45 蛮族令嬢
「ヘルゼン子爵。貴方から侍女を譲って頂きたいと思っている」
お兄様は子爵家でそんな交渉を始めたわ。
「はぁ。たしかに集めましたが……まさかベルグシュタット卿にそのような趣味が……」
「ちょっと! 勘違いなさらないで! お兄様が手を出す為の侍女ではありません!」
言葉足らずな上に強引な手も辞さないお兄様は、けっして頭が悪いワケではないのだけれど。
最近は、強引さがより目立つの。
……それもこれも、あの胸が少しばかり大きな赤髪女のせいで!
「では何の為に? ベルグシュタット伯爵家では侍女が足りないのですか?」
「……我が家で働くのではない。ある女への贈り物だ」
「くっ……!」
侍女を贈るなんて聞いたことがないわ。
「ある女とは」
「ここに集めて貰った侍女で分かるだろう。クリスティナだ」
集まってくれた侍女達が顔を上げてエルトお兄様に注目しました。
「……つまりアルフィナへ?」
「ああ。……子爵も聞いているかもしれないが、俺はクリスティナと決闘し、負けた」
「まさか、金獅子とも謳われるベルグシュタット卿が」
「事実だ。既に多くに知れ渡っている事であるし、俺も否定をする気はない」
否定……して欲しいです。
エルトお兄様を侮る輩が増えたのですから。
もちろん嘲笑った騎士などが居れば手袋を叩き付け、この私、ラーライラ・ベルグシュタットがその場で地面に頭を付けさせていますけど。
「俺に勝つような女だ。そこらの魔物風情に後れは取るまい。故にクリスティナはいずれ武功を立て、王都へ凱旋するだろう。……本音を言えば俺自身が今すぐアルフィナへ向かいたいが、それでは問題が起こる」
問題?
「問題ですか?」
「ああ。俺がアルフィナへ先駆けてしまうと、クリスティナの手柄が俺の手柄にすり替えられてしまうかもしれん。……特に今のアルフィナには噂を伝える民すら居ないと来ているからな」
それは、たしかに。
お兄様がアルフィナに向かってしまえば、いくら魔物を倒しても、すべての手柄がお兄様のものと噂されてしまうかも。
「その為、俺がすぐにアルフィナに行く事は許されない。クリスティナが自らの手腕で武功を立ててからでなければな」
「……ふむ。それで?」
お兄様は続けました。
「だがアルフィナへ向かえないからと言って、クリスティナに俺を忘れられるのは許せん。それ故、彼女にいくつかの品を贈ろうと考えている」
「くっ……!」
聞きたくない。聞きたくありませんでした!
侍女達も顔を見合わせて『察して』います!
「な、なるほど? ですが、それでなぜ侍女を?」
「……今のアルフィナに宝石や飾り、ドレスを贈っても仕方あるまい。それならば剣の一振りでも贈った方がよほど喜ばれるだろう」
「……ああ、たしかにそうですね」
……アルフィナ領は前領主の横領と逃亡、更に災害からの避難が重なったせいで民のいない領地となってしまった場所です。
当然、そんな場所で社交の場があるワケもなく。
宝石やドレスなど贈られても、ただ惨めな思いをさせてしまうだけでしょう。
それらを見せる場に恵まれないのです。
……特に彼女は今、王妃となる未来を奪われ、それどころか王都を追放までされたのだから。
「あの性格でもクリスティナは侯爵令嬢だ。では、身の回りの世話をする者が必要だろう。……だが彼女を害さないと信頼できる者を送らねばならない。……だから」
「……ああ」
そこで私達は集まった侍女達に目を向けました。
「辛い目に遭った者達だ。今もここでの暮らしにようやく慣れて来たところだろう。加えてアルフィナは死地。魔物が大量に湧くとも予言されている……」
「…………」
「それでも尚、クリスティナの元に駆けつけ、彼女の身の回りの世話をしたいと願う……根気のある侍女を贈りたい」
侍女達もエルト兄様の言葉に真剣に耳を傾けます。
「明日の食事にも困るだろう領地だ。徒に人を送るだけでも迷惑な事だろう。クリスティナが養えぬと言うなら、ただ従い、また帰って来る。徒労の旅にもなりかねない。無論、人以外にも俺が手配できる物資は持たせるが……このような環境で『それでも』と声を上げてくれる侍女が良い」
お兄様と子爵が許しているので、ざわついて目配せをし合う侍女達。
「あ、あの! 私! お姉様……クリスティナ様の元に行きたいです!」
「わ、私も!」
彼女が自ら築き上げた信頼が実った瞬間でした。
「有難い。出発はすぐではないし、改めて考え直す時間も持つ。よく考えてから決めて欲しい。……クリスティナだけでなく、ヘルゼン子爵への恩とてあるだろう。金銭面の問題だけならばベルグシュタットから子爵への補填もする。もちろん、これらは子爵のご意思次第の話ではあるから……話し合った結果で決めてくれ」
こうしてエルト兄様とヘルゼン子爵の会談は終わりました。
◇◆◇
「エルト兄様。侍女の他に何を贈るつもりですか……」
私は落ち込みながらも、それを顔に出さずに尋ねた。
「俺の直属の騎士を送る。これからはクリスティナに仕えるようにな」
「……はぁ」
あくまで大きくベルグシュタット家に問題を招かない範囲。
これでは文句も言えない。
「断られる可能性もある。故に迷惑にならぬよう部下達が無事に帰って来れるだけの物資も用意する気だ。……あとは当然、食糧の類に武器の類……他に何が要ると思う? ライリー」
お兄様が私を優しげに見つめて尋ねて来ます。
「女騎士として必要なものだ」
「……クリスティナは騎士ではありませんよ、エルト兄様。ただの【天与】を授かったに過ぎない侯爵令嬢です。私の価値観とはまた欲しいものが違うでしょう」
「……そうか?」
「はい」
あと、一緒にされたくないです。
「……お兄様は宝石や飾り、ドレスが喜ばれないとお思いらしいですが。相手の心がまだ現実を見れてないなら……1人の貴族令嬢として扱われた方が喜ばれるんじゃないですか」
社交場の無い荒れた地で。
宝石とドレスを贈り付けられて。
……惨めな気持ちになるだろう。
私は顔を顰めた。
想像しても、あんまり気分が良くならなかった。
恋仇ではあるけれど、そういうのは私に合わない。
どうせライバルなら真っ向から剣を打ち合った方が余程スッキリします。
「……今のはナシです。やはり今のアルフィナにそのような物を贈るのは陰湿かもしれません。普段から使える丈夫な衣服や……替えのベッドシーツでも贈って差し上げれば? アルフィナは酷く荒れていたと聞きますので」
私は訂正しておきました。
「なるほど……。ベッドに衣服……どちらかと言えば侍女やハンターにでも話を聞いた方が良いかもしれないな」
「そうですね」
私は半分、話を聞き流して現実から逃げていましたが……お兄様は笑い始めました。
「何ですか?」
「いや。クリスティナに宝石や飾り、ドレスを贈ったら……そのまま身に付けもせずに売り払われそうな気がしてな。ふっ……。そんな女であっただろう?」
「あー……」
私は恋仇を思い浮かべました。
剣を折られた次の瞬間にお兄様に殴り掛かった蛮族かのような振る舞い。
蛮族令嬢とでも呼べば良いかしら?
「彼女ならば、やりそうですね……。従者に向かって満面の笑顔で『売るわよ!』とでも」
「そうだろう? はは……」
お兄様からの贈り物を売るなんて、とんでもないことですけど。
そうは言っても侯爵令嬢でもありますし。
今の身分は……マリウス侯が沈黙してる上に【天与】と王命のせいで、よく分からない立場になっていますね。
【貴族の証明】も持たされて旅立ったそうですし。
「まぁ、俺なりに考えつく品も贈るとしよう」
「そうですか」
……クリスティナ。
いずれ決着を付けねばなりません。
その時まで勝手に死んだりしないように。
お兄様に思われたまま命を落とすなど、絶対に、絶対に許せません。
貴方を倒すのは……この私、姫騎士と呼ばれた金獅子の妹、ラーライラ・ベルグシュタットなのですからね!




