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20 毒薔薇

「フンッ!」


 奪った槍を投げ付けるけど、中々に致命傷にならないわ。

 残念だけど全てが真っ直ぐに飛んでいくワケじゃないのよね。


『命中』の【天与】とかあれば良かったんだけど!


「ヒィィィイっ!」

「この、大人しく生贄になれぇっ!」


 場は大混乱よ。


 この期に及んで尚も私を生贄にしようとしてくる男もいれば、我先にと逃げていく男もいるわ。


 ……逃げていく男は赦し難いわね!

 人を生贄に捧げようとしておいて自分が食べられるのはイヤとか、後で追いかけて捕まえてあげるんだから!


「フンッ!」

「ぐげぇっ!?」


 私に襲い掛かって来る男は全員殴り倒して槍を奪うわ。

 でもその槍にしたって数が限られてる。


「あれ?」


 邪神に刺した筈の槍が抜かれて、そこから黒い煙を立ち昇らせていた。


「傷口が……治ってる?」


 そんな事ってあるのね!


「ふ、ふはは! 我らが神は不死身なのだ! 『大地の傷』より無限に力を引き出し、生き続ける! 分かったか、娘! アレを止めたくばお前が生贄となるしか、」

「フンッ!」

「ぐばぁ!?」


 とりあえずうるさかったから騒ぐ男の顔面をぶん殴ってやったわ!


「説明ありがとう! 回復するのね!」


 じゃあ私にはお手上げじゃないかしら!?


「……予言では、この場所に立つのはルーナ様だったわ」


 ルーナ様の『聖守護』の【天与】だったなら何とか出来たのかしら?

 それはどうやって?


 彼女の力は守る力。それと癒す力だったわよね。

 守れば倒せるの? 癒せば倒せるの?


「っ! ねぇ、今、大地の『傷』って言ったわよね!」

「…………」

「起きなさい!」

「ぐぶぁ!」


 殴ったからって勝手に失神してるんじゃないわ! 説明してからになさい!


「ぐっ、ぐぅ、貴様ぁ!」

「ねぇ、大地の傷って何?」

「何故そんな説明をお前に、」

「フンッ!」

「がぐぅ!?」


 気絶しないように殴っておくわ!


「そんなやり取りしてる場合じゃないわ! 説明しなさい!」

「ぐっ、うぅ……だ、誰が貴様なん、」

「もういいわっ!」

「ほげぇっ! ぐばっ!」


 近場の木の幹にこの男を叩き付けておくわね!

 横向きに腰から当たって仰け反る男。

 いい気味だわ!


「そこのあんた!」

「ひ、ひぃっ!?」


 逃げずに場に残ってても腰が引けて震えていた男を捕まえる。


「大地の傷って何!?」

「だ、だだ、大地の傷とは、しょ、瘴気を生み出す災害の傷痕です! 魔物の多くはそこから湧いて来ます!」

「そうなの! 初めて知ったわ! あなた詳しいのね!」

「あ、ありがとう、ございます?」

「それでその傷を塞ぐ……『癒す』のにはどうすれば良いの!?」

「じょ、浄化の方法は……分かってる限り、2種類、」

「両方教えなさい!」


 そこで捕まえた男以外の男が走り寄りながら吠えてきたわ。


「おい、貴様、何を喋っている、この裏切り、」

「黙ってて!」

「ぐべぁらぁっ!?」


 説明する男の胸ぐらを掴みつつ、駆け寄って来た男のお腹を蹴り飛ばしてあげたわ!


「ひぃ……」

「さっさと言う!」

「は、はぃい! 浄化は文字通り、大地の傷を浄化する方法で、それが出来る人間は限られてます!」

「そうなのね!」


 もしかしたらルーナ様の【天与】なら、それが出来るのかもしれないわね!

 それで『救国の乙女』? なるほどね!


「あとは!?」

「湧き出て来る魔物をひたすら倒し続け、大地の傷が自然と癒えるのを待つだけです!」

「……あっそ! ありがとう!」

「はい……うわぁぁああ!?」


 とりあえず説明してくれた男は、逃げ易そうな方向に投げ飛ばしておいたわ!

 気絶しないように木にぶつかるのも避けてあげるわよ!


「……でもこの場合の正解は」


 私の場合、この邪神の回復力が尽きるまで触手を潰し続けるしかないって事かしら?


 相性の悪い殴打や数に限りのある槍投げじゃ、どの道厳しいわね!


「……アルフィナ領でも同じような戦いになるのかしら」


 だとしたら、私にはその問題を解決し切る事なんて……。

 ジリジリとした焦燥感。


 王命ではあれど、アルフィナへの派遣は聖女の提案だった。


 従者は付けられず。護衛は付けられず。


 騎士団はアルフィナそのものを見捨てるように周辺領への警戒にのみ派遣される。


 それでも【天与】があるならば希望があるという見立てだとも思っていた。


 だけどルーナ様の【天与】ならばいざ知らず、こんなたった1体の魔物すら撃退し切れない私の【天与】では……。


 この王命は、やはり流刑に他ならない……。

 魔物蔓延(はびこ)る戦地で死ねと。


 それこそエルトのような騎士に負けて手厚く葬られるのではなく、慈悲なき魔物相手に惨たらしく?


 国外追放を素直に受けなかった私をそんなに赦せなかったのかしら、あの聖女は。


 だって私の【天与】を見てからアルフィナに送るよう陛下に求めたのよね?

 もう個人的な恨みしか感じないわね!


「それでも」


 この魔物は放ってはおけないでしょう。

 村や街に行かせたら民の被害は甚大よ。


 騎士団に対処を願うにしても、その派遣には時間が必要だわ。

 そして、出来る限りこいつの詳細を知り、伝えなくては余計な犠牲が出る。


「……倒せなくても何処かに閉じ込めるなり何なりはしたいわね!」


 何か手はないのかしら!


 邪神の伸ばした触手は、男達を捕まえては……その身体を捻り潰し、或いは貫通し、殺していた。


「くっ……!」


 私の手が及ばなかったわ。

 男達の自業自得とも言えるけど、癪よね!


 やがて邪神はその場に踏み止まる私に目を付けた。

 目がどこにあるのか分からないけどね!


 その進路をこっちに変えたのは間違いないわ!


「移動速度自体はそこまで速くない……」


 後退しながら狙いをこちらに惹きつけ、誘導する事は出来そう。


 でも触手に絡め取られたらアウトよね。

 それに本体を殴り付けたくても……胴体的な部分がちゃんとあるかも怪しいわ。


 ただのヌルヌルで柔らかい触手の集合体でしかなかったら……勢い任せで殴り付けに行けば、絡め取られて殺されそうよ。


「……攻めにくいわね!」


 私が考えを巡らせながら伸びてくる触手に捕まらないように打ち払い、槍投げで何とか反撃しているところで。


「お嬢──!」


 リンディスが声を張り上げてるわ!

 それに馬で駆ける音も聞こえる!


 あら、リンディスったらいつの間に山を降りたのかしら!


「剣を!」

「ありがとう、リン!」


 ふわりと投げ渡される銀の剣。

 私は、しっかりとそれを掴み、握り締める。


 剣があるのは助かるわね! 打撃じゃ有効な攻撃が出来ないから!


「なんですか、こいつは。こいつが例の『失敗作』?」

「失敗作?」


 って何かしら。


「この邪教徒達の儀式の副産物みたいなものですよ。詳しくは落ち着いてから話しますが……状況は?」

「攻めにくいの! 身体がヌルヌルでにゅるにゅるだから殴ってもイマイチなのよね! あと捕まったら殺されるか、女なら犯されるらしいわ! 私が生贄になれば大人しくなるとか言われたけど、なる気はないわね!」

「それは当然です」


 フフン! やっぱりリンディスは話が分かるわね!


「打撃が有効じゃなかったの。剣なら触手を切れるけど……でも回復しちゃうのよ、あいつ。槍を何度か刺したけど、治っちゃったわ」

「……なんと」

「大地の傷? っていうのを浄化するか、浄化されるまで出て来る魔物を倒し続けるしかないそうよ。あいつの場合は……たぶん、ひたすら触手を切り続けるしかないわ。その『傷』が浄化されない限りは回復するらしいけどね!」


 本当に厄介な魔物ね!


「……持久戦ですか。あまり私達向きではないですね。一手のミスが命取りになりかねない。お嬢、ここは逃げるべきです。逃げて応援を……あっ」

「ん?」


 リンディスは山の向こう、建物があった方へ視線を向けたわ。


「何? リン。余裕がある内に教えて」


 邪神がウネウネしながら迫って来てるのよね!

 私が銀の剣を振るって触手を切り始めたから、悪戯に触手を長く伸ばしての攻撃はしなくなったけど!


「…………あちらの建物に囚われている人達が居ます。確認した限りは若い女性が12人。そして人族と魔族のハーフの少年が1人。おそらく、いずれも犯罪者などではないでしょう。邪教徒の被害者だと思われます」

「そう……」


 私は建物の方角と邪神の姿を見比べるわ。


「私達が逃げた後、こいつはどうすると思う?」

「……ここに居る男達を食い尽くした後は、あの場所に囚われている人々を襲う可能性が高いです。そうでなくても我々を追って山を下り、村や街に到達するかも……」


 だったら答えは。


「じゃあ私達は逃げられないわね? 倒さないと」

「……いえ。お嬢の力と相性が悪いですから。このまま全速で施設に向かい、彼女達を解放して共に逃げ、体勢を整えるのが最善です」

「ふぅん」


 でも。


「それは可能なの? 捕まっている子達はすぐ走れる? 山を下って逃げる体力はある?」

「…………逃げ遅れる者が確実に出ます。そもそも邪教徒達の抵抗もありますから、解放した後で連中との戦闘にでもなれば全員を守り切れません……」


 そして、その間に無視していたこの邪神が近くまで来ちゃうのね!


「戦うしかないわね!」

「……お嬢。それでも逃げられる体勢を作りながら戦ってください。持久戦をやるにしてもやり方があります。民を守る為と言うのなら尚のこと。お嬢が倒れては守れるものも守れなくなるのですから」

「それはリンも一緒ね!」

「……はい」


 とりあえずどうしようかしら!

 森を後退しながら伸びてきた触手を切り払う私。

 捕まらないようにしながら適切に距離を保って。


「足場が悪いわね! リン、馬を下がらせなさい!」

「くっ……仕方ありませんね」


 ここで馬を失うのは良くないわ。


「この槍を使って!」


 逃げた男が落としていった槍を拾って、今度は私がリンディスに渡すわ。


「ありがたく」


 リンディスも短い剣ぐらいは持っているけど、馬の上じゃ使いにくいものね!


「1匹なのは幸いですが……。もし、この魔物が大量に湧いていたらと思うと」


 リンディスもアルフィナの事を考えてるのね。


「その大地の傷っていうのは、きっとアルフィナ領に出来ていると思うわ」

「……そうですね。聖女はその事を予言していたのでしょう。浄化の力がなければジリ貧の戦いを強いられる。お嬢の【天与】では、それは……」


 出来ない。私には単純な攻撃しか。

 守る力なんて無いし、浄化の力も無いわ。


 ……これでどうやって『傾国の悪女』になんてなるのかしらね!


 どうせなら傾国が為せるぐらいの力が欲しかったわ!


 だって【天与】と言っても所詮は力なんですもの。

 そんなもの、結局は使う者次第でどんな風にでも変われる筈よ。

 力を持っても善き行いを心掛け続ければいいんだもの。


「……ッ! 速度が増してるわよ! なんで!?」

「邪教徒達を……食べたから、ですかね」


 人を食べる程に強くなるの!?

 そんな魔物が居たら困るわよ!


「或いは大地の傷からの瘴気で回復……。であれば強化も? 時間経過で、まさか強くなる?」


 リンディスが邪神の脅威に戦慄しているわ。


「……なんでこんなヤツが居る事こそ聖女は予言してくれないのかしら!! 私なんかよりよっぽど性質(タチ)が悪いじゃないの!」


 それとも。


「まさか、これ、私が近付いたから?」

「……いや、まさか。そんな筈ないでしょう」


 何かの『キッカケ』を私が作ってしまったとか。

 聖女にとって『本来は』こんなヤツは目覚める予定じゃなかったとか。


 それなのに私がここに来た事で目覚めさせてしまったとか……。

 もしかして、それが『傾国』?


「……仮にそうだとしてお嬢に何の責任があるのです! そんな事実があるならば伝えない聖女に責任があるでしょう!」


 リンディスも流石に焦ってるわね!


「責任を問いだしたら、私にはここでこいつをどうにかしなきゃいけない責任があるのよね! だって【天与】を授かったんだから!」


 戦う為の? 【天与】なら尚のこと。

 民より前に立ち、脅威を退けなければいけないわ。


「なんでこんな事に……」


 リンディスが落ち込んでいるわ。


「もう! 落ち込んでも仕方ないわ! いざとなったら私が1発大きいのを叩き込んであげるんだから! それを試してない内に諦めたりは早いわよ!」


 問題は効きそうにないことと、攻撃した時に捕まると絶望的ということだけよ!


「……いっそ捕まった状態でアイツの中で暴れようかしら! 内側から縄を引き千切るみたいに!」

「それこそ最終手段ですよ、お嬢」


 まぁそうよね! ヌルヌルしてて気持ち悪いし、出来れば捕まりたくないわね!


「……とはいえ、確かに切り払った触手が回復するみたいですし。速度が上がり、力も? 上がっている。良くない状況には変わりありません」

「うん!」


 どうしようかしらね!


「大地の傷とやらは近いのですか?」

「知らないわ! 最初は、あっちの滝に居たけど、そこがそうかは分からないわね!」

「そうですか。上手く場所を変えさせれば回復を止められるかもしれないですが……」


 そうやり取りをしている間にも、どんどん私達は後退させられていく。


 もう建物が視界に入って来てるわよ!


「こいつ、もしかして……」

「何?」


 何か気付いた事があるのかしら。


「あの邪教徒のアジトに居る少年は、いわばこいつの『完成形』です。もしかしたら、あの少年を取り込むか捕食するのが目的なのかも……」

「どういう事か分からないわね!」


 完成形って何かしら!


「私だって全て理解しているワケではありませんが……。こいつらの目的は神の降臨みたいなもので……その少年は、魂を砕かれて、身体は……まぁ、何と言いますか。魔王? にでもさせられる予定なんですよね」

「魔王!?」


 なんだか格好いいわね! 魔の王様よ!

 魔王になる予定ですって!


「私なんて『傾国の悪女』になる予定よ!」

「どこと張り合ってるんですか、お嬢は」

「フフン!」

「褒めてませんよ」


 褒めなさいよね!


「くっ、一度に!」


 勢いを増した触手が私達を取り囲もうと一気に襲って来たわ!

 何本も伸びてくる触手を一本ずつ確実に切り落としていく。


 でも手数が足りなくなってきてるわ!

 本当に不味いわね!


「ぐっ! これは!」

「リン!?」


 ……リンディスが馬を飛び降りた。

 たぶん、馬を逃す為に。

 でも、その代わりに。


「リン!」

「……お嬢、逃げっ」


 そんなの。


 リンディスが捕まって殺されるとか。


 そんなの……。



 ──ダメに決まってるじゃないのッ!



「私の、リンディスに! 勝手に触るんじゃないわよッ!」


 倒す力が欲しいわ!

 それ以上にルーナ様みたいに守る力が!

 この脅威の邪神を退ける為の浄化の力が!


「何でもいいから……どうにかしなさい、私の【天与】ッ!」


 元からルーナ様の見様見真似で使いこなせるようになった光。


 それをよりいっそうにあの時見た光の結界に近付けて。


(リンディスを守りなさい! 天から与えられたなんて大層な名前を持つのなら!)


 キィィィン……と。硬質な金属音が鳴り響いたわ。

 何かの楽器が鳴らされたようにも聞こえる音。


 そして光が私を中心に溢れ出して。


「お嬢……!?」


 私の周囲から沢山の『薔薇』が咲き始めた。


 凄まじい速度で成長し、蔓を伸ばし、そしてリンディスを守るように囲み。


 それだけじゃなく、尖った蔓の先が邪神の触手を絡め取り、貫いていったの。


 そうして光が益々に強まって──



良ければブクマ・評価お願いします。

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