48 そして再びアルフィナへ
「起きましたか、お嬢」
「リン……」
今度は毛布を掛けられて横になっていたわ。
眠っていたみたいね。
「クリスティナ。平気かい?」
「……カイル。……カイルに」
「うん」
「カイルに……雑に殺されたの」
「うん?? 雑に?」
首を傾げるカイル。黒い髪と瞳をした私の幼馴染。
「予言ですか?」
「そうなんだけど。何かおかしかったの」
「おかしいとは?」
私は眠る前に見た光景を思い出すわ。
「カイルがね。ルーナ様を庇って、カイルの師匠と対峙してる光景だったの。でもその地面の方に透明な窓が浮かんでいて……変な文字でカイル達の言葉をそのまま書いていたのよ」
そして文字の予言は続いた。
「カイルが私を殺したんだって。ルーナ様の為に。でもそのままだとカイルとルーナ様は師匠に負けちゃって殺されるらしいの」
「……それは」
悲しいわ。色々な意味で悲しいわ。
「そのルーナというのはクリスティナと同じく【天与】に目覚めた男爵令嬢だよね?」
「そうよ」
「僕は、その人と知り合いですらないんだけど?」
「そうなの?」
「うん」
何なのかしら? そもそもこれは『予言』なの?
「……よく思い出したら私のこの力。正しい光景を映した事ってないわね?」
「そうなのかい?」
「ええ。いつもルーナ様を映すし。それに」
「それに?」
今回なんか尚更に変だったわ?
「予言の聖女が見えたの。それも彼女が、彼女の母親と仲良く話しているところ」
「聖女が? 母親と? いや、しかし彼女は単身でこの国に訪れたという話では?」
でも彼女は『お母さん』と呼んでいたわ。
……かつて思い描いた事があるような、本当に幸せそうで気を許した母親との団欒。
私はヒルディナお母様とあんな風に話した事なんてなかった。
チクチクと胸の中に棘が刺さったわ。
モヤモヤ、ドロドロっとした何か。
……あんなにも幸せそうな家庭を持って。
そうでありながら。
私がいつかレヴァンとそんな風に過ごそうと思っていた何もかもを奪った聖女……。
「うーーーーっ!!」
「く、クリスティナ?」
私は寝転びながらジタバタと手足を動かして呻いた。
ムカムカとしたものが、お腹の中から胸の中に溜まっている感じよ!
「お、お嬢……」
「はぁ……」
なんだか頭も痛いわ。胸の中もモヤモヤもしているし。
「【天与】の代償って、本当はこんなにも重いのかしら?」
今まで何ともなかったのに。
「リン。もうアルフィナに帰りましょう。このまま馬車に乗せてくれる?」
「分かりました。馬は2頭とも馬車に繋ぎますね」
「そうしてちょうだい……」
私はリンディスに甘えて、抱き抱えて貰ったわ。
なんだか目尻に涙が溜まってくる。
……変な感じね!
「むぐぅ……」
「ん?」
変な声がしたから私は目を別の場所へ向けた。
そうしたら、そこには薔薇の蔓で縛られた男が横たわっていたわ?
「何こいつ?」
「むぐぅ!」
「……昨日、お嬢を襲おうとした賊ですよ。ほら、昼間に殴り倒した」
「ああ、まだ居たの」
居たわね、そんな奴!
「お金に困って私達を狙ったのなら、元アルフィナの民達かもしれないけど」
「……明らかに性欲や下らない自尊心でお嬢様を狙っていました。気に掛ける必要は無いかと」
「そう」
3人は、こいつには気付いていたのよね?
「……たぶん囮として唆されたんだと思うよ。昨日はクリスティナが……僕らの師を撃退してくれたけど。本来は彼らに注意を惹きつけた所を狙ってくる予定だったんだ」
「そうなのね」
リンディス達はそういう事態を警戒していたんだわ!
「1度殴り倒されても、しつこく追って来た男だからね。どうしようか」
「むぐぅ!」
「反省、してなそうね」
「はぁ……全く」
「……毒薔薇の実験に使いますか? お嬢様」
「うん?」
毒薔薇?
「毒の薔薇の栽培をするなら、やはり実験が必要ですので。彼には今後、毒だけを食べて生きて貰うなど」
「むぐぐぐ!?」
えー? なんだか嫌だわ!
「迷惑ですねぇ」
「本当ね!」
「……こういう相手なら僕も躊躇しなくて済んだんだけど」
カイルが何だか怖い事を言っている気がするわね!
「仕方ないわね! とりあえず罰よ!」
私はリンディスに抱えられたまま、手を男に翳したわ。
「『髪に根付いて、しばらく枯れないし、無理矢理に取ろうとすると禿頭になっちゃう』薔薇よ! 咲きなさい!」
パァァア! と光が灯って男の頭に薔薇が咲いたわ!
「むぐぅ!?」
「フフン! 面白い髪型になったわよ!」
「……今みたいな使い方も出来るんですね」
「そうよ! カイルと色々と試したんだから!」
人に見せたら笑われそうな髪型にしてあげて、と。
「じゃあ、後は放置ね! そのまま街に帰っていいわよ!」
「……寛大ですね、お嬢様」
「私、もう疲れたの。早くアルフィナに帰りたいわ」
「そうしましょう」
男の処理は任せて、私は馬車の中で横にならせて貰ったわ。
馬車の外には馬に乗ったカイル。
御者はリンディスで馬車につなげた馬は2頭。
そして幌馬車の中には、私とセシリア、ヨナの3人よ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「……ええ、ヨナ。平気よ」
私の頭の中には、ぐるぐると『予言』の【天与】が見せた光景が渦巻いていた。
あの光景をもっと時間を掛けて見ていけば……聖女の予言の『真実』みたいなものを紐解けるかもしれない。
そして、それは聖女が言ったアルフィナで起きる災害に対抗する助けになるのかも……。
「やってみなくちゃいけないわね!」
これからは魔物との戦い以外の時は『予言』を見れるように意識して行くわよ!
私は……胸の内に残り続ける、モヤモヤとした薔薇の棘のような痛みを感じながら。
1人として帰りを待つ者のいないアルフィナ領へと戻っていったの。
ここで3章完結です。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。




