35 領地の地図
崩れていた2箇所の外壁を薔薇で補強。
外側に丈夫な蔓と鋭い棘を持つ薔薇を編み込んで壁にして、壁そのものにも穴を埋めるように咲かせたわ。
崩れ落ちていた外壁の残骸は使うかもしれないと、壁の内側にまとめておくわね。
それから外門の補修。
鉄で出来た格子状のそれだったんだけど……。
「んー」
「どうなの? リン」
「……外側から強引に破られているといった感じですね。金属の蝶番が砕けています」
門自体も曲がってたりするわね!
「ただ、こちらですね」
「うん」
「ヨナの火の魔術で、溶かして歪めながら調整すれば……元の門として再利用できるかも」
「まぁ!」
それは凄いわね!
「ヨナって鉄を溶かせる程の火を熾せるの!」
「訓練次第ですし、時間を掛けて良いなら可能かと。まぁ戦闘に向いた技術ではありませんが」
なら、おいおい出来るかもなのね!
「じゃあ、そうしましょうか!」
「はい。とりあえず今すぐここを出る予定はありませんし。お嬢。薔薇で門を閉ざして下さい」
「分かったわ! でも、その前によ」
私とリンディスは2人で馬に乗って外壁の外側から見回りをしに行くわ。
見た目こそ荒れてるけど、土地自体はそこまで悪くなさそうよね。
「じゃあ、外壁の更に外側に薔薇の壁を築く? それとも外壁自体に薔薇を咲かせる?」
「……穴のカモフラージュになるよう、満遍なく壁を作っておきましょうか。薔薇の生垣です」
「ふふふ。手入れが大変そうね」
「たしかに。……虫とか沢山湧くと嫌ですね」
そうね。
「虫が嫌がる匂いとかさせておく?」
「それはそれで……植物なワケですから受精の問題が困りますね」
「壁にする部分は特に増えなくて良い気がするわ?」
「まぁ」
あとは内側に作る畑だけど。
「食用薔薇は自生できるようにするか微妙よね」
「というと?」
「毎日食べるんだもの。私が毎日咲かせないと、追いつかないんじゃない?」
「うーん……。地に植えた苗が管理外で急成長してても怖いですしね」
そうよね。
「そっちはカイルと相談しようかしら?」
「そうですね」
私達は薔薇の生垣を作りながら外壁の外側を見ていく。
「あら、裏口もあるわ」
「はい。馬車も通せる程の大扉と通用口ですね」
表門と違って鉄格子じゃなくて木製の扉ね。こっちは壊されてないのかしら?
普通に開けっ放しではあるわ。
「こっちは閉めるだけで十分なのかしら? 門が開いてるのにわざわざ外壁を壊されたの?」
「当時の状況がどういうものか分かりかねますね」
もしかしたら嵐の影響で元から崩れ掛けだったのかもしれないわね。
「とりあえず門を避けて薔薇の生垣を作るわよ。それでいい?」
「はい」
それから表門までぐるりと一周ね。
他は目立った問題はなさそうだわ!
「あとは……薔薇の生垣を外側の両サイドに作っておいて……後の補修も考えて、と」
「薔薇の生垣に、絡みつく形で更に薔薇の門を作ってみる?」
「薔薇の門ですか」
「普通に外側から突っ込んじゃったら棘で怪我するけど、内側には棘なし薔薇と花でふんわりさせるの。内側から押せば怪我なく開ける薔薇の門よ!」
中に開けてくれる人がいれば良いし、或いは外側から引っ張れば開けられる門ね!
「仮設置ですからね。それで良いでしょう」
「フフン!」
ひとまず外周部はこれで良さそうね。
私達は屋敷の庭に戻る。
今はまだ庭に野営用の準備を広げていて、そこで寝泊まりする形よ。
「クリスティナ。井戸水に毒は混じっていなそうだよ」
「そう! じゃあ使えるのね!」
「うん。表面は少し汚れていそうだから、何度か汲めば綺麗な水を引けると思う」
うんうん! 水が汲めるのは助かるわね!
「……畑に変える場所の目星は付けました。元より家庭菜園があったようで」
「何か実っていた?」
「……いいえ。そこも踏み荒らされています」
「そう。そこに食用薔薇を咲かせるのね」
「ああ。それとまぁ……畑を整える事自体もクリスティナの薔薇でして貰えれば楽かな」
「任せて!」
フフン! 畑弄りもこなせるなんて有能な薔薇だわ!
「……お嬢が倒れてしまうと回らない領地経営ですね。皆さん、思うところはあるかもしれませんが、何よりお嬢の健康を優先しましょう。そうしないと私達全員が倒れてしまいます」
リンディスがカイル達にそう提案するわ。
「勿論。最初からそのつもりだ。僕は彼女の主治医だからね」
「……私はお嬢様の侍女ですから」
ふふふ。似たもの兄妹ね!
「僕もお姉ちゃんを助けるよ」
「ヨナには早速仕事があるわよ! リン!」
「はい。ヨナ。火の魔術で試して欲しいのです。時間は掛かって良いですが……ついでに訓練にもなります」
「うん? 分かったよ」
じゃあリンディスとヨナは表門の補修作業ね。
「……私は井戸水の上辺の汚れがなくなるまで、井戸を汲み上げておきます。幸いにして桶までは持ち去られたりしていないようですから」
「頼むわね!」
「かしこまりました、お嬢様」
じゃあ私とカイルは。
「一緒に畑を耕しに行くわよ、カイル!」
「うん。行こうか、クリスティナ」
幼馴染と一緒に畑作りよ!
なんだかとっても楽しいわ!
「ふふふ。カイル、あの時は部屋でしか遊べなかったけど。土弄りなんて一緒に楽しめるの、なんだか素敵ね!」
「……そうだね。こんな日が来るとは思っていなかった」
ふふふ。まぁ、土弄りと言っても私はカイルの指示に従って薔薇を操作するだけなんだけどね!
「君には酷な出来事だったことを承知なのだけど」
「うん?」
「……僕はクリスティナとこんな時間が過ごせて、とても幸せだ」
「私もよ!」
あのまま王妃になってたら絶対に味わえなかった経験よね!
「ある意味、聖女に感謝しなくてはいけないな」
「そうかもね! 私もそれは時々思ってるわ!」
「……うん。これで魔物が実は発生しなかったのなら。まるで僕とクリスティナを引き合わせてくれたようだ」
私はレヴァン殿下との婚約関係の解消。
マリウス家の思惑からは強制的に外れたわ。
加えて言えば修道院行きも却下されてるわね。
そしてカイルは実家の暗殺家業から足を洗って医者になる道を選ぶキッカケになったわ。
「……確かにそうね! あの聖女が、もしそういうつもりだったなら……今度会った時は殴るのを止めてあげてもいいわ!」
「会ったら殴るつもりだったんだね」
「それはそうね!」
色々考えていくと1発じゃ気が済まない気もするもの!
「ふふ。魔物が現れず、このまま屋敷を切り盛りし、畑を耕す。……そうなったら、とても、とても楽しくて、僕は幸せだ」
「私もそうよ! ふふ!」
「ははは」
私とカイルは幼馴染らしく2人きりで笑い合ったわ。
それで井戸を綺麗にして、畑を整え、外壁や門を補修して。
……次は屋敷のお掃除ね!
「……ベッドのシーツが残っていませんね。持ち去ったとして売れるのでしょうか?」
「布としては貴重品かもしれないね」
屋敷の中は荒れ放題だったわ。
荒らされ放題と言うべきかしら?
「本なども残ってたりするのですが……あまり価値を見出せなかったのでしょうか?」
「……ここまでするほど荒れた人心だ。本など焚き火に焚べられそうだが、それはそれで手間だろう」
私だったら屋敷ごと燃やすかもしれないわね!
本を一冊ずつ処分するよりは手早く済むわ!
……ちょっとマリウス家でそうしたい気持ちになった事があるのは内緒よ!
流石の私も家族を根絶やしになんかしない筈なんだからね!
「お嬢様、こちらをご覧ください」
「なぁに、セシリア」
片付けと掃除をしながら各部屋を確認して行く途中、セシリアが気になるモノを見つけたみたい。
「こちら、このアルフィナ領の地図と思われます」
「あら! それは助かるわね!」
地図なんて売れそうに思えるのだけど、難を免れたのね!
さっそく地図を広げてカイルとセシリアと一緒に見るわ。
「一方を山に囲まれ、一方を森に囲まれた内地。川は中央に流れているから、水場は何とかなるね」
「……今は使われていませんが街道は大きく2つが森を突き抜けて存在。私達が通ってきたものは北東にある道みたいですね」
うんうん。
「……道中には人のいなくなった集落がいくつか。畑もあったが打ち捨てられている」
「この領主の屋敷は山側に近いようですね」
「魔物が湧き出すとして、どこから来るのかしら?」
防衛をかんがえると、ここは良い場所? 悪い場所?
「……山間にある森林。この辺りが怪しい気はするな」
「そうなの?」
何か知ってるのかしら、カイルは。
「瘴気を取り込んでしまって野性の獣が魔物になる事がある。そして、自然発生するタイプの魔物も居る。そのどちらも多くは人里から離れた場所に発生するのが常だよ」
そうなんだ。
「元々は野生動物のパターンがほとんどだからね。それらの脅威が生まれ、更に人々を襲う想定で、わざわざアルフィナ領への派遣を必要としたなら」
「なら?」
「……山側からの発生だと思うんだ」
そうなるのかしら?
「だってそうだろう? 僕らが通った街道を含む他領との境の森に魔物が発生するなら。予言の聖女は、そこを予言して貰わなくては被害を抑えられない。明らかに問題はアルフィナだけで済まない事だからだ」
「ん!」
たしかにあっちの森でそんな事が起きるなら、ちゃんと言いなさいよね! って思うわ。
「その点、こちらの山側で魔物が発生した場合。わざわざ山を越えて他領を目指さないと思う。平地に降りて来て、この領地を荒らすんじゃないだろうか」
魔物がそこまで考えるかは微妙だけど。
「そっちの方が魔物も楽ってことよね!」
「ああ」
じゃあ、そういう方向で警戒しようかしら?
「屋敷の掃除と食用薔薇の栽培の目処が立ったら皆で領地の奥を見に行きましょう!」
カイルとセシリアは頷いてくれたわ!
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