25 幼い頃の夢とヨナ
王妃教育が始まって何ヶ月も経った頃。
私は日々、勉強漬けの暮らしをしていた。
その反面、妹のミリシャは両親に溺愛されていてよく両親に遊んで貰えていたわ。
「……毒?」
毒と知らされた飲み物をわざわざ飲むなんて馬鹿げてるって思うわよね。
でも実際はそういう事もあり得る王族なんかは、幼い頃から軽度の毒を飲み、体に耐性を付けておくものらしい。
とはいえ、素人が適当に作った毒では意味がなくて……。
専門的な知識を持った人間をわざわざ招いて、長い時間を掛けて耐性を付ける事になるそう。
「それって私もしなくちゃいけないの?」
王族が暗殺されるかも、というのは理解が出来た。
でも私は、あくまでまだ婚約者になったに過ぎない。
苦しい思いをするのだろうとは理解していた。
つまり、そんなのイヤだったわ。
「クリスティナ。お前はいい加減、自分がどういう立場になるか理解する必要がある。お前は未来の王妃となる身。つまり王族の仲間入りをするのだ」
……お父様は冷淡だったわ。
私に求めるのは、せめて大人しく王妃になる事だけ。
それ以外の何も求めていないようで。
私に何かを与えてくれようとはしない。
私が成長していく程。
リカルドお兄様やミリシャに接する両親の姿を見ては、きっと私が求めているのはアレなんだろうと分かった。
「さぁ、彼女がお前の作った毒を飲む相手だ」
私の目の前には黒い髪の男の子が居た。
男の子と対面した私は、その親か先生と思わしき相手の話を一緒に聞く事になったわ。
「え?」
私が飲む毒、作った?
だってこの耐性毒の訓練って専門の知識を持つ人じゃないと危ないんでしょう?
「どういうことでしょうか。あの、貴方は?」
「……身分を明かす必要はありますまい。これはラム王家とマリウス侯爵家の取り決め。マリウス侯が如何に娘を躾けているか、王家に捧げるつもりでいるかの表明です」
ひょうめい?
「耐毒の訓練と言っても一部の毒に限られます。毒など多種多様……。耐性を付けた毒をわざわざ飲ませる馬鹿な暗殺者も居ないでしょう」
え? じゃあ。
「じゃあ、これは意味の無い訓練なの? 苦しい思いをするだけの」
「……左様。万能な毒の耐性などありません。或いは服毒を続ければ、より身体に毒素を溜め込む場合もあります」
じゃあ悪い効果しかないじゃない!
「ですが、マリウス家の忠誠を見せる事には繋がるでしょう。それだけの努力をしていると見せる意味があります」
「……私は家の為に毒を飲まされるの」
「左様」
そんな事ってあるのかしら!
お父様やお母様が、私のワガママを罰する為にわざわざ用意したのかも。
「……でも、毒はこの子が作ったって」
「ええ。この子に作らせました。毒の扱いは薬と紙一重。耐毒訓練と言いますが、今回用意したものは『薬』です。ある種の毒に対しての耐性を付ける為のね」
そうだから、もっと専門的な感じの貴方が作るべきじゃないの?
この子、私と同じ歳ぐらいの子供よ。
「……隣に居る者を殺すかもしれない」
ビクッと男の子が震えたわ。
「それこそが大事な事です。さぁ。……今日からは厳しい訓練ですからね。元気な内に……子供らしく2人で遊ぶのも良いのでは?」
「えっ! 遊んでいいの!?」
まったく意味が分からないけど、遊んでいいと言うんなら遊ぶわよ!
「……ええ。では、しばらく私は席を外しましょう。2人は部屋から出てはいけませんよ」
「部屋の中なら遊んでいいのね!」
フフン! それならそれでやりようがあるわ!
「あなた! 一緒に遊びましょう?」
「あっ、あっ……」
怯えたような黒髪の男の子。
何故か既に泣きそうな目で私を見ているわ。
「なぁに?」
「うっ……僕は、」
「うん」
「君を……殺すかもしれない……」
ああ、毒を作ったって言ってたものね。
「でも、貴方の作った毒は『私を助ける為の薬』なんでしょう?」
「えっ?」
「えっ?」
そうよね? その筈よね?
「将来、私が王妃になるものだから毒殺されないように今の内から耐性を付けておく。その為の毒飲み訓練で……貴方達は家に来た。そうよね?」
「う、うん……」
「じゃあ、やっぱり貴方は将来、私を暗殺から守ってくれる為の『薬』を作ってくれたって事じゃない?」
「……それは、……そう、だけど」
「そう! 良かったわ!」
じゃあ問題無いのね!
「ふふ! 変な人助けをする家なのね! 貴方の家は!」
「……人助け……」
それから大人しそうな、その黒髪の男の子としばらく遊ぶ事を許されたの。
久しぶりの解放感だったわ!
…………もちろん、その後、飲んだ毒で熱を出し、寝込んだのは言うまでもない。
様子を見にも来ない両親。
冷めた表情で見下すリカルドお兄様。
そして。
「くす、くす、くす……」
……ミリシャは毒で苦しむ私を見て笑っていたわ。
◇◆◇
「大……丈夫? お姉ちゃん」
「ん」
横になって眠っていた私を心配そうに覗き込むヨナ。
私は手を伸ばしてヨナの頭を撫でてあげたわ。
ふふ。なんだか、あの時の男の子みたいね!
家族よりも、あの子の方が私を心配していたの。
「夢を見ていただけよ。心配しないで、ヨナ」
「う、うん……。そうならいい、けど」
んー。馬車で布を敷いて寝てみたんだけど、あんまり寝心地は良くないかしらね!
でも慣れると思うわ!
「お姉ちゃんが……元気で居てくれるなら、僕も嬉しい……」
「フフン! ヨナは『素直でいい子』ね!」
あれから数日掛けて、私とリンディス、そしてヨナは旅を続けているわ。
リュミエール王国の端の方にある領だけあって、けっこうな長旅なのよね!
「お嬢、ヨナ。食事にしましょうか」
「ええ! ほら、ヨナも行くわよ!」
「う、うん……」
起き上がってヨナの手を引いて私は馬車を出たわ。
「ヨナこそ体調はどう?」
「ん……平気」
「そう?」
ヨナは見た目の年齢よりも、ずっと幼い印象を受けるわね。
リンディスが言うには、それも経験不足というだけって事らしいけど。
「女の人にはもう慣れた?」
「えっ」
「……お嬢以外とまだまともに接してないじゃないですか。お嬢は別カテゴリーですし」
「何か失礼ね!」
私も女じゃないの!
ヨナは、一緒に捕まってた女の人達の影響で『女性が苦手』らしい。
まぁ、最後に男達を蹴り続ける姿を見てたしね!
「……あのアジトに捕まっていた女性達。ヨナに抱かせるつもりだったらしいですからね。なんで、意味を理解してない彼女達にとってはヨナも嫌悪の対象だったようで」
「なんでそんな事を? 魔族の子が欲しいって事?」
「……それもなくはなさそうですが」
例えばリンディスと子供を作ったら、ヨナみたいな子が生まれてくるのかしら?
「彼らはヨナを『別人』へと作り変える予定でした。我々が救い出さなければ今頃は彼らの儀式が成立し、ヨナの魂……その人格は殺されていたかもしれません。身体だけを赤の他人に奪われて」
それがよく分からないのよね!
どういう事かしら!
「まぁ、何と言いますか。あの触手の邪神の中身を入れて、ヨナの肉体を乗っ取る計画だったんですよ。そして女性陣はその餌というワケです。私もよく分かりませんが、女好きの人格をヨナに憑依させようとしてたらしいので」
女好きね。
そういえばあの邪神は女なら犯すとか言われていたし。
「……今のヨナとは正反対ね!」
「まったくです。彼らの計画を未然に防げて良かったと思います」
「あ、ありがとう……」
フフン! ヨナは私とリンディスで立派に育ててあげないとね!
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