09 2人旅
「お嬢……私が後ろなんですか?」
「しっかり掴まってなさい!」
「いえ、そういう話ではなく」
私とリンディスは一緒に馬に乗り、街を出たわ。
当然、手綱を握って前に座っているのは私よ!
「フフン!」
「はぁ……完全に素に戻ってしまわれた」
もう王妃候補じゃないからね!
私は私のままで行くわよ!
「でもアレで良かったの?」
「アレは……まぁ、良いかと」
宿で私を襲おうとした男達は人身売買が目的だったわ。あの宿は目を付けた獲物を誘い込み、安全に捕まえる為の罠。
リンディスが起こした男を何人か尋問したけど、ルーナ様のような人を襲った事はないみたいね。
そして出させた証拠品と証言のメモ、宿の場所を書いた手紙と一緒に、縛った男数人を警備隊の目に付く表通りに放置して街を出たわ。
「……私、ちゃんと予言を覆せたのかしら?」
「警備隊と癒着している素振りはありませんでしたし……。少なくとも同様の状況にはなり難いかと」
でも、そんなに簡単に予言って覆せるのかしら。
だとしたら聖女の予言だって?
そもそも聖女は災害の予言によって被災者の救済を何度かしている筈。
それは予言内容が災害であって、被害ではないから運命を覆しているとは考えないの?
「予言の聖女アマネは、私の未来の何を、どんな風に見たのかしらね」
「さぁ……。随分、お嬢の見る未来とは毛色が違うように思えますが」
「そうよね!」
私が側妃になってルーナ様を不幸にする未来。
マリウス家を根絶やしにする未来。
修道院を抜け出して暴れる? 未来。
それからアルフィナ領へ向かう途中で同行者達が死ぬ未来ね。
「私の未来だけを特別に占いでもしたのかしら?」
「うーん」
考えても分からないわね!
殴る前に話を聞いておけば良かったわ!
たぶん聞いても殴ってたけど!
「リン。とりあえず私の同行者は全員が危ないみたいよ。貴方も気を付けなさい」
「分かりました。ですが、この状況で私が危険ということは、そもそもお嬢も危険の筈ですので。お嬢こそ気を付けて下さいね」
「分かってるわ!」
馬を走らせるのも気を付けないとね!
街から街へ、街道を行く私達。
この辺りは流石に人が行き来するからね。
まだまだちゃんとした道があるわよ。
「ねぇ、リンは魔物って見たことあるの?」
「……ありますよ」
あるんだ! もっと昔から話を聞いておけば良かったわ!
「どんなの?」
「どんなの……んー。多種多様ですね。魔物と呼ばれるモノの多くは瘴気が固まり形成されるそうで」
「ふぅん。食べられなさそうね、それ」
「そうですね。倒せば霧散する場合もあります。が、実はですね。既存の動植物を変異させた魔物なども居るのですよ」
変異?
「そうなの!」
「はい。有名どころで言えば、やはりトレントの類でしょうか。枯れた木が魔物と化したモノです」
「燃やせば倒せそうね!」
「はは。それはその通りです。あとは剣で斬る事も出来ますよ」
なんだかワクワクするわね!
魔物を倒して生活する日々! 冒険の匂いがするわ!
でも普通に暮らしている人にとっては大迷惑ね!
「お嬢。それから」
「なぁに?」
「……旅費についてなのですが」
「ええ」
「おそらく足りません」
「ええ?」
なんで!
「私、そんなに贅沢した覚えないわよ!」
「はい。……そもそも十分な資金を与えられてないのです」
「ええ? それでどうやってアルフィナ領に辿り着くのよ。流刑に近いと言っても、これは王命なのよ」
「はい。お嬢には【貴族の証明】や、旅装一式まで配給されました。……おそらくなんですが、何処かで資金だけ横領されてます」
「横領!?」
何よそれ!
「許せないわね!」
「はい。ただ、何というか。横領するには中途半端が過ぎますし……これはもしや、お嬢に対する嫌がらせなのではと」
「……余計に許せないわね!」
ただでさえ馬での1人旅なんて初めてなんだけど!
まぁ今は2人旅になったけどね!
「ですので馬での移動で街から街へ。そして毎晩を宿で、という生活は現状では出来ません。何処かで野営する必要がありますね」
「野営!」
それも初体験ね!
「何だか楽しくなってきたわ!」
「……まぁ、お嬢ならそうなりますよね」
「うん?」
「多分これ……。横領が目的とかじゃなくて、お嬢にですね。『惨めに野山で夜を明かす』という体験をさせて嘲笑いたい人がやったのでは、と」
「もしかして、あの場に居た貴族令嬢の誰かとか?」
「多分にその可能性はありますね」
まったく! なんで私をそんなに目の敵にするのかしら。
学園でも何事かがあると私のせいみたいに噂を立てられたりしたのよね!
やってもいない虐めの主犯にされた時はビックリしたわよ!
実行犯も被害者もどっちも知り合いですらないんだもの!
「その場に居たらぶん殴ってやるわよ!」
「……まぁお嬢タイプなら楽なんですが。地味な嫌がらせで裏で笑うのがこの手の輩ですからね」
「なんでそんな事するのかしら! 私ばっかり標的にされてる気がするわ!」
「それは……まぁ王太子の婚約者という立場への妬みとか。美貌への嫉妬とかじゃないですか」
まぁ、私は美人だからね!
フィオナがそう褒めてくれたし!
……前まではレヴァン王子も褒めてくれてたわ! 過去形ね!
「でも学園の女の子達なんて、どの子も可愛くて綺麗な子達ばっかりよ? 嫉妬なんてしなくてもいいのに」
「…………お嬢にそれを言われても、嫌味か嫌がらせにしか聞こえないのでは?」
「何でよ!」
失礼ね!
「でももうレヴァン王子の婚約者じゃなくなったのよ?」
「……弱い立場の者を見ると優越感に浸る為に迫害するのが人という生き物の性ですよ」
「ふぅん」
まぁ、そう言っている意味は……分からなくはないわね。
「リンも虐められてたの」
「はい。こちらの国に流れつきまして、しばらくは」
「そうなの。リンの生まれた国はこの国じゃないの?」
「ええ、違いますよ。ここから……かなり東方にある島国です」
島国なんだ!
「いつかリンの故郷にも行ってみたいわ!」
「……そうですね。いつか……。この王命、無事に成し遂げ、功績と共に王都に凱旋すると行きましょう。辺境伯の令嬢とはご友人なのですよね?」
「ええ!」
「では伝手もありますね。お誂え向きに隣の領地ですし」
「そうね!」
まずアルフィナ領へ向かい、現地の調査ね。
そして魔物が居たらぶん殴る!
……領地が荒れているとの事だけど、流石に何の物資も持たない身1つと『怪力』の【天与】だけではどうにもならないわ。
幸い、後発部隊として騎士団が編成され、周辺の領地で魔物対策に当たってくれるとの事だから……。
とにもかくにもアルフィナ領がどうなってるか次第よね!
◇◆◇
「これがテントなのね!」
「はい。お嬢はお休み頂いてて良いのですよ」
「私も手伝うに決まってるじゃないの! こんな楽しそうなこと手伝わせなさい!」
「……楽しそうで何よりです」
リンディスの見立てで僻地へ向かう前の比較的、安全かつ休みやすい場所を見つけて野営する事になったわ!
野営よ、野営! テントなのよ!
こんな事きっと王妃なんかになってたら出来なかったわ!
貴族令嬢でもした事ないんじゃないかしら!
素敵な体験よ!
フフン! フィオナにするお土産話がどんどん増えていくわね!
「では……少し失礼して」
「? 何してるの?」
「テントに虫除けの呪いを施しているのです」
「リンの魔術ね! そんな事が出来るの!」
「ええ。出来ますよ。お嬢を虫刺されなんかにさせませんからね」
それはそれで初めての体験だろうから別に構わないわ。
毒を飲まされるよりは、きっとマシな筈よ!
「……お嬢。虫に刺されてもいいとか言わないで下さいね」
「何でよ」
「お嬢の美しさは、このリンディスが守って見せますから」
「ええ?」
「ダメですよ。食べる物がなくなってひもじい思いをするとか。怪我をするとか。汚れるとか。お嬢を貶めた連中が喜びそうな事は全部赦しません。お嬢は美しい姿のまま胸を張って堂々と王都に凱旋なさるのです。その際は当然、着飾って貰いますからね」
なんだか私よりリンディスの方がやる気満々ね!
「ねぇ! 私も『魔術』を使ってみたいわ! 教えて、リン!」
「それは……皆さんに聞かれるのですが、こればかりは生まれの問題なので」
「ええ? ダメなの?」
「ダメというか出来ないのです。これは技術でありつつも、生来の性能の問題で……翼の無い動物に翼をはためかせろと言っても無理でしょう?」
そういうものなの?
「でも私って【天与】を授かった【天子】なのよ?」
「…………それでも多分ダメですよ」
「ダメかぁ」
つまんないわね!
「魔術って他に何が出来るの? リンは何が出来るの?」
「……なんでそんなに興味津々なんですか。もっと王妃教育の時もそのぐらいの意欲で臨めば良かったじゃないですか」
「やらされるのと、自分で知りたいのは別よ!」
基本的につまらない勉強ばかりだったからね!
「まぁ、私のはその。変装が必要でしたら役に立ちますよ」
「変装?」
「姿を変えたり、消したり出来るのです」
「ふぅん。…………地味ね!」
「はいはい」
もっとこう、アレよ。
「炎を出したり出来ないの?」
「残念ながら叶いませんね」
「虫除けは出来るのに?」
「虫除けと火に何の関係が……いえ。私の虫除けの呪いは、誤魔化しの応用みたいなものですので」
「うんうん」
「……私が魔術で出来るのは幻惑や幻覚、視覚操作系の類です。攻撃的な魔術は使えません」
「そうなんだ」
残念ね! あとそれじゃあ私が覚えても上手く使うのは難しそうね!
「ただまぁ……光を照らすぐらいなら出来ますよ。こう、光と闇を使って人を拐かすようなイメージを描いてくだされば」
「へぇ! なんだか格好いいわね!」
光と闇ですって!
私は何かしら? パワーと……パワーね!
「ねぇ、姿を変えたりっていうのは」
「そうですね。例えばお嬢の髪の色や瞳の色を変えたり、もっと地味な顔立ちや雰囲気に変える事ができます」
「へぇ!」
それは面白そうね!
「ただし、耐性の強い相手や同族には見破られてしまいますから、絶対の信頼ができる力ではありませんので、そこは覚えておいて下さいね」
「そうなの」
じゃあ王都や王城で下手に使うと危ない力なのね!
「でも護衛としてはピッタリな力かもしれないわね」
「はい。もしもの時はお嬢の影武者にだってなれますよ」
「それをしたらリンが危ないじゃない」
「……主人の危機を救えるなら、それが従者の本望ですから」
「そんな人ばかりじゃないと思うわ。リンもちゃんと自分の身を守りなさい。貴方が死んだら泣くわよ!」
「……はい。肝に銘じておきます」
そんなやりとりをしながら私達はテントを張り終えたの。
「テントね!」
むふー、と鼻息を荒くして満足気にそれを見るわ。
「遠征する騎士団は大変ね。こうして夜を明かすのに陣を張って、それに周辺の安全だって確保しなくちゃ。……紙の上で遠征計画を練るのとはワケが違うわね!」
文官と武官との間の軋轢は、こんな風な意識の違いから起こるのよね!
「じゃあ寝るわよ、リン!」
「えっ」
私、野営なんて初めてだから楽しくて寝れないかもしれないわ!
「い、いえ。私はお嬢が寝てる間、見張りに起きてますので」
「じゃあリンはいつ寝るのよ!」
私と同じくらい起きてるじゃないの!
「そこは平気ですよ。ある程度、問題が無いよう鍛えていますから」
寝ないつもりなのかしら。
それは良くないわよ。
「リンも寝なくちゃいけないわ。でも……そうね。見張りを交代でしましょう!」
「お嬢に……見張りなんて」
「何よ! 出来るわよ! 何かあったら大声を出せば良いのよね!」
「いや、出来るかどうかではなく、させられないんですよ」
何でよ!
「お嬢は時折、自分が令嬢である事を忘れてませんか?」
「忘れてないわ!」
フフン! と私は胸を張ったわ。
「……はぁ」
どうしてかリンディスには呆れられたわね!
「もう少しお淑やかになさって下さいね、お嬢。あと私、これでも男なので。一緒に寝たりはどの道、出来ませんから」
「リンは私の寝顔ぐらい散々見てきたじゃないの」
「そういう問題でもありませんから。……さ、お嬢。ちゃんと従者の私に守られて、ぐっすりと眠って下さい」
もう! 仕方ないわね。
リンディスったらワガママだわ!
「おやすみなさい、お嬢」
「おやすみ、リン」
ふふ。でも楽しいからいいわ。
私はリンディスに甘えて、気を楽にして眠る事にしたの。
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