28 暗殺者(リンディス視点)
深夜の時間帯。
皆が寝静まっている中で、音を立てずに起き上がる人影があった。
昼間に助けられた黒髪のメイドだ。
「────」
彼女はその装飾の多いメイド服の中から忍ばせていた短剣を取り出した。
暗器の類……彼女は間違いなく『暗殺者』などと呼ばれる人間だろう。
そして取り出した短剣を赤い髪を携えた少女の首にゆっくりと押し当てて……。
「──そこまでですよ、お嬢さん」
「……!?」
私は彼女に声を掛けた。
咄嗟に逃げようとする彼女の腕をしっかりと掴み、後ろ手に捻り上げて拘束する。
お嬢を見習って容赦なく行きましょうか。
「ハッ!」
「ぐっ!?」
足を払い、彼女をうつ伏せに地面に押し倒してから乗り上げ体重を乗せる。
ついでに手早く両足に布を絡めておき、更に空いた左手は蹄鉄を再利用した金具を刺して地面へと縫い付けた。
本人の腕には傷が付かないものの、地面が硬ければ簡単には抜けない道具だ。
まぁ、今のお嬢なら力でどうにか出来そうだけど、この女はどうかな。
「くっ……!?」
「よっ!」
「!?」
まだ容赦はしない。
彼女の目に黒い布を巻き付けて視界も防いでおいた。
これでかなり抵抗を弱める事が出来るだろう。
「ぐぅ……!」
「まだ抵抗しますか?」
「くっ……。その声、従者の魔族ね……」
「ええ、そうですよ」
「いつから私を……」
おや。暗殺者にしてはお喋り感がありますね。
これは誰の差し金なのか教えてくれるかも?
「いえ。まぁ、最初から? でしょうか。貴方は男達から逃げてきた設定でしたが……それにしては落ち着いていたようですし。あまり汗もかいておらず鍛えている方だなと」
「……それだけ?」
「ああ、裏取りはしておきましたよ。貴方を襲っていた盗賊達。金で雇われて貴方を襲うように命じられたそうですね。それは、さも貴方のおっしゃっていた元主人の指示かのような印象でしたが……」
まぁ、それにしてはお膳立てが過ぎるだろう。
ヨナは状況的にシロですが、彼女の場合は何とも都合が良過ぎました。
お嬢にとっては同行者の申し出は『嬉しいもの』と予想出来ますからね。
「彼らは貴方の協力者の仕込みですよね?」
「……それは」
さて、では。とりあえず。
「お嬢! ヨナ! 起きて下さい!」
「何を、大声を、そこに居るのに」
「ああ。貴方が先程見ていたお嬢の姿は私の作った幻ですので」
「……!?」
怪しい女と気付いていてお嬢を危険に晒すワケがないでしょう。
当然ながら影武者、みたいなものです。
「何……?」
「んっ」
お嬢には事前に話しておきましたので、すっと起きて来られましたね。
「剣……っていうことは」
「はい。やはり暗殺者の類だったようで」
「え、暗殺?」
「そう……」
お嬢は目を伏せて悲しそうな顔をする。
俄然、彼女を許せなくなりましたね。
「お嬢は既に立場を追われた身です。王命であり使命もあるとはいえ、その処遇は流刑に近しい。これが王族であればまだしも……。捨て置いても何処かの家に過剰な不利益をもたらすなど無い筈。それなのに何故、暗殺などと?」
黒髪のメイドは私の質問に口を噤む。
……拷問してでも吐かせたいところですが。
「リンディス」
「……はい、お嬢」
「その子の目隠しを外して」
「はい」
お嬢が黒髪の女の前に立ち、屈んだ。
そして目隠しを外された女の顔を覗き込む。
「……ねぇ、どうして?」
「それは……」
時間を掛けてしばらくお嬢と目線を合わせ続ける女。
「はぁ……。貴方は私を憎まないのですか?」
「ん?」
呆れたように黒髪の女は呟いた。
立場を分かっているのでしょうか?
「勿論、怒ってるわよ?」
「……そういう事ではなく」
ふむ? なんでしょうか。彼女、暗殺のプロという感じがしませんね。
『齧っている』程度と言いますか。
「……貴方を、殺せないと思ったからです」
「んん??」
お嬢が首を傾げてこちらを見て来ますが、生憎と私にも意味が分かりませんね。
「私が仕留めるべきだと思いました。それに」
「それに?」
「……戦いに長けた【天与】を授かったという貴方を前に……暗殺が失敗したらどうなるのか。それを確かめたかった」
「意味が分からないわね!」
はい。分かりません。
「……クリスティナ様、当家に貴方の暗殺の依頼が来ました」
「うん」
うん、ではありませんが。
「……それは我が当主様がもっとも恐れていた依頼です」
「んん?」
何ででしょう?
「……よりによって、貴方の暗殺依頼などと。これでは当家が潰れるか、或いはあの人が潰れるかの2択でした。断れば別の者が貴方の命を狙うと思い、そうであるならばと断る事も出来ず……」
「んー?」
いえ。ですから首を傾げて見られても私にも分かりませんよ。
「事情があるって事よね!」
「……そうです」
「そんなフワフワな」
「じゃあ、全て話しなさい! それで私を殺そうとした事は赦してあげるわよ!」
「ええ!?」
今度は私が驚いてしまった。
いや、お嬢ならさもありなんですが。
死にかけたんですよ?
「……覚えてらっしゃいませんか、クリスティナ様」
「何を?」
「私の髪と瞳の色……これはあの方と同じ色です」
黒い髪と黒い瞳?
いや、待った。これには私も見覚えがありますよ?
それは確かお嬢がまだ幼い時。6年は前の話です。
「……あるわね!」
「そうですか。どんな覚えがおありですか?」
「小さい時に一緒に遊んだわ! でも、あの子は男の子よ! 貴方じゃないわね!」
そうです。では察するに。
「はい。その男の子が我が当主です」
「そうなの!?」
お嬢は流石に事態を……飲み込めてますかね?
「あの時、彼はお嬢に飲ませる毒の調合をさせられていました。厳格な医者の家系の英才教育かと思いましたが……あれはもしや?」
「そう。それは暗殺の為の訓練よ。小さな頃からそうやって慣らすの。……幼い子供。それも親しくなった子供を殺す事を学ばせる」
ですが、あれはあくまで耐毒の為では?
「もし間違って……『貴方を殺していたとしても』……咎められない契約だったのです、その時の服毒は」
「……は?」
それは。まさか、あの男。
私に隠れてお嬢をあわよくば……くそ。
やはり、とっととお嬢をあの家から連れ出しておけば良かったんだ。
でも、彼女との約束が……。
「……それって、あの時。お父様が……私を死なせてもいいとお考えだったってこと?」
「そうでしょう。だから、お誂え向きの相手でした」
「…………」
一つだけ。腑に落ちた点がある。
それは聖女の予言の一つ。
『家に帰ればマリウス家を根絶やしにする』とお嬢は予言を受けていた。
……もし、お嬢に『それが出来る力』があったなら。
そして、今のような事実を聞かされたなら。
それは、きっとあり得た事だろうと。
「そう。あの時の男の子は実は暗殺者の家の子で? あの時、私は耐毒の訓練で本当に死んでもいいとお父様に思われていて? それで貴方が来たのは……」
そこで黒髪の女は目を伏せた。
「……当主様に貴方を殺させたくありませんでした。幼少の貴方にとっては些細な言葉だったかもしれませんが……。きっと、あの方が人間性を失わずに生きてこれたのは……貴方のお陰だったから」
話が少し見えて来ましたね。
しかし、これは……どうしたものか。
「そう! じゃあ、貴方! 名前は?」
「……セシリアです」
「セシリア! 私が貴方を引き抜くわ!」
「……は?」
はい?
「私が貴方を雇うって言ってるの! 貴方は私に雇われて……あの子の心と私を守って見せなさい!」
……またお嬢がとんでもない事を言い出したのだった。
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