50 宝石の贈り物
「浄化薔薇よ、強く光って咲きなさい!」
私は右手に光を放つ薔薇を咲かせたわ。
ついでにある程度重くして、丸くして。
「フンッ!」
その光の塊を空へ向かって投げて弾けさせたの。
これで見回りをしていたリンディスとカイルに伝わるわね!
「おお……?」
「今のは魔術、ですか?」
「【天与】よ!」
表門の鉄格子の向こうから空を見上げる騎士達。
前に決闘して、魔法銀の剣をくれたエルトに言われて来たんですって。
しばらくするとリンディス達が馬に乗って戻って来たわ。
「貴方達は……?」
ひとまず、全員揃ったわね! ヨナも居るわよ!
「クリスティナお姉様……!」
「うん?」
お姉様? 一瞬だけミリシャかと思ったけど、全然違ったわ。
「ん! 見たことある子ね!」
どこかしら? 侍女の服装をしてるんだけど。
「はい! ヘルゼン領で、その、そちらのヨナという少年と一緒に捕まっていた女です」
「あ!」
あの時の女の子達ね!
「どうして貴方達が? 元気にしてたのね! 良かったわ!」
「お姉様……」
とにかく話を聞く必要があるわね!
門を開けて彼らを屋敷の中に招き入れたわ。
「まだ屋敷の中の片付けもままならないの。荒らされてたり、物も取られてたりしたからね」
玄関の扉を開けるとホールがあって、正面には階段があるわ。
「えっと」
「部屋を片付けておけば良いんだけど、ソファまでひっくり返されたり壊されたりしていてね。まともに部屋を使えるまではまだなのよ。だから」
とりあえず、この玄関ホールに野営用の設備を持ち込んで皆で生活してるのよ!
ここなら雨だけは防げるからね!
しかも野営気分も味わえるから楽しいわ!
「ま、また斬新な屋敷の使い方ですね」
「フフン!」
「……お嬢。おそらく感想に困っているだけです。褒められていません」
なんでよ!
「野戦病院……のようなものですかね?」
「魔物も領地の端に出て来ますし、何より人手が足りませんからね。簡単に買い揃えようにも資金がありませんし、流通もありませんし」
アルフィナで暮らしていくのは大変よ!
『予言』の【天与】で、もっとアルフィナの事を知れたら良いのにね!
「とりあえず使える椅子は、こちらに運んであります。ただ人数分は」
「あ、ああ。いえ! 椅子はなくとも構いません!」
とにかく、その玄関ホールで私達5人と、騎士や侍女達は集まったの。
私は、リンディスとセシリアに薦められて、1人だけ椅子に座ったわ。
普段は階段に座ったりしてるんだけどね!
剣を携えた騎士が5人。そして侍女も5人ね。
「……改めてご挨拶申し上げます。我々は、エルト・ベルグシュタット卿の直属の騎士。この度は金獅子卿の命を受けて、クリスティナ様に仕えるべく参じました」
1番前に居た騎士が代表して挨拶をして、他の4人が跪いたわ。
侍女5人は、俯き気味の姿勢で彼らの後ろに控えているわよ。
「エルトがアルフィナに支援を送ってくれたんですって。ねぇ、リンディス、カイル。これって貰って良いのよね?」
「支援……。有難い話だし、僕達に断る理由も無い。とはいえ」
「ベルグシュタット卿の思惑は? こちら側から返せるモノなど皆無に等しいのですが」
やっぱり受け取るのも良くないのかしら?
「見返りは不要です。我らを含めて、すべてベルグシュタット卿からクリスティナ様への無償の贈答品と思って下さい。その為に侍女達もクリスティナ様を個人的に慕う者達を集めました」
「ん!」
後ろの侍女達を見るわ。
ヘルゼン領でヨナと一緒に助けた女の子達。
あの後はヘルゼン子爵にお世話を任せたのだけど。
「困窮しているアルフィナに対し、必要だと思われる物資も運んでおります。勿論、これらを受け取って頂いた上でこちらは何の見返りも貴方達に求めません」
凄く私達に嬉しい事を言ってくれてるみたいだわ。
「嬉しいけど、なんでそこまで? 陛下のご命令かしら」
「……いいえ。まだ王宮からの正式なアルフィナへの支援は決定しておりません。ただ」
「ただ?」
そして騎士は微笑んだわ。
「誰よりも先に、ベルグシュタット卿がクリスティナ様に支援を送りたかった。それだけでしょう」
うん。うん?
「なんで?」
私は首を傾げたわ。
「それは、その。……卿はクリスティナ様を信じておられるからです」
「私を信じる?」
「はい。今、金獅子卿がこの地を訪れてしまうと……魔物の脅威を退け、国難を救うクリスティナ様の武功を、彼の名が奪ってしまうからと。涙を飲んで、この地へ来るのをとどまり、我らを派遣されたのです」
うん??
「リンディス?」
「……ここで私に話を投げないで頂きたいのですが。まぁ、言わんとされている事は分かります」
分かるのね!
「説明してね!」
「……ベルグシュタット卿がこの地に訪れてしまうと、元より有名な彼です。アルフィナで如何にお嬢が鮮烈に戦おうとも、民にその勇姿は伝わりません。……するとお嬢の手柄を横取りする事になる」
そうなるの?
「彼はその事態を避けたのでしょう。その上で彼はお嬢の力を信じてもいる。必ずや、この地でお嬢が災厄を退けると。そして、それを持って凱旋なさると。……と、いうことですよね?」
「はい。おっしゃる通りでございます」
「です。お嬢」
分かるような、わからないような気がするわね!
「エルトが来たら私が困るっていうことは分かったけど。そうじゃなくてね」
「はい、クリスティナ様」
「なんでエルトが私にそんなに気を使うの?」
彼からはもう魔法銀の剣を貰ってるのに。
それだけで十分に助かっているわよ。
「え、そこですか?」
「そこ??」
何がそこ? 私は首を傾げたままだわ。
「えっと」
騎士がリンディスに助けを求めるように目を向けたわ?
「……家庭環境と婚約関係のせいで、少し情操教育が遅れていまして。なにせ王太子の婚約者であったものですから、当然に他の男性から贈り物など受け取った例がなく……」
なんでリンディスが悔しそうな顔をしてるのかしら?
「は、はぁ。……ええと、その。支援物資の他にも、クリスティナ様がお喜びになるかを金獅子卿が真剣に考えた末に、個人的に贈られた品もあるのですが」
「支援物資だけで十分よ?」
こっちから見返りも返せないんだから。
「うっ……? そ、それはもしや、問答無用でお返し、と……?」
「問答無用??」
何がかしら?
「……お嬢様。普通に受け取ってあげるのが良いかと」
「でも悪いわよ? 既にお金を使わせちゃってるんでしょう」
「……そういう気遣いが必要な品ではないかと」
「そうなの?」
ちょっとよく分からなくなって来たわね!
「何を送って来たの?」
「は、はい。用意を」
騎士の求めに応じて、後ろの侍女達が運んでいた荷から、いくつか持って来たわ。
「まずは、小箱から」
そう言って目の前に小箱を差し出されたわ。
「ベルグシュタット卿からの贈り物。どうか受け取って頂きたい。クリスティナ様」
「んっ」
開けていいのよね? 開けなきゃ変な感じになるし。
私はエルトからの贈り物が入った小箱を開けてみたわ。
「あ……」
そこには……赤い色の宝石が入っていた。
「……ルビーのネックレス?」
「はい。クリスティナ様の美しい髪と、瞳を想っての贈り物です」
「私の髪と瞳の色……」
私は、おそるおそる、その宝石を手に取ったわ。
「これ、私に? エルトが?」
「はい。クリスティナ様」
「わぁ……」
私はその宝石を天井に掲げたわ。
窓から日の光が差し込んで、赤いルビーをキラキラと輝かせた。
「リン! リンディス! 私、宝石を贈られるなんて生まれて初めてだわ!」
私の目はその輝きに釘付けになった。
「……生まれて、初めて?」
そこで騎士は首を傾げたの。うん?
「そうよ! 凄いわ! ふふ。とっても嬉しい!」
「え、あ、えっと。喜んでいただけたようで何よりです。が……」
ああ、でも返せるモノがないのよね、私。
「……でも本当に今、エルトにお返しするモノが無いの。あ、何だったら」
「お嬢。流石に魔物の素材をお返しに送るとかはナシですよ?」
「……何よ!」
私が言う前に答えを言うのは良くないわ!
「……予想よりも喜んで頂けて何よりです。その。マリウス家は『宝石の貴族』ですので、見慣れた宝石を贈るというのもどうかという話が出ていたのですが」
ああ、そういうことね!
「レヴァン殿下もそう言って、いつもは宝石じゃなくて花を贈ってくれたの。……私は宝石が欲しかったワケじゃないから花でも嬉しかったわ。でも」
私はもう一度、赤い綺麗なルビーのネックレスに目を落とした。
「ふふ。宝石を贈られるなんて、なんだか家族みたいね!」
エルトったら良い人なのね!
「……宝石を贈られる事が家族みたい、ですか。えっと、それはやはりマリウス侯爵家では、そのような習慣で?」
「ええ! いつもリカルドお兄様や妹のミリシャが、お父様やお母様に宝石を贈られていたわ。だから家族みたいだなって!」
ふふふ! 宝石に興味なんてなかったけど、自分に贈られたモノは別だわ!
「……しかし、その。今、初めて宝石を受け取ったとおっしゃられたような」
「そうね! 私は貰ったことなかったの! だから素直に嬉しいわ! エルトに伝えて……って、貴方達はこのアルフィナに残るつもりなんだっけ?」
そうすると、お返しどころかお礼も言えないわよ?
「あ、それについては。しばらくこちらで過ごした後、アルフィナの状況やクリスティナ様からの手紙などあれば、こちらの騎士が持って帰ります。なので、アルフィナに残り、クリスティナ様にお仕えする騎士は3人とお考え下さい」
そうなのね!
「じゃあ、外に便りがあれば任せて良いのね! それも助かるわ! アルフィナのひとまずの現状、せめて陛下にお伝えしなくちゃと思っていたの!」
あとは、ついでにアルフィナの領地を寄越せって書いておこうかしら!
……それはリンディスや皆に怒られそうね!