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60 水晶薔薇と予言の天与

「よく来たな。王国が誇る剣。金の獅子たるベルグシュタット卿」


 リュミエール王国の王、ディートリヒ・ラム・リュミエットは玉座から見下ろして言った。


「眩き太陽の午後でございます。王国の太陽、国を照らす希望。ディートリヒ国王陛下。陛下への拝謁、叶ったことを誠に感謝いたします」


 騎士エルトが集団の先頭で片膝をつき、礼を尽くす。

 その後ろには妹である姫騎士ラーライラと他に2人の騎士も跪いていた。


「うむ。顔を上げよ」

「はっ」


 謁見の間には4名の騎士と、それを左右に取り囲むように並んだ王宮勤めの騎士達。

 そして臣下が数人も並んでいる。


「我が息子レヴァンの友として、よく働いてくれている。褒賞を与えるに足る活躍であったとも」

「勿体なきお言葉です、陛下」


 レヴァン王子とルーナ・ラトビア令嬢、そして聖女アマネが国を巡り、魔物の災害を抑えて回ってから、ふた月が経つ。


 騎士エルトは彼らと共に王国を巡り、魔物の脅威から【天与】を授かったルーナを守護し、また魔物を蹴散らしてきた。獅子奮迅たる活躍は既に王都にも広まっている。


「今日は、褒賞をねだりに来たか? もちろん、手柄にあったものは返すつもりだ」

「いいえ。陛下にお渡しするものがあり、参りました」

「ふむ……」


 事前に臣下を通して、ある程度の話は通している。

 儀礼的なやり取りを終えてから、一団から侍女の手を伝って国王へと、それらは手渡された。


「手紙……が2通。そして、これは【貴族の証明】と……薔薇、か?」


 国王が首を傾げたのは薔薇についてだった。

 その薔薇は自然に生えたものとは思い難い。


 というのも、その薔薇は酷く固く氷のようでいて。

 同時に透き通った見た目をしていた。


「……これは何とも綺麗な装飾……いや?」


 精工な細工と思われてもおかしくないそれは、しかし細工ではなかった。


「それを献上した本人は『水晶薔薇』と呼んでいるそうです。また陛下に万が一にも危険が及ばないかを数日、観察しました内の1輪でございます」

「……水晶薔薇、とな。これは何だ? 水晶細工ということか?」

「いいえ、陛下。その薔薇は、長い旅でも今日この日まで枯れないようにと、ある女性が祈りを込めて育てた『生きた薔薇』です」


 ある女性。それが誰か。

 ディートリヒ王にも【天与】の話は耳に入っていた。


「……クリスティナからか」

「その通りでございます、陛下」


 その名でざわめき立つ一同。


「では、この手紙もか」

「はい、陛下」

「……クリスティナからの手紙を何故、ベルグシュタット卿が届ける?」

「かの地、アルフィナに俺の部下を送ったからでございます」

「ほう。部下とな」


 騎士エルトは、自分のしたことを隠していない。

 その為、この話もまた国王は知っていた。


「何故そのような真似をした?」

「……王国に蔓延る魔物の調査と撃退。それが私に与えられた使命です、陛下。もちろんのことレヴァン王太子、【天与】を授かったラトビア令嬢。それに……国賓である……アマネ殿の護衛もこなして参りました。これは、その任の一端でもあります」

「ほう?」


 すらすらと述べられた言い分に国王は感心して見せる。


「既に陛下の耳にも入っていましょう。私は、マリウス侯爵の娘クリスティナとは知人です。その縁もあってアルフィナへの支援および調査を部下に命じ、この度は彼女からの手紙を預かりました」

「……ふむ。貴公はクリスティナと対決し、そして敗北したという噂があるが」


 そこで若き騎士のことを気に食わない者達が嘲るような笑い声をくすくすと漏らした。

 動じない金の獅子よりも後ろに控える姫騎士の鋭い眼光が光る。


「はい! その通りでございます、陛下! 俺は生まれてこの方、彼女以外に負けた事がありません!」

「……ん、むぅ?」

「お兄様、嬉しそうになさらないで……」


 頭を抱えて兄の機嫌が良くなった事を嘆く姫騎士ラーライラ。


「先程の言葉に嘘はありません。ですが、それでも建前です、陛下」

「ふむ?」

「俺は、ただ1人の女性としてクリスティナを慕っています。それ故に私財を投じ、私兵をアルフィナへと向かわせました」

「お兄様……!」


 白状してどうするのかと。

 姫騎士は国王の眼前である事も忘れそうになる。


「そ、そうか……。金獅子卿には婚約者も居なかったとは聞いているが……」

「はい。そして王家との婚約話もなくなった女性でございます」


 言外に、もう手を出すなという意味も含んでいる言葉に、ますます姫騎士は嘆いた。


「マリウス侯爵家からは、既に次女が王妃候補としてやって来ている。つまり王家とマリウス家とは縁が結ばれる予定だが……。そうなれば、その長女との良縁はベルグシュタットの地位を上げる事になるだろうな」

「……陛下。国王である貴方の手前、愛だけを理由とは言い難きこと。しかし私や、我が父ベルグシュタット伯爵に政略的な意図など無いと……クリスティナの手紙が証明してくれるでしょう」

「む……?」


 ディートリヒ王は、改めて2通の手紙に目を向けた。


「……この場で読ませて貰おう」

「はっ」


 アルフィナから送られた手紙は3通。

 その内の1通は、騎士エルト個人に宛てられた手紙でこの場には無い。


 残り2通の内の1通は、アルフィナの現状を記した報告書。


 領地の状態。確認できた魔物の数と種類、そして場所。

 また今後の領地の防衛計画と、展望。


 民の居ないアルフィナ領だが、正式に領地の管理責任を担いたい旨。


 それらにディートリヒ王は、ざっと目を通した。



「……ふむ。まだ災害のようなものこそ起きていないものの、その兆候はある、と」

「はい。アルフィナを見て帰った我が部下もいます」


 騎士エルトは背後に控えた2人を示す。


「そうか。これを見る限りは聞くまでもない事のようだが……クリスティナは壮健か? 発言を許す」

「は、はい。陛下。クリスティナ様は壮健です。非常に明るく元気に過ごされています」

「明るく……?」

「はい、明るく」


 ディートリヒ王は3ヶ月前、自分や王太子がクリスティナに対してした仕打ちを頭に思い浮かべた。


「明るくか……? 世の中を妬み、王家を憎んで泣き暮らすでもなく……?」

「は、はい。その、私のような者が恐れ多い意見なのですが」

「構わん。申してみよ」

「は、はい。クリスティナ様は、その。一連の、王子殿下との婚約破棄や、王命によるアルフィナへの派遣といったことを気に病むような女性ではないと思います」

「…………そうなのか?」

「はい。非常に前向きな方で、集まった従者や侍女達と共に笑って過ごされておりました。魔物と戦う様も拝見しましたが……大変に勇猛果敢であり、2つの【天与】を駆使して魔物を退けてらっしゃいます。一騎当千の活躍すら見込めることでしょう」

「……そんなにか?」


 元々は王妃候補であった貴族令嬢なのに。


「不敬と取られかねないのですが……私もクリスティナ様に下された予言の事は知っております。ですので、あえて申し上げるのですが……。おそらく王妃として静かに王宮で過ごされるより、クリスティナ様にとっては今のように快活に外で過ごす生活の方が合っているのではないかと。……ですので、一連の出来事で傾国を企むような方では、けっしてありません」

「そう、か……」


 ディートリヒ王は、騎士の報告に戸惑う。

 気にかけ、気に病んではいた。

 取返しのつかない決断だった可能性はおおいにあって。


 だが、騎士の報告からはそんな様子はまるでない。



「陛下。2通目の手紙に、クリスティナの要望と【天与】についての報告が書かれていると聞いております」

「ふむ……?」


 騎士エルトの言葉を聞き、国王は2通目の手紙に目を通した。


 そこにはクリスティナが授かった3つ目(・・・)の【天与】である予言のこと。

 自身が『傾国の悪女』になる可能性と原因についても書かれている。

 そして。


「……マリウス家との絶縁を望む、か」


 国王には、マリウス家での血縁関係と、そこでの境遇を包み隠さず報告していた。

 そして領地の後継者争いを望んでおらず、家族間での諍いによって『傾国』に堕ちるような事を回避したい旨。


 その為に旅立つ際に渡した【貴族の証明】すらも返上する。


「…………特に、ベルグシュタット卿との婚約については触れていないな」

「はい。婚約は申し込んでいません。……ですが、私が侯爵家との縁や家柄を求めて行動しているワケではない証明になるかと」


 クリスティナがマリウス侯爵家から絶縁を望んでいる。

 だから、と。


 これについては何を目的としているか慎重に見極める必要がある。



「しかし。アマネと同じ『予言』を使えるとは……」


 頭を抱えるディートリヒ王。


「……誰か、予言の聖女アマネ・キミツカを呼んで来い。皆の前で、確かめて貰おう」



◇◆◇



「……へ、陛下に謁見賜ります、アマネ・キミツカです」


 黒い髪の女は、ラトビア令嬢と共に謁見の間を訪れた。

 ベルグシュタット一行は国王の眼前からは離れ、謁見の間の端へと移動している。


「予言の聖女よ。……ここにアルフィナからの手紙が来ている」

「アルフィナ……、って」

「クリスティナからの手紙だ」

「……!?」


 黒髪の少女は目を見開いた。


「お前にいくつか尋ねたい」

「は、はい、陛下」

「お前は……『ゲンダイ』という国から来た者か?」

「へ? げ、現代ですか?」


 アマネは国王の疑問に首を傾げた。


「……聞き覚えは無いのか?」

「き、聞き覚えはあります」

「あるのか?」

「は、はい……。ただ、国の名前ではありません」

「国ではない……? では都市の名前か?」

「ち、違います。現代とは……『時代』の名前です」

「……時代?」

「は、はい。私の居た世界の、私の居た時代の名前……ですが?」

「……ふむ? つまり『アマネが居た世界の名前』としてゲンダイと言われた場合。それは正しいか?」

「え、あー……。そう、ですね。ゲンダイから来た……は、はい。たしかに間違ってはいない、かと」


 何故こんな質問をされるのだろうとアマネは首を傾げる。

 それに『現代』なんて言葉はどこから来たのか。


「では、次に聞く。アマネよ。お前の母の名前は『ヨリコ・キミツカ』で間違いないか?」

「えっ……!?」


 予言の聖女の全ての言動は、その場の全員につぶさに確認されていた。


「な、なんでお母さんの名前、を?」


 その肯定の言葉に、ざわざわと周りの声が大きくなる。


「お前の母の名前に間違いないか?」

「は、はい……。ですが、どうやって?」

「……ふぅむ。予言、予言か? なんと、クリスティナは……3つもの【天与】を授かった人物である、と?」

「え?」


 クリスティナが? とアマネは首を傾げた。


「では、これも聞かせて貰う。聖女アマネよ。……むぅ。なんだ、この言葉は?」


 ディートリヒ王は訝しげにしながらも続けた。



「『リュミエール・ラブストーリー』 この言葉とお前の予言には関わりがあるか?」

「えっ!? な、なんで……!?」


 答えるまでもない反応を聖女アマネは示している。


「……関係があるのだな?」

「え、あ、は、はい……。あり、ます……」

「なんとした事だ……」


 ディートリヒ王は、深く頭を抱えた。


「予言の聖女アマネよ。お前が『傾国の悪女』になると予言した女。クリスティナ・マリウス・リュミエットは、お前と同じ『予言』の【天与】を授かった。お前と同じものが視えているという」

「へ……」

「……この手紙には、お前の世界の、お前の家の様子が細かく記されている。お前と同じ予言書『オトメゲム』の内容もお前の……後ろ? から一緒に読んでいたとも」

「……へぁ?」

「く、クリスティナ様が……アマネ様と同じ力を……?」


 国王は、疲れたようにアマネに続けた。


「その上で聖女アマネに忠告があるそうだ」

「ちゅ、忠告……です、か?」

「そうだ。……『予言の内容を鵜呑みにするには、ところどころで現実(・・)と違う部分がある。レヴァンの性格が違う気もするし、ミリシャが凄く明るい良い子になっているし、ルーナ様はこれだと誰が好きなのか分からない。学園でのいじめはやっていないし、証拠もある。自分を悪女と呼ぶには、かなり自分の言い分や主張が無視されているように感じる』…………だそうだ」


 国王の砕けた口調に驚く一同。

 単にそれらの言葉が手紙をそのまま読み上げただけだと気付いた騎士エルトは声を殺して笑った。


 陛下になんて言葉の手紙を書くのかと。

 なんとも野蛮で礼儀知らずで、クリスティナらしい、と。


「予言の聖女よ。お前はまずクリスティナと話し合う必要があるようだ」


 ディートリヒ王は、今後の采配について頭を悩ませていた。

 聖女の予言がすべて正確ではないとは、何度か臣下に忠告されていた。


 その上で国母となる筈だった、【天与】を授かった女性を裏切り、挙句に流刑も同然に王都を追放してしまった。


 恨みはないというが……これでは、と。



「ええええ……!?」


 しかし、国王よりも事態が飲み込み切れないアマネは、間の抜けた悲鳴を零すのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりエルトはいいなぁ 脳筋設定なのにバックアップをちゃんとしてるキャラはなんか珍しいので、ついつい目が行きます アマネは冤罪かけた元凶だけど悪意はないからうまく反省する方向に行ってく…
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