24 暗殺者と転生者(アマネ視点)
「聖女との謁見をさせて貰いたい」
そう要請があって、言ってきたのは、あのエルト・ベルグシュタットだった。
リュミ恋においてのセカンドヒーロー。
相変わらずのイケメンぶりで眼福だわ。
「エルト……さん。私に何か御用でしょうか」
私は、相変わらずルーナ……この世界の主人公……と行動を共にしている。
まぁ、もちろんプライベートな所は別なんだけど。
何せルーナの行動こそが私の『予言』の基本軸だからね。
特にその恋愛模様に付いては目が離せないわ。
まぁ、今回は私1人でエルトに会う事になったんだけど。
「……俺は先日、クリスティナに直接会いに行った」
「えっ」
く、クリスティナに? あのアタック値『カンスト』状態の悪役令嬢に?
ちょっと、なんて危ない事するのよ、この人。
フラグ管理が大変なんだからね、こっちは。
「会ったのだが……どう考えても『傾国』などと企てる女とは思えない。お前の予言、何かの間違いではないのか」
エルトはかなり冷たい声色で私を問い詰めてきた。
「うっ……」
ルーナ視点では優しく甘い囁きをしてくるエルトが、こんなにも厳しい、というか塩対応なのはちょっと凹むわよね。
「何だ。撤回するのならするがいい。今、撤回し、陛下に間違いを進言するのなら……少なくともお前のこれまでの功績だ。そこまでの咎めはないだろう。幸いクリスティナも傷を負ってはいない。アレならお前を赦すだろうさ」
何? エルトのクリスティナの評価がやたら高くない?
「お兄様!」
「エルト!」
「む」
私がエルトに詰問されていると、レヴァンとライリーが駆け寄って来た。
「もう、お兄様! こんなに行動が早いとは」
「エルト。何やら剣呑な雰囲気でアマネに会いに行ったというから来てみれば。一体どうしたんだ?」
ちょっとホッとする自分が居る。
まさか、あのエルトに詰め寄られるとは思ってなかったし。
なんて言えばいいんだろう?
昔はチヤホヤしてくれてたのになぁ、って感じ。
いや、実際のその相手は私じゃなくてルーナなんだけど。
「レヴァンよ。お前はどう思うのだ?」
「どうって何がだい?」
「クリスティナの事だ。あの女が傾国を企むような女か?」
「えっ」
レヴァンもエルトにそんな事を言われるとは思ってなかったわよね。
これってアレかな。
私はルーナが硫酸 (っぽいもの)を顔に掛けられるなんてエグい虐めを受けないよう、学園への入学を遅らせた。
ルーナはクリスティナに虐められることはなかったけど、そのせいでエルト達のクリスティナに対する警戒心が弱い……とか。
もう。フラグ管理が難しいわね。
やっぱり知識はあっても攻略情報なしだとなぁ。
「僕は……その。アマネの言葉を信じるしか、ないと」
「その選択に後悔は無いか? お前がここで聖女を拒絶し、改めてクリスティナを選ぶというなら俺は……レヴァン。お前に手を貸そう。アルフィナの派遣についてもベルグシュタットから兵を出す」
ちょ、ちょっと。変なフラグ立てないでよね!
クリスティナが王都に戻って来たら何が起こるか分からないじゃないの!
「それは……だが。そう簡単に覆せる話じゃない。エルト、僕は」
「…………そうか。ならば」
そこで。エルトは悲しそうな表情とは別に笑みを浮かべた。
なに笑ってるの?
「クリスティナが他の男に奪われたとしても、お前は何も言えないな」
「え?」
「は?」
「お兄様!」
え、どういうこと?
「相手はマリウス侯の娘だ。王太子が手放した以上、放っておかれる立場ではあるまい。不敬罪と言うが、彼女はアルフィナで功績を上げて王都に凱旋する事だろう。……誰かの邪魔が入らなければの話だが」
エルトは私を睨み付けた。
な、なんでエルトに睨まれてるんだろ、私。
やっぱりルーナじゃないから?
いや、流石にルーナみたいに可愛らしくはないけどさ!
その優しさの少しでも分けてくれていいんじゃないの?
「それで? 聖女よ。クリスティナを傾国と決めつけたからには、その手口を知っているのだろう?」
「えっと」
クリスティナのバッドエンドの多くは、かなり直接的な主人公陣営の殺害だ。
主人公目線のゲームだからね。
モブがいくら被害を受けたとしても、それはバッドエンド扱いじゃないっていうか。
でもこの世界は現実。
それでクリスティナがどう悪女と呼ばれるかなんだけど。
「……クリスティナの【天与】が最大の問題なんです」
「【天与】が?」
私以外の皆は全員、あの『怪力』を思い浮かべてしまっている。でも違うのだ。
「そのですね。クリスティナの本来の【天与】は『怪力』じゃなくて『毒薔薇』で……まだ目覚めてないんですよ。あの怪力はまた別の力なんです」
「毒薔薇?」
私は毒薔薇について教える。
その薔薇がどんな厄災を招くかと丁寧に。
「それでなくても……クリスティナはルーナにかなりの怒りを覚えていてですね」
「……やはりどう聞いても、だな。お前はどう思う、ライリー」
何? 私、話の途中なんだけど。
「……随分と印象が違うようには……思いますね。あの、聖女アマネ様?」
「う、うん?」
はぁ。ライリーもめちゃくちゃ可愛いわねぇ……。
これは姫騎士なんて言われるわ。
この世界の王族・貴族って美男美女が多過ぎよ、やっぱり。
「もしかして人違いという線はありませんか?」
「人違い?」
「予言書に載っていた悪女とは本当にあの人なの?」
「それは……」
私は自信を持って答えたわ。
「──間違いないわ。クリスティナが悪女なのよ」
……この話でベルグシュタットの兄妹からは、かなり不信感を持たれてしまったわ。
◇◆◇
「はぁ……」
「お疲れ様ね、聖女様」
「ミリシャぁ……」
ルーナとレヴァン以外だと今1番仲良しなのはミリシャね。
「ベルグシュタット卿に嫌われてしまったとか。……アマネ様ってベルグシュタット卿がお好きなんですか?」
「ええ? でもエルトはルーナが好きだしなぁ」
「えっ?」
「ん?」
ああ。こういうのバレると良くないわよね。
「ごめん、今のは気にしないで。忘れて」
「……ええ。ベルグシュタット卿のことをエルトって呼んでいらっしゃるの、アマネ様って。気を付けないと御令嬢達の嫉妬で焼かれてしまいそうだわ」
「あ、馴れ馴れしいわよね」
もしかして不敬だから怒ってたとか。
んー。ありえるかも。
ここは日本とは違う貴族制度のある社会だし。
身分はかなり影響が大きい。
……私がルーナじゃないって事を弁えておかないと。
それにしたってメインキャラの2人に敬遠されてしまうなんて思ってなかったけど。
「それはそうと聞きましたわ。ベルグシュタット卿の態度を。あの方……まさかお姉様のことを?」
「えっ」
それはエルトがクリスティナに惚れたとか、そういう系?
いや、まだルーナとの仲が進んでないからって、それはなくない?
「……ねぇ、アマネ様。お姉様は危険なのよね?」
「う、うん」
「だったら……アルフィナで魔物に殺されるのを待つだけなんて良くないわ。もっと他に何か手は無いの?」
「え?」
ミリシャ? なんか変な感じ。
「私、アマネ様の予言に救われたのよ。私が家であの人……お姉様にどんなに辛い思いをさせられてきたか。マリウス家の事を考えれば外に助けを求める事も出来ず。……それに私が結ばれる筈のレヴァン様との仲だって、あの人のせいで……。アマネ様には感謝してもし切れないわ!」
うん。ミリシャも大変だったんだろう。
何せ悪役令嬢の妹なんて……ルーナに救われるまで、ずっと辛い思いをして来た事が想像に難くない。
「──だから。一緒に考えませんか? あの悪女からこのリュミエール王国を守る手立てを。もう二度とあんな人をレヴァン様に、王都に近付けてはなりません。私、未来の王妃として国を守る為になら、どんな事だってしますよ」
ミリシャは固く決意したように私の目を見た。
うわぁ。流石はレヴァンの救済キャラ。
こういうところが王妃候補って感じなのね。
「そう、ね。もし次の手を打つのなら……」
「ええ」
「暗殺者のエリートがこの国に居る筈なんだけど、その人もルーナの──」
◇◆◇
ミリシャと話を終えて、用意された個室のベッドで寝転がったわ。
「……私に出来ること、全部してるわよね」
ゲームの知識をフル活用しての最高のハッピーエンドを迎える為に。
もっとヌルゲーだったら楽だったのになぁ。
「はぁ……。そろそろ1人の知識じゃ限界かも」
複雑な設定。しかもモブや背景描写から推察して災害となる出来事を伝えなければ、現実に生きている人々に被害が出てしまう。
中々にハードモードだと思うわ。
「あと気になるのは……ヨナよね」
ヨナは……ルーナの攻略対象だけどメインキャラじゃない。
リュミ恋はマルチエンドのゲームだけど、メインの攻略対象以外とも恋愛が出来たりするゲームなの。
つまり王子や騎士なんて貴族だけでなく平民との恋だって可能ってこと。
もっともサブストーリーな話で、それらは見ようによってはバッドエンドとも受け取れるみたいな。
メインキャラ攻略失敗って事だからね。
それはそれとしてルーナ自身はハッピーエンドで終わったりしているから、評価は賛否両論だ。
それで、その中のキャラの1人として居るのがヨナ。
ヨナは『転生者』だ。
よくある異世界転生キャラって奴。
現代知識を持っていて、魔法使い。
当然の如くイケメンで、女好き。
下半身で生きてるようなスケベキャラで、鼻の下を伸ばしては端正な顔立ちを台無しにしていたりする。
要するに3枚目みたいな? そんな感じのキャラクター。
ちょっと性格が悪めで捻くれ気味だったりする。
まぁ、あんまり行動を褒められたキャラクターしてないけど、そこはイケメン無罪なところよね。
だけど、この状況に陥った私には違う意味を持つキャラよ。
彼は日本の知識を持っているし、日本人の人格を有している。
……じゃあ、はたしてその彼が住んでいた『日本』とは何処になるのか。
私と同じ? それとも別世界の日本?
「もしも私と同じ世界から来た日本人の生まれ変わりなら」
ヨナはこれ以上ないぐらいの私のお助けキャラになってくれるかもしれないわ。
「たしかヨナが転生して目覚めた場所で……異世界知識無双で商売を始めるのが……ヘルゼン領にあるギルドだっけ?」
もしも私と同じ知識を持っているなら別の行動をするかもしれないけど。
早めに合流できるならしたいわよね。
なんていうか同じ世界から来た転生・転移仲間なんだし。
「暗殺者と転生者と……交渉かぁ」
色々と頑張って行かないとね。
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