37 幕間② 〜ヨナを訪ねてヘルゼン領
私とアマネ様、そしてレヴァン殿下に『姫騎士』ラーライラ様を乗せた馬車が騎士団に護衛されながら王都を出発しました。
「……時に。聖女よ」
「え?」
馬車の外からベルグシュタット卿が声を掛けて来ました。
先程から小窓を開け、ラーライラ様が馬車の外とやり取りをしていたのです。
外のベルグシュタット卿は立派な黒馬に乗っていらっしゃいました。
「我が妹ライリーをどう思う?」
「え、えと、妹さん?」
嫌っている筈のアマネ様に向けて、突如としてラーライラ様の話を振り始めるベルグシュタット卿に皆、困惑していました。
「か、可愛らしいと思います」
「そうだな。見た目も重要だろうさ」
でも相変わらずツンとした態度です。
「女騎士を馬鹿にする者も多く居るが、その需要は大きい。貴族の妻や娘には、あまり男の騎士など護衛に付けたがらないからな」
「は、はぁ……」
たしかに。外部からの雇用となれば特にそうです。
「その点、ライリーは伯爵の娘であり、実力もそこらの男には負けん。加えて礼節も弁えている故、これ以上の女騎士など、この国では望めまい。国1番の女騎士ということだ」
「お、お兄様。突然どうなさったんです? そんな風に褒められると困ってしまいます」
慕っている兄上に褒められ、頬を染めるラーライラ様。
とてもお可愛らしいと思います。
「ふむ。国1番の女騎士とあらば、当然その雇い先は……次代の王妃か、それに準ずる価値を持つ女性となろう。つまりは、ここに居るルーナ嬢か、或いは」
ああ、それで聖女様にお声掛けを?
「え、わ、私ですか?」
「そうだ。なにせお前は『予言の聖女』として民を多く救って見せた者だ。国賓に対して当然の話だと思うが」
「い、いやぁ。ライリーの護衛とか、恐れ多いと言いますか」
「ライリー?」
……ラーライラ様が眉間に皺を寄せました。
「あ、アマネ様。ラーライラ様です。その、愛称で呼ぶには早いかと」
「え、あ、ご、ごめんなさい」
「……構いませんよ、聖女様」
アマネ様は王子殿下を始めとして、身分ある特定の人達に対して、馴れ馴れし過ぎる事があると思います。
今だって平然と愛称を呼んだり……。
貴族の家に生まれながらも1番下な身分、という微妙な立場で育った私では、彼女の奔放な振る舞いに驚いてしまいます。
「ふむ。そうだな。もちろん聖女もライリーの護衛を望めるだけの価値がある女だ。だがレヴァン」
「……何だい? エルト」
「ライリー程の女騎士ならば、やはりお前の妻となる女。ミリシャ様か、或いはそちらのルーナ嬢に付けるべきか?」
「……そうだね」
わ、私に付いて貰うのも恐れ多いのですが。
『姫騎士』と呼ばれるだけあり、ラーライラ様はそこらの令嬢より、よほど姫の器らしく見えます。
「ならば聖女よ。ライリーに勝るとも劣らない、とびきりの人材を俺は推薦したい」
「はぁ……。ライ……ラーライラ様に匹敵する? そのようなキャラ……人材が?」
「あ……お兄様。話の流れが分かりましたよ」
何でしょうか。
ラーライラ様が頬を膨らませています。
「そうだ。その者の名は……クリスティナだ」
「えっ」
「……エルト」
「お兄様、やはり。私をダシになさらないで下さい」
あ、ああ。そういう?
「彼女の護衛としての実力は申し分ない。なにせ、この俺に1対1の決闘で勝つ程の実力だ。それに身分も確かな上、貴族階級の礼節にも通じている。どうだ? ライリーが駄目ならば、これ程お前の『傍』に置くに相応しい人材はいまい」
「い、いや、その」
ベルグシュタット卿なりの……嫌がらせですね。
「エルト。君は何を言っているんだい?」
「真面目な話だぞ、レヴァンよ。ライリーの将来にも関係する事だしな。……当然、無実のクリスティナは王命を果たし、凱旋する事だろう。魔物蔓延る魔境と化したならば捨て置けまい。アルフィナに騎士団を派遣するのが、まともな国政というもの」
ベルグシュタット卿の声色はとても冷たいです。
「国の愚かな決断で民を危険に晒したところを、クリスティナがただ1人で解決して見せるのだ。英雄と呼べる武功を立てるかもしれぬ戦士に、相応の席を用意してやらねば、それこそ民の信頼が得られまい?」
「い、いや、あの」
「なに。今はまだ聖女の威光は翳ってはいまい。クリスティナをかの地に送った事も評価される事だろう。だが問題はその先だ」
この話は王子殿下にも耳が痛いのですよね。
私も、ですが。
「せっかくの武功。正しく讃えねばベルグシュタットの名が廃る。だが、それが『傾国』などという不名誉な名と結び付けられれば、如何なる武功とて影を落とされてしまう」
「…………何が言いたいんですか?」
「撤回するならば今だと言っているのだ。ベルグシュタットはクリスティナの武功を讃えるつもりだ。そして……聖女の護衛として推薦してやろう。王太子より婚約破棄された故、今後の婚姻に足枷を付けられたも同じ女だが……騎士に足る名誉まで汚されるのは捨て置けん」
クリスティナ様に対する予言を撤回しろと。
「心しろ、予言の聖女よ。お前が予言を外す事は赦されない。気軽な物言いで国母となる未来を奪われ、死地へと追いやられた貴族令嬢が既に居るのだ。……マリウス侯が口を閉ざそうともベルグシュタットは黙っていない」
最後に強く睨み付けながら締めくくりました。
「……だがクリスティナは死地に流されようとも気高く生き抜く女だ。或いは獣のようにか。それ故に忠言した。少なくとも災害に近しい獣の進軍、それを制した戦士の誉れは必ず認めさせる。武家の筆頭としてな」
「で、でも」
「クリスティナがお前の横に立つ日を想像しながら日々を送れ。彼女にお前が何をしたのかと己に問い続けろ。……お前からは、予言の重さを感じないのだ」
言うだけの言葉を言い切ってからベルグシュタット卿は一団の先頭へと馬を走らせるのでした。
◇◆◇
「えっ、と、あ。こ、この町では珍しい品々が手に入る筈ですよ! なんたって転生……じゃなくて天才少年ヨナが居る筈なんですから!」
道中、ずっと気まずい雰囲気だった馬車での空気を晴らすようにアマネ様は声を上げました。
そんなヘルゼン領に着いた私達なのですが。
馬車を降りて街を散策させて頂きました。
「珍しい品々……とは? ルーナ、何かあるかい?」
「ちょっとよく分かりませんね。そもそもアマネ様は異世界より参られた方。ここにあるもの全てが、アマネ様にとって珍しい品々なのでは……?」
「なるほど?」
私もレヴァン殿下も、ラーライラ様も首を傾げていました。
ベルグシュタット卿は街そのものの情報収集に当たっています。
「あ、あれぇ? 現代用品類は?」
げんだいようひんるい?
「何でしょうか?」
「無い。何も売られてない……裏通りとか?」
「はぁ……流石に裏通りを歩かせて良い身分の方達ではありませんよ、アマネ様」
「貴方もだけどね、ルーナ嬢」
ラーライラ様が傍に控えながらそう言ってくれます。
なんて恐れ多い事でしょうか。
やっぱり慣れません……。
「せ、せめてヨナを見つけたいんだけど」
「うん。そろそろヘルゼン子爵の屋敷を訪ねてみようか。商才に溢れた若者なら、領主に抱え込まれていても不思議じゃない」
「な、なるほど?」
そうして殿下と共にこの地の領主様たるヘルゼン子爵に挨拶をする事になりました。
恥ずかしながら私もです。
失礼の無いようにしないと。
「……時にヘルゼン子爵。予言の聖女が、この地に『ヨナ』なる才気溢れる少年が現れると伝えて来たのだが。何か知らないか? ぜひ、聖女に会わせてやりたいんだ」
王子殿下が一通りの話を終えた後、その話を切り出しました。
すると。
「ヨナ?」
傍に控えていた子爵側の侍女が、訝しそうな顔をして反応しました。
「君、知っているのかい?」
「え、あ、あの」
「いいよ。発言を許す」
「あ、ありがとうございます。レヴァン王子殿下。……子爵様」
「ああ、思い出した。あの子の名前か」
どうやらヘルゼン子爵の屋敷で関わりがあるみたいです。
「結論を言いますと、今そのヨナという少年は我が領地には居ません。その子が何なのでしょうか?」
と、子爵様は値踏みをしながら話を聞いてきます。
「いや、商才溢れ、魔術に長ける得難い人材としか。……他にあるかい、アマネ?」
「えっと。女好きで、調子が良くて、不真面目でオタク……というかなんていうか」
「人格に問題があるのかな?」
「まぁ、そこまで酷くはないです。あ、女関係は酷い、かも?」
アマネ様の言葉を聞くだけで、侍女は顔をしかめていました。
「まるで『連中』が呼ぼうとしていたバケモノみたいです」
「ば、バケモノ?」
「……私もヨナって子は知ってますけど。たぶん、そんな性格してませんよ? あの子。どっちかと言うと女性に怯えてましたから」
「え?」
「…………何かあったんだね、子爵。詳しく聞いてもいいかな?」
「ええ、もちろん。王都にも詳細は送ったのですが」
「すまない。行き違いになっているようだ」
それから私達は、この地で起きた出来事を知りました。
「……クリスティナが」
「ええ。気のいい御令嬢でした。救出された娘達も慕っています。子爵や男爵の娘も居たのですが……事件の内容が内容故に家に戻れず、修道院に入るか我が屋敷で侍女として働くかとなり、今は働いて貰っています」
「そうか。それには……感謝する。ヘルゼン子爵」
クリスティナ様がこの地で起きていた陰惨な事件を解決なさっていたようです。
……やはりあの方の風聞は、間違っているのでは……。
「な、なんで? なんでそのイベントがもう起きてるの? ルーナが行かなきゃ起きない筈だし、それに捕まっていた女の子達……?」
アマネ様の言葉を聞きつけて、居合わせた侍女の数人が目線を鋭くしました。
「イベント……? 口ぶりからして、あの時の私達の窮状を予言の聖女様は知っていたかのようなのですが」
「えっ」
部屋に居た数人の女性達。
事件の被害者で、今はヘルゼン子爵に雇われ、立ち直っているらしい。
「……ヨナって子も被害者ですよ? 少なくとも女に優柔不断なんて感じじゃなかったです、あの子は。私達と同じで見た目とか、そういうのだけで攫われたみたいな感じで。……何なんですか? それじゃ、まるで予言の聖女様は……『邪教徒の計画を推薦していた』みたいに……聞こえたんですが」
「えっ」
どういう事でしょう?
「何の話だ?」
「……邪教徒達は、ふざけた計画を練っていました。その資料も残されています。彼らは魔物を作り出していて……幸い、クリスティナ様が事件を解決して下さいましたが……。たしかに、その」
「何だい?」
「……失礼。私にも今の聖女様の言い分では、彼らが呼び出したかった邪神を望んでいたように……聞こえまして」
「えっ、じゃ、邪神って」
どうも何か重大なすれ違いが起きている気がしてなりません。
「少なくとも、ここで何かが起きる事は知ってたんですよね、聖女様は? 私達が捕まって、牢屋に入れられて、バケモノに犯されるのを待つ日々を送っていたことを。……私達、お姉様……クリスティナ様にあの日に助けられました。それもクリスティナ様はお一人でバケモノや男達に立ち向かったんですよ? 牢から助けてくれて、私達が無事で良かったと喜んでくれたんですよ?」
……場の空気が変わりました。
「クリスティナ様に掛けられた疑いは聞きました。でも、あの方はそんな方ではないと思います! あの……失礼ながら王子殿下。その予言の聖女様……本当にご信頼なさって良いのですか……?」
その侍女はきっと元は貴族令嬢だったんだと思います。
男達に捕まって数日、牢屋に閉じ込められていた……それだけで家に戻れなくなった方です。
彼女の嘆きや怒り、そしてクリスティナ様への恩は計り知れないものでした。
……たぶん、この日から皆のアマネ様に対する決定的な不信感は募っていったのだと思います。
私は……一度、クリスティナ様にお会いして、ちゃんとお話ししなければと……そう考え始めました。