32 アルフィナへの道
「に、兄さん」
「お嬢!?」
買い出しから戻って来たリンディスとセシリアがカイルの姿を見つけて驚いているわ。
「リン! 話し合いが済んだわよ!」
「えっ、ええ?」
「え、じゃあ」
「……ああ、セシリア。僕は彼女の味方になる事を決めたよ」
カイルが立ち上がってセシリアに歩み寄って行く。
反対にリンディスは私に駆け寄って来たわね。
「お嬢、平気なんですか!?」
「ええ! カイルもセシリアと一緒にアルフィナに付いてくるそうよ! 家は裏切るんですって!」
「そ……い、いや、殺すつもりなら、他に手はあるでしょうし。お嬢は隙だらけですし……まさか本気で?」
何か失礼な言葉を挟まれたわね!
「それよりもリン。私の暗殺を依頼したのって……聖女とミリシャらしいのよね。カイルの言葉を信じるなら、だけど」
「あの女とミリシャ様が、ですか」
本当、聖女ったら私に何の恨みがあるのかしらね!
「……ねぇ、リンディス」
「はい」
「私ってどうしてマリウス家の家族から嫌われちゃうのかしら」
「そ、それは」
リンディスは目を逸らしたわ。
こんな私に付いて来てくれたリンディスだけど。
マリウス家で私が暮らし続ける事は止めなかった。
連れ出してくれる事はなかったのよ。
……まぁ、私が望まなかったからでしょうけど!
「家族の誰かを嫌う家もある。貴族なら尚更そうだよ」
カイルが私達の元へ帰ってくるわ。
セシリアとは目だけで会話してたわね!
「マリウスの家の事はおいおい話し合い、煮詰めて行くといいだろう。わざわざ僕を指名してクリスティナを狙わせた聖女達の意図は不明だが……ひょっとしたら僕の気持ちを予言で知っていたのかもしれない」
ふぅん?
という事は聖女は私の暗殺を依頼したはいいけど、その成功は望んでいなかったって事かしら?
実は私に援軍を送る為にカイルを指名したとか?
「……単に腕の良い暗殺者とだけ知っていて頼んだところ、それが偶然にもお嬢の幼馴染だったとか、そういう線は?」
「出来過ぎてない?」
「……予言持ちですからねぇ。理屈が通らなかったりするんじゃないですか?」
そう言われると何とも言い難いわね!
私にも経験があるんだもの!
「改めて。クリスティナ・マリウス・リュミエット様。僕、カイル・バートンとその妹、セシリア・バートン。貴方の傘下に正式に加えて頂きたい」
カイルとセシリアが私の前に跪いたわ!
「勿論よ! 一緒にアルフィナに行くわよ!」
フフン! 人が増えて来たわね!
「傘下って言うんでしょうか、この場合は?」
「さぁ?」
「都合のいい言い方が無いからね。でも嬉しく思う。……僕の家は爵位持ちではないけれど。クリスティナ様と僕個人との良好な関係を思って提案した事があるんだ」
「提案?」
立ち上がったカイルがニコッとリンディスに微笑んだわ!
「うん。2人はお似合いだから。妹のセシリアとクリスティナの従者、リンディス殿の婚約をさせてはどうかと」
「えっ」
「はっ」
あら。反応がピッタリね。
やっぱりカイルが言うように2人は仲良しなのかしら?
「……何故そんな話になるんです?」
「お似合いだからみたいね!」
「どこが!?」
フフン! リンディスのお婿の貰い手が付くなら鼻が高いわよ!
「……兄さんとお嬢様が命じるのであれば、私に拒否権はありません」
「いやいや!? お嬢!?」
「仲良くなるキッカケになるなら賛成よ! ……ただし、絶対に強制はしないんだからね!」
政略結婚なんてしなくて良い身分ならしなくて良いのよ!
「ふふふ」
「フフン!」
私とカイルがニコッと微笑み合ったわ!
リンディスの悩みの種がこれで減ると良いわね!
「はぁ。なぜ次から次に厄介事が舞い込むんでしょうか」
……減ってないみたいね!
◇◆◇
「フンフーン!」
人が増えて来たわ!
従者のリンディス。
従者見習いのヨナ。
侍女のセシリア。
そして主治医にして共同開発研究者のカイルよ!
「主治医……僕がクリスティナの。ふふ。主治医か……」
カイルは任命した役職が嬉しそうね!
やっぱり暗殺者より医者の方が向いてるのよ、きっと。
「クリスティナ様は【天与】で咲かせる薔薇の、領地で栽培可能な薬草化を望んでおられます。……戦闘用であれば毒草化もですね」
「なるほど。それならば先に薬の開発をというのは理解出来るね」
「フフン!」
話が分かる人は嫌いじゃないわよ!
あとカイルは馬も持参してきたから、今私達の元には3頭の馬がいるわ!
私とカイルが馬に乗って、リンディスは馬車の御者。
馬車の中にヨナとセシリアが乗っているわね!
「……人員は増えてきましたね、お嬢」
「ええ!」
はじめは私1人だったのにね!
「まぁ、色々と思う所はあるのですが……女性の侍女と医者が付いて来てくれる、というのは、お嬢にとってはとても良い話です」
うんうん。私も満足だわ!
「バートン卿はある程度の荒事に対応できると考えて良いでしょうか?」
リンディスったらカイルの呼び方が硬いわね!
「本職の騎士程ではありませんが、多少は使いますよ」
「それは有難い。ですが本職が医療と研究という事であれば……正直な話、お嬢の片腕となる騎士が欲しい所ですね」
「大量発生するらしい魔物の討伐が目的だものね!」
薔薇の【天与】もあるんだから前よりは長く戦えると思うけれど。
エルトが忠告したように考えなしのままではいけないわね。
今の私には直接に守らないといけない人達が出来たんだから!
「……ギルドで得た情報では、この街道沿いに多く魔物が出ているとか。お陰でよりアルフィナとの行き来が困難になっているそうです」
「そう」
民が困っているでしょうね。
「後は、ですね」
「ええ」
「……野盗も多く出るとか。話ではアジトをこの辺りに作っていると」
「んん?」
魔物と盗賊が出て来るの?
「その盗賊達、危ないと思わないのかしら!」
「……危険を承知でそこで生活せねばならないか、ですね」
もう。今の私では魔物退治をしてあげるぐらいしか出来ないわよ!
「野盗を見つけたら捕まえてアルフィナに連れて行く?」
「現実的ではないかと……放逐するのも問題なのですが、さて」
まずは領地に入らないと話にならないわね!
「出て来た時は出て来た時ね!」
行き当たりばったりで、出たとこ勝負だわ!
「……はぁ。まぁ、そうですよね。散々話し合って来ましたし。それでもまずはお嬢の命を最優先させて頂きますからね。バートン卿もそれでよろしいですか?」
「勿論。クリスティナは僕の命に変えても」
「死んじゃダメに決まってるじゃないの! カイルはこれから沢山の人を救うんだからね!」
いつまでも暗殺者気分じゃ困るわね!
「……はい。クリスティナ様。感謝いたします」
様? まぁ、いいわ!
カイルは気分で呼び方を変えるみたいね!
それで街道を進んでいた時よ。
「また大木ね!」
「これは意図的に倒されたモノでしょうか?」
「切り口からして……そう見えるな。ただし、領地境の場所だ。どちらの領民がこれを倒し、道を塞いだのかはわからない。加えて」
カイルは辺りを見回して言うわね。
「……ここまでの道には野盗の活動を裏付ける痕跡が無いようだ。もしかしたら、こちらの領地の施策かもしれない」
「っていうと?」
「アルフィナに戻る人を減らす為です、クリスティナ様」
んん?
「避難民の受け入れ過多で困ってるんじゃないの?」
「それでも領民は領民です。生活基盤を支援・確保でき、こちらの領地に居着くなら……こちらの土地が豊かになると領主がお考えなのかも」
んー。
「まぁ、この領もあまり開拓出来てない土地ですからね。アルフィナもそうですが……。人手をこちらに集め、アルフィナを見捨てるというのは国として、なくはない選択なのかも」
中々に難しい問題ね。
開拓や農耕には人手があるに越した事はないでしょうし。
避難民は生活・労働の場と賃金が得られるならやるしかない。
「嵐の災害で荒れているとも聞きましたからね」
「そうね」
「……その上、アルフィナの領主は領地の公金を横領して国外逃亡。結局、捕まえられず仕舞いでお金は戻らず、領地には資金が無いそうです。お嬢様」
「……そうね」
なんだか暗い話ばかりだわ。
「田畑は荒れ、人心は荒み、住む場所は壊れ、食べるモノが尽き、復興の為に動かせる資金も無い。人は離れ、減って行く一方で」
「……さらに予言の聖女様が魔物の大量発生を予言した、んだよね?」
「……そうね」
それが私が陛下によって、聖女によって派遣された土地。アルフィナ領なのよね。
「代理の領主様は?」
「……誰かが向かったという話は聞きませんでしたね。嵐の災害前での周辺領への避難民受け入れの支援はされました。また」
また?
「クリスティナの王命に当たって、騎士団の派遣も周辺領に留まるとの通達です。つまり実質的に今のアルフィナは国に見捨てられた土地です」
……はぁ。おかしいわね?
私の大切な仲間達が、私の気持ちを落として来るわ?
「……しかも、そこに派遣されるのが、予言の聖女から『傾国の悪女』呼ばわりされた、わざわざ【貴族の証明】を持たされたお嬢なんですよねぇ」
リンディスまで遠い目をしているわね!
「……率直に言って、普通に向かった場合」
「うん」
「荒んだ民の手による迫害がクリスティナに待っている」
「……うん」
「……前の領主が民のお金を盗んで逃げたワケですからね。貴族に対する心象など最悪です」
「…………うん」
そうでしょうね。
「また人が全く居ない程に荒れていた場合」
「ええ」
「おそらく、そこかしこに魔物が蔓延っている魔境と化しているだろう」
「……ええ」
「お姉ちゃん」
「なぁに、ヨナ」
「……これって、このままお姉ちゃんが行かなくちゃダメなの?」
気が滅入る話ではあるけど。
「前の領主様が逃げたみたいに国外が近いんだよね?」
「まぁね」
山を2つ程か森を超えたら国境領……フィオナが居るエーヴェル領よ。
「でもね、ヨナ。私は国外へ逃げないわ」
「どうして?」
「だって予言の聖女が私を国外追放しようとしたから。……だから国外に逃げたら、聖女の思うままになっているみたいで……」
「みたいで?」
そうみたいで。
「──ムカつくわ」
だから。
「だから私は、ちゃんとアルフィナ領に向き合って。そして、この地を救って見せるわ」
これは決意表明よ。
「お嬢、付いて行きますよ。地の果てまでも」
「勿論、僕もだ。クリスティナ」
「……私もお嬢様と兄さんに付いて行きます」
「僕もお姉ちゃんに付いて行くよ!」
私の親愛な仲間達がようやく明るい話をしてくれたわ!
「フフン! じゃあ、付いて来なさい! ここから先が私の領地よ!」
まぁ、領主代理ですらないんだけどね!
区切りが良いので、ここで2章完結、ですね。
次章から領地に入っての話を書きたいと思います。
良ければ★★★★★評価して頂けると、とても有難いです。




