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63 悪女の交渉

「フンッ!」

「ぐぎゃっ!」


 お姉ちゃんが暴れ回っているのを『僕』は見ている。


(とりあえず、お姉ちゃんが酷い目に遭う事はなさそう)


 と、自分の状況を無視して安堵した。

 侍女のフィリンがまず捕まって、どうにもならないまま火の魔術まで封印されてしまった。


 僕のせいでお姉ちゃんが酷い事をされるなんて耐えられないと思っていたけど、その心配だけはなさそうだ。


『命を諦めなさい』と泣きながら別れを告げられたけど、それにショックは受けてない。


 その言動はお姉ちゃんらしいとも思えるし、そもそも自分の命は彼女に拾われたものだった。

 それが自分のせいで更に傷付くなんて、その方が耐えられなかっただろう。


(でも本当に僕が死んだら悲しむよね)


 どうにかしないといけないけど、魔術を封じられた僕に何が出来るだろう……。


 棘付きの薔薇の蔓に囲われた空間の中。

 僕は首元に短剣の刃を突き付けられながら思案を巡らせた。



◇◆◇



「ひぃっ、助けっ」

「フンッ!」

「ふぎゃぴっ!」


 1人1人、逃げ惑う男達を捕まえては、しっかりと意識を奪うまで殴り付けていく。


「て、てめぇ! いい加減にしやがれ、このイカれ女ァ!」

「薔薇よ!」

「ぎゃっ!」


 不意打ちでも何でもない。

 恐怖を押し隠すように叫びながら突撃してくる男は、薔薇で足を掬って地面に引き倒すわ。


「死になさいッ!」

「ぴぎっ! やっ、やめっ、」


 何よ、耐えるわね!


「フンッ」

「はぎゃらっ!」


 凄惨な程に顔を潰して、ひとりずつ確実に。


「あ……、ぁあ……悪魔……」

「子供に刃を突き付けて、女を犯そうとしていた連中が、どんな顔して人を悪魔呼ばわりできると思ってるの?」


 私は手に付いた血や、顔に掛かった返り血をビッと手で払い除けた。


 これで私が何の抵抗力も無い、無辜の人々だったらと思えばゾッとする悪行だわ。


 例えば街の商業ギルドの受付嬢だったら?

 為す術もないまま心と身体を穢された上、命すら安全かも分からなかったでしょう。


 その上、そこまでしても人質にされている子が無事なのかさえ信じられない。

 そんなことは赦されてはならないわ。


 

「やっぱりアンタ達は殺さなくちゃいけないわ」


 そして、こいつらのせいでヨナは! ヨナは!


「あんた達がいなければヨナは死ななかったのよ!」

「ま、まだガキは死んでねぇよ! 傷すら付いてねぇわ!」


 うるさいわね! 分かってるわよ、そんな事!


「死んだわ! あんた達が交渉を放棄した瞬間にヨナは死んだの! あんた達が殺したのよ!」

「交渉を放棄したのはお前、」

「うるさいッ!」

「ふごがっ!?」


 バギィ! と煩い男の顔面を殴り付ける。


「どうして命乞いをしてくれなかったの? あんた達がそんな害悪でさえなければヨナは生きてたのに!」

「し、死んでねぇ……ぶぐ、」


 私は1人ずつ確実に潰していったわ。

 棘付きの薔薇の蔓が辺りを覆っている。


 ……カイルの師匠が姿を隠していたとしても、この空間の中に居たなら、どうにもならない筈。


 まだ薔薇の外で見ている可能性もあるわ。


「……うっ」

「ぐぶ、げぇ」


 ほとんどの男を殴りつけて。


 確実に気を失っていると分かるまで、気を失った様子の後も殴ったわ。


「……残りはアンタね。花畑のマルク、だっけ?」

「ぐっ……!」


 男はその場から動けず、ただここまでの光景を見ていたわ。

 でも、逆上してヨナを殺すでもなし。

 かといって、その剣を下ろすでもなしよ。


「……ヨナ。本当にごめんなさい」

「…………」


 まだ小さいヨナ。才能があって、勉強すれば、もっと成長していく子供。


「じゃあね、マルク。死んだ後で少しでも後悔して」

「ま、待て!」

「待たないわ!」

「まっ、待ちやがれ!」

「知らないわ!」


 私はズンズンとそいつに近寄っていく。


「ぐっ、こ、このガキを殺すって言ってるんだぞ!」

「ヨナはもう殺されたわ!」

「いや、死んでねぇだろうが!」

「死んだのよ! あんたが殺したの! あんたが命乞いをせずに、私を犯すなんて言ったからよ!」

「ぐっ……」


 ズン、ズン、と。


 一歩が重いわ。

 こんな決断したくなかったけれど。


 ああ、でも。

 私は人を殺す感覚を知っているわ。


 あの夢の中で。ブルームお義父様や、ヒルディナお義母様、そして見知った侍女や執事達すら殺した感覚。


 私は悪女なんだもの。そうね。


「…………」


 私は棘なし薔薇の蔓で左眼を覆い隠した。

 そして、そこに薔薇を咲かせたわ。


 血に塗れた姿が似合う傾国の悪女になる。


「ひっ、あっ……」

「後悔しなさい。それが、あんたが今から死ぬ理由よ」

「こ、……降参する!」


 ピタリと私は歩みを止めた。


「……何?」

「た、助けてくれ……」

「何?」

「だ、だから! 助けてくれってば!」

「意味が分からないわ!」

「意味は分かるだろうが!」


 うるさいわね!


「何を理由に助けて欲しいと言ってるの!?」

「だ、だから、このガキを解放する代わりにだよ!」

「話にならないわね!」


 ピシャリと私は言い切ったわ。


「ヨナは、あんたがもう殺したと言ってるの。私はあんたが害悪だから殺すと言ってるの。そんなアンタが死体の解放を条件にして、どうやって助けて貰えると言うの?」

「な、何なんだよ、お前は……」


 それこそ意味が分からないわね!


「私はクリスティナ! クリスティナ・マリウス・リュミエット! もうすぐマリウスじゃなくなる予定よ! そして、これからアンタを殺す悪女だわ!」

「あ、悪……?」


 私はまた一歩を進めたわ。


「私は人を殺す感覚を知っている(・・・・・)わ」

「っ……」


 夢で見ただけでも、すっごく現実的な体験だったんだから!


「……1度だけチャンスをあげる。あんたが生き残る為に、本当はどうすれば良いか。それを考える時間を上げるわ!」

「な、ん」

「私は! 1歩ずつ! 走らずにアンタに歩み寄っていく! 同じ速度で! 同じ歩幅で! 私がアンタに触れたら、その瞬間にアンタは殺すわ!」


 私はまた1歩踏み出し、同時に相手の背後に棘付き薔薇の壁を咲かせた。


「ひっ……」


 顔を青くし、汗をダラダラと流している花畑のマルク。


「1歩! さぁ、考えなさい!」

「うぐ、ぅあ……」


 目を泳がせて、私とヨナを見比べる男。

 そして逃げ場なんてなくなった周りを見る男。


「もう1歩!」

「は、早えよ!」

「うるさいわねっ! 走るわよ! そうしたら、その分アンタは早く死ぬわ!」


 そして私はまた踏み出す。

 後ろからの攻撃もあるかもしれないから背後に薔薇を咲かせたわ。


 それも……尖って、私を大きく攻撃的に見せる薔薇。


「また1歩!」

「ひっ、ひぃ……!」


 命の危機だっていうのに考えないわね!


「ひとつ教えて上げるわ、マルク。武力が拮抗しない、極端に劣勢な状態では、そもそも交渉の席にも付けないの」

「…………」


 そういうものなのよ。


「相手の良心を信用するのも結構だけれど。誰が脅しただけで全てを奪える相手の言い分に取り合ってくれるの? そんな国はありはしないわ!」

「く、国?」


 うるさいわね!


「また1歩!」

「あ、ま、待てよ、話するんじゃ」

「歩みを止めるとは言ってないわね!」

「ぐっ!」


 教えてあげると言ってるだけよ!


「圧倒的な弱小国で、武力も無いというのなら他のカードを用意しなさい! 更に他国との繋がりを持って武力を整えるのでも良いわ! ……でも今のアンタにそれらは無い!」


 まだ短剣から手を離さない。


「……私1人の力に全滅させられる程度の兵隊を集めただけで、どうして私に言う事を聞かせられると思えるの? こうして私がヨナの命を諦めただけで貴方達は皆殺しなのに。……なのに、その上、私を犯したい? ますます滑稽だわ!」


 何の交渉にもならないわね!


「アンタは私とヨナの関係をどこまで知ってるの? 私に矜持がなくたって……単に『私の貞操』の方が『ヨナより大事』だっただけで、アンタ達は死んでるのよ? きっと沢山の女の子がそうだわ! 自分の身を守る為だったら、全てを捨ててアンタ達を殺す筈!」


 だから何もかも無意味よ!


「アンタの目の前に居るのは、子供の為に全てを投げ打つ『聖女』じゃないわ! 人を殺しても歩みを止めない『悪女』なのよ!」

「う、あぅあ……」

「また1歩!」

「ひっ!」


 私は荒々しく1歩を刻んでいくわ!


「……分かっているかしら、花畑のマルク。それでも今、貴方に時間が与えられているのは……本当はヨナがまだ生きているからよ」

「はっ……?」


 私は片目を閉じたまま、息を吐く。


「貴方はね? ヨナに生かされ(・・・・・・・)ている(・・・)のよ。その子が生きているから貴方も生きているの。でなければ……後ろに転がる死体達と同じ運命をアンタは辿っているわ。アンタは今、ヨナの命を手札には持っていない。ヨナがアンタを生かしてあげてるの。命を握っているのはヨナの方」


 また1歩。現実を知ってくれた男へ。


「私はアンタとの交渉に応じない。アンタは私と交渉する為のカードを何も持っていない。……ねぇ? 花畑のマルク。貴方が生き残りたいなら……頭を下げるべき相手は『誰』かしら? 私は誰の言葉なら耳を傾けると思う?」

「あ……」


 マルクの目がようやく下に落とされた。


「また1歩! 時間は貴重よ。特に自分の命の時間なら尚更ね!」


 私は怒気と殺気を滲ませ、薔薇でそれらを飾り立てながら歩く。


「あぁ……! た、頼む! 赦してくれ! 助けてくれ! あの女を止めてくれ!」


 ようやく男は剣を手放し、ヨナを解放したわ!

 そして、その場に跪いてヨナに赦しを乞う。


「手枷! 外さずに演技で誤魔化すつもり!? また1歩よッ!」

「ひぃっ!? は、外します……!」


 ヨナの魔術を封印していた手枷が外されたわ!

 そして、猿轡も!


「ええと……僕、結局は何もしてないんだけど」

「また1歩!」

「ひぃっ!? な、なんで止まらねぇんだよ! か、解放しただろ! 助け、助けてくれぇ!」

「アンタとは交渉しないと言ったわよ!」

「ひぃ!!」


 私はまた力強く足を踏み出した。


「たす、助けて下さい、お坊ちゃん! ま、まだ死にたくねぇ!」

「ええ……あの状況から、これ……」

「また1歩よ!」

「ひぃえぁあ! 助けて、助けて! お願いします、赦してくれ! もう二度としねぇ!」

「あー……うん。お姉ちゃん、止まってあげて?」


 ピタリと私は止まったわ!


「信用できないわね! やっぱり殺すわ!」


 でも、やっぱり進んだわ!


「ひぃい!」


 腰を抜かして、完全にヨナから離れたわね!


「薔薇よッ!」


 ヨナとマルクの間に薔薇の壁を咲かせたわ!


「ひっ!?」


 そして私は駆け抜けたわ!


「──フンッ!!」

「ごぶげぁ!?」


 とりあえず安全を確保する為に、マルクをしっかりと仕留めておくわよッ!!


「やぁあああ! はぁあああ!」

「こぶ、ぐぇあっ、げっ、ぎゃんっ!」


 殴って! 殴って! 殴り倒すわ!


「フンッ!!」

「ぐげ!」


 バギィッ! と地面にめり込ませるぐらいのつもりで男を殴り倒したわよ!


「……そ、そこまでしなくても」

「ヨナ!」


 男の意識を確実に刈り取った事を確認してから私はヨナに飛びついた!


「ヨナぁああ!」

「お、お姉ちゃん……」


 ヨナは無事よ! ちゃんと生きてるヨナ!

 私はまた涙が溢れて来たわ!

 今度は嬉しくて泣いたの!


良ければブクマ・評価お願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] セシリアの教えも併せて実行すれば良かったのに。
[一言] 自分の為に涙してくれた主人公に最大限の感謝を捧げなさい
[良い点] こんなドキドキした小説は初めてだ... これが『恋』か
感想一覧
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