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206 三女神

 気が付けば。私の意識(・・)は違う場所に立っていた。


「……ここは」


 暗雲の向こうは昼間であった筈なのに、遠景は夜空で埋め尽くされている。


 まるで大地の外に放り出され、夜空の世界へ降り立ったみたい。


 見渡す限り、その大地は殺風景。

 土ではなく、岩と砂? 私が地面をぶん殴ったみたいにボコボコとした大きな穴がそこかしこ空いていた。


「……あれは」


 見上げれば夜空には、一際大きな……何かしら。

 青い色をした……、空の……だから……。


「……?」


 壮大過ぎる光景。

 アマネの世界に知識としてあったかしら?

 あったとしても私には認識しかねる程の……大いなる自然。


「……、……、……『(ほし)』……?」


 夜空の中の一面に広がる青。

 あまりにも大き過ぎる青い、大地。


 スケールが大き過ぎて言葉を失う。


「で、どこなのよ、ここは?」


 私は景色から無理矢理に視線を外して、自分の身体に目を向けた。

 両手を見て、握ったり開いたりしてみる。


 ……ここにあるのは私の身体じゃないわ。

 私という意識がここにある。


 ……呼び出された? 誰に。

 あのタイミングで私を呼んで、呼べるのなんて。



『──クリスティナ』

「……っ!」


 耳、ではなく意識に直接に話し掛けられた。


 接触の仕方が人間のそれではない、圧倒的な存在感。


 光の粒子が辺りに湧き始めたかと思うと、一つの塊になり、やがてそれは人型に結実する。


 私を包みこむような大きさの手の平。

 邪神となったアマネとは違う、神々しさを感じさせる。



「……女神、イリス……かしら?」


 私と同じ、と言うのも変だけれど。

 髪の長さは腰まで伸ばしている女性。


 なんとなく雰囲気は? 似てるのかしら。

 どちらかと言えば私自身よりも、母……を感じさせる気配。


 ……私とセレスティアお母様って似ているらしいし。

 そのぐらいの違いと似通った容姿?


 そんな神々しい人型が天与と同じ光を纏い、私の前に座っている。

 私との最大の違いは大きさだけれど、もう一つの大きな違いを上げるとするなら、その背に翼が生えている事かしら。


『ふふ。そう。イリス。私はイリス』

「……まぁ、随分と、女神っぽい……わね?」

『ええ。だって貴方や、人の作り出した姿でもあるもの』


 ふぅん?

 私やリュミエールの民のイメージがそのまま女神イリスの姿になっている……って事かしら?


 だとしたら、ちゃんと『女神』として崇められているのね、イリス神。

 邪神扱いされてたらアマネやユリアンみたいな異形のバケモノになってたかもしれないわよね。


「どうして私の前に姿を現したの?」

『どうして? 呼んだのは貴方の方よ、クリスティナ』


 ……まぁ、たしかに。

 力が足りないからって傲慢に呼び掛けたわよね。


 でも、まさかこうして女神様に本当に謁見できるなんて。


「……力、貸してくれるの? イリス神様」

『ふふ。貴方が、貴方のままなら、ね。この先も、いつでも、ずっと』


 私が私のまま?


「…………どうして私に薔薇を授けてくれたの?」


『どうしてかしら。ただ、貴方が気に入ったというのもあるわ。

 そして必要な運命だったから、とも言える。

 貴方も知っているように、貴方の国には私達を脅かそうとする邪な気配が根付いていたから』


「邪神と邪教については察してたのね?」


『ええ。何よりも彼等はまず、私達を願ったのよ』


「……三女神を、願った?」


 どういう意味かしら。


『あの人達の願う、望む、そんな女神であって欲しいと。……だけど』


 だけど?


『彼等の祈りは続かなかった。そして私達の愛する人々とは相容れなかった。ただ、邪なる願いで……私達を穢し、手に入れようと欲した。

 自らがその場所に立ちたいと。

 私達を手に入れ、とりこんで、ね。

 貴方が持つ力が欲しいと、その身体に取り憑こうとするように。

 私達という存在に彼等は寄生し、或いは食べて取り込んでしまおうと考えた』



「リュミエールの神の乗っ取り……」


『そう。人々が祈るからこそ、私達は在り、今の私達になるのだから。

 けれど、これは自然な事でもあるわね。

 時が流れれば流れる程、私達への祈りは希薄になる。


 そうならない為に、というのもあるわ。

 クリスティナ。貴方のような子に私達を分け与えるのは。


 人は、奇跡を目にしなければ私達に祈らない。祈らなくなる。

 だからね。


 偶にね。こうして人に手を貸すの。

 もちろんそれだけじゃないのよ? 邪なる者達は、放っておけば私達や人を脅かしていたでしょう』



「……そうでしょうね」


『でも彼等。簡単じゃあなかった。最初に私達に祈っていたから、その片鱗を持っていたのもある。人って怖いわね。貴方達が『神』だと言うように……アレもまた『神』と呼んでいいものだから』


「邪神……ロビクトゥスが?」


 まぁ、私だってあの姿を神の一種だと認めてしまったけれど。


「でも、アレ、本当に邪悪な方の神でしょ? 悪魔とか呼んだ方がしっくり来るぐらい」


『その違いは知らないわ。でも、きっと、そうだと祈られたらクリスティナの思う良くない姿に変わってしまうのでしょうね』


 人間が皆、一緒に同じような姿を思い描いたりはしないと思うけど。

 アレは少なくとも神様みたいなものに変わりない。


 だから私のように天与を授けて防ごうとした?



『彼等がどうしたいか。どうなるのかも見えていたのよ。

 本当はとっても危なかったわ。


 今も危ないのよね。運命は黒く染まる寸前だった。


 だけどクリスティナ。貴方が貴方のままだったから、彼等の百年は何にも成らなかったのよ』



 百年? 百年計画だったの? 邪教の邪神降臨計画。

 私の生まれる前からじゃないの。


 ……でもそうよね。

 ルフィス公爵家に入り込んで、それにお母様やお父様、ルフィス公爵夫人も……おそらく邪教の犠牲になって。



「アイツら、ずっと前から未来の事を知ってたの? 私やルーナ様達が生まれる事を知っていた?」



『すべては知りえなかった筈よ。でも、彼等が見る未来はどんどん正確になっていったの。

 というよりも、彼等の望む形に運命を書き換え始めたわ。

 ふふふ。だって、まさか異なる世界(・・・・・)まで巻き込んで計画を立てるなんて。


 異なる世界の理を挟むから私達の目から逃れられる。

 異なる世界の理から生まれたから人の世から外れた存在、『神』にだって成れた。


 何故、そこに至り、成し遂げられたか。

 あちらの世界からの迷い人が居たのよ。貴方からしたら昔に、ね』


 そうなの? 迷惑ね……。

 異世界を計画に交えた事で、こっちの世界の女神の監視からまんまと逃れる事ができた。

 邪教徒達が思いの外、好きに出来ていたのはそれが理由ね。


 私だって王都の襲撃やアマネの邪神化に対して勘が働かなかったし。

 誤魔化すのが上手かったって事よね。



『クリスティナ。貴方は何を望むの?』

「……あの邪神を退ける力を貸して欲しいわ。今のままじゃ押されてるの。このままじゃ王都の民に犠牲が出る。私はそれを見過ごせないわ」

『人々を救いたいのね?』

「ええ」


『それは……あの子も?』


 あの子って。


「……アマネのこと?」


『そう。貴方達が呼ばれるべきだった聖女の名を奪った娘。異なる世界から肉体を持って落ちてきた、あちらの人』


 んー。やっぱり私、聖女じゃないの。

 フフン!


 でも、ルーナ様とルーディナ様もお揃いね。

 巫女と聖女、どっちが強そうかしら?


 ま、どっちもどっちよね。



「どうしてそんな事を聞くの? 女神なんでしょ。アマネだって救うべきとは言わないの?」


『ううん。あの子は私達が見ている()じゃないもの。だから救わなくてもいいわ』


「…………」


 女神って思ったよりもシビアね……。

 まぁ、自分の領民とか、自国民じゃないから救済対象外とか、そういう事かしら……。


 たぶん、アマネが元の世界に帰っても女神様達のお腹の足しにもならないでしょうし。



「それでもよ。私はアマネの事も救いたいわ」


『……どうして?』


「どうしてって」


『クリスティナ。貴方は、彼女に貶められたわ。彼女は貴方を穢そうとした。貴方はそんな人ではないのにね。他の誰でもない、貴方だけはあの子を恨んでもいいと思うわ。

 本当は、もっと迷惑な存在だったけれどね。

 クリスティナだけは、分かり易く、過剰にあの子に被害を受けたの』


 女神視点でもそう感じるのねぇ……。

 まぁ、当然よね。うん。



「そうね。だけど、それも過ぎた事だわ。それにアマネが引っ掻き回さなかったら……。

 私がエルトと結ばれる運命は、なかったかもしれない。


 レヴァンと婚約者のままだとか。

 リンディスと駆け落ちするとか。

 カイルと再会して結ばれるとか。


 ……そういう結末が待っていたかもしれないわ」



『……それらの運命は嫌だったのかしら?』


 嫌、か。

 ……うーん。どうなの?


 別に嫌と拒絶する程じゃないわよね。


 まぁ、今となってはレヴァンとかは、ちょっと嫌かもだけど。

 でも前までは普通に婚約者のつもりだったし。未来を疑ってなかったわ。


悪役令嬢(わたし)』の気持ちも知っているから、リンディスと駆け落ちするのも悪くないって思えるし。


 カイルとは上手くやっていけそうな気はするわよね。

 アルフィナ領で過ごしている延長線みたいな生活でしょう。



「嫌、とかじゃないの」


『そう? だったら』



「でもね。イリス様」

『うん』



「──私、エルトと結ばれるこの運命が気に入ってるのよ」



『────』


 たぶん、私とエルトが恋人になること。

 凄くお似合いだって色んな人に言って貰えるんじゃないかしら?


 他の異性と結ばれる運命だって想像できたかもしれないけれど。



 今以上に『クリスティナ』らしい運命だったかって聞かれたら……ね?


『この運命で良いでしょう?』って胸を張って言えるもの、私。フフン!



「だからじゃないけど。結局、私にはアマネを憎む理由も、恨む理由もまるでないのよ。だから彼女を赦してあげてもいいわ。それにね、イリス様」


『……うん』



「私、貴方の天与? で、アマネが家族と過ごす姿を見たわ。

 ……マリウス家で育った私は、家族なんて分からないかもしれないけれど。


 あの子の家族は……とっても平和で、平凡で、愛があったの。


 たとえ彼女がリュミエールの民でなかったとしても。

 あの姿こそが、私が守るべき民の生活だと思う」



 こう見えて私、女子爵だからね! ついでに王族!

 ましてや女神に力を授かったもの。責務があるのよ。


 他国の民であろうとも悪戯に奪い、傷つけて良いとは思えないし。

 目に付いたのなら尚のこと。


 ノブレス・オブリージュ。


 貴族として生まれ、育ち、爵位を、力を持った者には果たすべき責務があるわ。



 それは今は民を救う事。そして邪神を倒す事だと思う。

 アマネに手を差し伸べるのは余分かもしれない。


 ……うーん。

 私の中の『責務』では、彼女にも手を差し伸べるべきって思うのだけど。


 この場合はイリス様の方が正しいのかしら?

 現に王国に戦火を招いているのだし?


 だったら、これは責務とは違うかしら。うーん?



「……クリスティナ・オブリージュ?」


 私が、私に課す責務。

 私が、私らしい行動をし、振る舞う、そんな在り方。矜持とも呼べるもの。


 ここでアマネを見殺すのは、私らしくないと思うわ。

 だから彼女も助けるの。


 ミリシャも、ユリアンも。気に入らなくても、ね。

 まぁ、全員じゃないわよ。うん。

 ケースバイケース……フフン!



「でも助けるのには力が足りないの。だからイリス様にも力を貸していただきたいわ。私が、私らしい事をする為に。私の、やりたい事をする為に」


『…………ふふふ!』


 と。


 女神イリスは大きな身体を揺らして笑ったわ。

 それは気持ちのいい笑い。


 機嫌は損ねていないみたい。むしろご機嫌ね?



『いいわ。だから貴方のこと、好きよ。クリスティナ』


「イリス様」


『いいのよ。そう生きていきなさい、クリスティナ。貴方は、貴方らしく。誰にも曲げられず、穢されず、思うままに。愛するままに。自由に……。

 そんな貴方だからこそ……私は、私を分けても後悔しないわ』


「……あ……」



 女神イリスの姿が再び、人の姿から光の粒子へと還っていく。


『イリスのお気に入りは面白い子ね』

『本当。ふふ。とても可愛らしいわ』


「……!?」


 あれ? この声って、ルーナ様とルーディナ様?

 でもこの不思議な空間にあの2人が居るワケがない。


 だとしたら、今、イリス様以外が声を上げたのなら。



「……女神メテリア様と、女神シュレイジア様……?」


 二柱とも光の姿。

 辛うじて人型のままだけれど、その顔は、はっきりとは結実しない。


『私達からも分けてあげる』

『大一番だからね。皆の前であれを倒してみせてね。ふふ』


「…………!」


 ……なんか、二柱からも力を授かった気がするわ……?

 そんなに要るかしら?


『クリスティナ』


「……イリス様」


『これからも貴方は愛のままに、自由に生きてね。私から祈るのは、それだけよ』


「………………、うん。ありがとう。イリス様」


 また会えたら。


 そう口にする前に、再びすべてが光に包まれていったわ。


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