06 暴漢退治
馬に乗って怪しい男を追い掛けたかったのだけど、街中だから控えておいたわ。
誰かを轢いたら目も当てられないからね。
だから馬を降りてから私は走る。
「待ちなさい!」
物陰から逃げた男を追いかけたのだけど。
「あれっ」
でも居なくなっていたわ。
どうも建物の影から影へと移動して隠れてしまったみたい。
「もう!」
王都から馬で2、3日程度しかない距離の街だというのにあんな暴漢がいるの?
この街の治安が問題ね。大問題よ。
「むー」
それとも何かしら。
私の予言の見間違いという線もあるわよね。
「困ったわね」
私ってそもそも予言なんか『クソ喰らえ』の立場なのよね。
その私が予言か夢かも分からない光景に従って、まだ何もしてない男を追い詰める……っていうのはちょっと良くないかもしれないわ。
「でも」
たしかに男は私の事を物陰から見ていた。
それはまさに予言の映像内でルーナ様を見ていたものとそっくりそのままの光景で。
流石にアレで『貴方の美貌に見惚れてただけなんです』って事はないと思うのだけど。
どうなのかしら?
こういう時はどうしたらいいのかしら。
放置は出来ないわよ。
だって放置していたらルーナ様が危ないかもしれないし。
……この予言を無視すると『傾国』扱いなのかしら?
ルーナ様には無事で居て貰わなくちゃ国に危機が及ぶらしいもの。
「……仕方ないわね」
男を見失ってしまった以上は次に出来る事はひとつだけだわ。
予言の内容を知っているのは私だけだしね。
◇◆◇
その夜。
私はフードを外したまま街中をゆっくりと巡り歩いた後で、予言で見た宿を探し出した。
取り逃がした男やその仲間が再び私に目を付けたかは分からない。
ただ予言で見たような真似を繰り返しているのだとしたら……『1人で行動している若い女』の私に目を付けたとしてもおかしくないでしょうね。
誘拐や人身売買、或いはただ女を襲う為か。
そういった悪い目的をまず前提として考える。
予言の映像がもし私だったなら暗殺の可能性もあるのでしょうけど。
映像の相手はルーナ様で、現実では私を見ていた。
なら個人を特定した暗殺案件ではないと思うわ。
そうして見つけた宿屋は、昨日泊まった宿と比べると何か雰囲気がおかしく感じた。
表向きは普通なのだけど……場所は裏通りの端。
女性のみの宿泊客はお夜食付き。
個室も完備ですって。
客層は間違いなく単身の女性向け宿よね。
その狙い自体は悪くないのだけど、それにしては立地が悪い。
表通りの宿がいっぱいだったり、或いは『ここがお得』と誰かに誘導されなかったら宿泊客なんて来そうにない。
これじゃあ商売として微妙よ。
実際、私も客引きに声を掛けられた事でこの宿を見つけたものね。
でも他に狙いがあるとしたら? とってもキナ臭いわね。
とりあえず『準備』はしておいたわ。
それから【天与】を使うのに体力を奪われ過ぎたりしないように呼吸を整えて休んでおく。
息を潜めて集中していたら……何だか私、耳も良くなっているみたい。
誰もが寝静まるような時間でしょうに、部屋の外をゴソゴソと複数の足音が近付いて来ているのが分かったの。
「フフン!」
来るなら来てみなさいな。
赤毛の猿姫の名は伊達じゃないのよ。
やがて、キィィッと微かな音を鳴らして扉が開かれたわ。
……部屋の扉を開くのに鍵を使ったわね?
なら宿屋の人間もグル。
予想はしてたけど最悪ね!
「ふ……。ぐっすり寝てるみたいだぜ」
この声は宿の男ね。
「ちゃんと食べてたんだろうな?」
「ああ」
夜食に眠り薬か何か混ぜてたみたいよ。
無料で提供と思ったらコレとか最悪ね。
後で吐き出しておいて良かったわ。
変な味がしてたものね!
王妃教育の一環で無理矢理に毒を食べさせられた事もあったから、ある程度は平気なのよ! フフン!
……でも毒飲みは最早、虐待だと思うわ!
「じゃあ上玉の寝顔でも拝ませて貰うか、へへ」
うわぁ。小説の中にしか居ないと思っていた小悪党の台詞だわ。
これはこれでちょっとした感動があるわね!
フィオナにお土産話として聞かせてあげたいわ!
「ほら、お嬢ちゃ、ん!?」
布団の中に人型に丸めておいた布を見つけたみたいね!
「──フン!」
「ぐべぁ!?」
「な、なんだ!?」
すかさず【天与】を宿した私は『ベッドの下』からベッドそのものを蹴り上げた。
この力、蹴りにも宿るわよ!
「はぁあッ!」
「へぁっ!? ぎゃあっ!!」
蹴り上げたベッドの下をゴロゴロと転がって脱出。
そして抜き身にした鉄の剣で男を下から切り上げたわ!
血飛沫が舞う小さな宿の部屋。
「こ、この女!?」
「フン!」
「ぎゃっ!」
拳の裏で背後から迫ってきていた男の顔を殴りつけて吹っ飛ばしたわ。
「な、なんだ。なんだってんだよ!」
「こっちの台詞よ! 淑女の安眠妨害は極刑だってフィオナが言ってたわ!」
「しゅ、淑女?」
ムカ。
この男は、どこに疑問を覚えているのでしょう。
これでも『ワタクシ』は王妃候補でしたのよ?
「──フン!」
「ぎゃごっ!」
1人ずつ確実に意識を断っていくわ。
一応は殺さないように気を付けてるけど、やむなしな所は目を瞑っておくの。
「く、クソがぁっ! 大人しくしやがれ女ァ!」
最後の1人がなりふり構わない姿勢で私に殴り掛かって来た。
「──フンッ!」
「ぎっ……」
だから男の『股間』を光るキックで蹴り上げてやったわ!
「おぶっ、がぎぐぅ……?!?」
メリィ! という気味の悪い感触と何かを潰した手応え。
そして白目を向いて泡を吹き、倒れる男。
「フフン! 峰打ちよ。感謝するといいわ!」
そこで私は腕を組んで勝ち誇ってやったの!
やったわよ! この人数を相手に圧勝だわ!
「……何がどのように峰打ちなんですかねぇ、お嬢」
「え?」
まだ伏兵が居たの?
でも、でも今の声は。
「報せを聞いてから慌ててマリウス家を飛び出し、長い赤髪の美女を見なかったかと聞き周り、ようやく見つけたと思ったら……。お嬢。これは一体何をなさってるんです?」
この声に喋り方! 間違いないわ!
「リン! あなた、リンディスね!」
ずっと。ずーっと小さい頃から声だけしか聞かせなかったリンディスが、宿の部屋の前に立っていたの。
リンディスの髪は透き通るような銀色。
髪は短めに整えられているわ。
そして瞳の色も銀色よ。
それから……まぁ! リンディスったらおじさんだとばかり思っていたのに見た目がとっても若いわ!
学園の貴族令嬢がこの場に居たら悲鳴を上げそうな美形ね!
「はい。貴方の従者、リンディスです。お久しぶりですね、クリスティナお嬢様。再会を喜び、もっと言葉を交わしたいのですが……ひとまずこの男共の拘束と、……まぁ手遅れ気味ですが、応急措置をしても?」
リンディスは飄々と呆れ顔で、声のイメージそのままにそう返したわ。
「勿論よ。話が分かるわね。あと貴方、おじさんじゃなかったのね、リン! ちょっと残念だわ!」
「残念なんですか……」
「執事服を着たおじさんをイメージしてたの。ほら、どこの家の貴族令嬢の後ろにも控えていそうな雰囲気の。全然違ったわね! だから残念よ!」
「ううん……。普通、私が顔を出して女性にされる反応とは真逆というか……流石はお嬢」
「フフン!」
「褒めてませんけどね」
「褒めなさい! 私を褒めてくれるの、もうリンとフィオナだけなんだからね!」
「……お嬢」
こうして私は長年の従者、『声だけ』リンディスに再会できたのよ。
◇◆◇
「お嬢の【天与】で見た予言でこいつらを……」
「ええ!」
私はリンディスに事情を話したわ。
「なるほど。じゃあまぁ自業自得ですかね」
リンディスは私が倒した男達を縛り上げた上で宿の安全を確認してから、他所の部屋に放り込んだわ。
ちなみに他の宿泊客は居ないみたい。
ますます怪しい宿ね!
今夜は私を狙いを付けて襲う為に準備していたみたいよ。
「単身の女性を襲い、どうにかするグループらしいですね。こんな街で……。いや、適度に栄えて、かつ騎士の目が行き届かない絶妙な立地と言えるのでしょうか」
「放ってはおけないわ。私が見た予言は、この男達にルーナ様……もう1人の【天子】が襲われる未来なんだもの」
リンディスは指を顎に当てて考え込んでいる。
なんだか変な感じね。リンディスがこんなに若い見た目だとは思わなかったもの。
これだとリカルドお兄様ぐらいの年齢に見えるわよ?
「ですが、その未来はお嬢によって変えられたのでは? ルーナ嬢とやらを襲う男は、さっきお嬢がその……不能にしましたし」
「えっ」
「はい。お嬢があの男の……」
「こんな事で未来を変えられるの?」
「あ、そっちですか」
どっちよ!
「……お嬢」
「なぁに、リン」
リンディスはベッドの端に座る私の前に膝を突いて見上げたわ。
「王都での件は聞きました。レヴァン王子に婚約破棄を言い渡されたこと。そして、そのレヴァン王子には既に他の女性が居て、その方がお嬢と同じく【天与】を授かっていること。……心中お察し致します」
「……まぁね!」
ただ、その言い方だとレヴァン殿下がただの不貞男みたいに聞こえるわよ。
「悪いのは予言の聖女よ。レヴァン殿下は……まぁ予言を信じるしかなかったみたいね。でも殿下も陛下も信じ切ってはいないからこそ、今の私はまだリュミエール王国に留まっていられるのよ」
リンディスは首を傾げたわ。
「まだ他に何かあったのですか?」
「うん?」
「……お嬢。辛い事を思い出させるようですが、詳しく話を聞いてもよろしいですか」
「いいわよ! 私の愚痴も聞いてね!」
「ええ、勿論ですとも」
リンディスってばこんな風に笑うのね!
どうして今まで姿を隠していたのかしら?
勿体ないわね!
この姿のリンディスを学園で連れ回ってたら貴族令嬢達の私への悪評も……。
……それはそれで『殿下の婚約者なのに浮気をしている女』とか言われてた気がするわね!
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