表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/210

03 追放される悪役令嬢

 殿下と聖女を殴り飛ばした私の周りに、慌てて騎士達がやって来て取り囲む。


「フン!」

「ひっ」


 彼らを睨みつけながら光る拳を握りしめる。

 やってやれなくはなさそうだけど。

 でも、やめた。この力がどこまで保つか分からないし。

 力尽きるまで暴れてみるのも悪くないけど、そんな気分じゃないわ。


「騎士様たち。聞いての通り、私は『予言の聖女』アマネ様に、執拗なまでの糾弾を受けた女です。聞けば侯爵家に帰る事も、修道院に入る事すらも許されないとか。……とはいえ、今後の私の処分を決められるのは殿下か国王陛下、王妃様ぐらいのものでしょう。私はこの通りに【天与】を授かった身ですし。判断が下されるまで勾留するなら、どうぞなさってくださる?」


 私は、そう告げた。

 そして、とりあえず貴族が幽閉される為の、王宮にある塔へと大人しく連行される。

 そこは地下に作られた牢屋とは違って、最低限の設備が整った貴族用の勾留場所だ。

 殿下が目覚めるか、騒ぎを聞きつけた国王や王妃が、これから私の処分を下す事だろう。


「はぁ……」


 やっちゃったわ。だってイライラしてたんだもの。

 あそこで殴るのを我慢して優雅に立ち回ってみせてこその『国母』なのよね。

 自国の騒ぎだから、まだマシ……かはさておき、どうにかなるかもだけど。

 これが他国を交えた外交の場だったら? 私のした事なんてダメダメよね。


「……結局、私には向かなかったのよ」


 ずーっと気付いていた。私は王妃なんて器じゃないって。

 だから、実は婚約破棄をチラつかされた時。私が身を引いて済むのなら、それで良いと思ったのだ。


 私は、拘留されている『貴人牢』の中にあるソファに脱力して座り込む。

 これから私はどうなるのかしら?

 『予言の聖女』アマネの発言権は、思ったよりもかなり大きいらしい。

 その聖女様が私の未来の道を一つ一つ丁寧に潰してきたのだ。


 王妃になること。側妃に落ちること。家に帰ること。修道院に入ること。

 それら全てが、してはダメ。

 国外追放がベストな『傾国の悪女』になるんだって。


「……なんでそうなるのかしら?」


 身に覚えが無さ過ぎる。

 私、聖女と王子を殴り飛ばしただけで、けっこうスッキリしちゃったんだけど。

 『傾国』までする恨みなんて残っていないのよね。

 もっと詳しく聞きたかったものだけど、予言者が過程を説明できるとは限らない。

 私なんて一瞬の映像を見ただけだったし。


「どうして私には【天与】が2つもあるのかしら?」


 2つの【天与】を持ち得た人間なんて、私の知り得た知識の限り居なかったはずだ。

 なのに私は『予言』と『怪力』の天与を持っていた。

 もちろん『聖守護』の天与のように、複数の効果を持つ力だってある。

 だから、一概には言えないけれど。

 だけど、私の持つ2つの【天与】は、どう考えても1つにまとめられる力じゃないのよね。


「うーん?」


 ワケが分からないわ。というか今は考える事も億劫ね。

 なにせ私の未来は、どう足掻いても真っ暗だって聖女様に予言されてしまったんだし。

 私だけは救えないとまで言われてしまった。


「どうしようかしら……」


 早まったとも思う。ぶん殴って、スッキリしたけど。

 ただ覚悟を決めたようなレヴァン王子の態度を見た。

 あの場で大人しくしていても、国外追放までされたかはともかく、概ね聖女の予言に沿った処分を一方的に下されたんじゃないかしら?

 だったらムカつく相手を殴れただけ、殴った方が得だったわよね!

 私は深く考える事を止めて大人しく休む事にしたわ。

 そして翌日。


「クリスティナ・マリウス・リュミエット」

「……はい。国王陛下」


 騎士2人に連れられ、謁見の間へと通された私。

 玉座には国王が座られ、そして側には王妃様もいらっしゃるわ。


「……このような結末になった事。私は深く悲しんでいる」


 悲しいのは私もだけどね!


「王太子レヴァンと国賓である聖女アマネを殺害しようとした罪。それは酷く重いものだ」

「殺害?」


 流石にそれは冤罪よね。殴っただけよ、私。

 え、まさか死んだの?


「ルーナ・ラトビア・リュミエットの【天与】の力は知っている。彼女の『聖守護』の結界は第一騎士団長の剣すら弾き、何者にも傷付けられなかったほどだ」


 そんな実験していたの? なんでそんな楽しそうな事に私を呼ばないのよ。

 私も見てみたかったわ!


「そんな強固な結界を、其方は拳一つで打ち砕いて見せたと聞く」


 それは間違いない。我ながらよくやったと思うわ!


「そのような凄まじい力を其方は、聖女に、そして王子に向けたのだぞ?

 それでも殺害する意図はなかったと言うか?」


 あー……。ちょっと納得。たしかにそうよね。

 大木すらへし折るパンチを人に向かって放ったら普通は死んじゃうわよね。


「……なにぶん、昨日までまともに【天与】の発現も出来なかったもので。未熟故に使いこなせていませんでした。レヴァン殿下を殺害する意思こそありませんでしたが……。ご指摘に対して、申し開く言葉もありません。人に向けて振るう力ではなかったと反省致します」


 王子に対する殺害未遂。これで晴れて国家反逆罪かぁ……。

 聖女の思惑通り、国外追放なのかしら?

 どうやって生きて行こう。

 野山のウサギを狩れば焼いて食べられるかしら?

 将来は王妃になるはずが、とんだ落ちぶれっぷりじゃない?


「はぁ……」


 国王陛下は、思い悩んだかのような息を吐いた。


「私も聖女アマネの予言は聞いている。だが、同時にクリスティナよ。其方に、それ程の悪意が今あるとは到底思えぬのだ」

「陛下?」


 あら。意外と私と同じ意見?


「昨日は、其方自らが指摘していたそうだな? クリスティナよ。其方が是が非でも傾国を成したいと思うような恨み。それが生まれるとすれば……ここで何もしていない其方を追いやる事そのものではないかと」


 うんうん。だって、それしかないじゃない?


「だが、クリスティナよ。其方には実際に『傾国』をするだけの力が宿っていると言わざるをえん。

 そうなれば予言の聖女の言葉も真実みを増してしまうだろう」


 そうかしら? 国を傾ける程の力、私にあるかしら?


「誰にも傷付けられないはずの光の結界を張れるラトビア嬢を、其方は殺す事ができる。

 それは聖女の予言と相まって、恐ろしい未来を想像させることだ」


 ルーナ様は、沢山の人々を救う力があるのよね。

 そのルーナ様を死なせてしまったら、それだけ救われるべき人が死んでしまう?

 故に私は『傾国の悪女』たりえると。


「ルーナ様を殺したくなるような恨みも、私は持ち合わせていないのですが」

「今はそうかもしれぬ。だが、これから先もそう言えるか? 其方は婚約関係を破棄され、王妃となる未来を奪われる。その横で、かの令嬢がレヴァンに愛を囁かれるのだ。その仕打ちに耐えられるか?」


 その横で、っていう事は、私が『側妃』になった場合かしら?

 ……まぁ、あんまり面白くない事は確かよね。


「昨日、聖女様と話しましたが。ここで私が何と答えようとも、それらは全て否定される気が致します」


 1番良いのが国外追放とか言われたし。だから、どういうことよ?


「……そうだな。答えの出ぬ、不毛な議論になるであろうな。

 だからこそ、クリスティナ。其方には証明して貰いたいのだ」

「証明、ですか? 一体、何を」

「其方は、そのような悪女に堕ちる女ではない事を示して欲しい」


 えっと。どうやってかしら。私は首を傾げる。


「『予言の聖女』アマネは、其方を国外へ追放せよと言った。そして、現に其方は罪を犯してしまった。とはいえ、昨日の事情は、ある程度こちらも理解している。不敬罪にはなるだろうが、昨日の事で国家反逆罪だとまでは断じまい」


 うんうん。それは朗報ね。


「これらを踏まえた上でクリスティナ。其方に処罰を下す。其方には『王都からの追放』。『マリウス侯爵領への帰還の禁止』。そして『アルフィナ領への派遣』を命じる」

「えっ」


 前2つは予言の内容に沿ったものとして、アルフィナ領への派遣?


「これは騎士にも勝る【天与】を授かった其方であるが故に課す王命でもある」

「王命……。アルフィナ領とは、たしか」


 西側の内地。あまり豊かな場所とは聞かないわ。

 ただ、そこは場所的に、親友のフィオナが居るエーヴェル辺境伯領の隣であったはずだ。


「アルフィナに住む者は少ない。昨今続いた嵐などの災害もあり、民が他領へ避難してから戻らないのだ。それらが故に土地も荒れている。加えて、近頃は瘴気が溢れ出し、魔獣が増えているとも聞く」

「魔獣!」


 王都や学園暮らしで縁がなかったけれど、森の奥や洞窟、人里離れた場所に現れるという、通常の動物よりも恐ろしい力を持つという生き物たちの総称ね。


 ……ちょっと見てみたいわ! でも、それはそれとして。


「それは、王都からアルフィナ領へ支援のために派遣する部隊に同行せよとの命令ですか?」

「……いや。アルフィナに向かうのはクリスティナ。其方、ひとりだけだ」


 は? 私ひとりだけ? 荒れた領地への派遣なのよね?

 私1人で向かって一体、何をどうしろと言うの?


「これも聖女アマネの予言だ。クリスティナがその【天与】を目覚めさせたならば……。アルフィナ領には恐ろしい数の魔物が湧く恐れがあると。そしてクリスティナをそこに派遣する際、同行の騎士を付ければ、それらは全て命を落とすだろうという予言を受けた。……故に其方ひとりだけでアルフィナ領へと向かって貰う。王都からの従者は、其方には付けられない」


 いやいやいや。

 あの女、ほんと、私に何の恨みがあるの?


「あの、国王陛下。いくら予言であれ、いくら私が【天与】を授かった身なのだとしても。その地より魔獣が大量に湧く懸念があるならば、王都より騎士団を派遣し、民の安全確保に努めるべきなのではありませんか?」


 流石にそれはないわよ。


「……其方に言われずとも分かっている。

 故に後発で騎士団を編成し、周辺領土への危機の呼びかけと安全対策を取るつもりだ」


 いや、だから私1人で問題の中心地に行けという話が、まずおかしいのよ?


「問題が起きるのはアルフィナ領だけではないのだ。同じく【天与】に目覚めたラトビア嬢も、レヴァンや聖女アマネと共に各地へ向かって貰わねばならん」

「まさか、国全体に異変が?」

「……そうだな。報告と合わせて、確かに……だが」


 そこで国王陛下は、私を強く睨み付けた。


「アルフィナ領の件を聖女から聞いたのは昨日だ。彼女の言い分は、まるで『クリスティナが【天与】に目覚める事』と『アルフィナ領に大量の魔獣が湧き出す事』は同じことのように語った。これに何か心当たりはあるか? クリスティナ」

「いいえ。全くありません」


 これっぽっちも。何? まさか、それも私のせいって事にしたいの?

 王都から遠く離れた領地に魔獣が湧いたけど、それは私のせいで、だからクリスティナは『傾国の悪女』だって?

 バッカじゃないの?


「……どちらにせよ。今のままの其方は王都には置けぬ。

 マリウス家には王家の方から事情を説明しておこう。話は既に流れていると思うが」


 そうね。目撃者も沢山いたし。

 ……リンディスはどうしているかしら?


「マリウス家には、まだ未婚の次女が居たな?」

「はい。妹のミリシャがおります」

「……そうだな。マリウスの次女は、兼ねてよりレヴァンに恋慕を抱いていたとか」


 え、まさか。


「国王陛下。ミリシャをレヴァン殿下の妃になさるおつもりですか?」

「……あちらが了承すればだが。マリウス侯爵家の後ろ盾は、レヴァンに付けてやりたいのだ。【天与】持ちの女であれば、新しく現れた。其方がこのような状況に陥った以上、そうするより他にあるまい」


 あらまぁ。やったわね、ミリシャ。

 嫌っていた『お姉様(わたし)』は婚約破棄。晴れて自分は憧れの王子の王妃か、側妃?

【天与】持ちの王妃候補はルーナ様が務めればいい、と。

 そして、私は荒れた領地への流刑だ。


 ……なんでこうなったのかしら?

 ここまでの仕打ちを受ける理由はどこにあったかと言えば、それは聖女アマネの予言に他ならない。

 うん。やっぱり昨日、殴っておいて正解だったわね!


「何か問題がありそうか?」


 それを私に聞く? いえ、妹の素行についてでも聞きたかったのでしょうけど。


「……いいえ、何も」


 どうしようかしら。

 ホントに『傾国の悪女』とやらになりたくなってきたわよ。

 でも別にルーナ様に恨みはないし。

 ルーナ様を手に掛けられる力を持つ事が、今の私の傾国要素なのよね?


「……誠に残念な結末ではある。だが、クリスティナよ。其方が、聖女の予言したような者ではないとアルフィナ領に向かい、証明して欲しいのだ。そして授かった、その【天与】を人々を守るためにこそ使って欲しい」


 『怪力』の天与なんだから、魔獣たちを倒して来いって事よね。

 正直、ちょっと魔獣退治には興味あるけど。

 それはそれとして、私が受けた仕打ちと決断に、傷ついてないと言えば嘘になるわ。


「……承りました。いつか義父になると思っていた国王陛下」

「む」


 私は皮肉を込めた言葉と共に一礼すると彼らに背を向けた。

 未だに納得できない思いはある。


「クリスティナ」


 その私の背に再び声を掛ける国王。

 なに? 私の精一杯の怒りと悲しみの挨拶に不満でもあって?

 今ぐらいの無礼は許されると思うけど。


「……このような決断を下す弱い私たちが悪い。だがクリスティナよ。どうか我が国を滅ぼさないでくれ」


 だから、そんな気は微塵もなかったわよ。

 昨日まで国母になるつもりで生きてきましたっての。


「……1人の人間がもたらす程度の予言を信じ過ぎず、人々が知恵を絞ってこその王国だと、私は信じております。たとえ私が予言通りの『傾国の悪女』になる運命だとしても」


 クソ喰らえってヤツよね。


「その悪女如きに怯える王など私は見たくありません。予言で分かっているのなら、尚のこと、その悪女。飼い慣らして見せてこその王家かと思います。どうか全ての決断を聖女1人に委ねるような王家にならぬよう、私は祈るだけでございます。……さようなら、国王陛下」


 聖女アマネ。

 私をとことん迫害して何から何まで貶めたいらしいけど。

 私は、貴方の予言に負けないわ。


 傾国の悪女になるですって? フン!

 そんな運命、ぶち壊してあげるわよ!


良ければブクマ・評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ひょっとして、この日が「覇王」の始まりの日になるのか?
[一言] 証明して見せよ? え。馬鹿か。 証明して無実だった時の保証はなんなの。 それを言えてない時点で滅ぶべくして滅んだんじゃないの
[一言] そもそも、アマネがいる時点で乙女ゲームと変わっているし、だんだん予言の精度落ちて、いずれはざまぁされていまぇ〜⸜( ˙꒳˙ )⸝.*☆ てくらい、この予言ムカつきますねw それに振り回され…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ