83 夢から覚めて
階段を下りていく私。灯りは光量を調節した薔薇よ。
マリルクィーナ修道院の地下の更に地下。
明らかに隠されていた扉から向かったその先にあったのは。
「今度こそ本物の地下牢……だけど。これは」
誰も生きていない。牢屋の中に誰もいないのとは別に死臭がする。
死体は誰かが片付けた後なのかしら。
ここに死ぬまで入れられていた女達が居た……?
「【悪役令嬢クリスティナ】は本当に病死だったのかしら」
1歩間違っていれば自分が辿っていたかもしれない運命がそこにある。
いいえ。この夢の世界の私が、そのまま辿り着くかもしれない未来ね。
地下牢の先には1つの部屋が。これは実験場、或いは……祭壇?
「……邪教の祭壇?」
修道院が? 邪教と関わっているの?
いえ、まだ証拠が揃ってないわね。
そもそも、ここは夢の世界だから現実の証拠にはなりえないのだけど。
「いつかみたいに本でもあれば良いんだけど」
何かを隠しているとしたら、ここはかなり厳重な隠し場所だわ。
だから証拠をそのまま置いてあっても不思議じゃない。
見張りは立てていなかったけど……あんな場所に見張りが居ても変でしょうし。
懲罰室は、そもそも私じゃなければ抜け出る事なんて出来ない。
「薔薇よ」
私は光量を気にせず、光る薔薇で辺りを照らしたわ。そうすると。
──【聖女を穢せ】
「は……」
あの声がした。いつもよりもハッキリした声。地の底から鳴り響くようなその声。
「何っ!?」
祭壇から黒い煙……瘴気が立ち昇り、私に纏わりついてくる!
【聖女を穢せ】【貶めろ】【血に塗れさせろ】
「ぐっ……!?」
身体に纏わりつくような重圧。頭に響いてくる気持ち悪い言葉。
そこにあるのは明確な悪意。
いつものようにルーナ様も傍にはいない。
この声は確実に『私』を標的にしているわ……!
「誰が……」
ずっと私の夢に纏わり続けていた声には言いたい事がある。
「誰が聖女よ!」
私は浄化薔薇で纏わりつく瘴気を祓ったわ。
「アマネと同じ扱いをされるのは、なんか凄くイヤだわ!」
それならイリスの巫女の方がマシよ!
【聖女を……】
この声の狙いは私! 天与が見せる夢に介入ですって?
よくもそんな事が出来るわね!
邪教の陰謀なの? この夢を見せて私をどうしたいっていうのよ!
「──浄化の薔薇槍!」
光る薔薇の蔓で、私に纏わり続ける瘴気を完全に切り払う。
「あっ……!」
やり過ぎたわ! 夢の世界が崩れていく! ああ、もう! まだ何にも調べてないのに!
ザリザリザリと不快な音を立てて歪み、霧散していく世界。
とにかく分かった事は、私に対して何かの悪意を持っているのは邪教って事ね!
◇◆◇
「んっ!」
私が跳ね起きると、そこは修道院の中ではなく、アルフィナの屋敷だったわ。
窓の外を見ると……もう朝ね!
「セシリアー」
「……はい。お嬢様」
「きゃっ!?」
シュタっとセシリアが何処からか現れたわ!?
今、どこから来たのかしら!
「とりあえず皆で朝ごはんよ!」
私は、自分自身の身体に戻った感覚を掴み直しながら、そう告げたわ。
夢の中の同じ場所に戻れるかしら? 今夜やってみましょう。
「視察隊の方達も居るわね」
生憎と、まともな長テーブルも用意できないから、かなり不格好な形だわ。
「救国の乙女……ルーナ様に会いたいのだけれど。どうすればいいかしら?」
「ルーナ様は、我らの視察が終わった後、その結果を聞いてからこのアルフィナを訪れる予定です」
「向こうから会いに来てくれるのね? でも、アルフィナに来る理由は……浄化の為?」
「はい、そうなります」
「……そう。なら、彼女がアルフィナに入るのはお断りするわ」
「えっ?」
私の言葉に視察隊の隊長は驚いて見せたわ。
「お嬢?」
「……聞いて。アルフィナの魔物災害を防いできたのは私よ。この手柄は他の誰にも譲るつもりはないわ。エルト……ベルグシュタット卿だって私の功績を奪いかねないと、この地を踏まずに止まってくれたのよ。……なのに最後の仕上げをルーナ様に譲るなんてありえない。浄化なら私の薔薇でも出来る。視察隊はその事実を確かめて帰ってちょうだい」
「い、いや、しかし」
「……イリスの薔薇を授かった私に浄化が出来ないと思う? ルーナ様には実績があるから任せるべきと? 今日までアルフィナから他領へ魔物が溢れ出なかった功績を忘れて貰っては困るわ。実績なら私にも既にあるの。視察隊の役目は、その事実の確認をするだけでいい。救国の乙女に私の手柄をすべて奪わせるのが目的じゃあないなら……私に従いなさい」
私は『悪女の睨み』で視察隊を睨みつけたわ。
「クリスティナ? 何かあったのかい?」
「……カイル。私は、私の名誉や権利について今まで無頓着が過ぎたわ。理不尽な目にあって『こんなのはイヤだ』と抗議するにしても……その根回しはしておかなくちゃ。幸い、ルーナ様は私に好意的なように感じるもの。彼女と喧嘩する気はないわ。ただ将来の私の為に、私が主張すべき事を主張しているだけ」
冤罪によって修道院へ送られ、その修道院でも理不尽な運命が待ち受けていたかもしれなかった。
そうなった理由は何? 周りの環境が理不尽だから?
そんな事はとっくに分かっていたのに。
何度となく見た理不尽に感じる運命も、今までの私が甘かったのだと告げている。
私は、私に向けられた悪意がある事に意識を向けな過ぎた。
特にミリシャに至っては……現実でも私を殺そうと企てていたのだもの。
私は……もう少し頑張るべきよね。
「……お嬢」
リンディスが私を心配そうに見てくる。
心配そうというか、不安そうというか。悲しそうな顔かしら?
アルフィナに居る人達は信じられる。
ここに居る人達は私が守れるようにしないとね。
「視察隊を連れて西南の森の開拓に出るわ」
「か、開拓ですか?」
「ええ! 山の麓付近の木々を倒して道を作って……エーヴェル領に繋がる街道を作るの! 大地の傷は都合よく開かないからね! それまで私の仕事に付き合って貰うわよ!」
銀のドラゴン・クインの背に乗って空から街道に予定したルートを確かめる。
大雑把な当たりを付けた後は……怪力と薔薇の天与の出番よ!
「──フンッ!」
薔薇で伐採予定の木を支えてから木こり用の斧で薙ぎ倒す。
怪力の天与は武器に使っても何とか出来るから楽チンね!
音を立てて倒れていく樹木。
「……お、お見事。たったの2度の打ち付けで伐採するとは」
「フフン! これぐらいワケないわね!」
私は胸を張ったわ!
「……どうしてこう巫女とか女神に相応しくない活躍が多いんですかね、お嬢は」
「何よ!」
いいじゃないの! これで皆の仕事が楽になるんだから!
「領地としての事業と考えるなら……木々の伐採はともかく、街道の勝手な敷設はどうなのでしょう? やはりエーヴェル辺境伯と連絡を取ってからにすべきでは?」
「まぁそうね。でも、ある程度、森を切り開いてからにすべきじゃない?」
「……うーん」
ここに道は通したいもの。譲れないわよ。
ある程度は勝手に進めてから打診するべきよね。
「あとはまぁ、木々の伐採をお嬢が済ませてしまうのは効率が良いのは分かりますが……人を雇って任せられるなら、そこに需要が生まれるので」
「……でも雇用する場所を作っても支払うお金が無いのよね!」
「そうですねぇ」
倒した木で家を作るのもいいけど、とりあえず乾燥させる時間も必要だし。
「クインで運ぶべき場所に運べば木もお金になるわよね?」
「ええ、まぁ」
足りないわ。何もかも足りないわ。
「お嬢は今後の事をどう考えておいでなのですか?」
「んー。とりあえず味方に付けられそうな人は味方に付けておきたいと思ったの。フィオナでしょ。ルーナ様でしょ。それからエルトでしょ。その辺りは押さえておきたいわ。……神殿と公爵家はいまいち分からないから保留ね」
「ふむ……。それは何の為に?」
「アルフィナの浄化が済んだと確認されたなら、陛下に王都に呼び戻されるかもしれない。放置されるなら、それはそれで……だけどね。……王都に戻った時に、またアマネやミリシャ、神殿、公爵家、それに王家から理不尽な事を言われるかも……って考えたら、それに対抗できる後ろ盾は持ってないとってね」
「お、お嬢が政治を意識している……!?」
「何よ!」
失礼ね! これでも王妃候補だったんだからね!
マナーと教養だけで務まる役割じゃないんだから!