41 三者密談
「ベルグシュタット卿、これは?」
「ヘルゼン子爵に借りた、この地を根城にしていたという邪教の資料だ。ラトビア嬢、貴方も目を通しておくのが良いだろう」
「はぁ……?」
「まったくお兄様は」
私達はまだヘルゼン領の子爵様の屋敷に留まっています。
この地にはクリスティナ様が通ったらしく、彼女は邪教の企みを打ち砕いてから進んだそうです。
どうしてそんな事をなさったのかは分かりませんが、それで何人もの女性や男の子が救出され、また多人数を誘拐してきた集団を捕らえる事が出来ていました。
「転生者ですか」
「ああ。どう思う? ラトビア嬢」
部屋には今、金獅子と謳われるベルグシュタット卿と、その妹の姫騎士ラーライラ様がいらっしゃいます。
「たしかに、この『転生者』というのはアマネ様がおっしゃっていた、会いたそうにしていたヨナさんに間違いありませんね」
「つまり何? 本当に聖女は邪教が呼び出す邪神に会いたかったの?」
いえ、そんな重苦しい邪悪な企みとは、とても。
「どちらかと言えば『同郷』の人間に会えるとお考えだったように見えました」
「同郷?」
「はい。この計画の細々とした部分ですが……これ、もしかしてアマネ様が異界で読んだという予言書のことを示しているのでは?」
つまり、こちらの世界の運命の流れをアマネ様の世界へと送り届け、そうして予言書として結実させる儀式です。
「そうだな。だがこの教団の最終目的は予言の聖女とは違う。なにせ生贄となる少年に異界の魂を憑依させようとしていたのだ」
「はい。彼女は彼女として王城に現れていますものね」
私が見たワケではありませんが、アマネ様は天の使いの如く降り立ったそうですから。
「だが、この教団は各地に同様の施設を抱えているように書かれている。その内のどこかが憑依ではなく、異界の人間そのものを呼び寄せる儀式を執り行ったのかもしれない」
「ええ?」
ですが、それって。
「……王都に、或いは王城に邪教徒が入り込んでいるとおっしゃるのですか、お兄様」
「分からない。だが聖女が現れたのはこの教団の仕業なのかもしれない」
つまり。
「アマネ様もこの邪教の呼び出したかった邪神の類、と?」
「さぁな。お前はどう見る? ラトビア嬢」
「あ、アマネ様は! 心優しい方だと思います! 民の平穏を願っている事に偽りはないと!」
ベルグシュタット卿は明らかに『聖女否定派』の筆頭です。
まだ劇的な争いには発展していませんが……。
「……そうだな」
「えっ?」
彼の言葉に驚きました。アマネ様を認めた?
「この運命の流れを結実した予言書とやら。それを読んだ……ただ、それだけの市井の女に見える。根は善良なのだろう。ただし多少は……浅はかだが」
「お、驚きました。ベルグシュタット卿はもっと苛烈にアマネ様を非難するものと」
「ふっ……」
ベルグシュタット卿は微笑みながら私の目を見つめました。
その美麗さに思わず見惚れてしまいます。
かぁっと頬が熱くなるのを感じてしまって。
「そ、その?」
「お兄様!」
「……なんだ、ライリー」
ラーライラ様は兄君の事をとてもお慕いです。
きっと傍に控えて、いつもこう彼の振る舞いを注意していたのでしょう。
……この容姿から繰り出される微笑みは、中々に刺激が強いと思いました。
「だ、大丈夫です、ラーライラ様。そ、その。勘違いなど私は致しませんので」
「そ、そう? 弁えているわね、あなた」
「何を言っている」
じ、自覚がありませんね、この方は。
「ベルグシュタット卿が令嬢泣かせというのは……こういうことですか」
「そうなのよ。本当に困っているわ」
「ラーライラ様の心労、お察しします」
「待て。なぜそこで結託するのだ、お前達は」
「ご自分の胸に手を当てて考えて下さい、お兄様は!」
「??」
首を傾げていらっしゃいますね、ベルグシュタット卿……。
「まぁいい。話を戻すが……あの聖女に邪念を感じないのは本当だ。それ故にレヴァンも信用したのだろう。そして実際、あの女が救った民は多い」
「……はい」
思いの外に冷静なのですね。
「となると、あの女は……ただの駒に過ぎず、騙されている……と見て良いのだと思う」
「騙されている、ですか?」
「ああ。人を騙すには真実を織り交ぜる事が1番だ。つまり災害の予言や……【天与】を持つラトビア嬢の発見など」
「……はい」
私は頷きました。
「現にそれらの功績を以て、あの女は陛下や王太子の采配に多大な影響を与えるに至った。劇的な演出を伴う出逢いも用意してな」
アマネ様は神々しくこの地に降り立った……。
「その目的は邪神の復活か、或いはクリスティナの抹殺ではないか?」
「え?」
クリスティナ様の?
「彼女は既に連中と敵対関係だと示している。そして、その野望を打ち砕くに足る【天与】を授かっている事も。……例の毒薔薇も咲かせて見せたらしいが、また聖女の言い分と異なっている」
「そうなのですか?」
私はラーライラ様に目を向けました。
「ええ。毒の薔薇とは真逆みたいなの。捕らえた男達を尋問したところ、邪神を討ち滅ぼす光を有していたらしいわ」
「じゃ、邪神を……」
それは凄いです。私にも出来るでしょうか?
「浄化の力はお前の【天与】にもあるらしいが……どうやらクリスティナの『薔薇』にも宿っているらしい。【天与】が真に三女神の思し召しならば……そもそも、お前達2人は共に国難に立ち向かうべき、真の聖女なのではないか?」
「し、真の聖女ですか?」
それはちょっと、なんていうか。
は、恥ずかしいです。
身に余り過ぎますし……。
「魔物を退ける浄化の【天与】持ち2人が敵対するように仕向け、どころか片方は流刑に処されている。……予言の聖女は他の予言は曖昧なくせにクリスティナの未来にだけは、ひどく細かく言及していたな?」
「は、はい……」
クリスティナ様を王妃にしてはならない。
側妃にしてもならない。
家に帰してはならない。
修道院に入れてもならない。
最も良いのは国外追放。
力が芽生えたならば、魔物が大量に湧くと言われるアルフィナに送るべし。
それも従者は付けてはならない。
護衛を付けてもならない。
ただ1人で魔物と戦い続けよ……。
……言い方は違うけれど、アマネ様の予言はこうなってしまう。
これではクリスティナ様を亡き者にしたいとしか思えない……。
でもアマネ様はそんな事をする人なのでしょうか。
本当に望んでいる事なのでしょうか。
「や、やっぱりクリスティナ様に救援を送るべき、なんですよね」
ベルグシュタット卿はすぐにでも彼女の元へ駆け出したいのだろう。
私が殿下やアマネ様に忠言申し上げるべきでしょうか。
「そうだな。本音を言えば命令に背いてでも駆けつけるところなのだが、その前に確認する必要がある」
「確認?」
卿の気持ちを押し留める何かがあるのでしょうか?
「マリウス侯だ」
「はい?」
「……娘が謂れのない罪で婚約破棄を言い渡され、どころか流刑に処されているのだ。にも関わらず大人しく次は次女を差し出し、何の抗議もなければ、苦言を呈する根回しもない。完全に静観しておられる」
そう……なんですね。
「王家に忠節を誓っていると言えば聞こえは良いが、陛下も王太子も、娘が受けた侮辱の精算を父が求める程度はお許しになる筈」
たしかに。お二方とも苦悩されておいででした。
「……クリスティナの出生そのものに何かあるのかもしれない」
「はい?」
私は首を傾げます。
「マリウス侯にとってクリスティナが邪魔者で。邪教徒達にとっても彼女の破滅は望むところ。当のクリスティナは浄化の薔薇を咲かせ、魔物を退ける聖女となれば」
「な、なれば?」
何でしょうか?
「……クリスティナの敵は見極めてからアルフィナに向かう必要がある。でなければ援軍のつもりで赴いておいて、彼女を背中から切る真似をさせられるかもしれん」
それは、あ、暗殺とかでしょうか?
なんて恐ろしい。
「アルフィナへの支援。普通ならば真っ先に頼るはマリウス侯なのだ。だがマリウス家こそクリスティナの敵ならば? そう考え、思い止まっている」
クリスティナ様の敵を……ベルグシュタット卿は見極めたいと。
「彼女の元に駆けつけたいのにですか」
「そうだ。これは俺にしか出来ない。やる気のある奴が他に居ないからな」
なんて事でしょう。
それはまさにクリスティナ様を愛しているということでは?
私は頬を染めました。
こ、これが愛しているという事なんですね。
「何だ?」
「い、いえ。それで、私に何か、何を?」
「ああ。ラトビア嬢がクリスティナに対して負の感情を抱いていない事は察している」
「それは、はい」
私には彼女を憎む理由がありませんから。
「クリスティナが浄化を出来ると周知されれば、貴方の負担も減るだろう」
そうですね。私だけでリュミエールの全土を渡るのは、かなり厳しいです。
「貴方の立場からでいい。クリスティナを可能な限り支援してやってくれ。その立ち位置に彼女の味方が居る事は大きいだろうから」
「……分かりました。それは私も望んでいた事です」
幼い頃、クリスティナ様も私の傍から邪な方を追い払ってくれましたから。
「ベルグシュタット卿はどうされるおつもりですか?」
「……俺に出来る事は政治ではない。騎士の運用だけだ。だから」
「はい」
「ヘルゼン子爵が雇った侍女達に声を掛け、共にアルフィナに向かう覚悟を持った者達を集めようと思っている。クリスティナの味方となる者達を集めるつもりだ。その過程で裏に何かが潜んでいないかを探る」
マリウス家の実情や思惑ですね。
クリスティナ様の、そしてミリシャ様の生家。
……ミリシャ様の様子についても教えておいた方が良いのでしょうか?
ですが、彼女がレヴァン殿下をお慕いしているのは本当のようですし……。
「あの。ベルグシュタット卿。ミリシャ様と、それからアマネ様の予言の齟齬についてなんですが……」
私は浄化の国巡りと共に、彼やクリスティナ様の為に動く事を決意しました。
あれがクリスティナ様との最後では……私は、きっと嫌だったからです。
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