88 婚約締結②
「エルト。彼女の所へ行く前に聞いておいて」
「どうした?」
「私は貴方を選ぶわ。勿論、貴方が受け入れてくれたからでもあるけれど」
感情もある。私の愛に嘘はない。でも。
「だから先に言っておくんだけれど。天与を持つ私を理由にして、例えば陛下が……貴方との婚約を認めないとか。そういう事を言い出したなら。その時は私、大神殿へ行って毒を飲むわ」
私はエルトを見つめながら言ったわ。
「……何?」
「私の天与。特に薔薇はね。愛で咲かせれば瘴気を浄化する黄金の薔薇になる。でも愛を失い、憎悪を持って咲かせれば『毒薔薇』になるの。毒薔薇からは魔物が溢れ出すわ。私が『傾国の悪女』と呼ばれる理由はそれね。私が厄災そのものになる」
「…………」
「貴方との愛が叶わないなら、私は私の死を以て国に尽くすわ。そして、それが私の尊厳、権利を守る事になるわ」
「……クリスティナ、お前」
リンディスやカイルだったら私にそんな事はさせられないと言うでしょうね。
リンディスなら、きっとそんな事をするのなら一緒に国外にでも逃げようと言ってくれるでしょうし。
カイルだったら一番したくない事をさせてしまうわ。
「アマネ、ミリシャ、マリウス家。他にも居るかもしれないけれど。私が何をしようとも私に悪意を向け、貶めようとする人間がいるの。貴方も言ったみたいに、きっと私が誰かと幸福な結婚をしようとしたら邪魔をしてくるでしょうね」
なんだか、そういう予感がするわ!
「だから、私以外の意思によって、私の愛を踏み躙られる事態に陥ったなら。私は命を懸けて、それを拒む。……その事を受け入れて欲しいの。貴族令嬢を陥れて不幸にさせると言えば、権力を利用した理不尽な婚姻関係の押し付けが定番だもの。だから私はそれを防ぐ為、王都に帰る前に……私を誰かの女にしておきたいわ。それも私の愛せる人に、既に愛情を感じている人に。これは半分、政略結婚よ。もちろん貴方への気持ちに偽りはないけどね!」
「……そうか」
彼はラーライラとルーナ様が去った方角を見据えてから、また私に向き直ったわ。
「……俺以外にも、お前の気持ちを向けられた男が居るのか」
「誰ともお付き合いした事はないわよ! まぁレヴァンとは婚約関係だったけど!」
「どうしても付き合いたい男は他に居るんじゃないか?」
「んー……」
どう説明したら良いのかしら?
「夢を見るって言ったでしょう? 私は私の中に……『違う私』の感情も抱えているの。その夢の中では、家を捨てて駆け落ちしようとした人も居たわ。その時の感情は本物で、私もそれに共感できる。理解もできるの。まるで本物の私のような感情よ。……そして、その感情はこの先も増えていくと思うの」
「増える?」
これも予感ね!
「ええ。多分だけど、リンディスだけじゃなく、カイルやヨナ……レヴァンとさえも、私は夢の中で本気で恋をするんだと思うの。そして私はどんな夢でも見続けなくてはいけないわ。だって、私はまだアマネが予言したアルフィナの魔物災害の真実を掴んでいない」
アマネに聞けば早いとも思うけど、彼女の言葉や態度は信用できないしね!
少なくとも私は、私の目であの予言書『オトメゲム』と向き合わなくちゃ。
「……夢の中でね。私、本気で貴方に惹かれていたわ。処刑される前夜。地下牢の中で。『ああ、この人と結ばれていたら、こんな結末じゃなかったんじゃないか』って。……多分ね。『エンディング』の数だけ私は、そんな恋を本気でするのよ。エルト相手だけじゃなくて、他の人を相手にしても」
「エンディング?」
それは私もよく分かってないわね!
「夢の中の私は、色んな人を相手に恋をしながら……そして、きっと絶望するわ。……あの夢の中の私は決して幸せになれない」
なんて言えばいいのかしら?
ルーナ様視点の『物語』をアマネが見ていたとするなら。
その『裏の物語』を私は体験している。
それは確かに現実的で……それでいて『ありえる未来』の物語なの。
あの邪教が残した文章によれば運命の流れってヤツね!
それで……そう。こちらの世界から運命の流れを異世界へと送り込まれて。
アマネの世界で『編集』されてしまったのよ。
ルーナ様を主人公とした物語に。
【悪役令嬢クリスティナ】を主人公とした物語に。
ルーナ様は、死の危険を乗り越えればハッピーエンドを迎えられるわ。
でも『私』はダメなの。
何をやっても報われないように『編集』されていて……。
そして編集された運命の流れが、こちらの世界に影響を及ぼしてるのよ。
つまり邪教の目的? は『運命の流れを書き換えてしまう事』……かしら?
『貴方はこの物語の主人公よ。そして貴方は、惨たらしい運命を辿ると決まっているの。だってこれはそういう物語だから』
……と。
そんな風に決め付けられている感じ?
私の天与がイリス神から与えられたモノだとしたら私は、その歪められた運命の流れを正さなきゃいけない気がする。
『物語に入り込んだ異物』を排除して、あるべき運命の流れにしなくちゃ……どう足掻いても私に待つのは絶望のエンディング。
……そんな気がするのよね!
つまり私は、例の『邪神』をぶっ潰す為に天与を授かったんじゃないかしら!?
というより、もう生き残る為の戦いよね!
多分、私、このままじゃダメって事だけは分かるもの!
「つまり! 私、夢の中ではエルトにも、レヴァンにも、リンディスにも、カイルにも、ヨナにも本気で恋をする気がするわ! 本気のヤツよ! 現実の私にその気持ちを植え付けるぐらいの本気の! だから!」
「だから?」
「エルトは私の『現実』になってちょうだい! そして、この先の運命に抗う為に、私の好きにさせてちょうだい!」
予言の天与は飲み込まれたら現実の私も侵食してしまう気がするのよね!
それも、あの夢の内容は、すべてが偽物じゃないの。
『たしかにありえる可能性』の私だから……。
この間とは逆に【悪役令嬢クリスティナ】が『私』の意識を乗っ取るかもしれないわ!
善意と悪意の両方で成立している夢なのよ。
つまり……『イリスの試練』ね!
私は、私に悪意ある物語の中を歩いて、乗り越えていかなくちゃいけないわ!
「……よく分からない事が多いが」
「んー! エルトへの気持ちも本気だけど、他の皆への気持ちも本気で、私自身の心がぐちゃぐちゃになるかもしれないって事ね! フフン!」
「何故そんな悲惨な状況に胸を張っているんだ……?」
考えてたら何か予言の天与の意味を理解した気がするからね!
たぶん合ってる気がするわ!
あの夢を見る意味とか、私が動かなきゃいけない事とか!
「エルトはとにかく現実の私をたくさん愛する事ね! あとは自分で何とかするわ!」
「それならば任せて貰おう」
「良いわ! じゃあ、ラーライラの所へ行ってあげてね!」
エルトは私の手を取ってから、そこに口付けをして。それからラーライラの元へ向かったわ。
うん。
なんとなく気持ちがスッキリした。
アルフィナの事は時間を掛けて何とかするとして。
これから私は『敵』を倒す為に活動していくわよ!




