07 リンディス
「ねぇ、リンはどうして私に構ってくれるの?」
小さな頃、『声だけ』リンディスに向かって聞いた事がある。
「それは……恩義があるからです」
「おんぎ??」
「ええ。貴方のお母様に」
「ヒルディナお母様に?」
「あの方とは違……いえ、そうですね。その通りですよ、お嬢」
私のお母様の本名はヒルディナ・フィル・マリウス・リュミエット。
フィル伯爵家からマリウス家へ嫁いできた人よ。
だから私と違ってお母様は赤い髪じゃないの。
お父様も髪が赤いのだけど、私の髪の色とは少し違う赤なのよね。
男であるリカルドお兄様もお父様と似た色の赤髪なの。
やっぱり男女で違うのかしらね。
それから妹のミリシャはお母様と同じ髪の色よ。
……なんだか私だけ家族で仲間外れなのよね!
でも私は自分の赤毛が好きよ。
マリウス家では、なんだか悪く言われる事が多いけどそれでもお気に入りなの。
だから髪を長く伸ばすのは好きなのよ。
「それで私が赤毛の猿姫って呼ばれてるのに優しくしてくれるのね!」
「……お嬢。子供が愛情を求め、構って欲しくてするような行為を私は咎めたりはしませんよ」
「ふぅん? リンは優しいのね! 気に入ったわ!」
「光栄です」
リンディスは幼い私に諭すように言葉を掛けてくれたわ。
「お嬢。今の話は私達2人の内緒にしておいて下さいね」
「どうして? お母様がリンに優しくしたから、リンが私に優しくしてくれるんでしょ? だったら私はお母様に感謝しなくちゃいけないわ!」
「…………恥ずかしいのですよ。だから、くれぐれも今のような事は奥方様には言わないで下さい。貴方の従者であるリンディスたっての願いです」
「んー……」
内緒にしなくちゃいけない事でもない気がするけど。
「これも貴方のお母様とお嬢、そして私の為ですから」
「仕方ないわね! 分かったわ!」
こんな感じだったかしら?
どれぐらい昔の話だったかな。
ちょっと細部がうろ覚えなのだけど。
まだレヴァン王子と婚約する前だったと思うわ。
それからもずっと。リンディスは私の味方で居てくれたのよ。
◇◆◇
「……傾国の悪女……お嬢が、ですか? 何かの間違いでは?」
「残念ながらレヴァン王子に面と向かって言われたわ。それが婚約破棄の理由。それからその場に居た聖女様には、私が側妃になるのも、修道院に入るのも、家に帰るのも全部ダメで、それらをさせたら私が国を滅ぼすみたいに言われたの」
ピキッとリンディスのこめかみがヒクついてるわね。
「何ですか、それは? まるでお嬢を目の敵にしているような予言じゃないですか」
「リンもそう思うわよね! でもまだ終わりじゃないのよ!」
「は?」
フフン! 私の愚痴はリンディスの前では止まらないんだから!
「聖女は、私が【天与】を使いこなせるようになったのを確認してから新たな予言を言い出したらしいのよ。それがアルフィナ領の魔物の大量発生なの。だから国王陛下は王命で私をかの地へと派遣する事に決めたわ。……まぁそこまではいいわよ? でもね」
私はどういう条件かもリンディスに話す。
「……従者も騎士も1人も付けるな?」
「そう。何でも私に同行させたら全滅するからですって」
「……馬鹿げてる。いくら【天与】持ちとはいえ王妃候補だった令嬢なのですよ? それが護衛どころか従者の1人も付けない? 婚約破棄だけでも腹立たしいのに謂れのない罪人扱いをして尚その仕打ちなどと」
そう思うわよね!
「……失礼ですが聖女様は女性ですよね?」
「聖女だからね!」
それは流石に女だと思うわ!
「聞く限り、その。その女性はお嬢に嫉妬しているのでは? レヴァン王子の婚約者であるお嬢を陥れて自分がその座に就こうとしているとしか」
「んー……」
でも聖女アマネはレヴァン王子には色目を使ってなかったのよね。
「王子個人が好きかはともかく、自分が推薦したルーナ様を王子と恋仲にしようと画策していたみたい。でも同時にルーナ様が【天与】持ちである事は確かなのよね」
だからではないけど。
「……正直、気に食わない事ばかりだけど。聖女アマネは確かに『予言をしているだけ』のようにも見えたのよ」
「本当ですか? 予言の聖女の功績は色々と耳にしてきましたが……しかし、そのどれもが災害が発生する大まかな場所を示したとか、そういったもので。なぜお嬢に限ってそんな風に細かく指摘するのです」
そんなの知らないけど。
「私が災害クラスの問題を引き起こすから、とか」
「バカな事を」
ふふ。リンディスはやっぱり私の味方ね!
「お嬢。そんな予言を聞き入れて従う道理はありません。王命であってもです。いくら何でもあまりにも理不尽だ。方々に手を尽くして抗議に時間を費やした方が、私には余程正しく思える」
「そうね、でも」
でもよ。
「……もしも予言が本当だったならアルフィナ領で魔物災害が起きるわ。それで苦しむのは無辜の民なのよ。【天与】を授かった私が、もしもその災害を防ぐ事が出来るのなら……やってみせないといけないわ」
大事な事よ。
「まぁ、ノブレス・オブリージュよね」
「お嬢……」
「それにアルフィナ領はフィオナが居るエーヴェル領の隣にある。災害が拡がればフィオナにだって被害が及ぶわ。なら私はその為なら王命でなくても駆けつけたいの。これは民の為なんていう綺麗事じゃなくて、友達の為っていう私の我儘な行動よ」
そう思えば腐らずにやる気になるわよね!
「……そうですか。お嬢がそこまでおっしゃるなら……分かりました。ですが私もお供致します」
「ん!」
期待していた言葉が聞けて、とても嬉しいわ!
「でもいいの? リンはお父様に雇われているんでしょう? 家ではミリシャの警護だってしなくちゃいけない筈じゃない」
「そんなもの。すぐに辞めてきましたよ」
「ええ?」
せっかく侯爵家の従者なんて仕事に就けたのに!
「リンったら、これからのお給料がなくなって困るわよ? 大丈夫? 贅沢な暮らしに慣れた者は少しでも落ちぶれた生活に耐えられなくなるそうよ?」
「……今のお嬢にこそ、その心配をしたいんですが……。王妃候補から僻地への流刑同然の仕打ちなんですよ?」
「ふふ。私は割と楽しくやれそうではあるわよ?」
そう言って笑うと『楽しくって……今、暴漢に襲われてた所なんですが……』と小声で愚痴られたわ。
それはそれ、これはこれよね!
【天与】のお陰で何とか出来たし!
「だけど貴方はお母様に恩義を感じているんでしょう? そのお母様を置いて屋敷を出て行っていいの?」
「……恩義があるからこそですよ、お嬢」
「ん?」
「……まぁ、それはそれとして」
あからさまに話題をはぐらかされたわね!
「役所に連中を突き出すのも良いですが……。お嬢の立場が不安定ですからね。悪評を更に立てられてはたまったものじゃない。ましてや裁判沙汰などとやってる暇もないでしょう」
「そうね」
あとは何か。んー。
「時間的にありえないとは思うんだけど、ルーナ様が既に攫われたりしてないかは確かめておきたいわね」
「お嬢の『予言』の確認ですね。……男を尋問してみましょう」
リンディスは荒事でもテキパキとしてるわね。
本当は、その手の仕事の方が得意だったりして?
「ねぇ、ねぇ、リン。リンディス」
「……何ですか。お嬢。そんなに目を輝かせて」
「どうして今まで姿を隠していたの? どうして今日は堂々と姿を現してるの? どうしてそんなに若いの?」
「ちょっ……近いです、お嬢!」
私は彼に迫る勢いでリンディスに問いかけたわ。
「そういった話は後で良いでしょう。また道中ででもお話ししますよ」
「そう?」
「はい。差し当たって、ひとつ。私のように『魔術』を使える者は王家でも抱えていたりします」
「うんうん」
それは知ってる、というより察してるわ。
「ち、近い……その顔で近付かないで下さい、お嬢」
「何か失礼ね!」
私、顔は美人の筈よ!
何よ、その顔で近付くなって!
「もう17歳になられたものだから、ますます似てきて、はしたない……! 今日まで続けられてきた王妃候補の教育成果はどこに行ったんですか!? もっと令嬢らしくお淑やかになさって下さいよ!」
むー!
「そんなの捨てたわよ! 私、王子殿下に婚約破棄されたんだからね!」
「捨ててからの変わり身が早過ぎます! もうしばらく令嬢然として振る舞っても罰は当たらないでしょう!」
こっちの私の方が素だし、楽だからいいのよ。フフン!
「はぁ……で、ですね。お嬢」
「うん!」
「これは……あまり口外して欲しくないんですが」
「うんうん」
「私は……『魔族』とも呼ばれる人種です」
「魔族!?」
それって王国からは、かなり離れた土地に住む人々じゃない?
「時代が時代だと、この国では差別や迫害の対象にすらなります。大きく違うのはやはり寿命でしょうか」
「寿命?」
「はい。……お嬢は私がいくつに見えますか?」
「えっ。そうね。その見た目なら……私とそう変わらないぐらい。20代の前半ぐらいじゃない?」
どうかしら!
「残念。私はこれでも……50歳です」
「50!? それは嘘よ!」
「本当です。魔族は……さらに細かい種族の違いがありますが、およそ普通の人間の倍の寿命を持ち、また特別な魔術を行使できます」
倍の寿命。そ、そうなんだ。
「確かに私の年齢を人間基準に直すと25歳程度になるのでしょうが……それでも私は、それよりも長く生きてきました。お嬢のお母様の代からもずっとです」
「そうなんだ」
うわぁ。ビックリね!
「……こうして改めてお嬢の前に顔を出せて嬉しく思っています」
「うん。それでどうして今まで顔を見せなかったの?」
「それはおいおい」
今聞きたいわね!
まぁ暴漢達の問題を片付けてからにしましょうか!
「お嬢」
「なに?」
「……私はたとえお嬢が『悪女』になったとしても付いていきますよ。何があっても裏切ったりはしませんから」
「──当然ね!」
私、リンディスのことは1番信用してるんだからね!
「貴方の……野に咲く薔薇のように綺麗な赤毛に。私は忠義を尽くします。クリスティナ・リュミエット様」
フフン! リンディスが一緒ならアルフィナ領までの旅に何の不安も無いわね!
良ければブクマ・評価お願いします。