42 薔薇壁の防衛
「ふふふ。畑にー薔薇をー咲かせましょうー」
「何ですか、その鼻唄は」
「口ずさみやすかっただけよ! フフン!」
「褒めてませんよ」
「褒めなさい!」
「あと畑ではないですからね」
「知ってるわ!」
魔物が湧いているのは事実らしいと、私はひとまず各集落跡に薔薇の壁を築く事から始めているわ。
「クリスティナ様。井戸を見つければ、ひとまず表面の塵を薔薇で掬い出してください」
「いいわよ!」
管理者が居ないと結局は、どの集落も廃れていくけれど。
それはそれ、これはこれね!
「領地をぐるりと薔薇で取り囲む?」
「……森側にはそうしても良いかもしれないけど」
でも、完全に囲ってしまうと、そうね。
「アルフィナ以外を魔物が目指してしまっても厄介なのよね! 特にエーヴェル領には行かせたくないわ!」
フィオナに迷惑掛けたくないし。
「不幸中の幸いで、民に迷惑を掛けるワケじゃないからね。アルフィナ領を大きく使って、魔物に対して常に有利な戦いが出来るよう心がけよう」
「分かったわ!」
山間や森の中で狼の群れに襲われるより、平地で撃退できた方が良いものね。
それから領地内の集落跡を確認する日々だったわ。
人は居ない。よくここまで綺麗に避難を終えられるものねと思う。
それに帰って来る者も居ないなんて、どういう事かしら?
「ここを出るのに苦労したように、きっと戻って来るのも大変だろう。同じ規模の馬車を用意しなければならないだろうし……。運んだ品も全て戻して欲しいのが人情だ。そうして」
そうして?
「そこまで労力を払って戻った土地は荒れ果てているからマイナスからのスタートになる。苦労は何倍のものとなるか。領主は逃げ、金も無いから支援も無い。そのような領主の元では、さぞ今までの生活も苦しかった事だろう。……なら避難先の領主の善政に余計に心を打たれるかも……」
ああ。だからもう『帰りたくない』のが人情なのね。
ここに元から住んでた人々は。
「避難領が、民の生活に合わせて帰還の馬車を用意する政策を立てるとしよう」
「うん」
「……すると陳情を受ける筈だ。もう帰りたくない。どうか、この土地で暮らさせてくれ、と」
「……そうなるのね」
じゃあ、このアルフィナの復興の為には帰って来る者を待つんじゃなく、新たな住人を招き入れなきゃいけないのね。
その為には、それだけの魅力がないといけない。
利益と生活の保障が無いといけないわ。
「それも予言の聖女が『魔物が大量発生する』と言ったと伝わればトドメだ。誰がそんな所に行くかと、10年の愛着心も冷める事だろう」
うんうん。
「……私、そんな場所に1人で行けと言われたんだけど。もっと怒って良かったんじゃないかしら?」
「そうだねぇ。クリスティナ1人だけなら。怪力の【天与】だけなら。幾らなんでもな状況だったし」
つまるところ。
「聖女はそこまでの予言を出来ないって事よね!」
「うん。君が『傾国の悪女』になるなんて、彼女の予言間違いだよ、クリスティナ」
「フフン!」
心当たりなかったものね!
「それでここからだけど。クリスティナがここで手柄を立てれば、とても気分が良いと思う」
「気分?」
「うん。ちゃんと功績を持って王都に帰ろう。……だけど証人が居ない。民が残っていればよかったけれど」
これじゃいくら魔物を倒したって誰も評価してくれないでしょうね!
「というワケだから、魔物を倒した戦利品は必ず持ち帰る事。いわゆるハンターギルドが求める魔物素材の回収というものだね」
「魔物素材!」
なんだかワクワクするわね!
私、これからハンターになるわ!
「多種多様な魔物……が本当に出るかはさておき。そんな素材を溜め込んでは、赤い髪をなびかせて君は他領に売り込みに行く。『どこでこんなに仕入れて来たんだい?』と聞かれたら、アルフィナ領だと答えると良い」
ハンター達を領地に呼び込むのかしら?
でも彼等にとっては宝の山に見えるのかも?
「フフン! 魔物は魔物で人を呼び込む手段になるのね!」
「そうだ。それに僕らの日々の糧にもなるよ」
悪くないわね! お肉は美味しかったわ!
見回りをして、集落跡に薔薇の防壁を立てて、ついでに浄化薔薇を咲かせて。
それから集落跡から錆びた農具みたいなモノを拾って来たわ。
ヨナの再生産工房よ!
森の周辺では、たまに狼が出て来る。
襲って来たのは返り討ちにして、全滅までは追い立てずに撃退。
倒した戦利品は、カイルとセシリアがしっかり加工して保存食にしてくれるわ。
あとは肥料ね!
「狼しか出て来ないのかしら?」
「森に分け入れば他の個体が出て来るかも」
「……そんな気がするわね!」
領地境の森側には魔物は発生していないみたい。
やっぱりカイルの見立て通りに山側に『大地の傷』があるんだわ。
「おおよそ、アルフィナが置かれている現状は把握できました。お嬢、一度領主の屋敷に戻りましょう」
「分かったわ!」
一通り見て回って、戦って食べたりした私達は、領主の屋敷へと戻ったわ!
「ひとまず農具は農具として使えるように頑張ってみるね」
「ヨナ! 凄いわね!」
「うん。頑張るね、お姉ちゃん」
ヨナったら、壊されていた屋敷の表門も直してしまったわ。
細かい作業はリンディスもしてくれていたけど。
この子ったら天才ね!
「ふふふ」
「お、お姉ちゃん?」
「ヨナは天才ねぇ!」
私はヨナを抱き締めて頭をヨシヨシと撫でてあげたわ!
「や、そ、その! そのぅ!」
「……年下がご趣味でしたか、お嬢様」
趣味?? 何がかしら!?
「注意するべきでは?」
「……アレはあのままの方が、いずれ集う騎士や侍女、民にウケが良いような気がしまして」
「……騎士は不味いだろう。最もやる気を出すのも騎士な気はするが」
「王妃教育で抑え付けていなければ、天真爛漫に育っていたのだな、と」
「そうだね。彼女は変わらなかったみたいだ」
フフン! よく分からないけど、きっと褒められてるわ!
「それはそれとして令嬢としては野蛮なのですが」
「可愛いから良いんだ」
「なんでそこだけ意見が違うんですか、バートン卿は……」
リンディスとカイルは仲良しね!
「お、お姉ちゃん、も、もう離して……」
「あら」
ヨナは顔を真っ赤にしているわね!
「……そういう事です。お嬢様」
「そういう事??」
「つまりお風呂に入り、美容に気を使うのはお嬢様の義務なのです」
「義務じゃなくて権利だわ??」
あと面倒くさいのはイヤね!
「お嬢様には色々と仕込まないといけません」
「フフン! よく分からないけど、問題ないわ! 私、王妃教育でやって来た事ほとんど忘れちゃったんだから!」
新しい事なら、きっと覚えやすいわよ!
「今の自慢するところじゃなくないですか?」
「褒めるところね! フフン!」
「違います」
「違うね」
「違うよ」
「……違います」
「何よ!」
皆して失礼ね!
それで領主の屋敷の掃除を進めていったわ。
回収出来た木材と、ヨナが整えた釘で壊れていた屋敷の外壁も整える。
食用薔薇の育成と、経過観察は良好。
ちゃんと食べられるモノになったわ。
これなら井戸が枯れない限り、私達は生活していけるわね!
「薔薇の領地ね!」
領地の地図を見て集落跡をすべて周り切った事を確認したわ。
その全てに薔薇の防壁と浄化薔薇を咲かせておいた。
「薬草薔薇の育成に着手したいところだけど」
「先に森の開拓ね!」
いつまで平地が安全でいられるか不安だもの。
「戦争でもしてるみたいだ」
「内政に力を入れたいですが、まず領地の防衛をしなければ話にならない……という話ですね」
「今日まで無事に過ごせたなら十分よ!」
もっと人手があれば早かったんだけどね!
「うん。ヨナくんのお陰で『鉄の槍』は十分な強度を保てているよ。これなら魔物相手でも戦えるかな」
「えへへ」
お手製の槍が少しだけ上等な武器になったみたいよ!
セシリアもいくつか武器を見繕っていたみたい。
「森への進軍なのですが……どうしますか?」
「どう?」
「馬車を引くと小回りが効きませんので。外して馬だけで行きましょうか」
「そうね……」
倒した魔物を回収して解体して素材にはしたいのよね。
そうしたら荷を運べる馬車は重宝するのだけど。
「……魔物の発生地点のおおよその方角は予測できました。屋敷の周囲にはお嬢様が咲かせた浄化薔薇もございます」
セシリアがお辞儀をしながら進言してくるわ。
「私は屋敷にてお嬢様達の帰りを待とうかと。食用薔薇がお嬢様の手を離れて持続するかの観察も必要です。お掃除もまだまだですし」
馬は3頭。馬車を置いて行くならセシリアの提案通りにして、3人で?
「ヨナは私かリンディスの馬に乗る?」
「えっと」
火の魔術を放てるヨナは立派な戦力だもの。
「セシリアさんが残る……なら。僕も残ろうかな」
「いいの?」
「お姉ちゃんがいいなら、だけど」
戦力を分散させて良いかよね。
今のところ、この屋敷を脅かすものは無いと思うわ。
悪戯にここに人員は割かなくていい筈。
「残りたい理由はある?」
「魔術を使った鉄屑の加工には時間が掛かるんだ。……農具が1本でも必要なら、その作業に時間を掛けた方が……お姉ちゃんの為になるかな、って」
「ヨナは良い子ね!」
頭を撫でてあげなきゃいけないわ!
「えへへ」
よしよし、と頭を撫でてあげるの。
素直で可愛い子だわ、ヨナって!
「じゃあ! 次の森への進軍は私とリンディス、カイルの3人で馬だけ使って行くわよ!」
別行動が出来る余裕が生まれて来たわね!
◇◆◇
「大物は居るかしら?」
「……不吉な事を言わないで下さいよ、お嬢」
私達3人は馬に乗って森へ入って行ったわ。
「どこまで進んだかの目印となる薔薇を咲かせておこう。明るいオレンジの薔薇がいいね」
「分かったわ!」
目印薔薇を木に巻き付けて咲かせる。
狼の襲撃はなさそうね?
「お嬢の『予言』がもっと使い勝手が良いと楽なのですが」
「高望みね。1つの【天与】だけでも十分なぐらいなのに」
気持ちは分かるけどね!
「待った」
「ん!」
カイルが私達の馬を止めたわ。
「……クリスティナ。木の上に薔薇槍を打ち込めるかい?」
「木の上?」
緑ばかりで何も見えないけど。
「やってみるわね! 浄化の薔薇槍よ!」
咲かせた薔薇が強靭な蔓を携えて伸びて行くわ!
──ザシュ!
『ゲェ!』
「あら?」
手応えのあった音と鳴き声ね? それに血が流れているわ。
「やっぱり。葉に擬態して木の上に潜んでいたようだ」
「ええっと」
何かを貫いた薔薇槍を操って引き戻すわ。
そうしたら、その先には。
「カエル?」
「そうだね。随分と肥大化しているから蛙の魔物、ということかな」
手の平よりも大きなカエルを仕留めていたわ!
そして次の瞬間!
ボトボトボト! っと木の上から沢山の大きなカエルが落ちて来たの!
「カエルって食べられるのかしら!」
「……魔物を見て、まず最初に食用か否かを考えるのはやめませんか、お嬢」
フフン! なんとなく食べられそうよ!
倒して帰ってヨナ達にご馳走ね!
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