86 救国の乙女の見たもの
──クリスティナ様と再会する前。
私は『聖守護』の天与をもって各地に溢れる魔物災害の対処に向かう事になりました。
アマネ様の予言によって伝えられた災害を確認する為、レヴァン殿下と、ベルグシュタット卿率いる第三騎士団での王国内への派遣任務です。
溢れた魔物達を退け、『大地の傷』と呼ばれる現象を天与で浄化し、平和な国を取り戻して行きます。
「ああ、聖女様!」
「せ、聖女ですか? あの、すみません。その呼び名は私じゃないんです」
「はい?」
「あ、そう言われても困りますよね。えっと、私、ルーナって言いますので、名前で」
「ルーナ様ですね……! ありがとう、本当にありがとうございます!」
既にいくつかの場所を巡っていて、今回は特に被害が出ている場所の浄化を終えました。
第三騎士団の手際もあって、森深くにあった瘴気の溜まり場の浄化を終えた事を伝えると、そこに住む人々には喜んで貰えて。
私も天与を授かった意味を噛みしめています。
こうして人を助ける為にある力なんだ、と。
そう思えば誇らしく思えたんです。
治療にも使える私の力は騎士団の人達が怪我をした時にも役に立てるので、とても嬉しいです。
一番苦しんでいた街の人達への戦勝報告……と言えば良いのでしょうか?
皆さんを安心させる為に私達も顔見せしました。
騎士団で負傷された方は、その場で治療しましたので……人々には無傷での圧勝のように見えているかもしれません。
騎士団の凱旋と、それから……レヴァン殿下と私の『顔見せ』をします。
アマネ様の予言では私は『救国の乙女』と言われるらしいのですが……。
レヴァン殿下の計らいで、まさしくそう振る舞うようにしているのです。
私も男爵家とはいえ貴族令嬢の端くれ。
各地の災害の救済によって、民の王家への信頼に繋げる意味があると理解していました。
天与を授かった私は、それらの象徴みたいなモノです。
(……人々に『救国の乙女』と認められたら、男爵家の私でも本当に王太子の婚約者になってしまうかもしれない。元々、天与を授かった時点でその可能性はあるし……。とはいえ王妃候補としては侯爵家のミリシャ様がいらっしゃるから私は側室……)
もちろん、前まで話があった悍ましい婚約よりもずっとマシだとは思います。
ですが……。
「…………」
この派遣任務の間、レヴァン殿下と本当に心を通い合わせて、愛のある側室になるか。
他の誰かと婚約関係を持てたなら。
「ベルグシュタット卿?」
「ん?」
慰問も一通り終え、休憩を取っている所で騎士団の長であるベルグシュタット卿が1人佇んでいるのを見掛けました。
「どうされました? 怪我をされているのでしたら私の天与で治療致しますよ」
「それは必要ない。俺は何処にも怪我を負っていないからな」
「それは良かった」
この方は……アマネ様が言うには『攻略対象』というらしいです。
アマネ様は執拗に私に運命の相手だと語るのですが……。
運命の相手が複数人居たら、それは運命ではないんじゃないでしょうか?
王太子に伯爵令息が相手って。
まだ他にもいらっしゃるそうですが、前途多難な恋の予言が過ぎます。
たしかにベルグシュタット卿は、その。
とても格好良いんですけど。
この方には想い人がいらっしゃいますし。
もう少し私の身の丈に合う、普通の優しい方を紹介していただけないものでしょうか?
「もしや、クリスティナ様のことをお考えでしたか?」
「……分かるのか?」
「ええ、まぁ」
「そうか」
彼は寡黙な方ではないと思うのです。
ですが今は何を考えていらっしゃるのでしょうか?
ヘルゼン領で話したようにマリウス侯爵家の調査を進めているのでしょうか?
「ラトビア嬢」
「は、はい」
「貴方は民の心を掴んでいるな」
「はい?」
「貴方はよくやっている。貴方の聖守護に守られていれば騎士達も安全に戦える。傷付いても治して貰える。……俺の部下達からも慕われているよ」
「あ、ありがとうございます……」
カァッと顔が熱くなりました。
アマネ様と一緒の時は、とても冷たく振る舞われる方なので。
改めて、こうして褒めて貰えると、優しい言葉をかけられると……とても嬉しくなります。
「やはり民を救うというイメージに合い過ぎた力だからな。民の前で怪我でも癒せば聖女と謳われるし。魔物の脅威を光で退けて見せるのも印象が良い……」
「そ、そうですか?」
「うむ……」
あら? これは私を褒めているというより、考え事の最中でしょうか?
「あの。何かお悩みなのですか?」
「……まぁな」
やっぱり。
「妹君のラーライラ様やレヴァン殿下、それに部下の騎士様達にも打ち明けられないお悩みなのですか?」
「……ライリーと騎士達には別に話しても構わないが……。レヴァンにはあまり話したくはないな」
「殿下には?」
あまり話したくない、程度なら重い話でもないのでしょうか?
身分の差はありますが、レヴァン殿下とベルグシュタット卿は友人です。
多少の無礼も赦されると思いますし……。
「私で良ければお話をお聴きしますか? 人に話すだけでも悩みというのは軽くなると言いますし」
「そうだな。お前も無関係でもないのだし」
無関係じゃない?
私に関する悩みでしょうか?
「聞くが、ラトビア嬢。お前、レヴァンを男として慕っているのか?」
「えっ!?」
そ、そういう話ですか!?
い、いえ、クリスティナ様の事を考えたら、そっち系のお悩みなのは明白でしたか!
「そ、そのぅ。王子殿下は魅力的な人とは思いますが、流石に身分の差がありますので……」
私はモジモジと両手をすり合わせました。
「お前がこの旅を続け、民に『救国の乙女』と崇められれば無理ではない話だ。元より天与を授かった時点でお前はレヴァンとも婚姻が可能だろう」
や、やっぱりそうなるんでしょうか!
でも、その場合はきっと側室なのですよね……。
レヴァン殿下に寵愛されれば或いは、とも考えますが……。
うぅ。ミリシャ様の目が恐い。
「正直、お前がレヴァンを好いているなら、その方が楽だ」
「ら、楽? ですか?」
何がでしょうか!?
「うむ……マリウス家があの調子で、次女のミリシャも姉の処遇など無関係とばかりにレヴァンに微笑み掛けているからな……。そうなると」
そうなると?
「クリスティナの評判を覆す手を俺が打たねばならない」
「評判ですか?」
「ああ。『予言の聖女』の実績は本物だ。民にも知れ渡っている。そしてお前は『救国の乙女』として慕われ始めた。この評判は王家が率先して支援している」
「は、はい」
それは理解しています。
「であれば聖女の予言は、やはり真実だ……という事になり。その聖女がクリスティナを『傾国の悪女』と言ったならば、それも真実だ……という話に繋がってしまう」
「あ……」
そ、そうなってしまうのでしょうか。
つまり私が人々に認められる程、クリスティナ様のお立場が悪くなってしまう……?
で、でもどうすれば良いのでしょうか!
「ラトビア嬢。クリスティナは、あくまで『王命』によってアルフィナへと向かった。反逆罪でもなければ、流刑でもない。であれば……貴方が『私と同じく天与を授かった方が別の地を浄化しに行った』と民に伝えても何の問題もない」
「は、はい」
ええと。そうですね。
自分の功績をアピールしつつ、私を慕ってくれた人々に『同じように民を救う為に頑張ってくれてる人がいますよ』と広めれば良いのですよね。
天与とは三女神の思し召し。
三女神はリュミエールの民を見守っている……そんな方向で。
魔物から国を救うのは私だけじゃないと伝えるのは良い事でしょう。
皆だって安心しますからね!
「えっと。それは勿論、そうしますけど。わ、私がレヴァン殿下を好きだと楽というのは……?」
何故そうなるのでしょう。
「……マリウス家は、クリスティナにとっておそらく毒だ。つまり俺はマリウス家が嫌いだ」
「は、はぁ?」
嫌い、ですか?
「そんなマリウス家の次女が、我が友レヴァンの婚約者の座に居座っているのは面白くない。だがラトビア嬢。貴方なら構わないと思っている。……故に貴方にその気があるなら、レヴァンとの仲の進展も応援しよう」
「え、ええ……!?」
王太子殿下との仲の取り持ち!
とんでもない事ですよ!
た、たしかにベルグシュタット卿はレヴァン殿下の友人ですが……。
「ミリシャ嬢がレヴァンを以前から慕っていたというなら、その婚約者だったクリスティナに対して家ではどうだったと思う? 貴方が言ったように毒杯の件で嘘まで吐いていたなら……」
毒杯。
王家に連なる者になる為、耐性を付ける為に毒に慣らす……。
実際にそれで耐性が付くとは限らないそうです。
クリスティナ様が毒を飲み、苦しんでいた筈なのにミリシャ様は、それを自分が飲んだと主張していました。
つまり……毒を飲んで苦しまれていたクリスティナ様の評価を不当に奪い、どころか貶める行為です。
「王家との婚姻の為に毒まで飲んで見せたクリスティナを貶め、自らの長所にすり替える女。何故そんな真似が出来る? 侍女達がその光景を見ている筈だろう。健在のマリウス侯爵と夫人が真実を教える筈だろう。容易く覆せる筈の嘘を堂々と吐くのは……マリウス家の者達がクリスティナの味方などしないと知っているからではないか?」
「……たしかに」
先入観が深いアマネ様はともかく、私はミリシャ様の言葉が嘘だと思いました。
疑問に思って調べればすぐ真実が分かる嘘です。
それをあのように平然と嘘を?
一歩間違えば自殺行為というか。
あの一件で私のミリシャ様への心象も良くないものに落ちましたし。
「友としてレヴァンの伴侶にあの女は認め難い。そしてクリスティナを平然と貶める者が王妃となり、王家の後ろ盾として振る舞うなど……クリスティナにとって良い事など一つもない」
「は、はい」
「加えて」
ま、まだ何かあるのでしょうか。
「……レヴァンはそもそもクリスティナを嫌って婚約破棄をしたワケではない」
「はい?」
「聖女の予言に疑問が残るという事は、クリスティナを糾弾した事を悔いる結果に繋がる。今現在もマリウス家の後ろ盾と天与の両方を抱えているのはクリスティナだ」
「は、はい」
天与持ちと後ろ盾となる実家……。
私とミリシャ様が揃った事で成立するだろう王太子の完璧な婚約者の条件。
「……クリスティナの名誉が回復した時、レヴァンの相手が決まっていないなら……レヴァンは再度、クリスティナに婚約を申し込むかもしれない」
「あ……」
で、ですがそれはあまりにも虫が良い話ではないでしょうか?
クリスティナ様からすれば一方的な婚約破棄だったワケで。
い、いえ。そもそもクリスティナ様がレヴァン殿下をお慕いしていたなら……それは願ってもない申し入れ? なのでしょうか。
「……そうなる前に手を打ちたいなと」
「はい?」
「なので貴方がレヴァンを好きなら、俺は強く応援していくぞ。その方が楽だ」
「あ、あのー……。ベルグシュタット卿?」
「何だ」
「それはつまり。ご自身の恋路の為に、手早くレヴァン殿下の婚約者を決めておきたいから私を応援すると……?」
「そうだな」
ま、まったく私の気持ちは関係なさそうです!
い、いえ。あくまで私が殿下を好きなら、という仮定のお話ですが!
「本人に手紙でも送るべきなんだろうが……。生憎と容易に手紙を送れる場所ではないしな。この場で出来る事をしていくしかないのだが……」
い、意外と抜け目ないですね!
「……外堀を埋めていくか」
「そ、外堀?」
「王命を果たし、凱旋した後のクリスティナをマリウス家やミリシャ嬢が良く扱うとは到底思えん。となると勝手にロクでもない相手との婚約関係を進めるかもしれん」
「ロクでもない相手との婚約……」
私の脳裏に嫌な人が思い浮かびました。
「今のクリスティナは『死ぬ可能性が高い』と思われているから、そういった話がまだ出ていないのだ。……最悪、死ぬ前に勝手に婚約関係を作られる危険性もあったな。マリウス家に帰さずアルフィナに行かせた事だけは、あの聖女の功績かもしれん」
ご実家が味方でない可能性がありますからね……。
「魔物の群れを相手にしてもクリスティナが生き残ると信じているのは俺だけだ。なので彼女がアルフィナで生き残った場合を考えて動く」
「は、はぁ。それで外堀とは?」
「……民の噂になろうと思う」
「は、はい?」
民の噂に?
「魔物を倒した騎士団の長として民に俺の存在を売り込む。噂好きの婦人達に声を掛けながら、目の前でクリスティナへの贈り物でも買い求めよう。遠く離れた男女の恋だという俗な噂話を広める。少なくとも俺の意中の女が彼女だと」
ど、堂々とおっしゃいますね!
恥ずかしくないのでしょうか!?
「聖女の悪意ある予言よりも恋だ愛だの話の方が民は好きだろう?」
「ま、まぁそうですが。ええと。民の間で、ベルグシュタット卿の恋路の話を広め、その成就を願わせるという事でしょうか?」
自らそれを広めるのは中々に恥ずかしいのでは?
「ああ。そうしておけば少なくともロクでもない相手との婚約話など、これみよがしな政略結婚と見られ、し難いだろう。マリウス家と繋がる代わりにベルグシュタット伯爵家を敵に回すかも……程度には相手にも思われる」
民の評判と伯爵家による牽制ですね……。
クリスティナ様が戻られるという事は、ただでさえ不当な婚約破棄だったという話もついて回るワケなので……。
その状態で噂も良くない家にクリスティナ様が嫁ぐ事になったと聞けば、マリウス家は娘に対してなんという仕打ちを……と。
たぶん、マリウス家を責める話もベルグシュタット卿が広めるつもりで。
「貴族と平民では受け取り方が違うからな。外聞に関しては、そうしておいて……。後は実家の許可など無視して、勝手に本人同士で婚約を結べるように神殿に根回しをしておくか……。侯爵家を敵に回す事になるが我が騎士達も父も構わないだろう」
「…………」
す、凄く。凄く考えていますね!?
ですがー……。
「あ、あのぅ。ベルグシュタット卿?」
「何だ?」
「く、クリスティナ様のお気持ちはどうなさるのでしょう? その。先に恋文でもやり取りしてから、クリスティナ様との関係を進めるべきなのでは……」
外堀を勝手に埋められての婚約など、私にとってはトラウマものですから。
「ふっ……。安心しろ。クリスティナの意思は無視しないさ。俺がやる事はお膳立てだけだ。アルフィナで魔物を退けるのはクリスティナの実力。そして準備を整えた所で、俺の求愛を受け入れるか否かはクリスティナ次第。……彼女に断られれば恥をかくのは俺だけだ。俺が彼女に見事にフラれた、ふがいない騎士になるだけ」
そ、そう、ですかね。
たしかに片想いの噂をバラ撒くだけで婚約するワケではありませんし……。
「クリスティナがレヴァンとの復縁を望み、叶うなら……それを受け入れよう。他の男との仲を既に進めているのなら……俺は悲しいが、マリウス家に邪魔されずに婚姻を結ぶ準備がクリスティナの役に立つだろう。それで俺の想いには区切りを付ける」
ほ、他の男性との婚約まで手助けして身を引くつもりですか……。
ふ、深くて重い愛なのですね……。
「……少し楽しくなってきた」
「……はい?」
今、なんとおっしゃいました?
「俺はあまり政治には向いてないが……これでも貴族だ。出来なくはない。こうして色々と考え、根回しをし、物事を詰めていくのは……うむ。割と楽しいかもしれないな。こうすれば彼女の為になるか、喜ばれるか? という想像が付随するからか、アレコレとしたくなる」
そう言ってベルグシュタット卿は微笑んでいました。
あんまり暗くて重い執着……という印象ではないですね。
無邪気さというか、なんというか。
初めての? 恋路を楽しんでいらっしゃるような。
私には、そんな風に見えました。
(……いいなぁ)
ちゃんと1人の男性に、自分という人間を尊重されながら想われる。
私も……身分じゃなく、そういう人と恋仲になりたい。
私はベルグシュタット卿の子供のような笑顔を見ながら、そう思うのでした。




