08 乙女ゲームの世界(アマネ視点)
クリスティナ・マリウス・リュミエットは苛烈な女性だ。
恐ろしさすら感じる、血のように赤い真紅の髪と瞳を携えた絶世の美女。
美女度だけで言えば、おそらく『私が知るこの世界』では1番の美人……という事になるかと思う。
ルーナを差し置いてだ。
まぁ、モブ令嬢からして軒並み美形揃いにしか私には見えないんだけど。
彼女は『毒薔薇』の【天与】を目覚めさせ、いずれリュミエール王国を滅ぼす悪女になる。
まぁ、なんていうか『悪役』なんだから美女じゃないと映えないでしょうし。
カリスマ的な意味でも?
「キッツい一撃だったわ……」
まだ衝撃や痛みが残っている気がして私はお腹を摩った。
私、君柄アマネは『日本人』だ。
現代の、って言うべきかな。
というのも私が今いる場所は日本……どころか『地球じゃない』から。
じゃあどこかって?
なんていうか……『異世界』……ってヤツ?
ううん。それも正確じゃないよね。
だってここは。
「アマネ様。お身体は大丈夫ですか?」
「うん。ルーナ。平気よ。ルーナが癒してくれたから」
私の目の前に居る女の子。
ルーナ・ラトビア・リュミエット。
彼女はヒロイン……『主人公』だ。
より正確に言うならば。
乙女ゲーム『光の国の恋物語』の女主人公であるルーナ。
つまりここは……乙女ゲームで描かれたそのままの異世界だった。
◇◆◇
リュミエール・ラブストーリー、略して『リュミ恋』は、大雑把に言えば恋愛メインのゲームだ。
舞台となるリュミエール王国で主人公ルーナが美麗な男性達と出逢い、様々な苦難を乗り越えて結ばれるマルチエンド型の物語。
問題な点といえば、その舞台であるリュミエール王国では様々な事件が発生する点だ。
それは自然災害であったり、魔物であったり、他国との戦争であったりと様々で、リュミ恋は学園で恋愛だけをやっている系の平和なシナリオではない。
というのもルーナの相手役となるのが王子や騎士であったりするからだ。
魔物との戦いでは騎士の見せ場があり。
災害が起きてはそれに当たっての王子の手腕を問われる見せ場がある。
平民の彼とのエピソードだと、ある街で『人身売買の男達』に目を付けられたルーナが危険な宿に寝泊まりしていて、そこを襲われる所をヒーローの彼に救われるなんて見せ場もあったわ。
戦争シーンなんかもそういったヒーローの活躍の場所になるわね。
主人公であるルーナは物語冒頭で『聖守護』の【天与】と呼ばれる特別な力を手に入れる。
この国では【天与】を持った者は国の重要なポストに取り込まれ、それが女性であったなら問答無用気味に王家に娶られる事になる。
王家に可能な限り【天与】持ちの血筋を入れる為ね。
このゲームには魔物が出て来るんだけど、そこでルーナの『聖守護』が大いに役に立つ事になる。
魔物とは『大地の傷』から溢れ出て来るモノ……とまで言われる存在で、傷付いた大地から溢れて来る設定だ。
その大地の傷をルーナは【天与】で浄化する事が出来る。
まぁ、それがストーリーの基本軸であとはハッピーエンドに向けて活動し、晴れてヒーローの誰かと結ばれるのがリュミ恋ね。
…………私は、そんなリュミ恋の世界に招かれてしまったのよ。
ある日、本当に突拍子もなく。
家を出ようとしたところで光に包まれ、私はこの異世界へと転移してしまっていた。
初めに会ったのはレヴァン王子だった。
なんと私は王城の庭に転移してきた。
それもこれは人伝で聞いた事なんだけど、やたら神々しく光り輝きながら、空中に現れ、ゆっくりと舞い降りてきたらしい。
残念ながら転移の際に気を失っていた私にはその実感はないけど。
その特別感漂う登場演出によって不審者扱いされるよりも先に、何やら神の使いのように扱われ、更に私にはこの世界に対する知識があった。
初めに会ったのがレヴァン王子だったから分かりやすかったわね。
彼はルーナのメインヒーロー。相手役としてはいつもトップに描かれる人だったから。
「ふぅ……」
「お疲れですか? アマネ様」
「ううん。平気。ルーナは優しいね」
流石は主人公よね。可憐で可愛い。
ピンク色の髪が似合ってるのって凄いわ。
私がウィッグを被ると違和感が無限大になるだろうし。
「アマネ様には御恩がありますから」
「んー、それは」
恩っていうのはルーナが【天与】持ちだと王子に進言した事だろう。
ルーナの家は男爵家で、貴族ではあるものの階級は低い家。
そのせいか、上位の貴族にかなり強引に政略結婚を迫られていたところだった。
「あのまま婚約が成立していたらと思うと今でもゾッとするんです」
「はは……。まぁ笑えないかもだけど」
ルーナに結婚を迫っていたのは、幼い頃から彼女を身分を笠に連れ回していた同年代の貴族。
陰気な顔をした男性で、可憐な容姿を持つルーナに執着していた。
それも傲慢な性格である事が有名で、そんな男と結婚なんてさせられたら間違いなくルーナは不幸になっていたでしょう。
……まぁ、私が介入しなくても自然とどうにかなったと思うんだけどね。
私にとっては乙女ゲームの世界なんだけど……それでも現実に彼女達が生きていると認識している。
だから私は……知識にある限りの自然災害を事前にレヴァン王子に伝え、人々が救われるように動いた。
やっぱり被害に遭うと分かっている人が居るのに見殺しにするなんて出来なかったし。
どうせならやってやろうと思ったのよ。
知識を活かした最高のハッピーエンド攻略っていうやつを。
◇◆◇
「ルーナ様、アマネ様」
「あ、こんにちは」
「ふふ。ごきげんよう、ルーナ様、アマネ様」
ごきげんよう、なんて淑女な挨拶が平然と目の前で行われる。
私も倣うべきなのかもだけど、流石に恥ずかしくて出来ないわ。
私とルーナのお茶会に顔を出したのはミリシャ・マリウス・リュミエット侯爵令嬢。
『あの』クリスティナの妹だ。
彼女は薄い水色の髪色と瞳をしている。
「レヴァン王子はいらっしゃらないの?」
「残念ながらここには」
「そう。でもお2人とお話が出来るのは嬉しいわ」
ミリシャはモブ令嬢ではない。
彼女は……ルーナがレヴァン王子ルートを選択しなかった場合の、レヴァン王子の『救済キャラ』ね。
要するにルーナの代わりに王子とくっ付くキャラよ。
そしてルーナの友達の1人になる役割がある。
「私、お2人には感謝しているわ。だって2人のお陰で……ふふ。とても嬉しい事が起きたんですもの!」
「まぁ、なるようになったっていうか」
「…………それは」
苦笑いをする私と違って、視線を伏せるルーナ。
「……ミリシャ様は私達を恨んではいらっしゃらないのですか?」
「恨む? えっ、どうして?」
「だって」
ルーナは真剣な眼差しをミリシャに向けたわ。
「私達が貴方のお姉様を……追いやったのに」
「ルーナ。それは」
何度も説明したんだけど。
「何をおっしゃるのルーナ様。私、そんな事で貴方を恨んだりしません。ううん。感謝しているのよ。だって私、お姉様が居なくなって……嬉しいとさえ思っているんだもの」
「えっ?」
それも知ってる。
「お姉様なんて王妃にはとても相応しくない方だったもの。それに何? 『怪力』の【天与】だなんて淑女の風上にも置けない」
「そんな事は……」
ミリシャはかなりクリスティナへの不満を抱えていた様子で愚痴が止まらなかった。
……クリスティナ・マリウス・リュミエットのリュミ恋における立ち位置は即ち『悪役令嬢』だ。
事あるごとにルーナを目の敵にし、彼女の障害となる。
マルチエンドなリュミ恋だけど、その中には多数のバッドエンドが含まれてるわ。
そのバッドエンドパターンの原因の過半数を占めるのがクリスティナ。
彼女の【天与】である『毒薔薇』は文字通りに毒の薔薇を咲かせる力で……その力がルーナ達に牙を剥く事になる。
『毒薔薇』はクリスティナの感情を糧に成長し、その性能や性質を変えていく力。
その場で人や魔物を串刺しにする事だって出来るし、蔓を操って拘束だって出来る。
しかも植物属性なだけあって……咲かせた毒薔薇をその場に放置する事が出来たりする。
そうするとどうなるかっていうと、クリスティナの負の感情に呼応して『大地の傷』が開き、そこから魔物が発生してしまうの。
乙女ゲームではあるんだけど、それはさながら英雄譚の魔王みたいな立ち位置ね。
彼女は悪役らしい設定で、学園では滅多に誰も側には近寄らせなかった。
孤高の存在というヤツね。
だけど裏では陰湿な事を数多くしていて、それは貴族令嬢達の間では、暗黙の了解に近い話だったわ。
冷酷で苛烈なクリスティナは、家庭でも他の家族を省みない。
自分は王妃となるのだからと、誰にも心を開かず、家族を見下していたの。
だから彼女の妹のミリシャとも仲はとても悪いわ。
「……ルーナがクリスティナが居る時に学園に入っちゃうと、貴方は彼女にいじめられてたのよ。それで行き過ぎると最悪、バッドエンド回収もあるっていうか」
「まぁ! それがアマネ様の予言!?」
ミリシャが聞きたそうにしているから私は得意気になって聞かせた。
だって私、リュミ恋のオタクだからね。
やっぱり知識語りをする場があるだけで饒舌になるっていうか。
「うん。そう。学園でルーナと一緒になったクリスティナはね。手下の貴族令嬢達を使って様々な陰湿な虐めをしてくるんだけど……どれも尻尾を掴ませないの。虐めの犯人を見つけたとしても、いつも別の貴族令嬢が捕まるばかりで……自分はさも無関係って感じに嘲笑うのよ」
「まぁ! 如何にもお姉様のやりそうな事ね!」
「えっ? でも、それってクリスティナ様は本当に……」
ん? ルーナが何か首を傾げているけど。
まぁ語らせて貰えるなら語りましょう。
「けっこうエグい虐めがあるから、それは回避したかったのよね。まぁ、ルーナには『聖守護』の治癒力があるから持ち直しはするんだけど……」
「な、何が起きるんですか?」
「うん……。ホントにエグいんだけど、燃える水を……顔に掛けられてしまって……」
「ひっ……なんて恐ろしいの!」
あれ、硫酸っぽいんだけど舞台設定に合わないから謎の液体のままなのよね。
でもそのせいでルーナは顔に火傷をする事になる。
そんな思い、こんな可憐なルーナにさせるワケにはいかないじゃない?
「やっぱりお姉様はそういう人なのね! 私、お姉様に毒を盛られた事があるのよ!」
「えっ!? 毒を!?」
何それ。流石に知らないエピソードね。
「そうよ。王妃教育の一環で、耐性を付ける為に軽微な毒を飲まされるんだけど……お姉様はそれを自分で飲まずに私に飲ませたのよ!」
「ええっ……?」
うわ。えげつないわね。さすが悪役令嬢クリスティナ。
実の妹にそんな事するなんて。
「そ、その。王妃教育ってそんな事まで? あの、私達も同じように毒を飲まなきゃいけないんでしょうか?」
「そ、そうなるんじゃない?」
「そんなぁ……。ミリシャさん、毒を飲んだ時ってどんな感じだったんですか? 味? とかは? 飲んでみた感想を聞かせて下さい……!」
毒を飲んでみた感想って何かなって思うけど、ルーナにとっては明日は我が身なんだものね。
「えっ!? 味!? あ、その」
「ん?」
ミリシャがとても困ったような顔をして焦っているわね。
「ええと、とても苦しそうで滑稽……じゃなくて、汗をかいて、熱を出して、涙が出て来てて……」
うん。味の感想を聞かれてるんだけどね。
ミリシャはその時の事を思い出すようにしどろもどろに話し始めた。
「そ、そんな事より! 他にも何か聞かせてくださらないかしら!」
「そんな事では済まないです、ミリシャ様……」
はぐらかすように話題を変えられて、それから色々と話をした。
◇◆◇
「あの、アマネ様」
「なぁに、ルーナ」
ミリシャとお別れして王城に用意された部屋でルーナと過ごす。
「あの……クリスティナ様は、本当に……アマネ様がおっしゃるような人でしょうか?」
「え?」
今更、何を。
「どうして?」
「だって。先程の……もし私が学園に通っていた場合の凶事だって。それは本当にクリスティナ様のしたことなんですか? 捕まるのは別の方なのですよね? それなのに何故クリスティナ様の仕業という事になるんですか」
それは、だって。
『そういうものだから』だ。
悪役であるクリスティナがそんな簡単に捕まってしまっては物語が盛り上がらない。
だからルーナを虐めているのに捕まえる事が出来ずにプレイヤーのヘイトを溜めていく流れだ。
「ルーナ、どうしたの? 私は」
「アマネ様。……アマネ様のお力は、ともすれば私よりも強大な力であるとご自覚下さい」
「えっ?」
ルーナより強いって。それはないんじゃ……まぁ、でも情報戦は大事よね。
「クリスティナ様がレヴァン王子殿下に婚約破棄を切り出された時。側妃に落ちるかもとなった時。あの方の表情をご覧になりましたか?」
「……無表情だったんじゃないかな。思ったよりも」
悪役であるクリスティナは、レヴァン王子との婚約関係を奪われた事でルーナを憎むようになる。
残念ながらそのルートは……私がここに来る前からの出来事だったから潰せなかったけど。
「私には、あの方が……我慢をし慣れてしまっているように見えたのです。アマネ様から聞いて恐ろしいお方だと思って怯えてはいたけれど……」
「……実際に恐ろしい女だったじゃない。私、生まれて初めて殴られたわよ」
「それはだって、アマネ様が……悪かったと……思います」
「うっ」
ルーナに言われるのは辛いわね。
彼女は所謂、私の推しカップルの片方というかなんていうか。
「でもクリスティナの妹のミリシャだって、姉に酷い目に遭わされてるし。彼女の家族だってね」
「……ミリシャ様の先程の話の一部は明らかに嘘だったと思います。もし日常的にあのような態度と言葉で、クリスティナ様の周囲が染まっていたのだとしたら。何か……私達は重大な過ちを犯しているんじゃ……ないでしょうか」
「え? え? ルーナ?」
あれ? なんだかルーナのミリシャへの好感度が低いわ。
2人は仲の良い友人になる筈なんだけど。
私はルート選択を誤ったのかな。どこで?
「嘘って……ミリシャの何が嘘?」
「……おそらくミリシャ様は毒など飲んだ事はないと思います。反面、クリスティナ様は確かに毒をお飲みになられたかと」
「……そんな事なんで分かるの?」
「それは……、その、……勘、です」
勘かぁ。でも私にはこの世界の知識があるのよね。
そして私の知識通りのレヴァン王子やルーナが居る。
だから私は間違ってない筈よ。
「ルーナ。私は……貴方と貴方の周りに居る人達を救いたいわ。バッドエンドにしたくない。それから……なんていうか、見ず知らずの人々だって出来るなら助けたいと思ってるし」
「……存じてます。ですが」
ルーナったら。さすがヒロインなだけある善良さよね。
この世界には、災害も起き、魔物も居て、戦争まで起きる。
私はそれらを出来る限り未然に防いでの最高のハッピーエンドを目指しているわ。
だから……クリスティナは本当はさっさと国外追放にしたかった。
どのルートでも最終的には倒す事になるクリスティナだけど、追放した後のクリスティナは、西方の蛮族の王に容姿を見初められて捕まったり。
或いは強力な魔物に食い殺されたり、という感じで死ぬか生涯その力を使えない場所に幽閉される事で終わる。
そうすれば『毒薔薇』による厄災をリュミエール王国は被らないで済むの。
それだけでもかなりの人々が救われる事になる筈。
それが私なりの最善手。
……の筈だった。
私は失念していたのだ。というより想定外だったというか。
リュミ恋には……『オマケモード』があり、その情報すらもこの世界には関係してるんだって。
◇◆◇
オマケモードの名前は『クリスティナ』
ずばりクリア後のオマケになる。
それは本編で倒したクリスティナを使っての……『無双ゲー』よ。
魔王視点で最強の力を振るってバッタバッタと敵を倒していくモードなのよね。
そして敵となるのは、それまでの味方キャラクター達や大量の魔物よ。
国外追放か処刑エンドでハッピーエンドになるクリスティナだけど、このオマケモードではリュミエール王国でも1番の荒れ地へと送られる事になるの。
それがアルフィナ領。
アルフィナ領は災害が続き、田畑は荒れ、また人々も他領へと逃げた後で、完全に詰んだ土地になっている。
アルフィナ領へと追放されるクリスティナだけど、そこはオマケモードよ。
大した説明もなく『王都から同行した従者や騎士達は全滅し、クリスティナは1人となった』という1文からゲームはスタートする。
要は、余分なキャラクターをどかす為の台詞だけど……ここは現実だからね。
彼女に同行者を付ける事は、無駄死にを強いる事になってしまう。
そしてプレイヤーはクリスティナを操作して、初めは『障害物』を壊して操作に慣れ、道中に現れる魔物達を倒しつつ、アルフィナ領に到着。
その後は湧き出る魔物達をひたすらコンボを決めて倒していく無双ゲーの始まりね。
中身はあってないようなもの。
どんどんと敵が出て来て倒すだけのオマケよ。
そして、そのオマケモードでは倒した魔物を使ってクリスティナの『パラメータを強化』する事が出来るわ。
更に『強くてニューゲーム』によって周回プレイも可能……。
ええ、やりました。やり込みましたよ、私は。
だって好きなゲームなんだもの。
アタック値に極振り強化して『カンスト』させたクリスティナの出来上がりよ。
「でも、まさか現代の自分のプレイが仇になるとかある!?」
ルーナの結界をこの時点で破るなんて不可能な筈なのに、クリスティナはいとも簡単に破って見せたわ。
そんなのってある!? こういうの、普通はゲーム知識やステータスは、私に味方してくれるものなんじゃないの!?
「はぁ……」
とはいえ、このオマケモードを現実に解釈するなら……それはアルフィナ領からの魔物の大量発生という恐ろしい事態が起きる可能性を示している。
たぶん、攻撃力『カンスト』してるっぽいあのクリスティナなら対処できるんでしょう。
でもその後は?
これは問題の先延ばしに過ぎないわ。
クリスティナが『毒薔薇』を咲かせる前に……何とかする手段を考えなくちゃいけないわよね……!
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