68 悪女の処刑②
「……、……」
私が目覚めると知らない場所に居たわ。
「生きてる……」
たしかにあの時、心臓を貫かれた筈なのに。
私は胸元をさする。
「痛っ……」
傷口は確かにあった。でも塞がっている?
それに治療もされているように見えた。
「ここは……」
石の壁。質素な布切れだけの布団。薄暗い部屋。
そして……鉄格子。
「見るからに牢屋って感じね……」
こんなところなんだ。
上を見上げると光が差し込んでいる。
換気用の窓かしら? そこにも鉄格子が見えた。
「雨が降ったら、どうするのかしらね……」
身体はまともに動きそうにない。
心臓を刺されたんだから生きてる方が不思議だけど。
「……足枷」
気を失っていた私をここまで運んで来たのか。
手枷は付いていないけど、代わりに足枷が付いていた。
枷の先には鎖が繋がっていて、重石として鉄の塊が付いている。
「こんな事しなくても逃げないのにね」
この状況を見る限り、私は罪人として捕まっているのでしょう。
自覚はある。
お父様やお母様、そして侍女や執事達を皆殺しにしたのだから。
でも、後悔はしていない。
「……本当か?」
「え……?」
そこで初めて鉄格子の向こうに人が居る事に気が付いた。
私は、動かし辛い頭を無理に動かして、その人を見る。
「貴方、あの時の」
「……そうだ。お前の胸を刺した男だ。【天与】持ちとはいえ、アレで死なないとはな」
「……そうねー……。私もびっくりしてるわ……」
どうやってアレで生き残れたのかしら?
薔薇が咲くようになってから、身体ごとおかしくはなっていたと思うけど。
「びっくり、か」
金色の髪に翡翠の瞳をした黒衣の騎士は、椅子に座って私をじっと見つめていた。
「貴方……身分の高そうな騎士だけれど」
「うん?」
「どうして、そんな貴方が牢屋番なんてしてるの?」
そういうの、もっと下の人がやるんじゃないかしら?
「……心臓を刺しても死なん、近付けば薔薇を咲かせて騎士の一団を刺し貫く。そんなバケモノの番など俺以外に誰が出来るか」
ひどい言われようね。
「というか、そもそもお前は俺を知らないのか?」
「……え? 知らないけど」
誰かしら?
「……はぁ。元・婚約者の友人程度は把握してやるといい。まぁ、お前達の間に愛などなかったのだろうが」
元婚約者の友人?
「貴方、レヴァン殿下のご友人?」
「そうだ。『金の獅子』という名を聞いた事はあるか? それが俺だ」
「……知らないわね」
何かしら、それ。
「……お前な。それで元王妃候補か?」
「……それで。その金獅子様が私の番?」
「そうだ。俺が引き受けた」
「そう。一人で大変ね」
バケモノ。今の私はそうなのかしら?
不死身って程じゃないと思うんだけど。
「ねえ、金獅子様」
「何だ」
「……私、これからどうなるの?」
分かってるけれど。
「──お前は明日、処刑される。……侯爵とその妻、その従者達を殺した以上、極刑は免れん」
「……そう」
まぁ、当然よね。
「……加えて言えば、お前は各地での魔物災害の元凶だ」
うん?
「魔物災害?」
「……お前が咲かせた薔薇の元には魔物が湧くと報告されている」
「……ああ」
そうなんだ。そうだったかしら?
「王国の都市部をいくつも、その災害が襲った。各騎士団総出でそれらを抑え、そして暴れ回るお前を捕らえた」
暴れ回るって。そんなに暴れたかしら?
まぁ暴れなかったと言えば嘘になるけれど。
「……お前が生きている限り民の被害が増える。故に異例ではあるが、あらゆる裁判を抜きにしての早期の処刑が決まった」
「……そう。でも。裁判は元から不要だわ」
「なに?」
私は金の獅子を見上げる。
「ブルームお父様やヒルディナお母様、それから侍女や執事達を殺したのは私だから」
「……認めるのか」
「ええ、認めます。そして……処刑を受け入れます」
それだけの罪は犯したのだから。
「……何故だ」
「なぜって」
「家族での諍いがあったとしよう。だが、それで何故、罪の無い民まで巻き添えにした」
「巻き添えにしたつもりはないけど……【天与】のせいでそうなったなら……私が未熟だからね」
「未熟だと?」
私は胸元に手を当てた。
金の獅子に貫かれた心臓の跡……。まだ痛みと傷は残っている。
「……制御できてないの。リンディスが……ずっと親しかった従者がお父様に殺されて。そこから薔薇は暴走してるの」
「暴走……」
「……たぶん私の怒りや憎しみ、哀しさに強く反応して暴れ回るの。……私の感情を力にして振るえる【天与】……。『良い事』には使えないのよ。だって、私にはきっと……愛が無いから」
あれだけ咲かなかった薔薇が。憎悪や哀しさの悪い感情を吸って咲き乱れるようになった。
「……人を傷付ける事にしか使えない【天与】よ……」
どうして私はこんな力を授かったんだろう。
こんなモノなければ、もっと違った……。
「……薔薇は、三女神が一柱。イリス神の象徴だ」
「うん?」
知ってるわ。
「イリス神は、悪を憎む激情と正義、公正な法を司りつつも、女神としての美しさを飾る事を忘れない神。その髪には薔薇が飾られ、剣を手にしている」
「……うん」
それも知ってるけど。
「三女神で唯一、剣を手にしている事から戦女神とも敬われている」
「……知っているわよ?」
これでも王妃教育を受けてきたんだから。
「剣と薔薇の女神イリスは、試練の神でもある。人を善だと信じているからではなく、悪の道に堕ちないかを常に試し、それを乗り越える事を望む女神だ。故に堕落の試練が人に課される事を止めはしない。……女神イリスは、ただ見ている。たとえ目先に悪への道があろうとも、それでも善なる己を貫けるか」
…………。
「……私は試練に勝てなかったのね」
「そうだ。『イリスの天与』を授かった身としては、この上なく恥晒しだ。期待外れと言うべきか。それも最悪な方向に」
「……そう」
イリス様に見放されちゃっても不思議じゃないわね。
「イリス神に見初められた女なら、どのような苦境であろうとも前を向く強さと、悪に堕落しない善性を持ち合わせている……筈だったのだろうな」
「……残念ね」
私はそうはなれなかったみたいだから。
「だが」
「?」
「美を司る面もあるイリス神だ。……だからこそ、もしかしたら、お前の心ではなく、その美しさに惹かれて【天与】を授けたのかもしれない」
「ええ……?」
何それ。
「……あの時、お前の心臓を貫いた瞬間。殺したと思った瞬間。……『ありがとう』と微笑んだお前の姿は……俺には美しく見えた。目を奪われたよ」
…………それは。
「……私を口説いているの?」
「ふ。明日、処刑されるお前をか?」
「とんだ悲恋だと思うわ。金の獅子様」
「違いない」
でも……ふふ。
「おかしな人ね、貴方は」
「よく言われるな。……クリスティナよ」
「なぁに?」
「……お前は美し過ぎただけだ。試練に勝てず、悪の道に堕ちたとしても。それは、お前が『ただの人間』だったに過ぎない」
「…………」
「女神イリスは、気に入った人間には地獄の試練を課すとも言われているからな。そんなもの、美しさだけで選ばれた、ただの人間に乗り越えられる筈もない」
この騎士様は私を慰めてくれているのかしら。
「バケモノじゃなくて?」
「ああ、そうだ。クリスティナ」
「なぁに」
「……お前は明日、数多の民を傷つけた罪を問われるだろう」
「……そう」
仕方ないわね。
「国を傾けた、傾国の悪女。そんな女として首を落とされる。……万民に憎悪を向けられながら」
「……そう」
「俺達の戦いを見た者は、お前の事をバケモノや悪魔とさえ罵るだろう。心臓を貫かれてなお、生きていたのだから」
「……うん」
涙は出なかったわ。
リンディスが死んだ時に枯れてしまったから。
「だが。お前は美しいだけの、ただの人間だった。……俺だけは、そう記憶しておこう」
「そう。……ありがとう。金の獅子様」
名前は……聞いても意味は無いわね。
どうせ私の命は明日までなのだから。
「──あの場で殺してやれなくて、すまない。……俺の未熟さのせいで、お前を処刑台で殺す事になった」
……そんなこと。
「心臓を刺されて死なない私が悪いと思うわ」
「……それは、そうだな」
「そうでしょう」
「はは……」
「ふふ……」
人生の最後で、私はそんな風に笑えたの。
それから地下牢で一晩過ごして。
薔薇を恐れてか、或いは金の獅子様が守ってくれたのか。
地下牢に好色な男達が現れて、最期に身体を穢されるなんて事もなく。
私は処刑台へと連れて行かれた。
(レヴァン、ミリシャ……)
私を正面から見据えるのは、その2人。
そして集まった民は私に憎悪を向けている。
或いは恐れかもしれない。
やがて、自慢だった長い髪を切り落とされて。
それだけは悲しいと思った。
民達の前で宣言される私の罪。
覚えのある事もない事も言われたけれど……どの道、この結末は変わらないのでしょう。
やがて刃が私の首に落とされて。
……『私』はあと何回、この夢を見るのだろう。
(全部で、50回……かぁ)
アルフィナにやがて訪れるという危機の真実を少しでも知る為に……『私』は歯を食いしばって、その夢を見続けた。




