204 邪神との決戦
「クリスティナ!」
白銀のドラゴン・クインから飛び降りて攻撃した私。
そしてクインの背には、エルト達が残っていた。
私は上空を飛ぶクインの背から顔を出しているエルトに手を振って応える。
金色の髪と翡翠の色の瞳を持つ、黒衣の騎士。
エルト・ベルグシュタット。
空想の中の私ではなく、ただのクリスティナが好きになり、選んだ愛しい人。
女神の天与は愛の力で邪悪を祓う。
黄金に咲く浄化薔薇は、何よりも彼を愛する気持ちがあれば強く輝くわ。
「────」
私は視線を地上に移した。
戦場はマリウス領の一角。
空には黒い煙、瘴気が渦巻く異界の大穴が開いている。
空に開いた穴からドロリと溢れた黒い泥。
泥は個体化し、異形のバケモノとしてそこに在った。
受肉した呪いでできた、触手の身体を持つモンスター。
異教徒達の神、邪神ロビクトゥス。
……こいつ、たぶんユリアンよね?
なるほど。邪神の頭とか、核になる為の存在? ってことかしら。
その為に目を付けられ、育てられた男。
祓うべきなのは『肉』の方なのに、厄介な頭脳を宿してしまったみたい。
脅威でしょうね、それは。
野性の獣ではなく、知性を備えたバケモノが相手なのだから。
「ふぅ……」
……今、私の左眼は潰れている。
『予言の天与』を暴走させ、一人の人間、一人の人格として成立する程の情報を持った『悪役令嬢クリスティナ』に私の身体を明け渡した、その代償。
暴走モード……悪役令嬢モードに変身! って所よね。
身体は、実はかなり内側からズタボロ。
天与がなければ、まともに動かせないかもしれないわ。
こんな時は……、そう。
「ルーナ様! 私の身体、治してちょうだい!」
「えっ!?」
ブヨブヨと蠢き、身体を回復し始めたロビクトゥス=ユリアンを無視して、私は後ろに居るルーナ様に声を掛けたわ!
治療の天与持ちは、やっぱり貴重よね!
「クリスティナ様! 今、完全に攻撃に移る流れでしたよね!?」
「身体中が痛いの! 割とそれどころじゃないわね!」
「さっきまでの自信はどこに!?」
「自信はあるわよ! フフン!」
私は胸を張ったわ!
それとこれとは別の話よね!
あと胸を張るのも、身体が痛いわ!
『おの……れぇ!』
と。
蠢く邪神から声が漏れたわ。
ま、あの1発で死んだら拍子抜けだものね!
こいつが最後で、最強の敵ってヤツでしょ?
倒したらエルトと一緒に西へ向かって竜帝との戦いね!
伸びてくる触手を私は仁王立ちで待ち構えて見せる。
『クリスティ……ナぁあああ!」
「フフン!」
痛くて動けないから胸を張って構えて睨み返してあげるわ!
「クリスティナ様!? 避けてっ!」
ルーナ様が私を心配して声を上げる。だけどね。
「──彼女に……触れるなッ!!」
私の後を追って今度はエルトが、上空を飛ぶクインから飛び降りてきた。
そうよね。エルトがこのぐらいの高さや、敵風情に怯える筈がないもの。
『ぎゃっ!』
そして彼が振るう黒い刀身の剣が、邪神の身体を打ち据える。
空からの落下の勢いを攻撃に転じつつも、私と違って身のこなしで落下のダメージを柔らげている辺り、流石は本職の騎士ね!
そして、そのまま私の元へ駆け寄ってきた彼が剣を仕舞ったかと思うと、私の身体を横向きにお姫様のように抱きかかえて駆け抜ける。
「クリスティナ。相変わらずキミは無茶をする」
「フフン! 1発いいのを喰らわせてやったわ! エルトもやったわね!」
「そうだな。意外とアレは斬れる身体をしている。あれならば恐竜の方が硬そうだ」
「うん。でも厄介なのはアイツ、肉体が再生するっぽいところよね」
恐竜、翼のないドラゴンみたいなもの比較して邪神ロビクトゥス=ユリアンの強さを計る。
火とか吹かないのかしら? 殴ったり斬って倒せるなら、ただの魔物と大差ないのだけど。
そんなやり取りをしている間に、エルトに抱えられながら、あっという間に敵対陣営を抜け、ルーナ様の元へ送り届けられたわ。
あっ。ルーナ様の結界が私達を素通りさせてくれてる。
不思議な仕組みよね。今は拒絶されてないって事かしら?
初めてこの結界を見た時は完全に拒絶されてたのよねー。
「ラトビア嬢。すまないが、クリスティナを治すのに力を回せるか?」
「わ、分かりました! 頑張りますが、結界に割く力が弱まるかもしれません!」
「ああ。俺はレヴァン側に回って、戦力をカバーする」
エルトが戦線に加入。
代わりにルーナ様の結界が弱体化ね。
そこは騎士達。なんとか頑張って貰いたいわ。
「……とぅ!」
「きゃっ!?」
シュタ! っと。
セシリアが私の傍に着地してきたわ?
「セシリアもクインから飛び降りてきたの?」
「……はい。クリスティナお嬢様」
カイルの妹、私の侍女、セシリア。
黒い髪と黒い瞳に侍女服を着こなしている。
元暗殺一家の娘……なだけでは説明できないぐらいの技能と腕を持つ女の子よ。
マリウス領の調査に先行で来ていたセシリアは、同行していたリンディスと一緒に捕まっていたの。
でも、そこはそれ。
謎の多彩技能持ちなセシリアは、捕まっていた牢獄から脱出していたみたい。
ただ、リンディスの方が痛め付けられていて、その看病で今まで身動きが取れなかったそうよ。
私とエルトがそれを救出して合流。駆けつけたクインに一緒に乗ってこの戦場にやってきたわ。
『キュルアァ!』
「……お嬢。あんまり無茶をなさらないでください」
クインがゆっくり空から降下してくる。
背中にはリンディスが乗ったまま。
流石に今のリンディスは飛び降りなかったわね!
「リンも大分、無茶だけどね?」
主従揃ってボロボロな状態で敵の親玉と対峙するなんてね。
ひとまずルーナ様の結界の内側に私達は集まる。
セシリアに抱き抱えられて、ルーナ様の治癒を受けるわ。
「……やっぱり3人揃った方が天与の力が強まるみたいね」
ルーディナ様が今の戦況を見ながらそう呟く。
「はい。それにベルグシュタット卿の戦線復帰はありがたいです。レヴァン様も助かりますよ」
視線を向ければ、エルトがさっそく異形の天使? 達を切り伏せている。
一人で突出しても味方は構わない。
エルトが単騎で敵の戦線を乱して、数を減らす。
レヴァンは、全体をまとめているみたいね。
第三騎士団が居れば動きも変わるでしょうけれど、エルトとレヴァンはああいう陣形が性に合っているのかもだわ。
「うっ……」
「クリスティナ様。平気なのですか?」
「平気じゃないわねぇ……」
ルーナ様の光が私の身体を癒す。
内面からボロボロになっているからか、それとも結界に力を注いでいるからか、効きは良くない。
それでも楽になる感じはするわ。
「ありがとう、ルーナ様」
んん。でも、アレね。左眼が痒い……。
これ、もしかして潰れた眼まで治るのかしら?
そうだとしたら凄いわ。
「……ユリアン、天与の妨害をしてこないわね?」
邪神に取り込まれたか、或いは取り込んだユリアンはこちらを認識しているでしょうに、天与を封じてこない。
力に溺れて小手先の振る舞いを止めたのか。
それともあの状態では出来ないのか。
……『ユリアン公子』という人間だからこそ許されていた技能、なのかも。
アマネと運命に関係するような……。
「ユリアン兄様……」
ルーディナ様が異形に堕ちた兄を哀しげに見据える。
彼女の周囲や戦場を舞うのは何匹もの青白い光で出来た蝶。
ルーディナ様の『光翼蝶』の天与にも浄化の力が宿っているみたい。
私達の天与は相互作用を持つ。
今、ルーナ様の結界と邪神の瘴気が押し合っている状況ね。
私とルーディナ様が傍に居る事で結界と治癒を同時に行っても押し負けていない。
ルーナ様が倒れたら、その時点で全滅。
さらに味方が戦線を維持できていたのは、ルーディナ様が『光翼蝶』で騎士達に浄化の加護を与えているから。
……ここで私のするべき事は?
怪力だけが私の天与じゃあない。
「──浄化の黄金薔薇」
騎士達に迫る敵の前に壁のように黄金の薔薇を咲かせる。
そしてルーナ様の『聖守護』の結界を強める為に、結界の内側にも。
騎士達の戦闘がより安定してくる。
エルトの活躍で士気も上がっているみたい。
……でも、問題はユリアンね。
さっき潰した身体が再生し、動き始めたわ。
「……クリスティナ様」
「ええ。ルーディナ様。私の役目よね」
浄化の力は効くらしい。
邪神だものね。初めて遭遇したヤツとも変わりないわ。
「──浄化の薔薇槍!」
ザシュシュ! と、ロビクトゥス=ユリアンの触手に地面から咲かせた薔薇の槍を叩き込む。
『ぐぅううう!』
邪神と異形の天使達。
そして混成騎士団と女神の巫女3人。
戦力は拮抗している。
私が牽制しつつ、動けるようになれば一気に攻められるわ。
「うぐ……ぅぅ」
「お嬢様!」
「大丈夫、ただ……熱いの、左眼が……。ルーナ様、これ」
私はルーナ様を見上げた。
コクンと力強く頷き返してくれるルーナ様。
「はい。クリスティナ様とルーディナ様が傍に居てくれるなら。……それにクリスティナ様が対象なのも、でしょうか。これなら……いけます!」
自然と彼女は私の手を取った。
私もルーナ様の手を握り返す。
事態を察したのか、ルーディナ様もルーナ様の後ろから手を添える。
光の奔流、注ぎ込まれる力。そして感じるのは……愛。
……私は、私達は……たしかに力の向こうにある存在を感じた。
三柱の女神、イリス、メテリア、シュレイジア……。
邪神に対抗する為に地に降りてきてくれたその存在がたしかに、ここに。
一際強い光が止むと、敵対していた堕天使達が動きを止めている。
そして。
『ぐぅぅぅ……!』
邪神も怯んでいるわ。
「エルト!」
「……ああ!」
私の声に反応してエルトがまっすぐに邪神の身体へと駆け抜ける。
『くっ! 貴様にだけはあああ!』
「その姿になっても負け惜しみとはな。残念だ。ユリアン公子。本来の貴公と戦ってみたかったよ。驕りに満ちた人格に乗っ取られ、鍛錬を怠った者など」
そして、駆け抜け様に無数の触手を切り払い、さらに最も太く力強い触手すらもエルトの魔剣が切り落とした。
「──まったく取るに足らない。貴公が決勝で競う相手でなくて良かったな。つまらない試合になっただろう」
『貴様ぁああああッ!』
完全に。エルトに意識を集中させた邪神。いいのかしら。
「あんたの、その身体の! 脅威は!」
エルトが切り開いた道を、私は既に駆け抜けている。
「──私でしょうがッ!」
ルーナ様の天与で全快し、左眼すらも元に治った私はエルトの後ろから飛び込んだ。
『……ぐッ!?』
「──フンッ!!!」
ドゴォッ! と私は今までで最も力強い光を纏った拳を邪神の身体に叩き込む。
「はぁああああああッ!」
全身に光を纏ったような状態で、その中でも両手に天与の光を集中させる。
そして。
「ぁあああああああッ!!」
殴って! 殴って! 殴って!
殴って! 殴って! 殴って!!
……ぶん殴り続けるわッ!!
『ギッ、ィィァアアアアアアアアッ!!』
天与の光を纏った拳が、邪神の身体に叩き込まれる度に致命的な崩壊を引き起こす。
回復する間さえ与えない。
叩き潰し、殴り潰し、すり潰す。
邪神の細胞すべてに『この世に居てはならない』のだと刻み込んであげるわよッ!
「あんたは! 空の大穴の向こうにすら帰るのを赦さないわ! そこで朽ちて! 消え果てなさいッ!」
『……ァアアアアアアア……!!』
ユリアン公子の『声』で上げられる悲鳴がズレてくる。
それは複数の男達の声。
若くも感じる。それなりに歳をとっているようにも。
そんな男達が何人も集まって同時に上げるような悲鳴。
「フンッ!」
私はまた高く飛び上がる。そして大きな青い瞳の眼球に飛びついた。
「──浄化の、千本槍ッ!!」
黄金の槍。薔薇の花などただの装飾のように。
先端を尖らせ、棘を生やした蔓がまっすぐ伸びて金属の槍を思わせる。
それらが邪神を中心にして花開くように360度、全方位に伸び、邪神の肉体を貫いた。
『ぎっ……!』
「……あ」
「──! エルト! ここ! ユリアンの身体があるわ! 斬って、救い出して!」
「……任せろ!」
大雑把な攻撃は私が担当し、繊細な攻撃はエルトに委ねる。
「咲きなさい、イリスの薔薇。人を救う為に」
邪神の身体に黄金の薔薇が咲く。
それは内側から根を張り、一人の人間を包み込むように。
「はッ!」
余分なモノはエルトが切り分ける。
そして邪神の肉体から青い髪の男が抉り出された。
「……その身体はルーディナ様のお兄さんのモノよ、転生者。元の世界で、自分を愛せなかった哀れな魂達」
だから。
「出て! いき! なさいッ!!」
打撃ではなく、浄化。天与の光のみを打ち込むように。
光で、本来は触れられない筈の魂をユリアンの肉体から押し出す。
抵抗が強い。こびりついているのか。それとも数が多過ぎて詰まっているのか。
「はぁあああああッ!!」
『やめろ、やめろ、やめろぉおおおおおおッ!!』
殴って! 殴って! ぶん殴るッ!
聞こえる声はもう完全にユリアン公子のモノじゃあない。
彼の身体の内側に巣食い、乗っ取っていた哀れな魂の集合体達の断末魔。
私の攻撃から逃れた邪神の身体もエルトが切り刻み、咲かせた薔薇の光に浄化され、消えていく。
「──フンッ!!」
『うごぇッ……!』
ユリアン公子の身体をめちゃくちゃに殴ってしまったけれど。
最後にお腹を殴った、その衝撃で彼の背中が弾け飛んだ。
肉片? 邪神の肉と、魂の集合体が霧散し、彼の身体から追い出される。
集合体だったソレは、ほつれ、砕け、分解されていく……。
「一片たりとも! 残ろうとしてんじゃあないわ! アンタ達の世界に! 帰りなさいッ!!」
薔薇の蔓で浮かせ、引き寄せ、殴り、殴る。
彼の身体の隅々から、邪悪な魂をすべて、余すところなく追い出し、打ち払うッ!
殴って! 殴って! 殴り続けるッ!
「はぁああああああああッ!」
『や……めぇえ、ろぉおおおッ!!』
知った事じゃあないわね!
「──フンッ!」
『ぐべっ……!!』
特大の光を込めて、全身を『面』で押し出すように下から上へ拳を振り抜く。
それと同時に光を放つ黄金の薔薇の花びらが、竜巻のように渦巻いて彼の身体を包み、押し流した。
完膚なきまでにユリアン・ルフィス・リュミエットの肉体から『転生者』達の魂を根こそぎ叩き出してやったわよッ!!
邪神の身体と、渦巻いていた瘴気が祓われていく。
それと同時に空に開いた異界の大穴も、私がユリアンを空へ打ち上げた薔薇の上昇気流がぶつかり、塞がれていくわ。
『ぐぅううぁああっ……! 身体! 身体がぁあああ!』
……まだ残ってるの?
しつこいわね! でも、ユリアン公子の身体からは叩き出せた筈だわ?
「シッ!」
エルトが落ちてくる公子の身体を受け止める。
「はぁ、……中身は、どこに?」
「瘴気にまぎれた? いや、固まって……、これは」
霧散していく瘴気が固まり、一つの塊を形成する。
『まだだァ! まだ! まだ! 聖女を生贄にすればいい! 元からその為の贄! 貶める為の!!』
「クリスティナ、下がれ! ヤツの狙いは!」
私?
息はついたけど、まだ戦えない程じゃない。
天与を転生者の浄化に使うと著しく消耗するけど、それでも。
「……む?」
「あら?」
『ハハハハ! お前達の! 負けだ! ほとんどが、そこに居る! 名の付いた連中が! 俺の邪魔をする者はぁ……居ない!』
逃げた? どこへ?
待って、聖女? それは。
私達の、現実の世界において、その呼び名で呼ばれているのは。
「……アマネ、狙い?」
黒い塊、残りカスのような肉片と瘴気が竜のようにも見える形になって……この場を離れて飛んで行く。
方角、行き先は……王都?
クリスティナも、ルーナ様も、ルーディナ様も。
エルトも、レヴァンも、カイルも、ユリアン公子も。
リンディスも、セシリアもよ。
みんな、みんな、ここに居る。
居ないのはラーライラぐらいだけど、彼女はベルグの領地に居る。
『シナリオ上』で必要な人材は、ここに集まってしまった。
それはつまり、邪神に対抗できる人間が王都には居ない、ということ。
「──クイン! 追いかけるわよ!」
『キュルゥゥァアアア!』
私は白銀のドラゴンに飛び乗り、すぐ様追いかけた。
乗せられる人だけ乗せて……、みんな、無理ね。
疲れているのと固まっているので動けない状態。
「エルト!」
「ああ!」
上昇するクインの背から薔薇の蔓を伸ばしてエルトを掴む。
エルトも走り抜けながら身体能力に任せて、飛び上がり、そして蔓を頼りにクインの背へと飛び乗った。
「──私達で追いかけるわ! その場所、任せたわね! みんな!」
私は眼下の仲間達に声をかけ、エルトと共にクインに乗って邪神を追いかけたわ!




