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81 修道院の女

「ちょっと、そこの新人の貴方」

「ん?」


 中庭の隅で修道院を観察していた私に声を掛けてくる人がいたわ。

 若いシスターね。でも私より歳は上だわ。


「ごきげんよう、先輩」


 私はスカートの裾を掴んで礼をする。


「……その仕草からして貴族の子ね。貴方みたいな子がどうしてここに?」

「えっと」


 そういうのって聞かれるのね。

 貴族令嬢が修道院に入る理由って、あんまり良い理由はなさそうに思えるわ。


 実際はそうでもないのかしら?

 答えあぐねていると、その人はさっさと話を進めたわ。


「まぁいいわ。貴方……どれだけ綺麗な顔をしていたって、ここに男は居ないわよ」

「はい?」


 私は首を傾げたわ。


「せいぜい納入業者だとか、その程度の男の出入りしかないの。だから貴方の外での価値観なんか捨てた方が良いわ」

「……そうですか」


 何の助言なのかしら?

 私の外での価値観?


「女だけの空間なのよ、ここは。戒律以外にもルールがあるの」

「ふぅん」

「ふぅん、ですって?」


 彼女の顔が引き攣ったわ。

 どうも親切心から忠告しに来てくれたワケじゃあないみたいね。


「あんた。どうせ今までは顔が綺麗だからって男にチヤホヤされてきたんでしょ。それで男遊びにかまけて貞淑を保てなかったからって、ここに送られてきたのね」


 ……何言ってるのかしら、この人。


「ほんと、穢らわしい」

「はぁ」


 意味が分からないわね!

 私は彼女に興味を失くして視線を逸らしたわ。


 そうすると、私の態度が気に障ったらしい。


「生意気よ!」

「んっ」


 私の服の胸元を掴んで引っ張る彼女。

 ここ、修道院よね?


「……暴力なんて振るって良い場所なの?」


 だったら私も遠慮しないわよ!


 と、私は拳を握り締めた。


「はっ!」


 その途端、視界の向こうで世界がザリザリと歪み始めたわ。


 むー。この子を殴ったら、この世界が壊れてしまうのね?


【悪役令嬢クリスティナ】は腕力で問題を解決してはいけないらしい。

 くっ。なんて面倒くさいの、私!


「暴力ですって? ふふ。新入りの貴方と私、どちらが皆の信用を得ていると思うの? ……ここで騒ぎになって困るのは貴方よ」

「はぁ?」

「口の聞き方がなってないわね? それとも、体験しなくちゃ分からないかしら?」


 一体何を言ってるのかしら!


「ねぇ、貴方。名前は?」

「……クリスティナだけど」

「そう。私の名前はミリアリア。覚えておきなさい?」


 夢の中の人の名前を覚えてもね。


「……きゃあっ! 痛い!! 誰か、誰か来て!」

「……はぁ?」


 その女は私から手を離した途端、悲鳴を上げてその場に倒れたわ。


 何がしたいのかしら、この女!


「何ですって!」

「まぁ、まぁ!」


 騒ぎを聞きつけて集まる修道女達。若い子が多いわね。


 堂々と立つ私に対して、倒れたままの女。ミリアリアと言ったかしら?


「あら、貴方。大丈夫?」


 ミリアリアは鼻血を出していたわ。

 自分で倒れた拍子に鼻を打ったのかしら? とってもドジな子ね!


「大丈夫、ですって? 貴方が突き飛ばした癖に!」

「……はぁ?」


 ざわざわと人が集まって騒ぎが大きくなる。


 そして、皆が私を非難の目で見てくるわ。

 私の修道院での評判を下げたいってこと?


 この閉ざされた空間で、更に居場所を失くす気とか。

 普通の子なら絶望的ね。



「──静かに」


 と。

 そこにリムレッド院長が歩いてきたわ。

 そして、状況を一瞥し、私に目を向けた。


「シスター・クリスティナ」

「……リムレッド院長? 言っておくけど私は、」

「お黙りなさい」


 ピシャリと威圧感を伴った口調で、私の言葉を遮る院長。


「……どのような事情であれ、この場所でそのような振る舞いは赦されません。シスター・クリスティナ。貴方が自分の意思で修道院の門をくぐったのではないにせよ。そんな事は関係ありません」

「だから、私は!」

「お黙りなさい!」

「痛っ!?」


 何処から持ち出したのか、リムレッド院長は簡単な……鞭?

 細くて棒みたいにピンとしてて、短いソレを私の手に叩きつけたわ。


「……院に入って初めての日に問題を起こすとは。貴方は特別厳しく躾けねばならないようです」

「…………」


 むー。殴ってやろうかしら?

 この夢はいつでも終わらせられるけど。


 でも、そうしたら、この修道院の事を何も知れないままだわ。

 それに【悪役令嬢クリスティナ】が辿ったであろう運命も分からないまま。


「…………」


 今は黙っているしかないわね。


「シスター・クリスティナ」

「……はい」

「貴方をこれより懲罰室(ちょうばつしつ)に入れます」

「……懲罰室?」


 何それ?


「ついて来なさい」

「懲罰室って何よ」


 ビシッ!


「痛っ!」

「質問の必要はありません。黙ってついて来なさい」


 むー! 殴りたいわ!


 私に背を向けて歩き出すリムレッド院長。

 そして背中を押してくる年配の修道女。


 身体は、がっしりとしているわ。

 普通のか弱い令嬢だったら抗えなそうな人達ね。


 ふと見ると、他の修道女に助け起されて、いつの間にか鼻血まで収まっていたミリアリアと目が合ったわ。


 ……鼻血も嘘?


「ふふっ」


 そして私を見ながら小さく笑ったわ。

 馬鹿にして見下すように、ね。


「…………」


 私は半ば連行される形でリムレッド院長の背中を追う。


 くすくすと笑うミリアリアから十分に距離を取ったところで。


「きゃあっ!?」


 後ろから悲鳴が上がったわ。


「な、何? 大丈夫なの!? ミリアリア」

「あ、痛っ、たたた……」


 ミリアリアは、また盛大にその場に転んでいたわ。

 今度は自分から転んだんじゃない。


 きっと薔薇にでも(・・・・・)足を掬われたのでしょう。

 突然に薔薇が生える事もある世界だものね。


「……くす」


 私は背後のその光景を一瞥してから、ミリアリアに微笑んで見せたわ。


「──! このっ……」


 フフン! 黙ってやられたままの私じゃないんだからね!


「……行きますよ、シスター・クリスティナ」

「はい、リムレッド院長♪」


 さて。懲罰室って何かしらね!


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