207 蛮族令嬢クリスティナ
「──クリスティナ!」
「……エルト」
気付けば私の意識は現実世界へと帰ってきていた。
白銀のドラゴン、クインの背の上でエルトに肩を抱かれて身体を支えられている。
『ァアアア──!』
目前には巨大な白いアマネの姿をした巨人。
口から、身体の下から、黒い触手を生やした異形。
黄金の薔薇の蔓でその身体を縛られ、何とかその動きを止めている状態。
「……エルト」
「ああ」
「クインのことと、フォローを頼むわよ」
「……任せておけ」
「うん」
私は、彼に顔を寄せて、その唇に自身の唇を重ねる。
ほんの刹那の接触だけでも十分。
ここに私の愛があるのだから。
「イリス様、と他の二柱からも力を借りてきたわ。邪神は私が倒す」
クインの背中の上で立ち上がり、エルトに背を向けて、邪神ロビクトゥス=アマネと対峙する。
「アマネ! 今、終わらせてあげるわよ!」
私はクインの背を駆け抜け、そして空に飛び込んだ。
──カッ! と私の身体を包むように光が煌めく。
黄金の薔薇は服にも髪にも咲き誇り、そして私の背には女神イリスと同じように光の翼が生えていた。
実体のない、天与の光と同じエネルギーの塊。
女神の加護をこれでもかと体現した姿。
今の私は……空を飛び、舞う事を許されている。
『ァアアアアアアアアア……!』
空中に浮かび、邪神アマネの真正面に移動する私。
「──光翼蝶! そして……聖守護ッ! 女神メテリアと女神シュレイジアの力よ! リュミエールの民を守る為に王国の空を舞いなさいッ!」
光の奔流は続く。
邪神の巨躯の前には二柱の光の巨人が結実した。
女性らしいシルエット。
スカートの裾は花のように広がり、まるで花から光の女神が咲いているかのよう。
そして女性型の光から、青白い光の身体で出来た蝶々達が無数に飛んで行く。
光翼蝶はリュミエールの民の元に舞い、そして彼等を聖守護の結界で包んで守り、傷を癒してくれるでしょう。
一人たりとて、その命を零す事はない。
だって、それぐらいしてこそ『女神』ってものでしょう? フフン!
王都中に黄金の薔薇が咲き、光翼蝶が舞い、聖守護の光が煌めいていく。
『ァ、アア、ァアアアアア……!』
私が振るう3柱の女神の権能に驚愕しているらしいアマネ。
ちょっとアマネ本人っぽいリアクションよね!
『……貴様、貴様……! それは、それは反則だろう、が……!』
「あら」
巨人アマネの口から邪神の触手が伸び、わざわざ肉塊になって口を作って話し掛けてきた。
「……そんなこと、そこまでして言いたかったの? 転生者さん」
見るからに弱点のようにも見えるけど、口と舌だけだから違うわよね?
苦情は女神にお願いするわ!
「まぁ、3人分の巫女の力だけど。アンタを倒すのは女神を象徴する3つの天与じゃないわ。アンタは、この……拳で殴り倒す!」
光の翼と共に両手に天与の光を大きく宿す。
メテリア神とシュレイジア神と同じように、イリス神を象った光の巨人が私の身体に覆い被さるように結実した。
けど、他の二柱と違って光が薄い。
……たぶん、私の中に『本質』が宿っているからでしょうね。
三柱の女神の化身は、この場に私が居るからこそ結実していられる。
使命を果たすまで赦され、託された女神の天与。
……それでありながら『薔薇』でもなく『剣』でもない、天与。
『予言』ですらないそれは、女神っぽさを微塵も感じさせない。
一番、私が私らしく振るえる。
クリスティナの天与!
「私が初めて手に入れた力。──怪力の天与。
……覚悟はいいかしら? アマネ。
歯を……食いしばってなさいッ!!」
空を飛び、駆け抜け、そして! その邪神の身体ごと、あんたの野望をぶち壊してあげるわよッ!
『……や、やめっ……!』
邪神が死に物狂いで巨体の腕を薔薇から引き千切り、私に向けて巨大な手を振るう。
私は突進したまま、その腕を。
──ドッゴォオオオオオッ!!
『ぎっ……!!』
一撃で粉砕する!
『ぎゃあああああああ……ッ!』
巨人の手の平が砕け散り、腕だけが残る。
「こんなもんで……! 終わりじゃないわッ!」
がむしゃらに振り回されたもう片方の腕も殴り返して、粉砕する。
『ァアアアアアアアアッ!』
崩れる邪神の身体を必死に守り、支えるように黒い触手が湧き出してくる。
「はぁあああああああああああッ!」
私は空を飛び回り、邪神の腕を、肩を、頭を、胸を、心臓を、殴り、砕いて、貫く。
『ギャァアアアアアアアア!!』
尽きる事のない力。女神の光をすべて邪神の巨躯に叩き込み、飛び回って。
『ァアアアアアアア、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロォオオオ!!』
大地スレスレを飛んで泉の水を割るように左右に弾き飛ばしながら、邪神の根元から削り、崩した。
『ァアアアア!!』
どんどん崩れていく邪神の身体。
残されたモノを必死に繋ぎ合わせ、何とか生き残ろうと執着するモノ。
「……しがみつくじゃないの! アンタ、分かってる? 今のアンタの姿……神でも何でもないわ!」
『な──』
「みじめな負け犬! 黒いベタベタの、残りッカスよ! 誰も今のアンタを見て『神』だなんて崇めたりしないでしょうね! フフン!」
『────』
おそらくそれは『コレ』にとっては重要な事。
人々からの恐怖を、強大過ぎる力、手の届かない大きさに対する畏怖を引き出せなくなる。
それは神が崇められず、信仰されなくなる過程。
矮小なモノへと墜ちる証。
「あんたはもう神様にはなれないわ。良くて女神の物語に出てくる、迷惑な大きい獣。その程度の存在として語り継がれるの。……フフン! 私の王族としての最後の仕事として、そう広めてあげるわ、ロビクトゥス。
あんたは語り継ぐに値しない。
リュミエールにとって、取るに足りないモノだってね。
幸い、この後、西で竜帝との戦いがあるから。
そっちの方を大々的に宣伝する事にするわ!」
あっちのドラゴンは黄金だとかフィオナが言ってたわね。
白銀のドラゴンと黄金のドラゴンの対決!
うん。こっちの戦いよりも大きく人々に知らしめてあげましょう!
フフン! ドラゴン対決は私が主役の物語で決まりね!
アルフィナ領の再興に利用してあげるわよ!
『きさ、貴様ァアアアア! クリスティナァアアアアッ!』
「あんたに名前呼びは許してないわッ!」
私は邪神の胸を抉り、そして貫いて飛んだ。
──ドゴォオオオオッ!
『ァアアアアアアアア……!』
「最後の仕上げね! ……毒薔薇ッ!」
天与でありながら不純な力の流れ。
毒薔薇は異界の穴を押し開く。
「それだけの魂があれば……十分でしょう? 女神保証で繋げてあげる。
アマネ、あんたがゲンダイ国へ帰る為の『道』を!」
『──────!』
邪神に宿った転生者達の魂の流れを道標に、邪神の身体をエネルギーに変えて。
一度は開いた事のあるリュミエールとアマネの世界を繋ぐ道を、また開く。
そしてしばらく持続するように女神に……祈る!
最後の仕上げは、女神様のご機嫌次第ってところよね!
「転生者達は! アマネより一足先に……元の世界に、還りなさいッ!!」
『ァアアア! クソ! クソ! お前の、どこが……王妃候補の令嬢だッ! 殴って蹴って! ただのチートの、野蛮人だろうが……ッ!』
今言う事かしら、それは!?
あと王妃候補っていつの話をしてるのよ!
頭の中が予言書の知識で止まってるのよね、コイツ!
私はクリスティナ! 王妃候補の、お淑やかな令嬢なんてとっくに捨てた悪女!
「私は! 蛮族でけっこう! アンタみたいなのをぶん殴るのに、王妃なんて大層な身分は要らないっていう事よッ!」
『ヤメロ、近付クな、クソ、クソォオオ……!』
最後に残った一塊の邪神の肉体。
黄金の薔薇の蔓で雁字搦めにされたソレに向かって私は下から拳を叩き込む!
「────フンッ!!」
ドゴッ!!
『ァアアアアアアアアアアアアアッ……!』
黒い肉塊が爆ぜ、その周りに纏わりつく黒い煙は螺旋を描く。
空の穴を開き、道を開き、異世界へと繋げていく……アマネが帰る為の道。
「…………」
肉塊から解放されたアマネが、空から落ちてくる。
「よっと」
私は、気を失っている彼女の身体を、空で受け止めた。
「……うん」
『道』は出来たわ。何か月もは保たないけれど。
そこは女神保証。
アマネが目を覚まして、……ルーナ様やレヴァンにお別れを言ってから帰る時間の余裕ぐらいはあるでしょう。
「これで……すべて解決ね! ──フフン!」
私は『予言の聖女』アマネをお姫様のように抱きかかえながら……胸を張ったわ!




