89 婚約締結③
「クリスティナ様」
「……ルーナ様」
ラーライラの所へと向かったルーナ様が、私の元へと帰ってきたわ。
私は、改めて彼女を見つめる。
ピンクの髪色と瞳。可愛らしい容姿。
「んー」
「クリスティナ様?」
私はズカズカと近寄っていき、そして彼女を抱き締めたわ。
「く、クリスティナ様っ!? 何を?」
「なんとなく」
「なんとなく!?」
私は夢の中で彼女とは衝突する関係にされてきた。
同じ天与を持つ女性として仲良くしたかったのに。
夢の中の私は、本気でレヴァンを愛していて、ミリシャと同じように彼女に嫉妬していたのかもしれないわ。
でもそうなった時に限ってレヴァンは私から離れていく。
良好な関係になったら彼は他の女性を好きになるのよ。
その結果が、私を側室にしたいなんていう酷い提案だ。
そして私は嫉妬に狂っていって。
「んー、ルーナ様、可愛い」
「あの!?」
でも現実では私が彼女を嫌う理由はない。
「ルーナ様ともっとお話ししたかったのよね! 天与持ちだし!」
「あ、そ、それは私も……はい」
「そうでしょう!? いきなり変な力に目覚めたんだもの! 聞きたい事とか沢山あったでしょうに!」
「は、はい!」
ふふふ! そうよね!
「ルーナ様は私が『悪役』だから信じてくれたのよね。それぐらいアマネの予言には違和感を感じてる」
「……はい」
私は彼女の肩に手を当てながら、少し離れたわ。
「それで予言を利用しての名誉回復は止めた方が良いと貴方は思うのね?」
「はい、クリスティナ様。貴方がもし、アマネ様と同じように予言が出来るとして。その予言に頼った名誉の回復の行き着く先には……落とし穴がある気がしてならないのです」
「そうなのね。分かったわ!」
例えばアマネみたいに災害を言い当てられるとして。
私が真の予言の聖女みたいに持ち上げられたとする。
そして誰かに対して『この人は悪役よ!』と糾弾して追い込む形になり……だけれど、それは覆される。
そうしたら私の立場は絶望的ね。
でも私はアマネにそれをするべきなのよね。
「それで今のアマネはどうなの? 何か良くない雰囲気らしいけど」
「はい……アマネ様ですが、相変わらず民の人気はあります。災害から救ってくださった予言の聖女様として」
えー……? なんか嫌ね!
「ただし、私達が『女神の巫女』として支持を受け始めた事から、クリスティナ様にした予言について意見が分かれていますね。元より聖女の存在を認めていない『聖女否定派』という存在もいまして……」
そんなのいるの? 凄く面倒くさそう……!
「王太子の婚約者を瑕疵もなく婚約破棄して。いえ、その後で殿下を殴ってしまったので同情の声は半々になってしまいましたが……」
王子を殴ったんだもの。反逆罪にならないだけマシだったかしら?
「ですが聖女の予言に従って国母をすげ替える真似をしたのは問題がある……という派閥? ですかね」
「『災害の予言』と『傾国の疑いの予言』じゃ話が違うものね。それを認めたら、いつでも誰でもアマネの気分次第で傾国扱いだし」
傾国というのが更に問題なのよね。
これが具体的な罪の予言ならば調べて証拠を掴めば良いわ。
でも災害と同じ扱いで、傾国扱いをされたら疑われた側はどうしようもないじゃないの。
何をしたって傾国に結び付けられてしまうのだから名誉の回復の何もあったものじゃない。
「はい……。ですのでクリスティナ様がレヴァン殿下を殴った事で王家は体面を保ちました。すべてが聖女の言いなりになっているワケではなく、然るべき処置をしただけと。クリスティナ様、もしやそこまで考えて?」
「え? あの時は腹が立ったから殴っただけよ?」
「あ、はい……そうなんですねー……」
ルーナ様がリンディスみたいな顔付きになったわ!?
おかしいわね!
「お似合いですね……」
「ん?」
「エルト様とクリスティナ様」
「ありがとう! フフン!」
「あはは……」
ルーナ様が、ますますリンディスの『褒めてないです』の顔と同じ表情を浮かべてるわね??
なんでかしら!
「エルト様も聖女否定派に近い立場ですよ。どちらかと言えば積極的にクリスティナ様の名誉を回復したがっている『クリスティナ派』みたいなものですが」
「うん?」
私は首を傾げたわ。
「神殿への婚約の根回し以外にエルト、何かしたの?」
「それはもう。浄化の旅の行く先々で自身がクリスティナ様を想っている事を噂にさせて、私も『自分と同じく危険な場所の浄化に当たっている女性がいる』と、人々に聞かせてきました。エルト様のご指示……みたいなものですね」
「まぁ!」
何してるのかしら、エルトったら!
「これでクリスティナ様とエルト様の婚約が神殿に伝えられ、明るみになれば人々は『悲恋の物語』からのハッピーエンドを楽しまれる事でしょう……」
「本当に何してるの? エルト。ルーナ様もだけど」
「その。民への根回しは叶っていますが、貴族達への話は何も通せていませんので……。私に出来る事をしただけです。……クリスティナ様への処遇は間違っていたと、そう思うから」
「そうなのね。ありがとう、ルーナ様!」
「あっ」
私は再びルーナ様を抱き締めたわ!
この人はやっぱり良い人みたいね!
同じ天与持ちだし……うん!
「ルーナ様! 私、ルーナ様を本当の妹にするわ!」
「……はい?」
「天与持ちだし! 私、貴方の方が良いわ!」
「いえ、意味が分かりませんよ?」
「平気よ! フフン!」
ぎゅーっとルーナ様を抱き締める。
予言に怯えているなら、私がこの子を守ってあげなくちゃいけないわよね!
なんだかヨナと一緒で保護欲? が疼くわ!
「ルーナ様のお話をもっと聞きたいわ、私!」
「は、はい。私も貴方のお話を聞きたいです。自分の耳で、目で、貴方を知りたい。クリスティナ様」
「ふふふ」
私はルーナ様の手をとって微笑みかけたわ。
フィオナ直伝、必殺の王妃候補スマイルね!
「あ……、く、クリスティナ様……」
「ふふ、ルーナ様」
ルーナ様が頬を染めて可愛らしく目を逸らしたわ。
なんて可愛い方なのかしら!
夢の世界ではアマネ曰く『ヒロイン』と『悪役令嬢』の私達だけど、現実では仲良しになれそうね!
「……貴方達、何してるのよ」
「あ、ラーライラ」
「ら、ラーライラ様」
エルトとラーライラの話は終わったのか戻ってきたわ!
「……ライリーでいいって言ってるでしょう、ルナ」
「え、あ、ですが恐れ多いので」
「身分の差はあっても今の貴方は女神の巫女で、救国の乙女よ。それぐらいの態度は許されます。何より私が認めているのだから」
「は、はい。では……ライリー様」
「様も要らないけど……まぁいいわ」
ラーライラもルーナ様の事を慈しむように目を細めたわ。
「じゃあ私ともよろしくね、ライリー!」
「貴方に愛称呼びは認めてないわよ、クリスティナ!」
「なんでよ!」
今、そういう流れだったと思うわ!
◇◆◇
「では、クリスティナ。ライリーとの話も終わった。早速だが神殿に向かうとしよう。……馬なら俺が乗せるが……」
「クインに乗っていった方が速いわよ?」
『キュルア?』
白銀のドラゴン・クインが細長い首を傾げたわ。
「ドラゴンに乗るか……。楽しみだな」
「フフン! あんまり上へ行くと風が凄いわよ!」
「ふむ」
「あ、私も一緒に行った方が良いですか? 立会人として」
「ルーナ様も来てくれるの? だったら嬉しいわ!」
「はい。ふふ」
「ふふふ!」
私達、もう仲良しね!
「ライリー。しばらく騎士達を預ける」
「はぁ……分かりました。お兄様」
「素直になったわね! ライリー!」
「貴方にライリーと呼ばれる筋合いはありません!」
なんでかしら! 義理の妹になるのに!
……義理の妹っていう響きが良くないかもしれないわ!
ミリシャを思い出すものね! それはダメだと思うわ!
『キュルア!』
「……乗っていいのか?」
『キュルゥゥ』
「……賢いな。俺達の言葉も理解しているらしい。伝説の竜……やはり、人よりも高位の存在なのか? 不敬でなければ良いのだが」
『キュルア?』
どう見えてるのかしら?
「クインは子供っぽい所があるから、たぶん子供よ、エルト」
「……そうなのか?」
「うん。だから変に偉い人だと思わなくて良いと思う!」
『キュルアァァ……』
「……何か呆れたような態度だが?」
「フフン?」
なんでかしら?
「……私、クリスティナ様がどういう方なのか分かってきた気がします!」
「本当!? さすがルーナ様ね!」
「……絶対、良い意味じゃないわ」
ラーライラは私に冷たいわね!
「ラーライラはエルトの事が好きなの?」
「……ええ、好きよ。兄妹なのだから。それを貴方に咎められる筋合いはないわ」
「咎めてないわ。疑問だっただけ」
「……貴方にも兄が居る筈だけど?」
「リカルドお兄様?」
「ええ」
「んー……」
私は首を傾げたわ。
リカルドお兄様の事……好きではないわね。
むしろ、あれはあれで私を……こう、憎んでるというか?
何かよく分からない人ね。
ブルーム侯爵とヒルディナ夫人も同じ。
……セレスティアお母様と何かあったのかしらね。
ミリシャですら何の感情が源泉で私にあんな態度なのか分からないし。
「貴方達は兄弟仲が良いのね!」
「……貴方の所は悪いの?」
「悪いわ! フフン!」
「なんでそこで胸を張るのよ……」
兄妹仲がどうこうで学園では周りの令嬢達が散々うるさかったからね!
「ほら、エルト、ルーナ様、クインに乗ってね!」
『キュルア!』
私が乗って、その前にルーナ様を。エルトは私の後ろね!
「3人は重いんじゃないか?」
「今まで大丈夫だったわ! クイン? どう? 無理なら考えるわよ」
『キュルア!』
クインがバサバサと翼をはためかせ始める。
風が巻き起こり、段々と身体が浮いてくるわ。
「──棘なし薔薇! 私達を縫い付けなさい!」
私は棘のない薔薇の蔓でエルトとルーナ様の身体とクインを巻きつけたわ。
クインの手綱を握るのは私よ!
ルーナ様を抱き抱えるような形で両手を前に伸ばしたわ!
「じゃあ飛ぶわよ! エルト、ルーナ様!」
「は、はい!」
「分かった。クリスティナ」
私達3人を乗せたクインは飛び上がったわ!
「エルト、どっちに行くの?」
「……方角はあちらだ。馬とは目線が違うな」
「ふふふ! 凄いでしょう!」
「わぁ……! と、飛んでますね!」
エルトが私の身体をしっかりと掴む。
「ふふふ、エルト、前に座りたかった?」
「それは今度だな。それに今度は馬の上にお前を乗せたい」
「それも楽しそうね!」
高く舞い上がると、風が強くなってくる。
速度を上げると更に大変になるわ。
「あ、風は……心地良いですが、防いだ方が良いですか?」
「防ぐ?」
「はい。──聖守護の結界」
ルーナ様が右手を伸ばした先を中心にして、光の壁が私達を取り巻いたわ!
「こんな感じです」
「便利ね!」
前に見たけど、私以外の天与を見るのって新鮮だわ!
「ドラゴンに乗って風を切って飛ぶのも悪くないが、これはこれで楽だな」
「そうね!」
一家に1人ルーナ様だわ!
「婚約に向けての空の旅よー!」
ふふふ、楽しいわ!
『キュルア!』
クインが機嫌良さそうに私の言葉に合わせる。
「あ、ルーナ様」
「はい。クリスティナ様」
「手紙でアマネを赦してって言ってたけど……私、アマネの事は潰すわよ?」
「えっ」
「クリスティナ?」
これは先に言っておかないと困るからね!
「潰すって、あの。どうやってでしょうか?」
「……武力行使か? ベルグシュタットの婚約者を愚弄したという話なら悪くないが」
「後見人のルフィス公爵家と衝突しますよ!?」
「なに、父上……伯爵なら許すだろう。なにせ俺の妻になる予定だ」
「ダメですよ!? ただでさえマリウス侯爵家に喧嘩を売るような婚約なんですよね!? 内戦しないで下さい!」
ルーナ様と仲が良いわね、エルト!
「……冗談だ」
「冗談なの?」
「クリスティナ次第だな」
「そう! じゃあ、」
「ダメですよ!? クリスティナ様も!」
まぁ! ルーナ様ったら、こんなに元気な方なのね!
「騎士団は動かなくて良いわよ?」
「良いのか?」
「クインがいるから喧嘩を売るなら私1人で乗り込むわ! 空から襲い掛かって、薔薇の槍で辺り一面に一斉攻撃よ!」
「ダメですからね!?」
ルーナ様ったら元気いっぱいね!
「……ふむ。空からの襲撃とは、誰も止められなそうだな……。ラトビア嬢ぐらいしかどうにも出来ないのではないか?」
「対抗するの、私なんですか!?」
ルーナ様の聖守護の外から攻撃する場合、内側に薔薇を咲かせたら出来るのかしら?
なんとなく出来ない気がするわね!
「流石は【悪役令嬢】と戦う『ヒロイン』ね、ルーナ様!」
「何がですか!? 止めてくださいね! クリスティナ様と戦いたくありません!」
「イヤなの?」
「嫌です!」
なんて良い子なのかしら! 抱き締めちゃいましょう! ぎゅー、よ!
「く、クリスティナ様。アマネ様を潰すというのは……」
「それね! だって私には傾国の疑いが掛けられてるのよ? それも予言によって。だから私は予言を覆す必要があるわ! でなければ、それは私の不利益だから!」
私は私を守る為に戦わないといけないわよね!
「……どのように? 同じ予言での対抗は」
「予言では戦わないわ。私は『冤罪』で戦うの」
「え、冤罪で?」
ルーナ様は首を傾げたわ。
「陛下や貴族達の前で認めるの。アマネの功績を。災害を覆し続け、民を救った功績を。アルフィナに現れた魔物達の事を予言してみせた事を。私の口から」
「えっと?」
「……聖女の予言を認めて、どうする?」
「うん。私は次にこう言うわ」
アマネの予言は、いくつもの災害から人々を救ってみせた。
今なお民には聖女と慕われるアマネ。
……そう、彼女は災害による人々への被害をいくつも幾つも未然に防いだのよ。
だけど裏を返せば、それは。
「──聖女アマネが『現れてから』多くの災害が『起き始めた』ものですね、……ってね」
そういう事でしょう?
「……っ! そ、それは」
「…………たしかに、そうとも言えるな」
異世界からの転移者も、転生者も、その知識すらも。
この世界には要らないわ。
だって、ここはリュミエール王国。
私や私達こそが考え、積み上げ、生きていく世界なのだから。
 





 
