78 マリルクィーナ修道院
私は馬車に揺られていた。
馬車の窓を眺めると、そこには半分透明になった私の顔が映っている。
(左眼……潰れてないわ)
「はぁ……」
どうしてこんな事になったのかしら。
レヴァン殿下との婚約関係は破談となった。
挙句に、私は……えっと。そうだ。
ルーナ様は、既に自らの天与を使いこなしていたのよ。
……だから、お前も証明しろと言われたのだ。
私が授かった天与を。
彼女と同じだけの奇跡を起こしてみろと。
だけど私は薔薇を咲かせる事が出来なかった。
奇跡を起こせるルーナ様と、マリウス侯爵家の後ろ盾を背負ったミリシャ。
対して天与を授かったと偽り、ミリシャが結ぶ筈だった婚約関係を奪った……挙句に本物の天与持ちのルーナ様を傷付けた、悪女の私。
「目撃者だっているのにねぇ……」
幼い頃の一度きりとはいえ、私が薔薇を咲かせたところを見た人は大勢いただろうに。
ルーナ様だって、その一人の筈だった。
でも、その幼い頃の事にさえ言い掛かりが付けられたのだ。
アレは誰だったか……そう。
ディクル子爵家の息子。
ベレザック・ディグルという男が、幼い頃の私の薔薇を偽りだったのだと証言した。
ルーナ様の真の奇跡を目の当たりにした今、あの頃の私の薔薇は偽り、奇術・手品の類に過ぎなかったのだと家門を賭けて証言して見せた。
……あの男が現れてから、ルーナ様はずっと何かに怯えていた様子だったわね。
その理由はいまいち分からないけれど。
私を断罪するあの場で、ルーナ様は大きな発言をする事はなかった。
そうして私は天与を授かったと偽り、本当の天与持ちを傷付けた罪人になった。
皆の前で婚約破棄を言い渡され、家からの後ろ盾もないのだと宣言された。
そこから家に帰る事すら許されず、私の修道院送りが決定された。
私に理不尽な仕打ちをしても、マリウス侯爵家が私を庇う事はなく、ミリシャの味方をする事を……ミリシャは信じて疑っていなかった。
それは私もね。
私とミリシャの意見がぶつかって、ブルームお父様が私の意見を聞く筈がない。
元より家の後ろ盾など私にはないも同然だった。
ミリシャが仮に他の男を好きだったなら別かもしれないけれど……。
あの子がレヴァン殿下を慕っていたのなら、いずれこうなる運命だったのかもしれない。
私の立場を守っていたのは薔薇の天与だけ。
その薔薇さえも肝心な時に咲いてはくれなかった。
「ふ……」
なら幼い頃にも咲かなければ良かったのに。
そうしたら……どうなっていたのかしら。
レヴァン殿下の婚約者は初めからミリシャに決まっていただろう。
王妃教育がなくなったとして……マリウス家での私の扱いが良くなったとは思えない。
まぁ、きっと政略結婚に使われるだけだったのでしょうけど。
内側から開く事の許されない扉の馬車。
そして私を監視し、逃す事を許さない騎士達。
動く牢屋のような環境で3週間か。
これでは、ほとんど流刑も同然だ。
そして辿り着いた場所は。
「……あれがマリルクィーナ修道院なのね」
周囲をぐるりと高い壁に覆われた場所。
王都から遠く離れた田舎に建てられた修道院。
夜中に到着したせいか、その雰囲気はよりいっそうに不気味さを漂わせていた。
◇◆◇
「ようこそ、由緒ある修道院へ。わたくしは、ここの院長を務めるリムレッドです」
私を出迎えたのは黒と白の修道服に身を包んだ老齢の女性だったわ。
頭巾を被っていて髪の色は分からない。
眉毛も白毛が混じっている。
「貴方の事は聞いています。クリスティナ・マリウス・リュミエット。……赦されない事をした者の魂にも救いが必要です。どうか、この修道院で1日も早く貴方の魂が救われる事を祈っています」
「…………」
私は無言のまま両手でスカートをつまみ、お辞儀を返した。
ここで弁明をしても意味はない。
実家が私を見放しているのだから、どの道、私は修道院でしか生きていけない立場だった。
「……どうぞ、こちらへ」
騎士達の監視から解放されるのが1番の救いね、と思いながら私は院長についていく。
高い壁に覆われた修道院。
そこは……監獄か何かに思えたわ。
そして実際に、似たようなものだったのでしょう。
「朝の7時には皆で集まります。必ずその前に起床し、部屋を片付け、着替えてきなさい」
「……はい。リムレッド院長」
食堂だろう場所を案内され、私が寝る部屋へと連れて行かれる。
「……地下、ですか? 私の部屋は」
「ええ、そうよ。……何かあるかしら」
「……いいえ。院長。何もありません」
他には何人いるのかしら。
歳の近い子はいるかしら。
部屋は誰かと同じだったりするのかしら。
「……身に付けている物は……あまりないようですね」
「はい」
院長と同じデザインの修道服を一着。
それから寝る時の為の簡素な服。
それが私の持ち物だ。
王城で着ていたドレスは旅の間に着替えさせられ、家に送り返された。
私は地下の部屋でも一番奥の部屋をあてがわれたわ。
木製の扉はとても重い。頑丈に出来ているわね。
「……ここが私の部屋」
暗いわ。蝋燭の灯りが何とも心許ない。
地下だけれど、外の光を取り込む窓が高くに取り付けてある。
そこから星灯りが何とか漏れているけれど、それでも暗い。
石畳で出来た床に壁。
一人用のベッドが1台。
(王都の地下牢とほとんど変わらないわね……)
ここは本当に修道院なのかしら。
それとも、これが修道院なのかしら。
「では、また明日。シスター・クリスティナ」
「……はい。リムレッド院長」
こうして私はマリルクィーナ修道院へとやって来た。
そして1日を終える。
「…………」
ザリザリと音を立てて視界が黒く滲んだ。
(自由に動けないのかしら)
(結末は決まっているのよね)
(ここが仮初の世界だとして……私の未来は、病に倒れての死)
(そのエンディングを知っている以上、数日間を過ごして処刑……とは話が違う)
(このまま、何年もここで過ごして病に苦しむ『体験』をするのは……きっと良くないわ)
(それをして現実に戻った時、私の精神はちゃんとしているの?)
(この夢自体が罠なら『私』は『私』を保つべきだわ)
(【悪役令嬢クリスティナ】……別の時間、別の可能性の私……)
(『世界』を壊さない範囲で……『私』に貴方の身体と意思を使わせて!)
ザリザリ、ザッザッ! という黒く横に軋む視界。
いつもは眠るように沈めている意識を浮上させ、その予言の世界が壊れない範囲を探る。
天与で壊したりしないように……!
「はっ! はぁ、はぁ……! うーっ!」
そうすると『私』の目の前には、地下牢と変わらない部屋があったわ。
「……、……来たわよー!」
私は両手を上げて自分が自分である事を確かめた。
フフン! 新しい事が出来るようになったわ!
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