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59 花畑のマルク

5章スタート。

 クリスティナ達がアルフィナ領へ着いて、2カ月が経った。


「今日も来たわよー!」


 何度かアルフィナから近隣の街に訪れた彼女は、その容姿と起こす騒ぎもあって有名になっている。


「クリスティナ様、おはようございます」

「おはよう!」


 そして、それ程の時間が経てば、この王国の端のただの街でさえも王都で起きた騒ぎが伝わってきていた。


「……あのー、クリスティナ様」

「なぁに?」


 赤い長髪の、絶世の美女。

 聞いていた人柄とはかけ離れているけれど、このような人間が他に居るとも思えない。


 そして、何より憚る事なく名乗るその名前。


「……もしかして、その。王妃になられる予定(・・)だった、クリスティナ様です?」


 問われた彼女は首を傾げた。

 これだけ条件が揃っていても、何故そんな人がここに? という考えがどうしても浮かんだ。


 もしかして違う人物か、と思ったけれど。


「そうよ! フフン!」


 何故かその女性は、胸を張って自信満々にしながら肯定した。


「そ、そうなんですね、やっぱり」


 ところで何故、そんなに誇らしげなのだろう。

 商業ギルドの受付嬢は首を傾げた。


 伝え聞いたのは婚約破棄をされた事。挙句に流刑に処されたとか。

 どのように聞いたって不名誉極まりない話だ。


「私も有名になったわね! フフン!」

「有名……は、そうですね。有名ではありますね」


 そういう問題だろうか。


「クリスティナ様は、そのぅ。普段はどちらで活動を?」

「普段? アルフィナに居るわよ!」


 あ、やっぱり。


 災害と避難を受けてからこっち。手付かずとなった見捨てられた土地、アルフィナ。


 帰ろうとした人達は、そう多くはなかったという。

 それもその筈で、アルフィナの領主は酷い男だったからだ。


 搾取された領民は、災害避難を受けてようやく救われたとも言える。

 周辺の領主達も、彼らを哀れみ、手厚い保護で受け入れた。


 ……避難した先の生活が恵まれているならば、たとえ故郷と言えども、そう帰りたいと思う者はいない。


 ましてや長らく領主が不在のままだと言うし。



「クリスティナ様は……アルフィナの新しい領主様なのでしょうか?」


 それとも、本当にアルフィナは、もう流刑地として国に扱われているのでしょうか。


「領主じゃないわね! 今、陛下に認めてってお手紙出してるところよ! そろそろ返事が来るかもしれないわね!」

「へ、陛下とは……国王陛下?」

「そうね! 陛下は陛下だわ!」


 わー。国王陛下とお知り合いだなんて、本当に元・王妃候補様なんですねー。


「で、では……アルフィナの復興に国が着手するとして。クリスティナ様が下見に来られているのでしょうか?」


 こんな事を聞いてもどうにかなるワケではない。

 自分が手伝えるワケでもないし。


 ただ、彼女の雰囲気が……噂に聞く悪女とは、かけ離れている。

 彼女がまとう空気のせいで緩み、話を続けてしまっただけ。


(まぁ、やっぱり噂は噂なんですよねぇ)



「国の騎士団は来ないわね! 来るとしたら、この街じゃないかしら?」

「え、この街?」


 どうして? いえ、通りはするかもしれないけれど。


「そうね! 聖女の予言との兼ね合いでアルフィナには最初、私だけが送られる予定だったの! 流刑みたいなものよね!」

「る、流刑……」


 流刑に処された人間の明るさじゃないんですが。


「まぁ、今は皆でうまくやっているわ!」

「そ、そう、ですね?」


 お元気そうですし。


「……でも、アルフィナに来るのはお勧めしないわよ!」

「え?」


 それは意外な言葉だった。


 まだ少女とも言える歳の、底抜けに明るい彼女なら、笑って領地へ来いと誘うぐらいでもおかしくないと思えたからだ。



「最近、魔物が増えて来たのよね! でも安心して! こっち側の森には出てきてないみたい! やっぱりアルフィナの奥の森から魔物が出て来てるのよ!」

「ま、魔物が?」


 増えただろうか? この街では、そんな報告は上がっていない。


「予言の聖女アマネは、アルフィナで魔物災害が起こるって言っていたわ! それが嘘っぱちじゃなくて現実かも? って今、なってるところね!」

「え、えええ……」


 凄く暗いニュース!

 なんでそんなに明るいんでしょうか!?


「だ、大丈夫……なんですか?」

「この街は大丈夫よ! 私が何とかするもの!」

「えっ」


 私が?


「さ、災害をですか? クリスティナ様が……?」

「そうね! その為に陛下に派遣されたんだし! 私の【天与】はその為に三女神様から授かった……と思うわ! きっとそうね! フフン!」


【天与】……。聞いた事はある。

 それにクリスティナ様が、あの元王妃候補の方ならば、そもそも【天与】を授かったからこそ、そうなったワケで。


「まぁ、最悪、私が持ち堪えてたら、その内にルーナ様が何とかしてくれると思うわ!」

「る、ルーナ様?」

「私みたいに【天与】を授かった女の子よ! とっても可愛らしいわ! 予言の聖女が『救国の乙女』になる人だって、王子殿下の元へ連れていったそうね! フフン!」


 王子殿下のところへ連れていかれた【天与】持ちの、女性。


 ……それって、クリスティナ様が婚約破棄をされた理由『そのもの』のような人なのでは……?


 どうして、この方はそんなに明るく話しているんでしょうか。



「そ、そうなんですね。『救国の乙女』とはまた頼もしい。それに『予言の聖女』ですか。……やっぱりいらっしゃるのですね」


 予言の聖女の噂は、クリスティナ様よりも先に伝わってきていた話です。

 アルフィナの避難だって、その方が啓示なさったとか。


「あ、で、では同じく【天与】を授かったクリスティナ様は、なんと呼ばれると予言されたのですか?」


 片方が救国の乙女ならば……何だろう。

 赤い髪、薔薇を売る美女……。


『赤薔薇の聖女』とか、そんな感じでしょうか?



「──『傾国の悪女』よ!」


 え。


「フフン!」

「ええ……? あ、悪女……ですか?」


 この底抜けに明るい、元気な目の前の女性が……?

 しかも傾国??


 あと、そこって胸を張るところじゃないのでは?


「悪女にならない為にリンディスを鍛えてるから問題ないわね!」

「は、はぁ……」


 人を鍛えたら悪女にならないものなんでしょうか?


「じゃあね! おしゃべりは楽しかったわ!」

「は、はい。お元気で」


 何とも掴みどころのない女性だと、彼女にはそう思えた。



◇◆◇



「……あの女」


 路地裏から、赤い髪の少女を見掛けて。身を隠す男が1人。


 男には、ここ2カ月で付けられた侮蔑の名があった。



『花畑のマルク』


 ……クリスティナを襲おうとして返り討ちに遭い、そして頭に薔薇を咲かせて捨てられた男だ。


 彼の頭に咲いた薔薇は簡単に振り払う事が出来ず、その滑稽な姿のままで彼は街へと帰っていった。


 当然、そのような姿は人々に目撃され、以来ついた名前が花畑。


 頭がお花畑だと、人々は彼らを嘲笑した。

 ……侮辱されると分かっていて、男が薔薇をそのままにしたのはクリスティナの言葉が気になったからだ。


 無理に抜こうとすると禿頭になってしまうと。

 だから彼はしばらくの間、その薔薇を頭に咲かせたままで生活を送るしかなかった。


 今思えば、この名前が定着する前に覚悟を決めて、髪の毛を捨てれば良かったとも思っている。

 だが、若くして禿頭になるのは、かなりの覚悟が必要だった。


「……ぜってぇ赦さねぇ」


 逆恨みとしか言えない男の情念のすべてはクリスティナに向かう。

 元々が、女として彼女を買い取ろうと考えていた男だ。


 ある意味で、その目的は最初からブレる事なく、より深い執着となっていた。



 だが、その執着はまたも利用される事になる。

 それはクリスティナの【天与】に阻まれたものの、けっして見過ごしたままではおけない者が居るからだった。


「へへ、今度はぜったい……」


 花畑のマルクには今度は仲間が居た。

 彼を唆し、影から支援する……かつてのカイル・バートンの暗殺の師のお陰だ。

 クリスティナの美貌もまた、危険な男達を惹き付ける要因になっていた。



 ……暗殺というにはアルフィナの現状は適していない。

 クリスティナの周りには常にカイルとセシリアが控えているし、幻影を見破る魔族の従者まで居た。


 マルクを囮に使って彼らを分断するのは、スマートなやり方とは言えないけれど打つ手としては悪くはない。



 ……クリスティナ達には新しい脅威が迫っていた。


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