74 プロローグ ~救国の乙女の手紙~
6章 スタート
アルフィナ領には結局、魔物が溢れ出す程の災害は訪れなかったわ。
大地の傷は発生してから日が経つ程に広がる性質みたいで、つまり早めに見つけて浄化すれば問題ないみたいなのよね。
「キュルウゥウ……」
「よしよし、いい子ね。クイン」
私は白銀のドラゴンを『クイン』と名付けてアルフィナへと連れ帰り、一緒に暮らし始めたの。
クインだけれど、大地の傷の気配か匂いが分かるみたいで、この子が大地の傷の発生を嗅ぎ付けたら、私を乗せて現場に駆け付けて浄化して……という事ができるようになったわ。
もちろん空を飛んでよ! フフン!
大地の傷発生の発見速度と、その場所への到達速度の問題がクインのお陰で解決した事によって魔物の大量発生なんて起こる事がなくなったのよ。
「たくさん食べて大きくなるのよー」
「……これ以上大きくしたら困るのは私達なのですが」
クインに食用薔薇を食べさせているとリンディスがお小言を漏らしたわ。
「元気に育ってくれたら良いじゃないの! アルフィナの救世主はこの子よ!」
「……まぁ、否定しませんけども。お嬢とセットでの話ですけどね」
クインの食べ物だけど、恐竜のお肉は食べなかったわ。
こんな見た目だけれど肉食じゃないみたい。
完全に草食というワケでもなくて……基本的に水と食用薔薇しか食べないのよね!
好き嫌いなのかしら!
「クインは魔物というより神獣とか、そういう類かもしれませんね」
「どうして?」
「お嬢でなくとも人を襲わず、水と【天与】で育てた薔薇だけを食べても平気で。馬よりも大きい身体なのに、それで元気に過ごしている。……少なくとも魔物とは言いたくないですね」
「それはそうね!」
クインは大人しい子なのよ。
侍女達も最初は怖がっていたけど、吠えたりしないし。
たぶん、こっちの言葉も理解しているわね。
身体の大きさだって馬よりは大きいけど、せいぜい幌馬車程度の大きさの身体よ。
背中に乗せて飛べるのは3人程度ね!
でもマルク達、元野盗には少し厳しい態度だわ! 理由は知らないけど、これはきっと仕方ないわね!
「キュルゥ?」
「うん? どうしたの、クイン」
クインが細長い首を傾げたわ。
向こうから馬に乗った一団が領主の屋敷へ向かってくる姿が見えたわね!
「おや。もしや、またベルグシュタット卿の使いでしょうか」
「エルト!?」
私は、顔を上げて彼らを見たわ。でもいつかの金色の髪の騎士は居なそうね!
「誰かしら、あの人達! 蹴散らしにいく?」
「なんで喧嘩腰なんですか……」
「王都や外での私の評判は知らないからね! 警戒しておくに越したことはないわよ!」
「……胸を張って言う事じゃないんですよねー」
フフン! 夢で見たみたいに外に出たら民が私に石を投げるぐらいに憎んでいるっていうパターンも想定済みよ!
彼らの接近に気付いた騎士達やカイルも集まって外に出てきたわ。
「クリスティナ様。少しお下がりください」
「ん!」
騎士達は、私を主人としてよく仕えてくれているわ。
ちなみにマルク達は屋敷からは少し離れた所に住まわせて外の畑の管理をさせているわよ!
魔物災害が落ち着いてきたから、ちゃんと家とかも整えていっているところね!
「そこで止まっていただきたい! 貴殿達は何者か!」
私は女主人としてクインの前に堂々と腕を組んで立ったわ!
フフン! 偉そうに見えるかしら!
「……ドラゴン……?」
近付いてきた一団は質問に答えるより先にクインに目を奪われているみたいよ! それで言葉を失っているみたいね!
「このドラゴンの名前はクインよ! 私の仲間ね! 一緒に暮らしてるわ!」
「ドラゴンと一緒に暮ら……?」
「フフン! 可愛い子よ! 大人しいから安心しなさい! ただし傷付けるようなら承知しないから!」
ざわざわしているわね! 結局、何の用件かしら!
「貴方達、エルトの……ベルグシュタット卿の使いじゃないの?」
「え、あ、いや。違います」
先頭の男が困った様子ながらも、馬から下りて1人で門の外まで歩いてくる。
「クリスティナ・マリウス・リュミエット様とお見受けします。我々は……このアルフィナの視察隊でございます」
「……刺殺隊!」
マルク達に剣か槍かを持たせて突進させる感じね!
「お嬢? なんか変な想像をしてません?」
「してないわね!」
今回は国からの正式な派遣部隊っぽいわね!
とりあえず、一団を屋敷へ招く事にしたわ!
「悪いけど、屋敷はあんまり来客用には整えられてないわよ」
「……構いません。現状をそのまま知りたいです」
「そう。良かったわ!」
派遣部隊はとくに嫌味な感じはしないわね!
捨てられた土地だからって見下すとかそういうことはないみたい!
「じゃあ、ここに椅子を持って来てー!」
「え」
相変わらず野営準備とかが設置したままの玄関ホールに椅子を持ってきて貰うわ。
「なに?」
「あ、い、いえ。そうですよね。国からの支援など、まるで無い中での活動でしたでしょうから。屋敷の手入れなど出来る筈もなく、民もおらず税収も見込めないのですし……」
「まぁそうね」
でも食べていけてるわ!
侍女や騎士達もそうだけど、ちゃんとマルク達のご飯だって確保できているのよ!
領地の生産性が上がってきていると言えるわね! フフン!
「それで視察に来たらしいけど。私達は何をどうしたらいいのかしら?」
「はい。まずですが……こちらをお受け取り頂けますか?」
「……手紙?」
誰からかしら?
リンディスがその手紙を受け取るわ。
「……私が開けてもよろしいですか、お嬢」
「任せるわ!」
特に手紙に刃物や毒を仕込んで私を……なんてことはないと思うけど。
でも分からないわね! こういうのは得意なリンディスに確かめて貰いましょう。
リンディスが手紙の封を開き、何かを仕込まれてないか確認する。
「お嬢、ではこちらを」
「ええ!」
確認を終えたリンディスから手紙を受け取ったわ。
「ええっと……。誰から。ルー……ルーナ様!?」
王都でロクに会話もせずに別れる事になった、もう1人の【天与】を持つ女の子。
私の方は予言の夢のせいで、かなり一方的に彼女を知っている状態だわ。
でも、現実のルーナ様と夢のルーナ様の違いまで私は知らないのよね!
「ルーナ様は……アルフィナの近くにまで来ているの?」
「はい。『救国の乙女』こと、ルーナ・ラトビア・メテリア・リュミエット様は、お近くまでいらしています」
んん!?
「メテリアって」
「三女神の一柱のメテリア神様の名前ですか?」
私達は首を傾げたわ。
「はい。【天与】を授かった3人の乙女の内の1人ですので」
「え?」
「はい?」
3人って言った?
「はい。クリスティナ様は『薔薇』の……イリス神様の【天与】を授かっていると聞いています」
「ええ、そうね」
その報告はちゃんと届いているのね! 良かったわ!
「救国の乙女、ルーナ様はメテリア神様の【天与】を」
「……まぁ分からなくはないわね!」
イメージが結びつかないでもないわ!
でも、そんな事は言われてなかったわよね。
「そして『ルーディナ様』がシュレイジア神様の【天与】を授かっています」
「……ルーディナ?」
誰かしら?
私はリンディスに目を向けたわ。
「…………」
「リン?」
「……ルーディナ、というのは、もしや……。ルフィス公爵家のご令嬢なのでは……?」
なんで私よりリンディスの方が詳しいのかしら!
「公爵家? 社交界にいらしてたかしら?」
私だってあんまり参加していないけどね。
そもそも学園のそういう場ぐらいしか経験はあまりなかったし。
「はい。ルーディナ・ルフィス・シュレイジア・リュミエット公爵令嬢です。彼女もまた【天与】を授かられました」
「へー……」
そうなんだ。3人目の【天与】持ちですって。
それって『オトメゲム』でも未体験よね!
「彼女の【天与】は『光翼蝶』の【天与】です」
「…………蝶?」
私の頭には、あの光る蝶々が思い浮かんだわ。
「はい。クリスティナ様の『薔薇』とルーディナ様の『蝶』が揃った事で、ようやくそれらが三女神からの賜りものなのだと認められました。この2つは、その。イメージが繋がりやすいですからね。三女神が与えたものとなってから、ルーナ様の【天与】はメテリア神様の賜りものだとなりました」
なるほどね!
【天与】を授かった女が3人居て、その内の2つが薔薇と蝶なら嫌でも三女神様に結びつけると思うわ!
「……なんか。以前より面倒くさい事態に巻き込まれてませんか、お嬢? 知らない内に」
「え? 何が?」
私は首を傾げたわ。
「今、ルーナ様は東側からリュミエール王国を巡り、この西の地まで訪れ、各地の瘴気を祓ってきた事で民の求心力を集めています。今や彼女は『救国の乙女』として民の誰もに慕われています」
「まぁ、それは素敵ね!」
その辺りは、やっぱり予言の夢通りなのかしら?
レヴァン殿下とは仲良くやっているのかしら。
ミリシャに虐められてなければいいけど。
「アルフィナには来てくれるご予定なの?」
「……それを確認する為に我々、視察隊が先に訪れたのです」
「そうなのね! あ、でも」
来る必要ってあるのかしら?
「アルフィナの大地の傷の浄化なら、私の方で出来ているわよ」
「……はい?」
「魔物が湧いてくる場所の特定と、その浄化。ルーナ様も各地を巡ってしているのでしょう?」
「……クリスティナ様も浄化が可能なのですか?」
「ええ! これまで何度も大地の傷を塞いできたわ!」
「何度も?」
「そうよ?」
何かしら。視察隊の人達がざわついているのだけど。
「……同じアルフィナの領地の中で何度もですか?」
「そうよ? 私、王命でこの地に来ているんだもの。予言の聖女が魔物の大量発生を予言したからね」
「それは……その。1つの傷を浄化し切れないから、何度も浄化しているけど追いつかないと?」
「いいえ?」
どういう意味かしら?
「1つの傷を浄化した後で同じ場所で再発生したのは、まだ見つけてないわね。このアルフィナの森の奥には、いくつもの大地の傷があって、また出来たりするんだけど。それらが発生する度にクイン……表にいたドラゴンに乗って飛んでいって浄化しているわ」
クインが居なかったら、たしかに魔物の大量発生に繋がっていたかもしれないわね!
「そ、そんなに1つの地域に大量にですか?」
「そうだけど。どこもそういうのじゃないの?」
何かしら、この反応……。
「……ルーナ様が巡った地では、1つの『大地の傷』を浄化すれば、その地は救われたのですが」
「そうなの?」
やっぱりルーナ様の【天与】の方が強力なのかしら?
だとしたらアルフィナに来ていただくには十分な理由ね!
「…………」
「何?」
「……その。クリスティナ様、そしてルーナ様、ルーディナ様は三女神の【天与】を授かった者として認められました」
「ええ」
「故にお三方は神殿にとっては既にかなりの重要人物となっています」
「そうなの?」
「はい」
神殿っていうのは三女神様を信仰する人々が集まった組織ね!
けっこう大きくて王権からは独立した存在として認められているわ!
王命で神殿に命令を下す事は出来ないっていう感じね。
あと他に王権から独立しているのが司法機関よ!
たとえ王族であっても裁判に掛けられる事があって、その判決を強権で覆す事は赦されないっていうものね!
「ルーディナ様は既に神殿を後ろ盾として支持を集めていらっしゃいます」
「そうなの」
公爵家のご令嬢なのだから後ろ盾は十分な気がするけれど。
「そしてルーナ様は『救国の乙女』として民の支持を集めていらっしゃいます」
「うん」
それはさっき聞いたわね!
「…………」
「?」
何かしら……。
「もしかしてですが」
私が首を傾げて、相手の騎士が黙っているとリンディスが口を挟んだわ。
「【天与】持ちの3名を集めた会談なり何なりが神殿に求められていたり。或いは3人目の【天与】持ちが現れ、しかもそれが公爵令嬢だった事でミリシャ様とレヴァン殿下の婚約について、改めて議論されて泥沼化していたり」
んー……。
「あまつさえ三女神の名を名乗る事さえ許された女性となって……丁重に扱わなければいけないのに、その1人であるクリスティナお嬢様を一方的に婚約破棄した上、ほぼ流刑同然の扱いで王都を追放し、魔物が蔓延ると言われる死地へと追いやった事で、王家とレヴァン殿下を糾弾する声が上がっていて」
まー……。
「しかも事情を聴いてみると、ラトビア令嬢よりも危険な場所で、人知れず浄化の仕事をこなしているクリスティナお嬢様の功績を民も神殿も誰も知らず。……このまま後ろ盾もないまま王都へ行くと、立場ばかりが不遇で、挙句に糾弾すらされかねないけど、実質は1番仕事をこなしている……みたいな状態……ですかね?」
えー……。
「……そうなるような気がします。いえ、ルーナ様も各地を巡っているワケですので実質の仕事を1番こなしていると言い切るのは、かなり偏った見方かと思いますが」
「まぁ、そこは、お嬢の従者ですので」
アマネもそうだけれど、救われた民の数で言えばバカには出来ないわよね!
「ですが十分に讃えられるべき功績を既に上げているようにも思います。勿論、確認をさせてからの話なのですが」
その視察に来たのだものね!
「とりあえず王都に行ったら面倒くさそうって事だけ分かったわ! フフン!」
「胸を張るところじゃないんですよねー……。せっかく味方に付けられそうな神殿も既にルフィス公爵家の手中? というか何というかの状態なんですよね」
「そうですね……」
私は、じーっとリンディスの顔を見たわ。
「リン。ルフィス公爵家に何かあるの?」
「えっ」
「なんか隠してる感じがするから」
「いえ……その。表沙汰になるかどうかの問題なのですが。……お嬢が王太子の婚約者であった時は問題なかったのです。ですが、この状況は、ちょっと。どうなんでしょう?」
知らないわよ!
「『傾国の悪女』……もしかして、ここまでの未来を見ての話ですか?」
「リン?」
何? 気になるわよ!
「あの。仮に王太子の支持率が落ちかねない状況だとして。もしかしてルフィス公爵家が、その件で王位継承権を争おうとか……」
「流石にそこまでは存じませんが……」
「そうですよね」
「何なの、リン?」
そこで腕を組んで私を見つめるのは何かしら!?
「色々と陛下の判断待ちな気がします。どの道、この地に居る限りは後ろ盾を作るも何もないでしょうし。そこまで目の仇にされなくてもいいと思いたいのですが」
「そうね?」
そもそも今の私に後ろ盾って要るのかしら……。
「とりあえずルーナ様のお手紙を読ませていただいていい?」
「はい、もちろんです。クリスティナ様」
ルーナ様からの手紙。なんだか不思議ね。
夢の中で何度もお会いしたけれど、向こうはその事を知らないし。
彼女とは幼い頃と王都の2度、ほんの一瞬だけ関わっただけなのが現実なのよね。
エルトだって、あの日に決闘した1度っきりだわ、現実だと。
……『私』は何度となく王都の地下牢で彼と過ごしたんだけど。
私はルーナ様の手紙を読む事にしたわ。
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