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31 幼馴染の暗殺者

「久しぶり、で良いんだね」

「ええ! 久しぶりね!」

「……お、お姉ちゃん」

「ん?」


 ヨナが怯えたように震えているわ?


「どうしたの、ヨナ」

「だ、だってその人……」

「セシリアのお兄さんでしょう?」

「いや、うん、そうなんだろうけど。だから、ね?」

「うん?」


 私は首を傾げたわ。


「ふっ……。クリスティナ。彼の反応の方が正しいんだよ。だって」


 だって?


「──僕は君を殺しに来たんだから」

「んっ」


 彼は私の首筋に指を這わせたわ。

 ……冷たい。

 金属か何かを首に押し当てられてるわね。


「このまま君の首を掻き切る事だって出来る」

「……そうね」

「お姉ちゃん!」

「動かないで!」

「っ!」


 私はヨナを制止するわ。


「……私を殺すの? ここで? それって暗殺じゃなくない? 何も隠れてないわよ!」

「そうだね。君に気付かれないまま殺す方法は沢山あった。……でも」

「でも?」

「……君と話をしないまま今生の別れになる事は、僕には耐えられそうにない」

「ん! じゃあ話をしに来たのは間違いないのね!」


 びっくりするじゃないの!


「そうだよ。そして殺しに来たのも事実だ」

「……なんで!」


 私は口を尖らせたわ。


「……君だって親に言われるままレヴァン王子との婚約を受け入れて、何年も王妃教育に励んで来たんだろう?」

「そうね」

「僕の場合はそれが血生臭い仕事だっただけさ」

「ん……」


 そう。そうなのね。

 だったらどうしようもないかしら。


「聖女は、君を家にすら帰したくなかったようだけど。もし聖女がそう求めていなければ君は家に帰っていただろう? ありもしない親の愛を求めて。婚約破棄された無実の娘を少しでも哀れんでくれると思って」

「……それは」


 多分そうだったと思うけど。


「君の家。マリウス侯爵家は領地に鉱山を多く保有する『宝石の貴族』だ。土地も肥沃で民の生活も豊か。その家門の者は宝石を身に付けるのがマナーとすら言われる程だね」

「聞いた事はあるわね!」


 家庭教師だけなら教えてくれない事も、私にはリンディスが居たからね!


「だけどあの両親はクリスティナには宝石の一つも与えなかった。長兄のリカルドや、次女のミリシャには惜しみなく与えるのに」

「……別に宝石なんて欲しくなかったもの!」


 これはホントよ!


「そうだね。君が欲しかったのはもっと別の何かだろう。愛とか、自由とか。そんなものだった」

「……私のことよく知ってるのね!」

「もちろん。だって僕は……幼かったあの日から君に恋していたんだから」

「こ、恋?」


 え、そうなの! それは初耳だわ!


「とはいえ、君は僕と出逢った時点で王子の婚約者。叶わない恋というのは十分に理解していたし、何より」

「何より?」

「……君を殺す事を考えながら一緒に過ごしていた僕に、君の愛を手に入れる資格は無い」


 ええ?


「それは親に言われてそうしなくちゃいけなかっただけでしょう?」

「うん。そうだ。でも君も親に言われた婚約関係を大事にして、他の男からの求婚なんて断っていただろう?」

「……求婚なんてされた事ないわ!」


 本当はあの日、予言の聖女が現れなければレヴァン王子にされる予定だったのだけど。


 そう考えた時、胸の奥がチクリと痛んだわ。

 まるで薔薇の棘が刺さったみたいに。


 愛を与えられない家を出て、夫となる相手と初めて愛を育んで。

 そういう未来を確かに思い描いていたんだもの。


「でも、きっと君は僕の好意を断ったと思うよ」

「それは……否定できないわね!」

「うん。でも今は?」

「えっ」


 今は?


「……君は、ただの1人の女性になった。貴族令嬢であっても爵位はその内に失うだろう」

「まぁね!」


 考えものよね!


「そんな君でも僕を受け入れてくれない?」

「……、……えっと」


 私は黒曜石のような瞳を見つめ返したわ。


 幼馴染からの愛の告白よね!

 ……首元に刃物を突き付けられながら。


 断ったら殺されるのかしら? んー。


「そもそも、そういう話は想定外よ! 私、男の子と恋愛した事ってないの。レヴァン王子とは政略結婚前提だったし……」

「考えたこともない?」

「ええ! ……貴方の求婚を断ったら、私は殺されるのかしら」

「ん? んー、それはだね」


 あら。何か雰囲気が柔らかいわね。


「ふ。失礼……」

「あら?」


 彼は私の首元から手を離したわ。


「今、君の首に押し当てていたのは、ただの指輪だよ。ほら」

「あら」


 彼が手を翳して見せる。

 冷たい金属だと思ったら指輪だったのね。


「刃物じゃなかったのね!」

「うん。少しはドキドキしてくれた?」

「ええ! したわ!」

「良かった」


 そう言いながら彼は同じテーブルに添えられた椅子に座ったわ。

 話し合いが出来るということね!


「クリスティナ。命の危険を感じる事でドキドキする事と、恋する胸の高鳴りは同じモノだと勘違いし易いようだよ」

「うん?」

「今の君は……疑似的に僕との恋を楽しんでいたんだ」


 あら。そうなの?

 そういう事になるのかしら。


「ピンと来ないわね!」

「……そっかぁ。残念だね。最初しか使えない手だったんだけど」


 困ったような微笑みをする彼。

 そう、彼よ。


「ねぇ」

「うん?」

「よく考えたら私、貴方の名前も知らないわ!」

「……セシリアに聞いてなかったのかい? 何日も一緒に過ごしていたのに」

「聞いてないわね!」


 聞いて良かったのかしら!


「──僕の名前はカイルだよ。カイル・バートン」


 カイル・バートン。


「腹違いの妹の名前はセシリア・バートン。家は代々医者の家系で……僕自身もう一人前の医者として活動を許されている」


 バートン? 貴族だったかしら。


「家に爵位は無いよ。名門ではあるけれど、領地の経営などしていない。……ただし色々と貴族からの融通はして貰える家だけどね」

「それが……代々のお仕事?」

「……そうだ。でも」


 でも?


「かつての君に言われたように、僕は人を助ける道を選びたい」

「……そう」


 カイルは、そっと私の手を取ったわ。

 そして、さっきまでと同じように私の耳元で囁きかけた。


「君の暗殺依頼だけれど。……依頼主はね。予言の聖女と……君の妹、ミリシャだ」

「えっ」


 聖女ったらまた? という気持ちとある意味での納得。

 それだけじゃなくて。


「ミリシャ?」

「そうだ。彼女は、新たにレヴァン王子の婚約者となった。……聖女の前だから建前は色々とあるんだろうけど。正直なところ、君に王都に戻って欲しくないんだろう。特に手柄を上げて凱旋なんて間違ってもして欲しくない」


 ……ミリシャ。

 ううん。これはまだカイルが言っているだけで、私が確かめたワケじゃない話だわ。


「……小さな時から君の家族は、君の事を疎んでいたように思うよ。僕が君に毒を飲ませた日。苦しむ君の姿を見て、あのミリシャは……笑っていた」


 それは……覚えてるわね。

 この前も夢で見たわ。


 心がザワザワして来る。

 チクチクしていた薔薇の棘が大きく育って心臓を直接に掴んでいるような。


「クリスティナ」

「……何?」

「僕は君だけは殺したくない」

「そう。嬉しいわ」

「……それでも君が、聖女の言うような悪女であったなら。僕は君を殺せただろう」


 カイルに悪女と思われていたら私って終わりだったのかしら。


「でも、今の君を見ていたらね。……うん。セシリアも手懐けてしまうし」

「セシリアは貴方の為に私に雇われたのよ」

「うん……。知ってる」


 カイルはまた困ったように微笑んだわ。


「これは打算なんだけど」

「ええ」

「……予言の聖女が間違っていて、君がアルフィナを救うのなら。……君を殺さない事こそが家の為になるんじゃないかとね」

「うん?」


 そうなのかしら?


「つまり僕はこれから……セシリアと共に家を裏切り、君に付く」

「そうなの!」


 話し合いをしなくてもそうなったのね!


「君に付いて。そして君がアルフィナを救う英雄になった場合。聖女の予言は覆されるだろう。そうなった時、わざわざ自ら君の暗殺を企てた聖女とミリシャには失脚して貰える状況が整う」

「待って」


 それって聖女とミリシャの暗殺依頼を暴露するって事よね?


「そんな事したらカイルとセシリアの仕事がバレるわ。……貴方達が立場を追われる事になる」

「まぁ。元からそういう家だったからね。仕方ないよ」

「仕方ないって」


 それじゃ良くないじゃないの!


「でも君を殺さずに済む」

「……カイル。セシリアに聞いていた通りなのね」

「うん。僕は君を殺して完成する暗殺者だけど。同時に君を殺したら今の僕じゃなくなるだろう。……将来の道を悩んでいたんだけど」


 カイルは私から目を逸らしたわ。


「……セシリアが何度も僕に思い止まるように身体を張ったものだから。君の前に立ってね」

「え? セシリアを侍女にしてからも会っていたの?」


 私、知らないわよ!


「暗殺の仕方にも色々とあるからね。何度か邪魔……に近い予防をされたよ。決行しようとしたら僕の暗殺が失敗するようにね」

「そうなの!」


 セシリアの待遇を改善しないといけないわね!

 早くお給料を支払えるようにならないとだわ!


 今はお小遣い程度しか渡せてないもの。


「君は妹を殺さなかった。そして僕との対話を望んだ。自分が殺されるかもしれなくても……人としての僕を信じてくれた。クリスティナ。君はあの頃と何も変わらない。僕にとっての光だ」


 あら。あら、あら。


 困るわね! なんだか恥ずかしい気持ちよ!


「君と王子の婚約関係が破談となって……微かな期待を抱いてしまった事を許して欲しい。それから……君と共に、アルフィナの地へと赴く事を」

「! ええ、もちろん許すわよ!」


 フフン! 共同開発研究者を引き入れたわね!


「良かった」


 カイルはニコッと微笑んだわ。


「ところで」

「ん?」


 視線が黙っていたヨナに向けられる。

 ヨナは赤くなってるわよ?


「魔族を2人も抱えているんだね、クリスティナは」

「ええ! ヨナはハーフだけどね!」


 でも凄いんだから!


「うんうん。綺麗な顔立ちだ。特にもう1人の彼は美形な青年だね」

「そうね! リンは綺麗だと思うわよ!」


 フフン! と私はリンディスを褒められて胸を張ったわ。


「うん。やっぱりお似合いだと思うな」

「お似合い?」

「ああ。僕の妹、セシリアと」


 セシリアと。リンディスが? そうかしら?

 バチバチと視線と態度をぶつけているぐらいは仲良しね!


「どうかな、クリスティナ。君の気持ちは尊重する気だけれど。まずはお近付きの印として、妹と君の従者の婚約など取り決めては」


 んん? なんでそうなるの?


「う、うわぁ……。早く帰って来て」


 何かヨナが嘆いているわね! 手に負えないとでも言いたげよ!


「ふふ」


 とにかくカイルはニコッと微笑んで見せたわ!


「フフン!」


 うん! とにかく問題が1つどうにかなったのならそれで良いわよね!



良ければブクマ・評価お願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早速牽制と妨害開始!w
[一言] この底抜けのバ…光属性の令嬢が絶望して悪堕ちなんてするなら、そんな国は要らないんじゃないかな
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