29 暗殺メイドのセシリア
「フフン!」
旅の新しい同行者が出来たわ!
メイドのセシリアよ!
黒髪に黒い瞳の女の子ね!
「いやいや、お嬢? 彼女はお嬢を殺そうとしたんですよ?」
「ええ! でも、あの子を助けたいからそうしたんでしょう?」
6年前に少しの間だけ一緒に遊んだ黒髪の男の子。
彼は暗殺者の家系だったらしくて、今は私の暗殺を依頼されているらしい。
「交渉の余地があるわ! 逆にここでセシリアを殺したりしたら、あの子は一生私を恨むでしょうし、絶対に殺すと決意するわよね!」
「……それは。まぁ、彼女がどれだけ相手にとって大事かによりますが」
「同じ髪の色と目の色をしてるのよ? だったら血縁関係の筈。その上であの子の精神を慮ったわ。きっとあの子にとっても大事な子よ!」
フフン! と私は胸を張ったわ。
「わぁ、お姉ちゃんにしては賢い!」
「フフン……、……ヨナ? 『にしては』を付けるのは何かおかしいわよ?」
「えっ」
「何?」
ヨナったら私のことを何だと思ってるのかしら!
「……妹、です」
「は?」
「ん?」
「私は、あの方の……妹です。腹違いですが……」
「そうなの! 思ってた関係と違ったわ!」
てっきり恋人に近しい関係で、それが許されるぐらいの間柄かと思ってたわ!
「暗殺者兄妹ですか」
「私は……拙い、でも当主様は」
「お兄ちゃんよ! もしくはお兄様ね!」
「はい?」
セシリアが、リンディスに抑えられた状態で首を傾げるわね。
「今から貴方は私が雇うんだから! 雇用主は私よ! そして貴方は暗殺者の実家を裏切るの! その後はあの子を、貴方のお兄様を助ける為に働くのよ!」
そう決めたわよ!
「はぁ……。お嬢、しかし、彼女を完全には信用できないワケで」
「何とかするわ!」
そうね。リンディスを納得させる為には何が出来るかしら。
「じゃあ。こうしましょうか」
私は棘の無い薔薇を咲かせてみせる。
ふふふ。品種改良案の産物よ。
その棘なし薔薇をセシリアの、地面に縫い付けられている右腕へ巻きつけたわ。
「うっ……?」
「この薔薇をセシリアの身体に常に巻き付けておくわ。完全に手放す事を決めなければ私の意思で自由に咲き、操れる薔薇よ」
「……なるほど。隷従の為の拘束ですか」
どこまで自在かはまだ分からないけどね!
でも分からないのはセシリアも一緒だから脅迫には使えると思うわ!
「……私に何をさせようと」
「貴方はお兄さんの心が大事なんでしょう? なら暗殺家業から足を洗わせなさい。あの子が私を殺したくないなら殺させないで。新しい仕事なら私が用意してあげるんだから!」
そうよ。必要な仕事があるものね!
「毒と薬に詳しい家なんでしょう? なら私の薔薇の品種改良と、それで領地復興の為に従事する事ね! 共同開発研究者よ!」
フフン! 良い案でしょう。
「リンもそういう専門家が必要だって言ってたものね!」
「うっ……。たしかに、それは言いましたが」
「じゃあ、うってつけじゃないの! それにあの子は私の『幼馴染』よ! これ以上はないわね!」
……お父様の思惑は、正直言ってショックだったけど!
あの日、あの子と一緒に遊んだ事が良い思い出のままでいられるなら何の問題もなくなるわ!
「はぁ……。そうですか」
「な……」
リンディスがセシリアの拘束を手放して身を引くと、彼女は驚いたようにしていたわ。
「あとは右腕ね!」
地面に縫い付けている蹄鉄もどきを、セシリアの右手に巻いた薔薇を操作して引っこ抜く。
「ほらね! 操れるわよ!」
「……はい。力もあるようですね。……何気に強くないですか、お嬢の薔薇の【天与】って」
「フフン!」
「褒め……たくないなぁ」
「なんでよ! 褒めなさい!」
「もっと繊細な雰囲気を出せません? せっかくの薔薇なのに、棘がある花どころか蔓にまで筋肉が詰まってそうな、この」
「何よ、ワガママね!」
便利だからいいじゃないの!
「…………」
セシリアは身体を起こして、座り込んだまま自身の腕に巻きつく薔薇を見つめたわ。
「セシリア、今日から貴方は私の侍女よ!」
私を見上げるセシリア。
「……、……わかりました。お嬢様」
「フフン!」
侍女を引き入れたわよ! 旅は順調ね!
そして、翌朝よ。
「お嬢様。薔薇の色合いを変えられるのであれば、もう少し薄い赤に出来たりしますか?」
「やってみるわ!」
私は髪飾りに使う薔薇の色合いを調節して咲かせる。
こんな感じかしらね。
「はい。これでお嬢様の赤髪をより見栄え良く出来るかと」
「フフン!」
私はセシリアの世話に気分を良くしていたわ。
「いや、何をいきなり馴染んでいるんですか? もう少しわだかまりとか残しません?」
「残さないわ!」
「お嬢……」
「お嬢様の身の回りの世話は、これから私がしますので。殿方はご遠慮願います」
「は?」
あら! リンディスが怒っているわ。
珍しいわね!
「……お嬢の従者は私なのですが?」
「……私はお嬢様が直々に雇った侍女です」
「ひぇ……」
ヨナは怖がっているわね!
リンディスとセシリアが何故か対峙しているわ!
「仲良くするのよ? リン、セシリア」
「勿論です、お嬢様」
「ええ、分かってますよ、お嬢」
リンディスがにこやかに微笑んで、セシリアは優雅にスカートを摘んで礼をするわ。
フフン、仲良しなのね!
「セシリアは侍女の教育も受けて来たの?」
「……はい。貴人の暗殺の為、侍女として入り込むのは有効な手でした。当主様……兄さんなら表向きは医者として活動しています」
「医者になったのね、あの子! それは立派だわ!」
とっても懐かしいわよね!
元気にしていたのかしら!
「じゃあ、これからもよろしくね、セシリア!」
「はい。かしこまりました、お嬢様」
セシリアは侍女として完璧なお辞儀をして見せたわ。
流石はメイド服を着ているだけあるわね!
彼女の衣服や必要な品を買わないとね!
「はぁ……」
リンディスが何故か深く溜息を吐いているけど、旅は順風満帆よ!
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