃないけど……。
今日は自分で決めて、ちゃんと相手に認められて。自分の足で婚約関係を結ぶのね!
それってなんだか素敵な事だと思うわ!
予め、根回ししていただけあって、エルトの身分も私の身分もルーナ様の身分も簡単に確認を取るだけで済んだ。
天与を使った際の目撃者も沢山いるからね!
婚約の手続きをして、契約関係の書類を用意して貰う。
その間に私は、用意して貰った花瓶に薔薇を咲かせていくわ!
「……浄化薔薇でもいいけど、普通の薔薇の方がいい? ちょっと普段からだと目に付き過ぎるかも」
「うーん……、そう、ですね」
既に差し出した黄金の薔薇を見ながら神官が思い悩む。
「出来れば、この薔薇を教徒達にも見せてあげたいものですが」
「そうね。でも薔薇はいつか枯れるわ。長持ち用の水晶薔薇もいいけど……」
「水晶薔薇とは?」
「以前、彼に贈って、陛下にも献上した薔薇よ。水晶で出来たように固い薔薇。長持ちを優先させて咲かせたの。でも、あれって……正直、作り物っぽくて良くないと思うわ!」
「そうか? 見た目も綺麗で良いと思うが」
「えー……?」
でもねー。もっとどうにかしたいわね。
「とりあえず、浄化薔薇と水晶薔薇と、普通の薔薇を全部、神殿に捧げておく?」
元手は私の体力だからね!
「よろしいのですか?」
「全然いいわよ! むしろ、お金を出せないのが心苦しいわ!」
アルフィナでは貧乏だからね! 必要経費を回すだけで火の車よ!
「ああ、それなら問題は、」
神官はそう言ってエルトを見たわ! 根回しって寄付をしてきたのかしら!
「エルトの実家、大丈夫なの?」
「うん?」
「各地の神殿に根回しして回ってたって言ってなかった? そんなにお金をばら撒いたら困るんじゃないの」
「ばら撒いてはいない。ただ」
「ただ?」
「各地で夫人方の噂になりそうな物を買いつつ、それらを神殿に納めてきた」
「んん?」
「流行の品とお前の好みは違いそうだからな。浄化の旅に増やせない荷物もあったし。お前に渡す物、神殿に寄贈する物、噂に昇りやすい物と合わせて色々と」
凄く面倒くさそうな事をしてるわね!
「あとは伯爵も好きなようにやれと仰せだ」
「ベルグシュタット伯爵? エルト達のお父様の」
「そうだ。クリスティナが傍に居るなら、もっと単純に行動できたが……お前の境遇が境遇だったからな」
「そうなの! ふふ」
本当に色々やっているわね!
今日までの旅のお話を聞くだけでも沢山、時間が過ごせそう!
話を続けながら……用意された花瓶に薔薇を咲かせて満たしていく。
黄金薔薇と水晶薔薇。そして普通の薔薇。
色違いの薔薇もたくさんあるけど、ここは黄金の浄化薔薇を目立たせたいからね!
「……そうそう」
「はい、クリスティナ様」
「私の咲かせる薔薇は、結局は植物だからね。しかも自然に発生した植物じゃないわ。だから……枯らしてしまったとしても、別に女神の天罰とかそういうのはないからね! 薔薇が枯れても嘆かないでいいわよ!」
「それは……言葉添え、ありがとうございます」
女神の巫女からの贈呈、っていう扱いだけど、それだと余計に枯れたら困りそうだものね!
「ルーナ様。貴方の『聖守護』の浄化……見せていただける? 出来れば神殿の敷地内いっぱい……地面の下まで浄化できるような凄いのがいいわ!」
「はい、構いませんよ、クリスティナ様」
薔薇で飾られた礼拝堂。祭壇の前でルーナ様は両手を合わせ、祈りを捧げる姿勢を取ったわ。
「──浄化」
そして彼女を中心に光が溢れ始めて……祭壇を、礼拝堂を……きっと敷地内一帯を浄化の光が覆ったわ!
「……凄い。これがルーナ様の浄化なのね」
私よりも強力そうだわ! あとルーナ様自身も光り輝いているから、ますます女神っぽいわね!
「エルトは、どっちが良い?」
「……何がだ?」
「私の薔薇とルーナ様の光の天与。どっちが女神っぽいかしら」
「……クリスティナ」
「うん」
「1つ言っておきたいんだが」
「なぁに?」
「……俺がお前に惹かれた時、お前は薔薇の天与など使っていなかったぞ」
「ん?」
それはそうね。
「俺がお前に惹かれたのは、その力と、振る舞いだ。……戦うお前が美しかった。そして、自由に振る舞うお前に惹かれた。だから薔薇と光の天与の比較など意味はない」
「……そう! うふふ!」
それは本当っぽいわ! なんだか嬉しいわね!
「……私の浄化がイチャイチャのダシにされてます……」
「い、いえいえ。ルーナ様の天与、素晴らしいものでしたよ!」
私とエルトが見つめ合って微笑み合ってる横で、ルーナ様がジト目で嘆いているわね!
神官達が慰めてあげているわ!
やっぱりルーナ様の方が神官の人気が高いみたいね! ふふふ!
浄化が終わって、特に問題は何も起きない。
私とエルトの婚約の手続きも無事に証明して貰える事になったわ!
「これだけ? もっと誓ったりとかしないのね」
「……それをする時は結婚する時だろう」
「そっかぁ……」
なんだかアッサリしているわね!
「クリスティナ様。それで、わざわざ浄化をしたのは何故なのでしょう?」
「それね! ……実はルーナ様に教えて頂いたマリルクィーナ修道院の事なんだけど」
私は、神殿の関係者達と、エルト達に夢で見た邪教のアジトの事を伝えたわ!
とりあえず、この神殿にはああいう場所は隠されてなさそう。
あっても今のルーナ様の浄化できっとどうにかなったわね!