39 『開幕』
「まだまだお掃除が大変だけど。そろそろ領地の見回りに行っておくわ」
食用薔薇の品種改良と、領主の屋敷の掃除も上手く行ってきたところ。
でも流石にこれは確認しておかないといけないわ。
「わかりました。お嬢様」
領地の地図を参考に見回りルートを決めておくわ。
「他領から続く街道や村々に人の気配がなかった事から領民は既に避難を終えた後だと思う」
「うん。……ホントに全員居ないのかしら?」
「……かなり大規模な避難計画だったみたいだし。素直に出て行ったワケでもないと思うが」
嵐が来て村が壊滅する、と言われて。
国から大量の馬車が送られてくる。
それでも故郷に残ると言う人は居そうだけれど?
「……前領主が国外逃亡しているからね。ある意味、それが功を奏したのかも」
「うん?」
「戦火が迫っているワケでもないのに領主が逃亡したので、少なからずそれだけの危機が領地に迫ってると思われたんでしょう」
ある意味、リーダーが率先して領地を捨てる決断を見せたって事ね!
「もしかして、前領主はそれを狙って逃げてたり?」
「もしそうなら災害が落ち着いた後に顔を出すと思う。普通に逃げただけだろうね」
「そう」
やっぱりダメ領主なのね!
「とはいえ人が居る可能性はあるから……この屋敷は、避難所としても使うつもりで」
「わかったわ!」
まだ残っている領民が居たら連れて来るのね!
「村々を回るついでですが……各地の集落を薔薇で囲っておき、もしもの時に逃げ込めるようにしておきたいですね」
「クリスティナの力なら壁を作れるけど。それが魔物に効くかは分からない。それだけは忘れないように」
「わかってるわ!」
繋がりを手放さないなら……ううん。その場で新しく咲かせれば魔物を貫く槍のようにも出来るのよね、私の薔薇。
「リン。そう言えばカイル達にまだ見せてないわよ」
「何をですか?」
「私の薔薇が魔物を貫けるぐらいに鋭く出来たり、浄化の力を宿せば溶かしたりも出来るって」
「……たしかにそうですね」
戦いになるのなら私の【天与】がどんな風になるのか知っておいて貰うべきよね。
私はリンに説明して貰いながら実演もして見せたわ。
「これは……何でもありだね、クリスティナは」
「そうでもないわ!」
私達は一応、戦いの準備をしてから領地の見回りに出掛ける事にしたの。
「……私は残って、この屋敷の掃除を続けた方が良いかと」
「ダメよ。まだ『どこに』魔物が出て来る予言なのか分かってないわ。それまで出来る限り、5人で一緒に行動するの」
最悪でもこの5人共が無事なら、どこでもやって行ける筈よ。
「セシリア。今は立派な建物は大事な時期じゃないの。お風呂もよ。あると嬉しいけど、それまでだわ」
まずは皆が生き残れるようにしないとね。
「……生き残るには水場が必要です。お嬢様のお力で食事は賄えても、綺麗な水を汲める井戸は貴重かと」
「ん。……それもそうね!」
なら、この屋敷もちゃんと守った方が良いのかしら?
「あとお嬢様」
「なぁに、セシリア」
「……お忘れなきよう。私は、これでも暗殺を生業とした一族の出。自身の身を守る程度の腕はあります」
そういえばそうだったわ!
「でも今回は別ね! 今、私が警戒しているのは人じゃなくて魔物よ! 魔物は暗殺出来ないわ! 水が大事なのは分かるけど、それでもやっぱり貴方の命が優先ね!」
まずは聖女の予言を確かめなきゃね!
「……承知しました、お嬢様」
分かってくれたのね!
「では、屋敷を出る為の準備をさせて頂きます。お嬢様にもご協力を」
「ええ!」
そう言ってセシリアに用意させられたのは、食料や武器じゃなかったわ。
「……薔薇の香水」
「ひとまず試作品です。いずれは化粧水なども開発したく思います」
「セシリア、あなた凄いわね!」
買うんじゃなくて作ってるのよ?
それって凄くないかしら!
「薬学にも通じますので」
「凄いわ!」
それはそうとセシリアもなんだかリンディスとカイルみたいな事するわね。
自分達の生活より私の身なりを気にしてちゃダメだと思うわ?
「……お人形さんみたいで綺麗にするのが楽しいです」
「んん?」
やっぱりセシリアだけ何か違う気がするわ?
「セシリア、あなた私のこと玩具にしてない?」
「……お嬢様には感謝していますので」
答えになってないわね!
「では、出発の準備が出来ました」
「そう! セシリアの準備をしてないわよ?」
「私の準備は元より整っていますので」
「ん!」
やっぱり何かおかしいと思うわ!
とにかく私達は屋敷を出て領地の奥側の調査を進める事にしたの。
手が足りないとは思うけど、仕方ないわね!
「流石に領主の屋敷があの有様なら、近隣の村も同様だろう。クリスティナ、まずは寄り道せずに領地の端を目指さないか?」
「……分かったわ! でも村は通るわよ!」
何処かに隠れて住んでいたりしないかしら?
私とカイルが馬に乗って、リンディスには馬車を運転させているわ。
幌の上には浄化薔薇を咲かせているの。
「この薔薇に魔除けの効果もあれば良いですが」
どうかしらね。浄化と魔除けは違う気がするわよ。
「お姉ちゃんの役に立つよ!」
「ヨナは無理しないでね!」
魔物退治にやる気になってくれてるわ。
ヨナも思うところがあるのね、きっと。
それから、私達は話もそこそこに領地の奥へ奥へと駆けていった。
「──っ!」
「クリスティナ?」
私は走る馬を止めたわ。
「今、何か見えたわ! 『予言』の【天与】よ!」
それは木々を前にして立つ『私』の姿。
今回の予言はルーナ様じゃなくて私?
この地にルーナ様は訪れないという事かしら。
「黒い瘴気を纏った、角付きの狼! それが何匹も現れて私が襲われてる映像よ!」
予言の映像は、そこで途切れたわ。
まるでこれから何かが始まる『物語の開幕』のような光景……。
「……嫌な予感がするわね!」
まさか、本当に。
私がこの場所に来たせいで魔物が大量発生するとでも言うの?
とっても失礼ね! 私のことを何だと思ってるのかしら、魔物達って!
「お嬢。警戒してください」
「ええ!」
私達の動きは慎重になったわ。
それでも奥へと進んでいく。
だんだんと集落の跡も獣道もなくなって。
「……空気が変わった。クリスティナ!」
「来るのね!」
私は、ひとまず馬車の両サイドを守るように薔薇の壁を咲かせたわ!
網の目に編んで、弾力と視認性も重視よ!
「ゥォオオッ!」
「グルゥゥ!」
予言で見たように角付き狼の群れが現れて、私達に狙いを定める!
「狼って焼いたら食べられるかしら!」
「倒してから考えよう。クリスティナ。あと出来れば草食の獣の方が美味しいよ」
カイルとそんな会話をしながら私達は角付き狼の群れを迎撃する。
「薔薇よ!」
群れが相手だと薔薇の方が楽ね!
「ハッ!」
カイルは、いつの間にか用意していた槍を振るうわ。
「槍なんてよく残ってたわね!」
「錆びて捨てられていた農具を再利用しているんだ。ヨナくんに表面を溶かして貰って、こうして形を整えたんだよ」
じゃあ、あれは手作りの槍なのね!
カイルは剣も持っているみたいだけれど、馬の上から背の低い狼を狙うのは難しいものね!
「グルゥア!」
両端からの襲撃は、棘薔薇の壁に阻まれてどうにかなるみたい。
正面から来た狼達も私とカイルが全部退けられてるわ。
「後ろからも来ますよ!」
「僕に任せて!」
ヨナの声が聞こえたと同時に後ろから火の手が上がる。
「もしかして火の魔術!?」
「お嬢、余所見しないでください!」
だって見たいわ!
「はぁ、もう。お嬢は棘薔薇の壁を用意してくれるだけでも良いんですよ。……あとは私が薔薇に誘導して見せます」
リンディスは幻術ね!
薔薇の壁が無いように襲撃者に見せて、自分達から突進させているみたいよ。
「……クリスティナ。上手く迎撃できているが、キリもない。引くかい?」
「調査しないとダメじゃないかしら?」
「まず、皆の安全を、だろう? それに多少は生かしておくのもいい。彼らがただの獣に過ぎないのか、それとも特定の行動を取るのか」
研究が必要なのね!
「じゃあ……倒した狼を何匹か持って帰る?」
「ああ。出来るならそうしよう。……食べられるかもしれないし」
お肉ね! 皆にお肉を食べさせてあげられるわよ!
薔薇の鞭の先に魔法銀の剣を巻き付けて振るう。
少し離れた距離の狼を切り払うわ!
「──薔薇よ!」
絶命させながらも傷の少ない個体を見繕い、薔薇の蔓で巻き取って回収する。
「馬車に乗せておいて!」
そして5匹程度を積み込んだ。
「迎撃しながら引くわよ!」
私達は馬車が反転する時間と距離を稼ぐ。
「ああ、忘れていたわ!」
いざ、その場から逃げようとする段階で私は後方に意識を向けた。
「──浄化の薔薇よ! 大地の傷を癒やしなさい!」
その場に咲き乱れる光の薔薇。
優しく甘い香りと空気。
「……溶けないわね!」
前の触手のオバケとは違うみたい。
「でも足止めにはなっているようだ。……魔物の生態研究も今後の課題かな?」
「そうね!」
とにかく今日は……お肉を手に入れたわよ!
「……聖女の予言は確かだったみたいね!」
「まだ分かりませんよ、お嬢。大量発生の場には遭遇していませんからね」
それもそうね!
今後も調査を続けていかなくちゃだわ!
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