76 ルーナの違和感
「ルーナ。レヴァ……王太子殿下との仲はどう?」
「何もありませんよ、アマネ様」
「えー……? じゃあ、エル……ベルグシュタット卿とは? 浄化の旅でよく一緒になるんでしょう?」
「それはそうですけど」
「じゃあ、エルトルートなのね? そうよね? そうだと言って!」
「ですから、なんでそんなに私の恋愛事ばかり気になさるんですか……」
ベルグシュタット卿は、その。
凄く格好いいですし、私もよく支えられていますけど。
あの方の心には既に別の方がいるのに。
それを言えば、そもそも王太子殿下だって、今の状態はすべて納得した関係じゃないと思います。
「はぁー。どうしてカイルはルーナに会いに来ないのかしら? フラグは立てようと頑張った筈なんだけどな……。ヨナに至っては転生者でも商人でもないみたいだし。……しかもクリスティナに連れて行かれたみたいだし」
「カイルっていうのは、ええと」
お会いした事のない男性の名前ですね。
アマネ様は敬称を忘れたり、どころか親しくもない相手を愛称で呼んだりする事もあるので……お相手の方の名前もそのままだとは限りません。
「カイルはルーナの3番目の恋人候補、ヒーローよ!」
「え」
3番目の恋人とは? 1人目の恋人さえ居た事がないですよ?
それが何故、3番、3人目……。
「アマネ様は私のことを何だと思っているのでしょうか……」
「え、何が」
王族や貴族の爵位持ちの男性が多数の女を抱えるのはよくある事です。
リュミエール王国では一代限りの爵位持ちも居ますが、領地を抱え、子や孫に世襲する貴族もいますから。
でも、女性側が複数の男性と交際するのは……その。
あまりにも外聞が悪く、つまり良くない話です。
私だって出来れば1人の男性の大切な、1番の人として愛されたいという気持ちがありますし。
「なんで私が3人もの男性と交際しないといけないのでしょうか……!」
アマネ様の世界の女性はそれが普通なんでしょうか?
「え、ルーナったら逆ハールートだってあるのに」
「ぎゃくはー……とは何でしょうか?」
「逆のハーレム。だから略して逆ハーレムよ。攻略ヒーロー全員がルーナのこと好きで尽くしてくれるの。これこそ乙女ゲーって感じでしょう? レヴァンもエルトもカイルもヨナも全部ルーナの男よ」
「は?」
「ん?」
それはつまり3人に留まらない男性を沢山、私が、私が!
侍らせるという事でしょうか!?
「そんな未来、認めたくないです……!」
私は両手を頬に当てて悲鳴のような声を上げます。
そして嫌な可能性に気付きました。
「ま、まさか、その中にあの人……べ、ベレザック……様も居るとか」
サーっと私は血の気が引いていきました。
「誰だっけ、それ?」
「あ、あれ?」
アマネ様が知らない筈ないのですけど。
「……私に無理矢理、婚約を迫ろうとしていた方です」
「あ、かませ犬ストーカーね!」
かま? すと? 何でしょうか。
ベレザック・ディグル。ディグル子爵のご令息。
……それは幼い頃から私に目を付けていた人でした。
正直に言えば好きではない……嫌いな人です。
「いや、流石にストーカー男は逆ハールートにもいないわよ。アレを撃退するのは共有ルートで必須なんだから」
「は、はぁ」
なら安心……ではないですけど。
ひとまず良かったです。
「アマネ様が私の運命の相手に対して、並々ならぬ関心があるのは存じていますが……その。もっと他の方はいらっしゃらないのでしょうか?」
いくら天与を授かったからと言って、王太子や伯爵家のご令息などを相手として並べられても困ります。
「他は……その」
「はい」
「いる、にはいる……けど」
「そうなんですか?」
では私にも希望があるのでしょうか!
「……ルーナ」
「はい、アマネ様」
「レヴァンやエルトじゃダメ?」
「はい?」
私は首を傾げました。
「カイルを先に見つけるからさ。ほら、浄化の旅が終わるまでには……」
「ええと?」
何がダメでしょうか。
「……実は、まだ攻略ヒーローは居て。その、他のメンバー攻略と特殊条件を満たしたら内政問題に発展するっていうか……」
「内政問題?」
何か問題が起こるということでしょうか?
でもアマネ様は今までそういった話は……ああ、いえ。
下手なことは言えませんよね。
クリスティナ様の件だって、かなり問題のある対応で……。
「最後の攻略対象はユリアン公子。ルフィス公爵家のユリアン・ルフィス・リュミエット……だよ」
「公爵家!?」
またとんでもない相手を!
……でも、その時、私はアマネ様の目に違うものを感じました。
たぶん、それはミリシャ様がよく私達に向けられる目と同じ。
嫉妬や警戒……そういった類の。
「た、たしかにユリアン公子はルーナのヒーロー枠だけど。その条件は、ここじゃ満たせないのよ。だから私にだって分からないっていうか」
「はぁ……? 条件、とは……?」
どの道、公爵令息というのも私には身に余る相手なのですが。
「ん……。だからルーナがレヴァンやエルト、カイル達ヒーロー3人を全員落として侍らせて」
「絶対しません!」
どんなアプローチですか!?
公爵令息はそういう女性が好みなんですか!?
「あとはクリスティナの処刑を50回」
「…………はい?」
処刑を……。
「だから出てこさせ方が分からない……。そもそも、彼の妹ルーディナが病気がちで外に出てこなくて……作中でも、明確な理由があって表舞台に出てきたとは書かれてなくて」
その後のアマネ様のぶつぶつとした小言は耳に入りませんでした。
……アマネ様に対して私は、何か。
違和感の限界を超え始めたような気がしたのです。
貴族の……貴族でなくてもですが……処刑など軽々しく行われて良いものではありません。
以前にもアマネ様は言っていなかったでしょうか?
クリスティナ様を……国外追放したかったと。
或いは国の外に出ればクリスティナ様に幸せが待っているかとも思いました。
私は、その事が気になって聞いてみた事があるのです。
国外追放されたクリスティナ様は一体どうなるのかと。
……その後の彼女は強力な魔物に食い殺されるか。
西の蛮族の王に捕まり、一生を幽閉されて過ごすのだそうです。
その運命を知りながら尚、アマネ様はクリスティナ様を国外追放しようと考えていました。
何をしたワケでもない。
悪事の証拠どころか、その思惑すらなかった彼女を、です。
「……アマネ様」
「なぁに?」
「そう言えばクリスティナ様が……修道院に入られた場合はどうなるとおっしゃっていましたっけ?」
アマネ様は私にとっては恩人です。
それに人々を災害から救う予言を何度もして見せました。
彼女に感謝して止まない人々も沢山居ることでしょう。
今だってアマネ様自身に悪意は感じられないのです。
なのに。
「んー。修道院に入ったクリスティナは、そこでも苛烈な態度を改めたりしなかったみたい。優しさを説く修道女達にも心を開く事はなく。天与に目覚めた後は彼女達を傷付けて修道院を脱走する……筈よ。ヌルい場所じゃあ悪役令嬢は閉じ込めておけないのよね」
「…………それで?」
「うん?」
「その修道院というのは何処の修道院なのでしょう? 今度の浄化の旅で近くに行ければ行ってみたいです」
ベルグシュタット伯の兄妹と一緒なら安心だと思いました。
この違和感を信じてくれるでしょうから。
「修道院の場所までは……そもそもルーナの物語から外れた後だし……あ」
「はい」
「たしかクリスティナが入れられる修道院って2種類あったのよね」
「……そうなんですか?」
「うん。1つは、さっき言った修道院で……、たしか貴族令嬢が入るような場所だったっけ……王都からそこまで遠い場所じゃないって書いてたような」
そうなると場所は限られてきますね。
「もう1つは、かなり遠い場所にある修道院よ。そこはかなり厳しい場所だった筈で、流石のクリスティナも脱走は無理だったみたい。だから一生そこで幽閉される事になるんだけど……結局、体調を崩して病か何かで死ぬ筈よ」
「…………」
悪意は感じられない。
アマネ様に悪意は感じられない……のに。
その事が恐ろしい事だと私は思いました。
異世界の人々とは皆、こういう方なのでしょうか。
そういう文化で過ごされた人々なのでしょうか……。
……そして。
そんな話をアマネ様とした日々もある中。
その方達は私の前に現れました。
青い髪と瞳を持つ、美しい兄妹。
ウェーブのかかった青く長い髪を携えた女性は私と目が合うと、柔らかく微笑みました。
クリスティナ様にも負けない程に美しい方です。
「ああ、ルーナ。この方が……『青の貴公子』様。ユリアン公子よ」
……アマネ様の、その方を見る目は恋をする女の瞳でした。
何となく察します。
何故、彼女が私にユリアン公子の事を話したがらなかったのか。
きっと私に彼を取られたくなかったのでしょう。
だって、その方もレヴァン殿下やベルグシュタット卿に負けない程の美男子でしたから。
「初めまして。ルーナ・ラトビア・リュミエット。キミの事も聞いているよ」
「────」
近付き、私の手を取り、口付けする美麗な仕草、その気品。
公爵家の嫡男として全く非の打ち所がない、その所作。
だけど。だけど。
私が彼を好きになることはない。
そう、理解しました。それはありえないと。
何故そう思ったのか分かりません。
私の身に宿った天与が警告にも近いその予感を与えたのです。
同時に気付きました。
──ならばアマネ様の予言とは一体、何?
間違っている。間違っているのです。それは。
私が彼を好きになる事がありえないなら、アマネ様が語る話は何なのか。
その予言書に記された『物語』は何の為にあるものなのか。
ゾッ……と、私の背筋に悪寒が走りました。
「も、申し訳ありません。ユリアン公子。……その、私は急ぎ、ここを離れなければならず。まともなご挨拶が出来ません」
「そうなのか? ……まぁ今はキミとの話は無い。だけれど、また機会を作りたいと思っている」
「え」
そこで彼の妹、ルーディナ様が初めて口を開きました。
「……ここではまだ話せないけれど。きっと私と貴方は、お話をしなくちゃいけない運命よ。ルーナ様。ふふ」
「あ、は、はい」
ゴクリと私は唾を飲み込みました。
彼らだって何もしていません。
クリスティナ様と同じように何もしてなどいないのです。
なのに私は嫌な予感を抑える事が出来ませんでした。
「そ、それでは失礼します!」
私は逃げるように、彼らから離れていきました。
いつもは一緒に行動しているアマネ様を置いて。
……恐ろしいと予感している相手の元に、恩人である筈の彼女を置いて。
「はぁ……はぁ……!」
私は訳も分からず、逃げるように走って。
「……ん?」
「あっ」
その人の姿を見つけて、駆け寄りました。
浄化の旅で私を護衛してくれる騎士団、そしてその指揮官。
金色の髪に、翡翠の瞳を持った、綺麗な男性。
「──エルト様っ……!」
「む」
私は、彼の胸に縋りつきました。
ユリアン公子とルーディナ公女、そしてアマネ様への、どうしようもなく恐ろしい気配に怯えて。
ワケも分からないまま涙が溢れてきました。
「……何があった?」
「何も……、何もない……筈です……!」
「何だそれは」
本当に何もない筈なのに。私は恐くて仕方ありませんでした。
「なっ、なっ、なっ……! 貴方! エルト兄様から離れなさい!」
ラーライラ様が顔を赤くして怒る様と、ベルグシュタット卿の困った表情に……私は、ようやく安堵したのでした。
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