62 囚われのヨナ
ヨナの行方を捜そうとして、ひとまず皆で集まろうとしたの。
今、アルフィナを離れているのは、私とリンディス、セシリア、カイル、ヨナ、そして侍女の1人のフィリンよ。
「フィリンも居ないの?」
カイルが戻って来て首を振ったわ。
「……やられたかもしれない。クリスティナ」
「やられたって?」
どういう事かしら!
「ヨナとフィリンは……誘拐されている」
「誘拐!?」
なんですって!
「誰に! どこに!?」
「場所は分からない。でも手口は知っている」
「……兄さん、それは」
つまり。
「カイルの師匠?」
「……おそらく」
しっかりと姿は見たワケじゃない。
でも私は予言の【天与】で知っている。
リンディス達と同じ魔族らしい人。
……カイルに迷いがあったら殺されかねない人。
「カイル……今の貴方に迷いは無い?」
「迷い、か」
「私は【天与】で貴方が師匠と戦う事を見ているわ。その時の貴方は……私を殺した後で。それで迷っていて殺されちゃったの。ルーナ様も守れなかったわ」
私が生きてるから、あの時の状況ではないわね!
「その令嬢の事は知らないけど……。クリスティナを殺さなかった事に後悔なんて一度もしていないよ。僕には初めから向かない仕事だったんだ……」
凹んでるわね! カイルったら! 今は元気を出さないといけない時なのに!
「そんな事ないから元気出しなさいよね! カイルったら!」
「…………うん?」
「お嬢? それではバートン卿に暗殺者が向いているという方向の励ましになってますよ?」
そうかしら? でも元気は必要よ!
「とにかくヨナ達が攫われたのね! なんで攫ったのかしら!?」
「……おそらく、人質にして私達を分断したいのかと」
人質ね。
「ならヨナ達は生きてるわね!」
「うん。それは確かだと思う。……おそらくクリスティナの『薔薇』を警戒しているんだろうね。アレがあれば姿を隠しても無意味になるし……。人質が居れば巻き込む事を考えて、全方位への無差別な攻撃は出来なくなるから」
そうなるのね!
「姿を隠せる暗殺者なら、そもそも薔薇を咲かせる前に殺すべきだと思うわ!」
「なんで自分の暗殺方法を前向きに考えてるんですか……させませんからね!」
フフン! 知ってるわ!
「そうだね。でも今回は僕やセシリアが居るのと、そもそもの狙いが誰なのか」
「……! お嬢様!」
ん?
私以外の3人が私を庇うように窓側に移動したわ!
ガシャァアンッ! と窓が割れる音!
「何よ!?」
「お嬢!」
リンディスが窓だけじゃなく背後を警戒しながら私を庇う。
「矢、でも爆薬でも、毒でもないね。セシリア」
「……はい」
カイルが警戒して立ったままで、セシリアが何かを拾う。
石ころかしら? それが窓に投げ入れられたの?
「……手紙が貼り付けてあります」
「手紙ですって!?」
随分と乱暴じゃないの!
「ヨナを攫ったヤツ!?」
「……おそらく」
セシリアが私を庇う姿勢になりつつ、手紙を素早く開くわ。
何が書かれているの?
「……やはり分断が目的ですね。はたして、私達とお嬢様のどちらが狙いなのか」
「見せて、セシリア」
「……はい」
セシリアが窓の破片を払い除けながら私に手紙を渡す。
そこには、こう書かれていたわ。
『赤い髪の女、1人で指定した場所に来い。従わなければ銀髪のガキを殺す。花畑のマルク』
……ですって!
「殺すわよ!」
「……それは、お嬢様が相手の方を?」
「そうよ!」
ヨナを殺そうだなんて赦せないわ!
私の家族なんだからね!
「お怒りはごもっともなんですが、どうか冷静に。バートン卿、どうするべきですか?」
「……目的がどちらかだね。僕の師にとって仕事をこなす上で邪魔なモノが3つある」
3つもあるの?
「1つ目はクリスティナの薔薇。2つ目はリンディス殿の隠蔽を見破る目。3つ目は僕とセシリアそのもの」
「……敵の狙いとしては、そもそも依頼のターゲットであるお嬢の暗殺か。或いは」
「……裏切り者の私達の抹殺ですね」
どっちもダメに決まってるわね!
「私が1人で行けばいいのね!」
「ダメですよ。絶対に」
「リンディスが隠れて付いてくればいいわ!」
「……それを見破る目を持った方が、向こうに居るのでしょう。しかし花畑のマルクとは?」
「知らないわ!」
ふざけてるのかしらね!
「……その名前は、知っています」
「誰なの!?」
「……以前、お嬢様を襲おうとし、返り討ちしてから『頭に薔薇を咲かせた』男です。その姿を見た人々から花畑のマルク、と蔑まれるようになりました」
「……ん!」
あいつね! つまり。
「……逆恨み?」
「そのようですね。しかもしつこい……。命を取られないだけ感謝して欲しいものを」
「じゃあ、私が恨まれてるのは確かなのね!」
「そうだけど。クリスティナ?」
なら話は簡単だわ!
「私が本当に1人で行くわ! リンはカイル達と協力して、カイルの師匠を何とかして!」
「……そんな事させられるワケがないでしょう」
「リンディス」
私は彼の目を見て言うわ。
「私の予言だとカイルが死に掛ける可能性がある。でも、そっちのお馬鹿さんは別よ。私1人でも何とか出来るわ。恨みがあるって言うんなら尚のこと私だけに用がある筈だし、そこにはヨナかフィリン、どちらかは居る筈」
どんな用件であってもよ!
「リンディスも敵にとって厄介なら……尚のことカイル達と離れちゃダメよ! 遠くからでも私達の関係を見たことがあるのなら、リンディスが私に付いてくるのは予測できる筈! そうしたら貴方の姿が確認できなくても、敵は警戒をしなくちゃいけないわ!」
つまり『私+リンディスの気配』チームと、『リンディス、カイル、セシリア』のチームで別れて行動ね!
『0.5リンディス』分がお得な分け方だわ!
「…………なんでそういう時だけ頭が回るんですか」
「そういう時だけって何よ!」
失礼だわ!
「とにかく! もう決めたわ! 素早く行動して! 一刻も早くヨナとフィリンを助け出して! ここで悩むと思われてるだけ時間の無駄よ! 今動けば手紙を投げ込んだ1人分ぐらいは敵の準備が出来てないから有利だわ!」
完全に待ち構えられるよりはマシよね!
「私は手紙の差出人のところへ突撃するから! 後はカイル達が何とか考えて! 私が暴れて囮になるわよ! それだって敵からしたら驚きの筈なんだから!」
特に私達の関係を見ていたなら尚更よ!
◇◆◇
「はっ!」
指定された場所はアルフィナに続く森の中だった。
私は監視の目もあるかもしれないから馬を走らせて駆け抜けたわ!
監視者ぐらいは居ても撒いてあげるわよ!
これで更に敵を減らしてあげるわ!
「ここね!」
そこは以前、その男……花畑のマルクってヤツを撃退した場所だったわ!
本当に私に思うところがあるみたいね!
「来たわよ! 出て来なさい! そしてヨナとフィリンを今すぐ返しなさい!」
いくら私でも明らかな気配ぐらいは察せるわ!
森の中には男が……数人。
やっぱり1人じゃないみたいね!
「……随分とはえぇなぁ? さっき手紙を投げ込んだばっかの筈だろうが」
「すぐ来てやったわ!」
私は男を睨み付ける。
「ヨナとフィリンはどこ?」
「女の方は知らねえよ。けど、ガキはこっちだ」
「ヨナ!」
ヨナが猿轡をされて腕に何か宝石の付いた金属の腕輪? をされていた。
それで両手が拘束されているの。
……たぶんヨナの魔術対策か何か。
高価そうなその器具が、裏にカイルの師匠が居るだろう事を証明している。
「まず馬から降りろ」
「……分かったわ!」
私は素直に従って馬を降りる。
男は顎で、馬を離すよう示したわ。
「……あっちへ行っていて。危ないからね」
私は馬に触れて指示を出す。
男達はけっこうな人数が居た。
馬には興味もないようで道を開けて無視する。
でも、私の周りには取り囲むように立ち塞がっているわ。
「……約束通り1人で来たわ! ヨナを離しなさい! フィリンが何処に行ったのかも教えなさい!」
「おいおいおい。てめぇが指図できる立場だと思ってんのか?」
「思ってるわ!」
周りに何人居ても私には関係ないわね!
「……てめ、……ふぅ。いや、気が立ってんだよなぁ、お嬢ちゃんはよ。でもな。それじゃ交渉が成り立たねぇだろ?」
「交渉?」
私は眉根を寄せたわ。
「何か目的があるの!」
「あるさ、もちろん」
「じゃあ、さっさと言いなさい! ヨナを解放するんだったら叶えてあげるわ!」
私は胸を張って答えたわ。
下賎な男達の視線が私の身体に向けられる。
「服を脱げ」
「……はぁ?」
「はぁ、じゃねぇよ。クソ女が」
男はヨナに短剣を突き付けながら私を睨む。
「お前は今日ここで俺達、全員の相手をするんだよ! 売女らしくな! それでこそ『花売り』だろ!?」
男はそう言いながら笑ったわ。
「つまり貴方の、貴方達の目的は私を犯す事?」
「そうだよ! お前にはそれ以外の価値なんざねぇだろうが!」
ああ、そう。
「へへ……。大人しくしろよ。何だったら脱がせて欲しいか?」
後ろから別の男が近付いて来る。
周りの全員はニヤつきながら、その光景を眺めている。
私は。
私は……、涙を流したわ。
「おうおう。泣いちゃったか? 可愛いところもあるじゃねぇか」
私の涙を見て男達が笑う。
「ヨナ」
「……むぐぅ」
「…………ごめんね」
私は悲しくて涙を流したの。
「むぐぅ!」
「おい、暴れるなっての!」
ヨナは魔術が使えないと、まだ力が弱い。
だから男をどうにも出来ないみたいだった。
「へへ、安心しろよ。ちゃあんとお前も楽しませてやるから、」
背後の男が私に触れた瞬間。
「──フンッ!」
「ふごげっ!?」
私は『怪力』の【天与】でその男を殴り飛ばしたわ。
「なっ!?」
涙が止まらない。
「てめぇ、何してんだ!」
騒ぎ立てる男達に私は告げた。
「──交渉は決裂したわ。あんた達は……1人残らず、今日殺すわよ!」
私は吠えるように声を絞り出す。
「は、な、何を、」
「ヨナ!」
「……むぐ?」
「貴方は、ここで! 顔も知らない、名前も知らない……無辜の民の為に、命を諦めなさい!」
……私はヨナに別れを告げた。
「て、てめ、何を言ってやが、」
「……あんた達は今! 『子供を人質にして』『女を犯す』害悪だと証明したわ! そんな奴らは生かしておけないわ!」
だって、そうだもの。
「あんた達が生きてるだけで、無辜の民が傷付けられる! 『子供を人質に親を』『親を人質に子供を』傷つける! 『夫を人質にして妻を犯す』! そういう奴らが生きてるだけで……善良な人々がこの先、不幸に見舞われるかもしれない!」
だから。
「だから今、私が優先するべきなのは。ヨナを助ける事でも、私の身を守る事でもない。……あんた達を1人残らず殺す事。それが最優先なのよ」
「は……」
私は近付いて来ていた男に駆け寄って殴り掛かったわ!
「フンッ!」
「ぐべ!?」
「はぁ! やぁ!」
殴って、殴って、殴りつけるわ!
「ヨナを使って交渉したいなら! 命乞いをするべきだったわ、あんた達は! でもそうじゃなかった! 子供を人質に女を犯すような人間を放置は出来ないのよ! ……私は上に立っている人間だわ! だから私の大切な者よりも……善良な民の安全を守らないといけないの!」
だから。
「だから、ここで……死になさいッ!」
1人目の男の顔を殴って潰して、気を失わせたわ。
こんな男達と交渉は出来ない。してはいけないもの。
「……ひっ、ひぃ……!?」
「話が通じねぇ!」
「に、逃げ、」
「誰が逃げていいと言ったの! 薔薇よ!」
私は周囲の男達ごと薔薇で一帯を取り囲んだ。
「言ったわよ。今日ここであんた達を全員殺すって」
私は、その場に居た全員に向かって言い切ったわ。
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