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201/210

201 押し付けられた悪役令嬢

 私達の一団は森の奥へ、奥へと進んでいきました。


 天使と悪魔の翼を生やした異形の魔獣達との戦闘は定期的に発生しています。


 私の傍にはルーディナ様が控え、第一・第三騎士団、そして神殿騎士達の混成軍の指揮を執るのはレヴァン様です。


 クリスティナ様の縁者の、カイルさんとフィオナ様も付いてきていて、今ある戦力なら魔獣の対処も危なげなく出来ています。


 全体に余裕がありますね。

 第三騎士団と国中を旅してきた時と同じ、私の『聖守護』の結界を軸に、騎士様達は安全に敵対者を倒していけています。


 あの旅の指揮官だったベルグシュタット卿は、様子の変わったクリスティナ様の元に一人で残られました。

 クリスティナ様のお心を取り戻す戦いをされるのでしょう。


 ……心配ではありますが……。



「ふふ。あちらは上手く片付いたみたいよ」

「え?」

「クリスティナ様。正気に戻られたわ。あんな風にお兄様の(よこしま)な力を跳ね除けてしまうのね」


 まるで見てきたようにルーディナ様は語りました。

 何故そのような……。

 彼女の天与? クリスティナ様と同じ予知……、遠隔で物事を見る、聴く目……?


 そう言えば、私はルーディナ様に敵対心を持たないのにクリスティナ様は、彼女の『光翼蝶』の天与を潰していましたね。


 ユリアン公子に対する認識が共有できているので、ルーディナ様個人に対してはクリスティナ様も何とも思われていない筈。


 ……となると。



「あのぅ。ルーディナ様。もしかして……『光翼蝶』って、ルーディナ様の目や、耳……だったりします、か?」


 私は周りに悟られないようにコソコソと小声で問いかけました。


「まぁ。ルーナ様ったら。それは」

「それは?」

「……公爵令嬢の企業秘密よ」


 その返しはゼッタイ、怪しいモノですよね!?


 違和感はあったのです。


 私の『聖守護』とクリスティナ様の『毒薔薇』……というよりも『怪力』? が対の性能を持っているのに。


 ルーディナ様のお力だけ不自然に弱いなんてことあるのかと。


 いえ、クリスティナ様の力は実質、私の3倍はあるんですから優劣はあるんですけど。


「クリスティナ様が『なんかイヤ』と言って容赦なく蝶を潰していた理由が分かりました……」


「ふふ。あれは私と彼女のコミュニケーションだから。気にしなくていいのよ、ルーナ様」


 どういうコミュニケーションでしょうか!

 私からすれば、割と自分の天与があっさり潰されてしまうのはショックだったりするんですが!



「……ルーナ様は、あの予言の聖女から『乙女ゲーム』の話を聞いたんでしょう?」

「え、乙女……?」


 なんて言いましたか。


「乙女ゲーム。乙女、の為の(・・・)、ゲームね。予言書扱いされているみたいだけど」

「……アマネ様の予言書の名前」


 そう言えば、アマネ様がその部分を濁して言っていたような。


「あちらの世界の、思春期の? 年頃の女の子達を対象に普及させた小説……を、操作? 出来るようにした娯楽らしいわね」


「ちょっとよく分からないんですよね、アマネ様の説明。

 クリスティナ様にも聞いたんですけど、微妙にあの方は全力で何かを誤解していそうな気もしますし」


「まぁ、そういうものがあるのよ。小説だと思うのが一番なのでしょうね。そして、そこには私達が登場人物として出てくる」


「……はい。何でも私が主役なのだとか」

「そうね。そして貴方が複数人の男性と恋をする物語。

 レヴァン殿下。ベルグシュタット卿。あちらの黒髪の男性。そしてユリアンお兄様と」


 アマネ様が見てきた、別の私。

 恋多き女……というのでもなく、どうもケースバイケースで一人の男性と深く付き合う形のようですけど。


 でもアマネ様が恐ろしい事を言っていましたよね。

 逆、ハーレム……なるものまで存在した、とかしないとか。


 分かりません。何をやってるんでしょうか、異世界の? 私は。

 クリスティナ様が変身? された別の方も全然クリスティナ様の内心を反映していませんでしたし。



「……レヴァン様とは正式に婚約関係になりましたが、ベルグシュタット卿やカイルさんと、私の仲が進展した未来が想像できませんね。

 お2人共、クリスティナ様がお好きでしたので」


「ふふ。結局、その乙女ゲームは、彼らの、異教徒達の思惑を元に書かれたシナリオでしかないのよ。

 私達の運命に大きく影響も与えたようだけれど。

 それでも私達、生きている人間にとっては全くの別物」


「……ルーディナ様がアレン様を望まれたのは、その運命から逃れる為ですよね」


 もしも『光翼蝶』の天与が、離れた場所の情報を得る力なら。


 ルーディナ様は、公爵家の裏でユリアン公子達がやり取りしていただろう彼らの話を聞いていたのでしょう。


 私達よりずっと前からルーディナ様は、アマネ様の語る物語の世界を知っていた。



 ──主人公(ヒロイン)は私、ルーナ・ラトビア・リュミエット。


 女性の為に描かれたという物語には美しい青年達が登場する。



 レヴァン・ラム・リュミエット王太子殿下。


 エルト・ベルグシュタット伯爵令息。

『金の獅子』と呼ばれる王国一の騎士。

 レヴァン様の親友。


 カイル・バートン。医者の技術を持ち、裏では『王家の影』を担っている……と聞きました……暗殺家の次代当主。

 クリスティナ様の幼馴染。


 ユリアン・ルフィス・リュミエット公爵令息。

『青の貴公子』と呼ばれる、王国唯一の公爵家の嫡男。

 ルーディナ様の兄。



 ……物語の中では、この4人が私の恋人……候補だったらしいです。

 しかも、実は相手はこの4人に留まらない。


 アマネ様が熱く語ることには、


 筆頭侯爵家、マリウス家の嫡男、リカルド・マリウス・リュミエット侯爵令息。


 それに商会の若き当主となった……場合の、あの銀髪の少年、ヨナくん。


『大商人』ヨナとか、アマネ様が言っていました……。

 あの純朴な少年が、腹黒い? 商人キャラなんだとか何だとか。

 現実ではまったく人が違いますね。



 私は会った事がありませんけど、宰相様のご子息や、大神殿に仕える神官長のご子息までが『攻略対象』とやらであり、

 そして、その方達すべてと交友関係を持つ場合もある……とか。



 いえ、ホントに、異世界の私は何してるんでしょうか!?


 王太子殿下、王国一の騎士、王家の影、公爵令息、侯爵令息、大商人、神官、宰相の息子を全員、恋愛対象にして侍らせる?


 まったく意味が分かりません!!


 非常に困難な運命(ルート)だとアマネ様が言っていましたが、そんな運命は実現しなくていいです!



 ……今挙げた人達のほとんどが現実ではクリスティナ様に好意を寄せてましたので、相手の人は違いますけど、変に実現が出来そうで余計にイヤです!



 ……もしかしたら、まだ会った事のない宰相のご子息や、神官長のご子息もクリスティナ様の事を懸想されているんでしょうか?


 少なくとも現実だと私に好意は向けてない気がしますね。

 はい。経験談です。


 王妃教育を受け、王宮で過ごすとなれば出逢いそうなお2人ですし。

 クリスティナ様の美しさは、何と言いますか、女の私から見ても人並み外れている印象がありますから。


 まだ、ただの男爵令嬢だった頃の私の耳に入ってきた話では、王子様は『美しさ』で婚約者を選んだ、とか言われていました。

 あの頃のクリスティナ様は天与を使っていませんでしたから。


 ……不敬とか言っちゃダメですよ。

 下位貴族の男爵家特有の市民感覚の近さなんです。



 それだけ男性に囲まれてれば、女性の友人なんて居ないのだろうな、その私。

 と思いましたが、同性の友人はちゃんと居たそうです。


『姫騎士』のライリー。

 ラーライラ・ベルグシュタット伯爵令嬢。


 ミリシャ・マリウス・リュミエット侯爵令嬢。


 そして、2人とは少し時間を空けますが、カイルさんの妹、セシリア・バートンさん。


 ……この3人は私の女性の友人だったらしいです。



 こう名前を並べていき、また現実と見比べていきます。

 そして、この物語が異教徒が書いた物語という事まで考えるに。


 これは、クリスティナ様から、その交友関係のすべてを奪う為に描かれた物語……だったのではないでしょうか?


 彼女に好意を向ける男性達を全て奪い、婚約者を奪い、そして妹も、侍女も、同性の友人も奪う。



 アマネ様の予言を聞きながら何度も引っ掛かりを覚えた点です。


 その全てがクリスティナ様を孤立させる為に描かれた物語。


 物語の中でのクリスティナ様は『悪役』でした。

 どの運命を選ぼうとも、その先には安寧はなく。

 必ず破滅の未来を辿る、悪役令嬢クリスティナ。



 因果が逆なのです。

 私が好かれる筈だった男性達をクリスティナ様が奪ったんじゃありません。


 元々、クリスティナ様の周りに居る筈だった人達で、それこそが運命だったのに、さも、それらが本来は私の運命だったかのように思い込まされていた。



 ……異教徒達は運命を騙した(・・・・・・)んです。


 ですが、その多くはクリスティナ様の運命を捻じ曲げる事が出来ませんでした。


 破滅の未来しかないなんて、クリスティナ様の運命の筈は元からなかった。


 彼女は友人だって、彼らの思惑外から得て、今でもフィオナ様と親友の関係を築いている。




「──ルーディナ様は、異教徒達の描いた運命にも、クリスティナ様が引き寄せる運命にも関わらない運命を選んだのですね」


「アレンは、そうねぇ。彼らの言葉で言うならば『モブ』。……女神と邪神の思惑なんて何にも関係ない、ただのリュミエール人よ」


「その。私が言うのも、なんですが。公爵令嬢と神殿騎士では、中々に厳しいのでは……?」


「そうかしら? 公爵令嬢の身分を捨てた神殿の『聖女』と神殿騎士なら、どう? お似合いだと思うわ」


「身分を捨てられるのですか……?」


「……この一件が終わった後のルフィス公爵家が無事に済むとは思えないもの」


「あっ」


 ……ユリアン公子は、間違いなく首謀者の一人です。

 そうなると、ルフィス公爵家は……。


「すみません……」

「いいのよ。私の進退は考えているもの。それよりもね。

 乙女ゲームの話をしたのはね。

 ……足りない(・・・・)んじゃないかと思ったのよ」


 足りない?


「クリスティナ様は、彼らの計画には何の足しにもなってないわ。

 徹頭徹尾、自力で運命を覆したし、彼らの手に負えない存在だと思うの。

 今日でそれは確信に変わったわ。

 お兄様に力を封印されても自力で暴走して全てをひっくり返す人。それが彼女よ」


「そうですね」


 ベルグシュタット卿もそんなクリスティナ様だから好きになられたのでしょう。


「……だから足りないのよ。彼らの計画には。クリスティナ様を『悪役』にして穢して突き落としたかった筈の計画は何も叶わない。

 にも拘らず、彼は最後の一線を踏み切ったように感じるわ」

「それは」


 たしかに。

 捕まったクリスティナ様が生贄に差し出されて、というなら絶望的で、それこそが異教徒達の最終計画なのだという納得があります。


 ……でもクリスティナ様は、捕まってもああして自力で脱出して暴れ回っていらっしゃいました。


 となると異教徒達は、計画の心臓部を欠いたまま行動を起こした事に?



「──『悪役令嬢』を押し付けられた別の子が居るわ。

 それは私や貴方こそが候補だったのでしょうけれど。

 どうにも女神の巫女には、彼らの力じゃ手を出せないみたい」


「……誘拐された女性達の誰かが邪神の生贄に?」


 であれば、急ぎませんと!


「……きっと、誰でも良くはないのよ」

「え?」

「だから。だから……彼女(・・)なのね。……ユリアン兄様」


 一団が魔獣を退け、辿り着いた先には。


 異常に黒く染まった空の真下、祭壇が作られていました。


 その祭壇に鎖で縛り付けられているのは……水色の髪と瞳の女性。


「ミリシャ様!」


 鎖で祭壇に縛られたミリシャ様と、その隣に立つのは青い髪の男性。


 ユリアン・ルフィス・リュミエット。


 彼らの前には異教徒達が集団で集まっています。



「……! 皆さん、下がって! 彼ら、ただの人ではありません! 魔獣の気配があります……!」

「ルーナ! それは本当かい!?」

「はい、レヴァン様、気を付けて!」


 私は、最前線に立つレヴァン様のところまで『聖守護』の結界を押し広げました。


 彼らは人間を捨てている。

 魔獣の領域に踏み込んだ兵隊達……。

 ここからが彼らの本領、です。



「はぁ……。結局、お前はあの女を連れてきもしないんだな。ルーディナ」


「……ふふ。二重スパイの真似事は楽しかったですよ、ユリアン兄様。でも……。私、シュレイジア神の巫女ですので。


 ルフィス公爵家に大切なモノももうありませんし。

 新しい生活の場も手に入れました。

 ですので、もうお兄様に従順なフリはしなくて良いかと」


 ルーディナ様は……離れた場所に居るユリアン公子にそう言ってのけました。

 ですが、彼女の身体は震えています。


 私はルーディナ様の手を取りました。



「ルーディナ様。私の傍に。貴方は私が、私達が守っていますから」

「……、──」


 少し驚いた様子を見せてから、ルーディナ様は優しく微笑み、そして私の手を握り返してくれました。



「……本当に、女神の下僕は厄介な連中だ。

 手に入れたと思えば、あっという間に遠ざかり、従順と思えば腹を黒く染めている」


 ユリアン公子はクリスティナ様を狙っていた筈。

 なのに、その代わりに? ミリシャ様を?


「まぁ。紛い物の方が女神への冒涜には相応しいか。毒の薔薇も辛うじて手に入れた」


 ミリシャ様の胸元に、黒い薔薇が……。


 アレはクリスティナ様の?

 血が流れている。ミリシャ様の?


 生贄に焚べられる『悪役令嬢』は──


完結までもう少し!

応援よろしくお願いします!


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