36 幕間① ~ルーナから見て
「ふぅー……」
「お疲れ様です、アマネ様。今日も公務ですか?」
「公務って。そういうんじゃないけど」
今日は『予言の聖女』ことアマネ様の部屋へ訪ねて行きました。
「ルーナ。王城での暮らしはどう?」
「はい。皆さんに大変よくして頂いています、アマネ様」
私、ルーナ・ラトビア・リュミエットは今、王城で暮らしています。
『聖守護』の【天与】という私に授けられた力を今後この国に為に振るわなければいけないからです。
「もう私が出せる情報は……たぶん、無い、と思う」
「そうなんですか?」
聖女アマネ様の予言は異世界で書かれた予言書を読んだ記憶頼りだ。
予言書の名前は何て言っていたっけ?
たしかオトメゲ……?
レヴァン殿下が口にすると、アマネ様が恥ずかしそうに遮るものだから聞き取れなくて忘れてしまう。
アマネ様は王城で与えられた部屋で自身の知識をひたすらにメモし、王子と相談して、この国に起こる災害を知らせてくれた。
そのお陰で助かった民がどれだけ居たか分からない。
なにせ嵐が起きる前に人々の避難を始められたりするのだから。
普通なら取るものも取らずに家を出なければならないところを、必要な食料や衣服、農具に至るまでを家から持ち出して災害地から人々は逃れる事が出来た。
今、予言の聖女様は私なんかより、ずっと人々に認められている事だろう。
「男爵の娘に過ぎない私が王城での暮らしなんて夢のようです」
「そっかぁ。良かった。ごめんね。本当ならルーナだって、もっと長く学園に通えてたのに」
「いいえ。たしかに憧れの学園でしたが……私には恐れ多くて通えなかった場所です。それをアマネ様に取り立てて貰えて在籍を許されたんですから」
私が【天与】を授かると予言したアマネ様。
幼い頃から苦手だった男性との政略結婚が決められそうだった矢先の出来事でした。
この恩は感謝してもし切れないと思います。
声を掛けられなかったら今頃、私はどうなっていたか。
「改めて、あの時のお礼を申し上げたいのです、アマネ様」
「あの時?」
「私を望まぬ政略結婚から救ってくれた事をです」
「あ、ああ。あれは何ていうか感謝される程のことじゃないって言うか。私が何もしなくてもレヴァンやエルトがどうにかしてくれたと思うし……」
「え?」
私は首を傾げました。
「【天与】を授かったのですからレヴァン王子が出てくるかもしれないのは分かるのですが。ベルグシュタット卿もですか?」
私とベルグシュタット卿とは接点が無さすぎると思う。
「そうだよぉ。あんな雑魚なんて、その内にエルトが成敗してくれるんじゃない?」
「えっ。ベルグシュタット卿を怒らせるような事をなさるんですか、あの人は。何か事件でも?」
「事件って言うか」
アマネ様は頬をかきながら困ったような顔をする。
「エルトって猪突猛進っていうか。好きになった相手には一途過ぎて、どんな敵にも容赦なくなるっていうか。それがルーナにまた執着して言い寄ろうものなら、まぁ……切って捨てられるよね」
「え、ええ?」
聞き逃せない言葉が多過ぎます!
「あの、あの人、まだ私のこと諦めてないんですか……?」
「うん? ああ、その。まぁ……なんていうか。序盤の固定雑魚キャラで、かませ犬っていうか……。どのヒーローを選んでも撃退されるキャラっていうか」
ちょっと言っている意味が分からない。
アマネ様は平民の出だとも言うけれど、それにしては教養もあるし、不思議な人だ。
「とはいえ問題なのはアレよね」
「アレ?」
「最高のハッピーエンドをって思っていたけど。これ、全キャラルート同時進行っていう、超絶ヘビー攻略になってる気がするのよね……」
「はぁ……?」
ぜん、きゃら?
「エルトとレヴァンは親友よ。その2人の同時攻略って、ただでさえ、若干の修羅場が待ち受けているっていうのに……ああ、それだけは予言の聖女と呼ばれていても予測できない!」
「あの! アマネ様、楽しんでいらっしゃいませんか!?」
私にとっては身に降りかかる災いにしか聞こえない。
とりわけ男性関係は特に。
……正直、政略結婚を迫られた上に、いやらしい目で見続けられた不快な想いが残っていて、私はまだ男性に対して恐怖心が……あると思う。
「いいんだよ、ルーナ。貴方はイケメンよりどりみどりな未来なんだから。バッドエンドさえ回避すれば」
「はぁ……。あまり嬉しくないんですが。それに」
今、上げられた内の1人はレヴァン王子殿下。
「王子殿下の婚約者は改めてミリシャ様に決まったのではありませんか?」
「それは……まぁ、そうだけどさ」
ミリシャ様のご実家のマリウス侯爵家はとても裕福な家だ。
鉱山を多く保有する土地で『宝石の貴族』とも呼ばれる家門。
そして肥沃な農地もあるから民は豊かで生活にも余裕があり……詰まるところ、お金が沢山ある。
爵位としては公爵家が上にいるものの、公爵家は王家の血筋を有している事が大きくてその地位にある。
マリウス侯爵家に足りないのは王家の血筋だけ。
レヴァン殿下とご息女の縁談が決まり、子を2人以上もうけたならば……どちらか1人はマリウス領へと戻って領地を継ぎ、やがては公爵へと爵位を上げる事だろう。
「……ルーナがさ」
「はい」
「レヴァンルートに進むなら問題ない筈なんだよ?」
ルートという言い方がよく分かりませんけど。
「ミリシャだってルーナに嫉妬したりしないだろうし」
「…………」
またです。
時折、アマネ様に感じる違和感。
アマネ様が語る人々と、実際の人々の振る舞いが一致していないように思うんです。
「ミリシャ様はレヴァン王子殿下の事をとてもお慕いしています。そこに割って入るなどと、いくらミリシャ様でもお許しにならないでしょう」
「ええ? じゃあレヴァンは諦めるの?」
「諦めるというか、そもそも……」
レヴァン王子に惹かれた事も無い……。
それこそアマネ様のように助けてくれたならともかく。
「じゃあエルトは? 騎士の中の騎士、『金獅子』のベルグシュタットよ?」
「金獅子ですか?」
えっと。二つ名か何かでしょうか。
「うん。将来ね。国に蔓延る魔物達を華麗に退治し、付いた呼び名が金獅子。彼は将来有望よ。今は伯爵だけど、いずれは侯爵にだって位を上げるわ。……正直、その辺りの爵位の違いがピンと来てないけど」
「そ、そうなのですね」
ですが、それを聞いてしまったら。
「アマネ様。武家の武功を先に教えるのは控えた方が良いです」
「え? なんで?」
「……考えてもみてください」
私は胸に手を当てて、目を細めて忠言する。
「『貴方は学業で1番になれますよ』と予言された後。その後で、きちんと努力ができるでしょうか? 『どうせ1番になるのだから』と勉学を疎かにしてしまうのでは?」
「…………それは」
「武功も同じです。もし、今の話がベルグシュタット卿の耳に入ったところで『どうせ認められるなら』と日々の鍛錬を怠った場合。……最悪の場合、その時に彼は命を落としかねません。騎士としての実力が足りなくて」
同じような事は沢山当て嵌まる。
災害の予言ならばいい。
嵐の予言なんて避難や対策以外にしようがなく、その事を聞いて努力を怠るというのもズレた話だから。
「あと、ベルグシュタット卿なのですが。彼はおそらく私のことは好いていませんよ」
「ええ? そんな筈ないでしょ。だって第2ヒーローよ?」
「だい……?」
その理屈はよく分かりませんけど。
「とにかく『現実』のベルグシュタット卿が好きなのは少なくとも私ではありません」
「ええ……。じゃあ、ルーナ以外に誰と……ハッ!」
ようやく認めたのでしょうか。
エルト・ベルグシュタット卿は……あの方を。
「ま、まさか禁断の兄妹愛!? 姫騎士ルートに突入か、あのシスコン騎士!?」
「……はぁ……」
アマネ様って時々、話が通じないんですよね。
◇◆◇
「これから聖女より予言を賜った地へとルーナを連れていく。その為の護衛として存分に力を発揮してくれ、エルト」
「…………」
レヴァン殿下が、第三騎士団のベルグシュタット卿・直属部隊を前にして私の護衛を命じられました。
「エルト?」
「お兄様? 王子殿下の命令ですよ。いつまで不満気なのですか」
「……このような重要な任。父上が相応しかろう。俺のような若輩者では務まるか否か」
「まさか。君の言葉とは思えないな、エルト」
ベルグシュタット卿は目を伏せて、そう口にした。
「お兄様。お父様に仕事を押し付けて、騎士団を私物化して動かそうとするのはおやめください」
「ライリーよ。何を言っているのだ。俺は殿下に、至って真面目な忠言を申し上げている」
「どこがですか? レヴァン殿下にお兄様が敬語を使う時、だいたい本心じゃないです」
「それはそれでどうかと思うんだけど……。あとエルトが相応しくない任務なんて、そうそう無いだろう」
ご友人とはいえ、ベルグシュタット卿は伯爵家の長男ですからね……。
王子に普段から敬語を使わないというのも。
男爵令嬢の私からすると恐れ多いです。
「ふっ……。そうでもないぞ、レヴァン。なにせ俺は騎士達の間では、もはや誉れ高き金の獅子ではなく『女に負けたダメ騎士』と呼ばれているのだ」
「なんで負けた事と侮辱されている事を誇らしげに語って、しかも笑ってるんですか、お兄様は!」
うーん……。やっぱりベルグシュタット卿はアマネ様の言うような印象とは違います。
「はぁ……本当に俺と、俺の騎士団が行かねばいけないか?」
「うん。まぁ。ほら。ルーナは年頃だし、ご年配の相手をするよりは君や君の部下のような若い騎士達の方がね?」
「別の騎士団ではダメか?」
「我儘を言わないで欲しいな、エルト……」
殿下と卿は本当に親しげで。仲の良いご友人なのですね。
この事はたしかにアマネ様の見解と一致していました。
「レヴァン、それで次に向かう地はどこなのだ? 出来るだけ西の辺境に近い地にしろ。それならば俺もやる気を出そう」
「そんな無茶な事を言わないでくれよ」
「あの!」
と、そこで。アマネ様が声を上げました。
「そういうことなら出来れば……西に向かった途中のヘルゼン領へ寄ってくれないでしょうか」
「……なんだ。その女も連れて行くのか?」
「うっ……?」
途端に酷薄な視線を向けるベルグシュタット卿。
……彼からアマネ様への心象は良くないみたいです。
理由は私には分かります。だって彼は間違いなく……。
「アマネ。ヘルゼン領へかい? そこにも何か起きるのかな」
「い、いえ。災害とかそういうことは。ただ」
「ただ?」
アマネ様は気持ちを持ち直して進言されました。
「そこには多分、この世界……国では珍しい商品を売る青年……少年? が居る筈なんです」
「少年?」
「はい。ヨナという利発な少年で、魔族と人族のハーフ。天才的な魔術の腕を持ち合わせていて、ヘルゼン領で商才も発揮し、頭角を表していると思われます。私、彼に会って話がしたいんです」
そうして……私達はヘルゼン領へと赴く事になったのでした。
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